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2007.04.24

最近、書いたもの

最近、書いたもの(〜2007年4月24日)

【著書(分担執筆)】
■京都新聞出版センター編、井上由理子・熊谷栄三郎・黒田正子・高野澄・中村武生・永守淳爾・西村彰朗・藤慶之・山田邦和・山中英之執筆『第3回京都検定 問題と解説』(京都、京都新聞出版センター、2007年4月20日)(分担頁不記載)

【論文】
■山田邦和「中世都市嵯峨の変遷」(金田章裕編『平安京—京都 都市図と都市構造』所収、京都、京都大学学術出版会、2007年2月25日)153〜181頁
■山田邦和「桓武朝における楼閣附設建築」(『国立歴史民俗博物館研究報告』第134集〈山中章・仁藤敦史編「律令国家転換期の王権と都市」論考編〉所収、佐倉、国立歴史民俗博物館、2007年3月30日)155〜177頁

【その他】
■西本昌弘・仁藤敦史・北村優季・村木二郎・山田邦和・山中章(司会)、仁藤敦史・北村優季・西本昌弘・山田邦和・山中章・中島信親・吉川真司・榎村寛之・鈴木拓也・三上喜孝・高橋美久二・網伸也・北野博司・村木二郎(発言)「シンポジウム『律令国家転換期の王権と都市』」(『国立歴史民俗博物館研究報告』第134集〈「律令国家転換期の王権と都市」論考編〉所収、佐倉、国立歴史民俗博物館、2007年3月30日)357〜414頁
■山田邦和「退任の辞」(『花園大学考古学研究室だより』特別号掲載、京都、花園大学考古学研究室、2007年4月1日)1頁
■山田邦和「地名を殺すな!」(『花園大学人権教育研究センター報』第11号〈通巻30号〉掲載、京都、花園大学人権教育研究センター、2007年4月1日)55・56頁

【講演のインターネット配信】
■山田邦和「江戸時代の平安京研究」(2007年3月15日講演、於京都府立総合資料館「府民講座」)(京都府企画環境部スポーツ生涯学習室「生涯学習総合ネット」http://kyo-own.kyoto-be.ne.jp/js/user/run_pageopen_action.do?areaid=01&menuid=193&servicekb=0&routetype=1&pgmode=guest)88分

2007.04.12

京女で書評会、の巻

 本年度春学期の授業(特記なきものは同志社女子大学現代社会学部)。
(月)2講時「専門基礎演習」(2回生ゼミ)
   3講時「基礎演習」(1回生ゼミ)
(火)4講時【花園大学文学部】「京都学概論」
   5講時【花園大学大学院文学研究科】「日本史学演習」
(水)2講時【同志社女子大学大学院文学研究科】「考古学特論」
   3講時「博物館概論」
(木)2講時「応用演習 I」(3回生ゼミ)
   4講時「考古学 I」
(金)6講時【同志社大学文学部】「日本史」

 このうち、「博物館概論」と「考古学」は、私の赴任にともなって、同志社女子大学としてはその歴史上で始めて(大袈裟な!(^^)\ )設置された科目である。
 初年度なので同志社女子大学の授業は負担を軽減してくれているが、それでも6コマある。非常勤でも、同志社大学と花園大学でもう3コマ担当しているから、結局、月曜から金曜まで、どこかの大学で講義していることになる。さらに、金曜日は隔週で朝日カルチャーセンターと京都新聞文化センターの講義が入っている。
 来年度にはもう2コマ、3年後にはさらに1コマが追加されることになるから、このままでいくと本務校だけで9コマ?になるのか・・・ う゛〜〜。

 2007年4月6日(金)
Sakura_2 同志社女子大学現代社会学部の新入生とともに、同志社の創立者・新島襄先生の墓参。新島先生の墓は、東山の若王子山(にゃくおうじやま〈にゃっこうじやま〉)の山頂にある。山の中の小道を、数百人の女子学生が集団で昇っていく。下山してからは、新しく同僚となった先生方とおしゃべりしながら、久しぶりに「哲学の道」を歩いてみる。疏水のきれいな流れの脇に、桜が満開(写真)。ぽかぽかとした陽気で、おもいがけないお花見ができた。調子に乗って、そのまま百万遍(いわずとしれた、京都大学の側)まで歩いてしまう。
 そうだ、「地図出版の400年」の展覧会をやっている、と気が付いて、京都大学総合博物館に立ち寄る。入場してみると、ちょうど、担当者のUさんがおられる。ありがたい。京都大学の底力を感じさせる展示を堪能する。

 2007年4月7日(土)
 野口実教授が主宰される、京都女子大学宗教・文化研究所ゼミナールの特別研究会(No.5594以下)。最近出たばかりの、元木泰雄京都大学大学院教授の『源義経』(吉川弘文館)と、美川圭摂南大学外国語学部教授の『院政—もうひとつの天皇制—』(中央公論新社)の書評会である。著者である元木・美川両教授が列席されるとともに、関東からはわざわざ、有職故実と武器武具の専門家である近藤好和神奈川大学特任教授と、N出版のIT氏も駆けつけられるという豪華な研究会である。 著者の両教授を目の前にしながら、密度の濃い議論。
 終了後は、京阪電車七条駅近くの店で懇親会。メニューを指さしながら「ここからここまで、全部」と注文する近藤教授の豪快な食べっ振りに、驚愕。2次会は、元木・美川・近藤各教授とIT氏とで、四条大橋近くのバー(私も含め、年寄りばかりで、学生院生はどこかにいっちゃったぞ)。ここでも、しこたまに呑む。さすがの私も、ダウン寸前。家で待つ犬たちのことが気になりだして、途中退席。それでも、夜中の12時を回っていた。しかし、後で聞くと、近藤教授は3次会で円山公園のお花見へと繰り出したそうである。またまた、驚愕。

 2007年4月8日(日)
 山中章博士、SM博士、DJ大学のO教授で、いつもの会合。ホントは論文集刊行の打ち合わせだが、主体はやはり、お酒。中京の洒落た日本料理の店で、めずらしいものをたらふくいただく。2次会は、河原町三条の地下の隠れ家。

 2007年4月9日(月)
 同志社女子大学の授業開始。2回生と1回生のそれぞれのゼミ。まずは顔合わせである。

 2007年4月10日(火)
 WH先生御夫妻の御著書のお手伝いで、ST博士とともに、京都駅近くの高級中華料理店。フカヒレづくしという、何とも豪勢なお料理である。舌鼓を打つ。

 2007年4月11日(水)
 大学院の授業(これは毎年のことで、慣れている)と、私の主な本務である「博物館概論」の一回目。人数がどれくらいになるか気をもんでいたが、なんとか落ち着く。

 2007年4月12日(木)
 3回生のゼミ。同志社女子大学での、初めての「山田ゼミ」となる。それから、私のために新設していただいたような「考古学」。夕方は、学部の教員会議にはじめて出席し、就任の御挨拶をさせていただく。

2007.04.04

同志社女子大学着任、の巻

 各 位
                         2007年4月1日
 拝啓  時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。いつも、「平安京閑話」にお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
 さて、               私儀、  
本日、同志社女子大学現代社会学部社会システム学科に着任いたしました。花園大学在任中に頂戴いたしました御厚情に厚く御礼申し上げます。新しい職場では、同学科の京都学・観光学コースの教育を分担するとともに、博物館学芸員課程を担当いたします。特に、博物館学芸員課程は同大学としては始めての設置となり、その創設にたずさわるという重責をひしひしと感じております。新しい環境のもと、教育と研究とに全力でとりくんでいく所存でおりますので、今後ともなにとぞよろしく御指導御鞭撻賜れますようお願い申し上げます。
 略儀ながら、ブログの場をお借りして、皆様にご挨拶申し上げます。

                  同志社女子大学現代社会学部教授 山田邦和


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 2007年4月2日(月)
 同志社女子大学の入学式に参列する。場所は、同志社の今出川キャンパスのシンボルである赤煉瓦の「栄光館」。ここに足を踏み入れるのは、私が博士号をいただいた時以来である。そうだ、あれからもう10年になるんだ。式はもちろんキリスト教。オルガン演奏と賛美歌。これまでは花園大学の仏教色にどっぷりと浸かっていたので、いささかカルチャーショックである。
 夕方、花園大学に行く。恒例の、新旧教職員の歓送迎会が開かれるのである。食堂で待っていると、私の後任として着任された、高橋克壽准教授(元・奈良文化財研究所主任研究官)が登場される。埴輪などの古墳時代の研究で著名な研究者である。私としては、全幅の信頼をおいて後事を託せる後継者に恵まれたことになる。ややもするとポスト削減の嵐が吹き荒れる大学業界の中で、これほど幸せなことはない。
 さらに、朗らかな笑顔とともに学長老師が御登場。私は、老師の隣席に座らせていただき、いろいろとお話を伺うことができる。宴が始まる。私は、退職者を代表して挨拶を述べることになる。いろんな教職員の方から、ビールをついでいただく。皆さん、本当に、お世話になりましたm(_ _)m。
 1次会が終わったら、余ったワインやお酒を芳井敬郎副学長の研究室に持ち込んで、例のごとく2次会。だんだん酔っぱらって、呂律が回らなくなる。芳井先生とはもう30年来の付き合いである。私が花園大学に職を得ることができたのも、先生のご尽力の賜物だった。そして、この8年間、芳井先生には本当にお世話になった。いくら感謝しても、感謝しきれるものではない。一足先に帰宅される先生を見送ろうとすると、とたんに感情がこみ上げてきた。涙が次から次へとボロボロとあふれて、止まらなくなる。
 3次会は、福島恒徳教授、松田隆行准教授、師茂樹専任講師、高橋准教授とともに、大学近くの呑み屋。福島・松田・師の各先生は、これまで花園大学で苦楽を共にしてきた親しい仲間たちである。やはり、完全に呑みすぎとなる。

Douzyo(写真: 同志社女子大学京田辺キャンパス)

 2007年4月3日(火)・4日(水)
 学校法人同志社(もちろん、同志社女子大学はこの傘下校)の「入社式」。なんだか会社員になるようだが、同志「社」だから「入社」なのである。同志社大学今出川キャンパスにでかけて、他の傘下校の新入教職員とともに、理事長から辞令を頂戴する。これで、正式着任である。

 私の所属は、同志社女子大学の現代社会学部社会システム学科。一見、私とは何の関係もない学科に見えるが、ここには「国際理解コース」「ビジネスマネジメントコース」「ライフマネジメントコース」「法システムコース」と並んで、「京都学・観光学コース」が設置されている。私の職務のひとつは、この「京都学・観光学コース」の教育を分担することである。「京都学」となると、これは確かに私の分野である。
 さらに、私に与えられた主要な職務は、新設の博物館学芸員課程を担当することである。ひとつの課程の創設にかかわり、それを軌道に乗せるということはかなりの大仕事になるが、やりがいがあることも確かである。とにかく、気負わず、じっくりととりくんでいくことにしたいと思う。4日には、主たる勤務地となる同志社女子大学京田辺キャンパスへ「初出勤」。

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