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2006.10.30

葛城に古墳を巡る、の巻

Katuragi

 10月22日(日)
 花園大学考古学研究室の秋期見学会。今回は、奈良県葛城地域の古墳を巡る。朝、8時30分に大学に集合し、マイクロ・バスでそのまま奈良へ。巣山古墳、奈良県馬見丘陵公園(ナガレ山古墳など)、葛城市歴史博物館、角刺神社、北花内三歳山古墳(旧称:北花内大塚古墳、宮内庁治定の飯豊天皇埴口丘陵)、平林古墳(写真)、室宮山古墳(室大墓)と巡る。ウチの研究室の諸君、なかなか頑張ってくれて、資料などもきちんと準備してくれている。結構結構。奈良県馬見丘陵公園では、綺麗に復元整備されたナガレ山古墳に対して、あわれにもまっぷたつに切断されてしまった佐味田狐塚古墳の惨状に驚愕する。

 10月23日(月)
 日本史研究会古代史部会。大会前の、最後の準備報告。

2006.10.26

秀吉と富士山を偲ぶ、の巻

 10月21日(土)
 京都女子大学宗教・文化研究所の「宗教・文化公開講座(2006年度)」を聞きに行く。テーマは「天下人の京都」。同大学宗教・文化研究所の野口実教授の「頼朝の六波羅邸—鎌倉幕府と都市京都—」と、武蔵大学の瀬田勝哉教授の「秀吉が伐らせた木」の2本の報告がある。1年ぶりに瀬田先生に会える、というので、自分でもなんだかウキウキしている。会場は京都女子大学の一室で、礼拝堂に宛てられているところだという。続々と人が詰めかけ、満員になる。御同慶のいたりである。
 野口教授の報告は、鎌倉幕府と京都との関わりを、最新の研究動向をまじえながら手際よく整理される。「鎌倉時代を鎌倉だけで語るのはまちがいだ。京都こそ重視しなければ」と言われるのを、ウンウンと頷きながら聞く。要所要所の端々で私の名前に言及していただけるのが、ありがたくもあり、恥ずかしくもある(^_^;)。
 休憩時間に野口教授に着いていって、宗教・文化研究所でお茶をよばれ、瀬田先生としばし歓談させていただく。なんと幸せなことだろう!
 瀬田先生の報告では、豊臣秀吉が「東山大仏殿」(瀬田先生は「方広寺大仏殿」という言葉を使われない。これも、恥ずかしながら、「目から鱗!」である)の造営にかけた執念を、「木」というユニークな視点から解明される。特に、秀吉と富士山のつながりなんてことは、瀬田先生以外の誰が考えるだろうか? いつもながらの切れ味鋭い考察に圧倒されながら、私もいくつか気づいたことがある。深めていかねば。

 後ろ髪を引かれる思いで、講演が終わったらすぐに退出。日本史研究会の総合委員会に向かう。大会前の濃い討論が三時間。その後は、みんなで呑む。呑みながらも、日本史研究会の将来について濃い議論が続く。

2006.10.18

地獄のロードレース、の巻

 また、日記とりもどし。

 10月2日(水)
 同志社女子大学大学院の授業開始。しかし、早めに切り上げてすぐにタクシーに飛び乗り、京都新聞社のホールへ。京都SKYセンター主催の「新・京都SKY大学」で「中世京都の都市景観」を話す。
 終了後、すぐに大学にもどり、授業。くたびれた・・・

 10月7日(土)
 某大学の某教授の博士論文の審査に、副査として加わる。むしろ、私が審査してもらった方がふさわしいくらいの著名研究者なのだが・・・ でも、始めての経験で、勉強になった。とても片手では持てないようなずしりと重い博士学位請求論文に、感動。終わって肩の荷を降ろしてから、みんなで呑む。

 10月8日(日)
 静岡行き。太原崇孚(雪斎)が創建し、今川義元のゆかりの寺としても知られる名刹臨済寺で、臨済寺禅道会主催「臨済寺文化講座」に出講し、同寺方丈で「戦国時代と京都」を話す。
 実はこの寺、わが花園大学の学長・阿部浩三老師が住職を務めておられるお寺である。学長直々の御指名だから、喜んで引き受ける。
 でも、時間になってもなかなか始まらない。聞いてみると、30人くらいの参加を見込んでいたのが、どういうわけか今日に限って70人も押しかけ、方丈が一杯になっているという。坊さんたちは総出で資料のコピーをやっていただいている。申し訳ない。
 
 10月9日(月・祝)
 ウィングス京都で、前近代日本都市論研究会。N大学のD氏をゲストとしてお呼びし、近世の「陣屋」研究をじっくりと聞く。陣屋というのは、城のちっちゃなものという認識しかなかったのだが、奥が深い・・・ その後の、例によっての大騒ぎは、いつもの悪役トリオの一人のブログ(10月9日条)にリポートがある(私についての描写にはいつもの通り史料批判が必要であるが、まあ良しとしておこう)。赤ワインと焼酎を堪能。

 10月11日(水)
 D大学にT教授を訪ね、すぐに京都にもどって、「関西テレビ☆京都ちゃちゃちゃ」出演の打ち合わせ。

 10月12日(木)
 K資料館を訪ね、打ち合わせ。

 10月13日(金)
 地獄のロードレース、初日の開始。
 まず、朝日カルチャーセンターの講座「「平安京・京都の歴史を歩く(15)」。だんだんネタがつきてきたので、ついに苦し紛れに「王朝の極楽浄土・宇治」をテーマに据える。こりゃ、宇治研究に真剣にとりくんでおられるKJ大学のN教授の研究班に怒られてしまうな(^_^;)。とにかく、今日はその第一回、講義「宇治の王朝文化」。

 10月14日(土)
 地獄のロードレース、2日目。
 同志社大学で「第170回 新島会例会」に出席。「同志社今出川キャンパスから中世上京を考える」というテーマで話す。
 夜、花園大学のY・K教授の御自宅で、月見という名目のホーム・パーティ。都心の豪華マンションだったことに仰天。参加者みんなが一品づつを持ち寄るという趣向である。さんざっぱら、騒いで、呑む。

 10月15日(日)
 地獄のロードレース、3日目。
 京都タワーホテルで、洛陽高校同窓会に出席。私はこの高校の卒業生でもなんでもないが、講演を頼まれたのである。お題は「歴史探検・京のみやこ」。京都のあちこちには、平安京・中世京都の知られざる遺跡がひっそりとたたずんでいることを述べる。それから、皆さんと一緒に食事。

 10月16日(月)
 既報の通り、テレビ番組「京都!ちゃちゃちゃ」の中の「聞きごろ」コーナーに出演。在来放送ではKBS京都、衛星放送ではスカイパーフェクTVの726ch「関西テレビ☆京都チャンネル」での放映。12時からの放映なのに、集合は10時。2時間も何をやるのだ?と思っていたが、打ち合わせとリハーサルをしているとすぐに時間がたつ。やっぱり、生放送は大変だ。ただ、同時に出演したのが、おもいがけずも古建築模型の老舗株式会社さんけいの工場長のMさんだった。専務のKさんもご一緒。この会社、博物館向けの模型製作にかけては他に並ぶものがないところである。私は、平安建都1200年の時の平安京模型製作で知り合った。その時には、ウチの奥さんもバイトとして雇ってもらったという恩義もある。ともあれ、奇遇を喜ぶ。
 おや、このテレビ出演、珍しく京都でテレビなんぞを見ている山中章博士に実況中継をされてしまったぞ。ともあれ、終わったらヘトヘト。そのあと、大学にもどり、K新聞社の取材を受ける。それから、会議。
 地獄のロードレース、一応は終わり。しかし、まだまだ仕事の山が待っている。

2006.10.15

明日はテレビ生出演、の巻

 明・16日の昼間、12時00分〜13時00分のテレビ番組「京都!ちゃちゃちゃ」の中の「聞きごろ」コーナーに出演し、平安京の話をすることになりました。在来放送ではKBS京都、衛星放送ではスカイパーフェクTVの726ch「関西テレビ☆京都チャンネル」での放映となります。
 ただ、録画ではなく生放送。そんな経験は始めてですので、もしかしてハチャメチャになるかも。はてさて、どうなりますか(^_^;)

2006.10.06

森浩一の大切なもの展、の巻

Mori

 10月5日(木)
 大学院の授業を振り替えて、院生を連れて、古門前通花見小路のギャラリー「○△□(まる・さんかく・しかく)」で開催中の「森浩一の大切なもの」展に出かける。森先生の自身の言葉によると、「たんなるコレクションではなく、その時々の生きた証をきざんでくれている作品」を集めた展覧会である。
 三条京阪近くのギャラリーに付くと、入り口に「森浩一の大切なもの展」という小さな看板が出してある。後で聞くと、先生の奥様(森淑子同志社女子大学名誉教授)の筆になるものだという。中を覗くと、D大学のS助教授が数人の学生に説明をしている。奥の椅子には森先生と奥様が座っておられる。お目にかかれて良かった。さっそくにご挨拶し、ウチの院生連中を紹介させていただく。お祝いにお贈りした小さな花束を入り口に置いていただいており、嬉しい。
 とにかく、これは普通の展覧会ではない。森浩一というひとりの研究者の、いわば「私小説」である。デザイナーであった先生の御父君の絵の数々。司馬遼太郎氏(作家)・松本清張氏(同)・須田剋太氏(画家)といった第一級の芸術家たちとの交流を示す作品。いずれも味わい深いものばかりである。驚いたのは、東洋史学の泰斗・内藤湖南の大きな額があったこと。「森先生雅鑑」と書かれているので、首をかしげる。ハテ、内藤湖南(1886-1934)が森先生(1928生まれ)の為に書を書いたというのは、時代的にちょっと合わないと思ったのである。実はこれは、内藤湖南が森先生の御父君のために書かれたものなのだという。疑問氷解。
 じっくりと、見れば見るほどに感銘が深い。先生、時実新子氏、黒岩重吾氏、俵万智氏との「連歌」などを見ていると、良き日本の「文人」の伝統が脈々と息づいていることがひしひしと伝わってくる。やはり、学問というものは、幅広い交流、知識、好奇心に支えられてこそ成り立つものだということが実感される。我が身を振り返ってみると、穴があったら入りたい思いがしてしまう。
 2階にあがると、このギャラリーの女主人が顔を出してくれる。あっ、やっぱり。以前、三条大橋近くにあって森先生によく連れて行ってもらったスナック「○△□」のママさんだった。華麗なる転進、ということになる。久しぶりにご挨拶させていただく。
 見ていると、知らぬ間に時間が経ってしまう。改めてもう一度お邪魔させてもらうことにして、ここを辞する。興奮さめやらぬので、院生を誘ってビールで乾杯。若い院生諸君にも、この展示の「凄さ」が少しでもわかって欲しいと思う。

 「森浩一の大切なもの展」
 2006.10.3.〜10.14.(12:00〜19:00〈最終日〜17:00〉)
 於:ギャラリー ○△□ (京都市東山区縄手通古門前東入ル)
 解説:森浩一「付載・森浩一の大切なもの展」(森浩一『回想の食卓』所収、東京、大巧社、2006年)
 参考:The Scoop Blog 10月1日条

2006.10.02

京都「匠」倶楽部、の巻

Takumi
 9月30日(土)
 新しい雑誌がでた。講談社MOOK「京都《匠》倶楽部」秋号である。とにかく写真が凄く綺麗。
 その中の「歴史都市・京都と匠インタビュー 4」というところに「京都ブランドが日本中の憧れになった必然の理由」として私がインタビューを受けている。歴史的な流れから、「ものづくりの都市」としての京都を語ったのである。しかし、こうデカデカと顔写真がでると、やっぱり恥ずかしいな(^_^;)。

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