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2006.06.26

ただ今ダイエット中、と、JR東海キャンペーン、の巻

 6月25日(日)
 怠惰になり始めると、とめどがない。日記も、かなり時間が空いてしまった。時間の前後関係は無視して、少しづつ取り戻していこう。

 Soudakyoto東京駅で、JR東海の「そうだ、京都行こう」の巨大なポスターがたくさんたくさん貼ってあるのに出くわした。このポスター、毎度毎度素晴らしい写真とコピーを見せてくれるが、今回は三十三間堂である。これもまた、驚嘆すべき出来上がりになっている。JR東海は今月から8月まで「父さんが連れていく京都」というキャンペーンをやっているということで、力の入れようは並々ではない。ともあれ、これでまた京都を訪れるお客さんが増えてくれたら、それに越したことはない。

 しかし、今回に限っては、私はこのポスターを眺めるのがなんとなく気恥ずかしい思いがする。というのも、このポスターの左下に、「夏の京都の旅」参加者への特典として『とらべる京都 虎の巻』(ツアーリーダーうんちくブック)という小冊子がもらえる、ということが大々的に書いてある(写真)からである。Toraberukyoto実はこの小冊子、手に入れられた人があれば開いてもらうとわかるのであるが、巻末に私の「京都 歴史のおさらい」という短文が載っているとともに、1頁目の下欄には小さく「監修/山田邦和(花園大学文学部教授)」と銘打ってあるのである。したがって、今回のキャンペーンは私にとってはまったく他人事ではない、ということになる。でも、日本中の人々がこのポスターを見ているということを考えると、やっぱり恥ずかしいな(^_^;)。

  いつに変わらぬ山中章博士の陰謀のせいで、私が毎日々々美食にふけっているというイメージがどんどん定着しつつある。困ったことである。いくらなんでも毎日々々豪勢な食事をしていたら、我が家の財政はいっぺんで破綻してしまうであろう。そもそも、人間はホンの時たま贅沢をするから楽しいのであって、のべつ幕無しでは逆に苦行になってしまうであろう。

 仕方ないので、最近の私の悲しい悲しい食生活の実態を書き記そう。私は今、ダイエット中なのである。腰回りに脂肪が蓄積してきて、以前のズボンがどんどん入らなくなってくる。これは確かにマズイ。だいたい私は、何が嫌いといってもデパートの服売り場ほど嫌いなものはない。デパートそのものは大好きなのであるが、どういうわけか服売り場だけが性に合わないのである。かなり前になるが、服売り場に連れて行かれてマジで気分が悪くなり、階段にへたり込んで店員さんに心配されたことがあるくらいなのである。太りすぎて服が合わなくなると、必然的にウチの奥さんに命令されて、一番嫌いな服売り場へと連行されることになる。これだけはどうしても避けねばならない、ということで、ダイエットにとりくむことになったのである。

Daietto ウチの奥さんが通信販売で、奇妙なダイエット食を仕入れてきた。豆乳おからクッキーというもので、これ一袋で一食分になるという。これを囓ってから水を大量に飲むと、お腹の中でふくれて満腹になるというので、試してみることになった。それから、これは私のリクエストで、「こんにゃくラーメン」というものを買ってきてもらった。私は自他共に認めるラーメン党なのであるが、さすがにダイエット中は控えねばならない。その代替物がこれであって、一食分がわずかに91キロカロリーだという。これならば食べても太る心配はない。
 と、いうことでダイエットに挑戦したのであるが、これはかなり辛い。豆乳おからクッキーをしょぼしょぼと囓るのは、なんだかとっても情けない。それに、やっぱりお腹が空くことは空く。授業で「私は今ダイエット中でお腹が減ってたまらないから、何をしゃべるかわからないぞ」と言ったら、女子学生たちに笑われてしまったぞ。こんにゃくラーメンも悪くはないのだが、しょせんは代替物。結局、糸コンニャクをラーメンスープで食べているのと同じ事である。あ〜ぁ、本物ラーメンが恋しいよ〜

 でも、この半月ほどの艱難辛苦の効果があって、確かに体重は減ってきている。一番多い時よりも5キロは少なくなったし、以前のズボンもまたはけるようになってきた。あと5キロ減量をめざして、しばらくは食事に気を付けていくつもりをしている。もっとも、私のことだからすぐに三日坊主になるか、それともリバウンドして元の木阿弥になるか、という可能性も高いのであるが・・・・(^_^;)。

2006.06.24

これからお江戸、の巻

 6月24日(土)
 ずいぶん日記の間が空いた。別に、病気で寝込んでいるとか、死の淵をさまよっているとかいうことではありません。単なる怠惰です。
 今からお江戸に出かけます。日帰りです。

2006.06.11

美食続き、の巻

 6月9日(金)
 夜の授業をこなして、一目散に四条烏丸へ向かう。友人達との大宴会(リンク先6月9日条)なのである。私は授業があったので、1時間ほど遅れて駆けつける。ウチの奥さんをも含め、皆さん、もうご機嫌である。せっかく必死の思いで駆けつけたというのに、K・Mさんからは「なんだ、もう来たのか」という冷たい冷たい氷のようなお言葉。涙(>_<)涙である。しかし、そんなことにかまってはいてはこの稼業はつとまらないのである。とりあえず極上のワインをクィッとあける。オードブルは逃した(誰だ、残しておいてくれないのは!)が、目の前には柔らかい柔らかいタコの煮込み。そのあとも、珍しいパスタと肉料理のオン・パレード。気づかなかったが、N・Hさんの誕生日が先日だったという。おめでとうございます(^_^)v。なお、アップされた写真には「まじめな顔をしてアホ話をする人々」というキャプションがついているのであり、それはそれでウソではないのであるが、一番アホ話をしていたのがこの写真を撮った(したがって、ここには写っていない)当人=K・Mさんだということは明記しておかねばならないであろう(これは、記主にとって都合の悪いことは書かれない、という文献史料の限界を如実に示す好例なのである)。ウチの奥さん、あまりのワインのおいしさに、お酒に弱いことも忘れてついついハメをはずしてしまい、一時は精神空白状態に陥る。しかし、デザートの時にはしっかりと回復しているのだから現金なものである。
 至福の時間であった。N・Hさん、K・Mさん、Y・Mさん、ありがとう(^^♪。
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 6月10日(土)
 1講時、「博物館実習」の授業。終わると、すぐにとって返し、奈良に向かう。「前近代日本都市論研究会」の例会があるのである。会場は古い奈良の中心にあるならまちセンター。今回は、ゲストスピーカーとしてN大学のT・Y教授(日本古代史)をお願いして、「古代都市論と藤原京」を語ってもらう。「都市の定義」をめぐって学説が整理され、都市の成立と官僚機構の成立をリンクさせるT教授説が披露される。その後の討論も、ケンケンガクガクの議論を楽しむことができる。すごく勉強になったし、ありがたいことである。
 さて、頭を使った後は、例によって懇親会。地元のFさんが選んでくれた「月吠<げっぽう>」というお店。これも、奈良町のど真ん中、狭い狭い路地の裏にある洒落たレストランである。さすがFさん、いろんなところに隠れ家を持っているんだな、と感心することしきりである。外観は町屋、中は結構広くて、和洋いろんなものが混じっている。そして、料理は絶品のフレンチ。T・Y教授とその周辺の方々は大和の地酒。私はK・Mさんとひそひそ相談。しかし、このふたりが密談するとロクなことはないのである(^_^;)。結局、日本酒グループへの対抗上(?)、今日も上質の赤ワインを頼むことに決定する。
 良い勉強をして、良いお酒を飲んで、良い料理を楽しんで、これぞ研究者冥利につきるといわねばなるまい。

2006.06.10

奈良女で長岡宮を学ぶ、の巻

 6月4日(日)
 ウチの院生で、古代の都城史を勉強しているTを引き連れて、奈良女子大学にでかける。
 奈良女子大学21世紀COEプログラム《古代日本形成の特質解明の研究教育拠点》の研究会として「長岡宮『翔鸞楼』と内裏正殿の調査成果をめぐって」があるのである。報告は、国下多美樹さん(向日市埋蔵文化財センター)の「長岡宮造営論の再検討」、金子裕之先生(奈良女子大学)の「長岡宮『翔鸞楼』発掘の意義」、そして吉野秋二さん(奈良女子大学)の「コメント」である。長岡宮の朝堂院南門の附設楼閣(門闕)については今年の1月に乙訓文化遺産を守る会で講演(1月28日条「オニのいぬ間の長岡京、の巻」)をさせてもらった(これは、実は金子先生の「代役」)こともあるし、それを論文化して投稿したばかりであるから、やっぱり聞き逃せない。いろんな新知見を得ることができて、勉強になることはこの上ない。特に金子先生の御報告は、中国都城との比較検討という点で、私とは問題意識が共通する。ありがたい。
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 6月5日(月)
 2講時は同志社大学今出川キャンパスで「シルクロード」の授業。唐長安城について述べる。昨日の奈良女子大学の研究会で長岡宮と唐長安城の比較を発言したばかりだから、なんだか新鮮である。
 午後は、新京阪ホテルで今年度の第1回「巨椋池歴史資源検討委員会」。時間通りに行くと、もう皆さん着座されている。委員長の高橋康夫先生の指揮のもと、巨椋池を紹介するパンフレットの内容について検討を重ねる。
 夜は大学に戻り、今年度の「人権週間」の内容検討。
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 6月7日(水)
 先日『京都時代MAP 安土桃山編』を出されたばかりの新創社の松岡氏らの訪問を受ける。新しい企画の相談に乗る。
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 6月8日(木)
 装いも新たに、「火中の栗」の会議が始まる。ずしりと気が重くなる。帰りぎわ、Y教授・F教授とついつい呑んでしまう。けっきょくはぐでんぐでん。
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2006.06.07

リバティ大阪を訪ねる、の巻

 6月3日(土)
 花園大学人権教育研究センターのミニ・フィールドワーク。大阪人権博物館(リバティ大阪)へでかける。総勢16名。
 リバティ大阪は、日本では珍しい人権専門の博物館である。おそらく、その数少ない中では最大の施設であろう。従来から充実した活動を繰り広げていることで知られている。昨年度の半年間、常設展示のリニューアルということで休館していた。前のリニューアルから10年がたったので、展示改訂に踏み切ったという。博物館屋としていうと、常設展示の前面改訂は金がかかるので、なかなかどこの博物館も踏み切れない。リバティ大阪は10年おきに改訂をやっている。見習うべきである。
 おもいがけずも早くついたので、「あいりん地区(通称「釜ヶ崎」)」にでかける。いうまでもなく、東京の山谷とならぶ日本最大の日雇い労働者の街である。しばらく散策。昼間なのにえらくオッちゃんたちがたくさんだな、と思ったら、今日は土曜日だった。仕事が休みの人が多いんだな。
 リバティ大阪では、学芸員のMさんが出迎えてくれる。会議室をお借りして、Mさんに博物館の概要を聞く。そのあとは展示見学。なるほど、以前とはかなりコンセプトが変わっている。しかし、リキの入り方はハンパじゃない。これは凄いものだ。ただ、Mさんご自身も言われている通り、文字が多すぎ、展示としてはやや平板になった感は否めない。私から見ると、もっと展示にメリハリをつけたほうが見やすいのにな、とは思う。しかし、博物館側としてはそうした欠点は先刻ご承知のはずである。むしろこの博物館は、展示の見やすさを多少犠牲にしても、大量の情報を盛り込むことを選択したのである。これはこれで見事なコンセプトだといわねばなるまい。
 展示をじっくり見ると、かなりくたびれる。Mさんに御礼を述べ、博物館を辞する。帰りのバスの中ではぐっすりと寝込む。京都に帰ると、Y所長をはじめとして、有志でお好み焼き。

2006.06.03

重源と三角五輪塔と絵巻の大群、の巻

 5月26日(金)つづき
 やっと念願かなって、奈良国立博物館の「大勧進 重源」展に行くことができる。日曜日までだから、ギリギリセーフである。
 奈良は雨だった。しかし、これはすばらしい展覧会である。重源という稀代の僧の活動が生き生きと描写されている。特に面白かったのは、重源が愛した「三角五輪塔」。京都府では、丹後の宮津の天橋立の側に立っているものがあるから、以前から興味を引かれていた。この展覧会で、ようやくその歴史的意義が理解できる。
 京都にとって返し、夜は同志社の授業。
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 5月29日(月)
 「重源」展に刺激され、三角五輪塔を探索することにする。まずは東山の某寺に遠征である。墓地をうろうろすると、思いがけない発見がある。途中の山道で、砂利道にはまりこんで立ち往生している軽トラックを発見。一緒に押してあげることになる。人助けをしたのは良いのだが、車輪に巻き込まれた細砂が飛んで、メガネのレンズに小さなキズがつく。やれやれ。
 ついでに真陽社に立ち寄り、買いそびれていた『小林行雄考古学選集 第1巻』を購入。夜は、図書出版・文理閣で編集会議。
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 6月1日(木)
 ウチの奥様が、急に「寺町の阿弥陀寺に行こう」と言い出す。明日・6月2日は本能寺の変のあった日、つまり織田信長の命日である。阿弥陀寺は「信長の『本当の』墓」のあるお寺なので、特別の展観があるらしい。本堂にあがって、久しぶりに信長像・信忠像などと御対面。開山の清玉上人の木像もある。知らなかったのは、この寺の本名が「蓮臺山総見院阿弥陀寺」(「総」の字は正確には、手扁+「総」のツクリ、という字)だということ。後陽成天皇の筆だと伝える「総見院」の額も展観されている。「総見院」はいうまでもなく信長の法名である。また、清玉上人が東大寺再建の大勧進をつとめていたことも知る。先週、鎌倉時代の東大寺再建者・重源を偲んだだけに、興味もひときわである。

 大学にとって返し、大学院の授業をはじめようとすると、院生が「先生、今日はどうするんですか?」と聞いてくる。何をどうするのか、怪訝な思いで聞き返すと、「何を言っているんですか、みんなで京都国立博物館の『大絵巻展』に行くはずだったんじゃないんですか」と言われてしまう。そうだ、そういえば確かにそんな話をしていた。と、いうことで、京博に向かう。
 16時頃に着いたら、博物館の本館の前には長蛇の列。1時間待ちだという。これはたまらない。並ぶのもくたびれるので、まずは新館の常設展示室を見ることにする。こちらは人もまばら。もったいないことである。院生たちに解説しながら、ゆっくりと進む。
 おもいがけない収穫は、この日から始まった「新収品展」。中でも驚愕したのは、2002年に北欧で発見されて京博が購入したという「釈迦堂春景図屏風」(狩野松栄筆と推定)である。私が昨年度に熱中して研究した「中世都市嵯峨」を語る新出の一級史料である。じっくりと見ると、中世嵯峨についての新知見が溢れ出る。これは実に素晴らしい収穫となった。万歳!
 17時半になったので、やっと「大絵巻展」に入ることができる。今週に限って19時まで開館してくれているというのがありがたい。館内で長蛇の列となっている「源氏物語絵巻」「鳥獣人物戯画」は人の肩越しで満足するとして、その他の絵巻をじっくりと見る。やはり実物からはいろんな発見があるぞ。よしよし。院生連中も、なかなか目を輝かせて見ている。結構結構。
 くたびれて博物館を辞する。京都駅前で、ビールを2杯だけひっかけて大学に戻る。
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 6月2日(金)
 三角五輪塔への熱がまだ冷めない。そこで、今度は嵯峨の某寺にでかける。ここでも思いがけない発見がいろいろ。

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