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2006.05.07

三浦大介腹切松伝承地

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横須賀市大矢部に「腹切松公園」があり、「三浦大介戦死之處」の石碑が建っています。
腹切松には、次のような伝説が残っています。
衣笠城から愛馬・黒雲にのって逃れた三浦義明は、先祖の墓所へと向かいます。しかし、老松の根元、黒白2つの石の前で、黒雲はぴたりと動かなくなりました。老松は傘松と呼ばれ、黒白の石とともにご神体・ご神石として崇敬されていたものでした。義明は自らの運命を悟り、この松の根元で腹を切り自害してはてたということです。それ以後、松を腹切松、黒白2つの石を駒止石を呼ばれるようになりました。

「三浦大介戦死之處」石碑の左にある石は、黒白駒止石の黒石です。黒白駒止石は、維新時に行方不明になっていたのを、大正年間に北村包直氏によって黒石が発見されました。白石は行方がわからないままです。

松は「三浦大介戦死之處」石碑が建てられた時、衣笠城趾から移植されたとのことでですが、今の松はその時の松なのでしょうか。。

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【参考文献】
北村包直『三浦大介及三浦党』

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