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2005.08.20

「ヒトラー 最期の12日間」を見る、の巻

 8月20日(土)
 珍しく、映画に出かける。映画館なんか、まったく久しぶりだ。四条烏丸の「京都シネマ」に入るのも実はこれが始めてである。
TN_hitler_01 お目当ては、話題の映画「ヒトラー 最期の12日間」(ブルーノ・ガンツ主演、オリヴァー・ヒルシュピーゲル監督、2004年独)である。1945年4月、ソ連軍に完全に包囲されたベルリンで、ヒトラーが自殺する前後の日々を映像化したものである。原作は、最新の研究にもとづくヨアヒム・フェスト『ヒトラー 最期の12日間』(鈴木直訳、東京、岩波書店、2005年)と、トラウドゥル・ユンゲ『私はヒトラーの秘書だった』(高島市子・足立ラーベ加代訳、東京、草思社、2004年)である。特に今回の目玉は、後者の回想録が原作に加えられているところである。なにせ、ユンゲは総統地下壕において最後までヒトラーに近待していた、ヒトラーの個人的秘書であった。ナマの証言なんだから、これは強い。

 映画そのものは、息を呑むような圧倒的な仕上がりであった。2時間35分という長丁場であるのに、一瞬たりともスクリーンから目が離せない。音響効果も物凄い。絶え間なく轟く爆弾の響きが館内を揺るがせ、見ている我々まで戦場に投げ込まれたような錯覚に陥らせる。全体を貫いている、暗くやるせない雰囲気も何ともいえない。戦慄すべき映画、というものがどれほどあるのか知らないが、この作品はまさにそのひとつであるということは断言できる。

 何にも増して凄いのは、ヒトラーその人が乗り移ったとしか思えない、ガンツの圧倒的な名演である。同様の題材の映画としては、アレック・ギネスがヒトラーを演じた「アドルフ・ヒトラー 最後の10日間」(エンニオ・デ・コンチーニ監督、1973年英・伊)(今回の映画はどうして紛らわしい邦題を付けたんだろう?)が記憶に残っており、さすがに名優ギネス(「スター・ウォーズ」のオビ=ワン・ケノービ役でお馴染み)は素晴らしいヒトラーを演じていた。しかし、今回のガンツの演技は、言葉がドイツ語(ギネスは英語だった)であることとも相まって、おそらく映画の中のヒトラー役としては永遠に記憶されるべき出来映えを示している。

 この映画を傑作に仕上げているのは、透徹し切った、恐ろしいまでのリアリズムである。ヒトラーとその周囲の人物たちを単なる戯画化された悪役として描こうとするのではなく、できるだけ忠実にその姿を映像に再現しようとしている。そのリアリズムゆえに、ドイツ本国やイスラエルでは、ヒトラーを美化しているとか、戦争に対する反省を忘れたのかとかいう非難が沸き起こったという。確かに、この映画はナチ=ドイツの恐るべき蛮行までは描き出していない。しかし、そこまで批判するのは無いモノねだりといわざるをえない。総統地下壕の乱痴気騒ぎと、地上で繰り広げられる戦闘の惨劇との対比は充分すぎるほどに描き込まれているのであるから。

 観客の誰しもが身の毛がよだつ思いがするのは、宣伝相ゲッベルスの夫人であるマクダが、6人の愛児に一人づつ毒薬を飲ませて殺害していくシーンであろう。マクダの姿が淡々として、しかも毅然としているだけに、その恐ろしさは際だっている。

 印象的なシーン。軍需相アルベルト・シュペーアが、ひっそりと総統官邸を去っていくところ。シュペーアはヒトラーの「国土焦土命令」に秘かに反抗しており、その実行を妨げていた。それを、処刑覚悟でヒトラーに告白しに来た。実は、彼はもともとヒトラーのお気に入りの建築家であり、この総統官邸も彼が設計した作品だった。その総統官邸の前でふと立ち止まったシュペーアの目が、何も言わないままにヒトラーとの永遠の「別れ」を象徴している。

 ちょっと気になるところ。ヒトラーの永年の愛人であり、自殺前日に結婚してヒトラー夫人となるエヴァ・ブラウン(演じるのはユリアーネ・ケーラー)が魅力的すぎるところ。エヴァ(確か、当時33歳)はこんなにもしっとりと落ち着いた中年女性だったかな?と少し疑問に思ってしまう。

 ともあれ、必見の名作であった。フェストの原作を読んでから、もう一度見に来ようかしら。
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 映画を見た後は、大丸の「夏の大北海道市」で本場直行のお寿司を食べる。ちょっと贅沢。それから、京都文化博物館に行って「六条院へ出かけよう—源氏物語と京都—」展を見る。ウチの奥さんは、牛車に乗れて満足の様子。それから古代学協会に寄ると、気の重い知らせが待っていた。さらに実家に寄ってから、夕食は竹屋町烏丸のオムライス専門店ノエルでシーフード・オムライス。とにかく良く歩きました。

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