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2007.06.23

門脇禎二先生、さようなら、の巻

 2007年6月15日(金)
 12日の夜に、衝撃的な知らせを聞いた。日本古代史の泰斗として知られる、京都府立大学名誉教授・京都橘女子大学名誉教授の門脇禎二先生がお亡くなりになられたというのである。 門脇先生は、京都府立大学におられたということもあって、京都文化博物館在籍当時によくお世話になった。特に、「大唐長安展」(1994)では検討委員会の座長をおつとめいただき、現場の我々に対して懇切な御指導を賜った。豪放磊落で、かつ繊細な心遣い、という形容がぴったりあてはまる先生であった。後に知ったのだが、先生は私ごとき者のことまでも気に懸けていただいており、見えないところから援助の手をさしのべてくださっていた。涙がでるほど、ありがたいことであった。
 15日、先生の御通夜。16日に告別式だという。どちらも日程がつまっているのだが、お別れをいわないわけにはいかない。金曜日の夜の授業をそそくさと終えて、京都駅の八条口にある葬祭場に急行。しかし、着いた時にはもう御通夜が終わったところであり、ぞろぞろと参列者の皆さんが帰って行かれる。片づけをしているところになんとか潜り込ませてもらい、祭壇に安置された先生の御棺の前で、しばしの祈りを捧げる。
 門脇先生、本当にありがとうございました。どうか、安らかにお眠りください(合掌)。

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2007年6月18日(月)
 京都府庁にかけつける。天橋立世界遺産登録可能性検討委員会の、ワーキンググループ会議。KF大学のHT准教授を囲んで、うちあわせ。少し、方向性が見え始める。そのあと、久しぶりにHTさんと、痛飲。それぞれの大学で、同じような悩みをかかえながら仕事を進めていた、ということが判明。驚愕。

 2007年6月20日(水)
 夜、京都センチュリーホテルで、同志社女子大学教職員の懇親会「昭四会」(昭和四年設立に由来するという)の大会。180人ほどが集まって、盛会。大きなマグロが登場して、マグロの解体ショー付きである。贅沢に、トロの刺身を頬ばる。利き酒などをしながら、ほどほどによっぱらう。

2007.06.19

ピジョー先生、ようこそ、の巻

 2007年6月9日(土)
 大阪樟蔭女子大学考古学実習室で開かれる、日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会関西連絡会にでかける。とはいっても、最近は、日程が合わずにサボリ続け。申し訳ない次第である。例によって、中身の濃い議論。珍しく、飲み会は欠礼して帰宅、仕事にかかる。

 2007年6月12日(火)
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 花園大学での授業を終え、すぐに木屋町二条。南カリフォルニア大学の日本史のピジョー教授が御夫君とともに来日。SM博士が京都をご案内されたあと、合流ということになる。DJ大学O教授ご推奨のしっとりとした料亭。KR文化館のYEさんは、いつもながらの美しい着物姿の上、流暢な英語で通訳をつとめてくださる。楽しい時間が過ぎる。

 2007年6月14日(木)
 同志社大学考古学実習室の定例研究会に出席。韓国・忠清文化財研究所の若い研究員の方々が来日されているので、その歓迎会。同志社大学寒梅館のレストランで、ワインで乾杯。

 2007年6月16日(土)
 前近代都市論研究会の例会と花園大学考古学研究室総会が重なる。と、いうことで、昼間は前者、夜は後者にでかけることにする。
 前近代都市論研究会は、京都アスニー。その前に、レストランで仁木宏さんと山村亜希さんとで食事をしなから、来月に迫った英国での学会の報告について、うちあわせ。研究会では、ET博物館のSS氏をゲストにおよびし、東国の中世の城館の研究の現状をみっちりと勉強する。
 夜の懇親会は、木屋町の飲み屋で、花園大学考古学研究室総会の懇親会。懐かしい皆さんが揃う。高橋克壽准教授が、花大考古学の新しい時代に向けて、着々と仕事を進めておられる。安堵。

2007.06.05

天橋立を世界遺産に!、の巻

またまたサボり癖がついている。我ながら、仕方ないな。

 2007年5月19日(土)
 京都文化博物館のOB会の設立総会。私が博物館を離れて、もう8年がたつ。懐かしい顔が集まる。
 懇親会は失礼して、日本史研究会の五月例会に出席。「前方後円墳体制の再検討」をテーマに、東海大学の北條芳隆教授と大阪大学の寺前直人氏の御報告を聞く。北條教授の大胆な仮説に目を見開く。そのあとは、当然のごとく、飲み会。 

 2007年5月20日(日)
 夏に行く、英国での「国際中世史学会」に関係される先生方が来日。KM大学のT教授のご案内で、東京→京都→熊本と列島横断されるそうで、京都の案内役を仰せつかった。京都駅でお出迎えをして、広隆寺の前の料亭で昼食。みなさん、日本ははじめてだというのに、お箸を上手に使われる。広隆寺をご案内してから、嵐電で天龍寺へ。天龍寺境内では、今まで気づかなかった石碑を「発見」。何回行っても、やっぱり何か新たな発見があるものだ。夕食は、先斗町のしっぽりとしたお店。

 2007年5月22日(火)
Cimg_0102_1 去年に引き続き、森浩一先生がプライヴェート展「森浩一のささやかな歩み展」(5/22〜5/27)を開かれるので、お邪魔する。森先生と奥様が、にこやかに迎えてくださる(写真)。松本清張氏・司馬遼太郎氏との交流関係を中心に、心温まる内容である。感動。24日には、ウチの奥さんを連れて、再訪。

 2007年5月25日(金)
 (財)古代学協会の学術雑誌「古代文化」編集委員会。新しく編集主任に就任されたS氏と、事務局を担当されるY氏の奮闘により、新生に向けて、序々に形が出きていく。ありがたいことである。
 夜は、花園大学創立記念日の祝賀会。

 2007年5月26日(土)
 東国行き。上野公園で大道芸のパフォーマンスに見とれる。その後、久しぶりに国立科学博物館を見学。展示がリニューアルされて、すばらしいものになっている。たくさんの家族づれの観客。子供たちも本当に楽しんでいる。企画展「相模湾の生物—きのう・きょう・あす—」では、昭和天皇の海洋生物研究が克明に紹介されており、興味を引かれる。

 2007年5月27日(日)
 国立歴史民俗博物館の展示プロジェクト会議。秋の企画展「長岡京遷都—桓武と激動の時代—」の計画が、いよいよ大詰めである。博物館の仁藤敦史准教授と村木二郎助教の御努力により、すばらしい内容が形作られていく。私も何か見せるものを持っていかねば恥ずかしいので、唐長安城・洛陽城の復元図試案を提示する。予定決定では、10/8-9、11/10-11、11/17-18が割り当てられる。こりゃ、秋は歴博に出ずっぱりとなるな。
 飲み会が楽しく、長引いてしまう。東京駅で最終の新幹線に、なんとか飛び乗る。

 2007年5月28日(月)
 ラボール学園(京都勤労者学園)の「日本史講座〜史跡からみる京都の歴史—古代・中世—」に出講。KK大学のNT准教授のコーディネイトで、14回にわたる興味深い内容となっている。私はその第7回で、「京都の墓地」を話す(マニアックなテーマだ!)。たくさんの方々がお見えで、熱心に聞いていただく。

 2007年6月2日(土)
意を決して、相国寺の「承天閣美術館」にでかける。開基足利義満公600年遠忌記念
『若冲展—釈迦三尊像と動植綵絵120年ぶりの再会—』
が明日限りなのである。意を決して、というのは、この展覧会、凄い人気で超満員の盛況だといい、これまで怖気をふるっていた。しかし、やはり機会をのがすわけにはいかない。朝一番ならまだマシか、と思って、とにかく出かける。
 行ってみると、烏丸今出川の同志社の前にも、ゾロゾロと人が相国寺に向かっていく。承天閣につくと、信じがたいほどの長蛇の列。覚悟して最後尾に並び、用意していたヘッドホンステレオと本を取り出す。結局、1時間半待ちでようやく中に入れる。若冲の絵画は、確かに素晴らしい。
 昼頃に外に出ると、ふだんはひっそりと静まりかえっている相国寺の境内が、人であふれている。行列は承天閣の前から方丈の前を通り過ぎ、壮大な法堂の前で折れ曲がり、後水尾天皇歯髪塚あたりまで続いている。係の人に聞くと、3時間待ちだという。驚愕。
 午後、思い立って、梅小路蒸気機関車館へ(要するに、博物館関係の授業のネタ集めである(^_^;))。ちょうど、蒸気機関車の勇壮な「車庫入れ」に間に合う。黒い鉄の巨体が煙を吐きながらゆっくりと動くのは、鉄道ファンならずとも感動する光景である。
 
 2007年6月3日(日)
 今日は、ウチの奥さんと連れだって、滋賀県甲賀市信楽の山奥にあるMIHO MUSEUMへ。前から見たかった、「中国・山東省の仏像—飛鳥仏の面影—」をやっている。展示されている仏像は南北朝時代(北魏・東魏・北周など)のものが多く、アルカイックな表情を堪能する。
 帰り道では、淳仁天皇の保良宮跡の周辺に立ち寄る。最近、古代都城史の再構成へと試行錯誤しているので、副都・保良宮の位置づけを考え直してみたかった。とはいっても、保良宮の正確な場所はわかっていない。大津の南郊の小さな小さな谷間で、今は住宅地になっている中に「へそ石」と呼ばれる礎石がひとつ、ポツンと置かれている(もっとも、この「へそ石」は保良宮そのものの遺物ではなく、おそらくは関連の寺院のもの)。なぜこんなところに副都が置かれたのか、思いをめぐらす。さらに、近津尾神社(境内に洞<ほら>神社が移されている)と松尾芭蕉の幻住庵、琵琶湖を望む山の上の国分聖徳太子堂にお詣りしてから、帰洛。
 
 2007年6月4日(月)
 暑い日である。大学をとびだして、自宅近くのルビノ堀川へ。京都府が、丹後の天橋立を「世界文化遺産」にすることをめざすということで、天橋立世界遺産登録可能性検討委員会を結成することになり、その委員に御指名いただいた。会場にとびこむと、丹後の市長・町長・副市長・青年会議所理事長など、偉い方々がそろっているし、テレビのカメラも入っている。世界遺産への登録は条件がどんどん厳しくなっているようで、天橋立がその仲間入りができるかどうか、予断を許さない。しかし、私もせっかくの機会だから微力を尽くさせてもらうことにしよう。

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