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2007.11.27

諏訪内晶子さんを聞く、の巻

最近、聞いたコンサート。

◎2007年11月4日(日)
「京都の秋音楽祭 パリ管弦楽団」 於 京都コンサートホール
クリストフ・エッシェンバッハ指揮 パリ管弦楽団 諏訪内晶子(ヴァイオリン)
 曲目:チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調、ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)、ラヴェル:ラ・ヴァルス

 パリ管弦楽団のコンサートは、待望のものであった。これまで、諏訪内晶子さんのヴァイオリンを聞きたい聞きたいと思っていた。しかし、今年初めの京都初登場の時にはチャンスを逸してしまった。その時に聞きに行ったSN大学のMK教授やK大学のMY教授は「凄かった。すばらしかった。夢見心地だった。生涯忘れられない経験だった」と大絶賛で(→こちらの掲示板のNo.5505・5510、参照)、私はさんざっぱら羨ましがらされたあげくに地団駄を踏んだのである。だから、今回はどうしても逃せない、ということで、早くからチケットを入手していたのである。
 すばらしかった。諏訪内さんの輝くばかりの美しさ。天は二物を与えず、ということわざには見事な例外がある、ということの見本である。お目当てのチャイコフスキーでは、まるで雌彪のようなしなやかな動きで曲に挑みかかる。至福の時間であった。
 休憩時には、NH氏および極悪「KYYY筆頭」こと某古代史研究者KM氏の御夫妻(彼女は諏訪内さんではなく、パリ管のイケメン兄ちゃんがお目当てだった、らしい)、MY教授、KF大学のIN教授ともばったり。

 驚かされたのは、指揮者クリストフ・エッシェンバッハ。実は、この人には今まであんまり興味を持っていなかった。ピアニストからの転身の指揮者ということと、ある音楽評論家が「エッシェンバッハの音楽は暗い」と断じていたことを読んだので、なんとなく偏見を持っていたのである。しかし、これは私の大きな誤りだった。チャイコフスキーでは諏訪内さんを立ててやや控えめだったが、ストラヴィンスキーとラヴェルでは実に緻密にパリ管をドライヴしていく。この人はタダ者ではない。パリ管とフィラデルフィア管という世界の超一流オケふたつを手中に収めているのは、確かに伊達ではない。
 さらにさらにキモを潰したのは、アンコールでのラヴェル「ボレロ」。エッシェンバッハ、両腕をダラリと下に降ろし、突っ立ったままである。もちろん、パリ管にとってはこの曲は自家薬籠中のものであり、場合によっては指揮者なんかいなくても充分に演奏できるであろう。しかし、今回のエッシェンバッハは、何もしていないのではない。私の席からは表情が良く見えたのだが、ごくごく僅かに頭を動かし、目の表情だけでカンどころを押さえた指揮をしているのである。目だけの指揮、というのは話にはよく聞くが、ここまで極端な場面を見せつけられるのは始めてである。確かにこれは、よほどの自信と、オケとの信頼関係がないとできないワザであろう。パリ管の猛者たちも、指揮者のオーラに応えての大熱演をくりひろげてくれた。凄い、凄いぞ、エッシェンバッハ=パリ管!

 終了後は、京都コンサートホール近くのイタリアン・レストラン。


◎2007年11月7日(水)
「京都市交響楽団 第506回定期演奏会 ~秋の夜に味わう究極の名曲~情熱のラフマニノフ&至高のエルガー」  於 京都コンサートホール
大友 直人指揮 京都市交響楽団 小山実稚恵(ピアノ)
 曲目:ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番ニ短調op.30、エルガー:交響曲第2番変ホ長調op.6

 京響の定期演奏会には、すっかり京都にはおなじみとなった小山実稚恵さんが登場。いわずと知れた、日本を代表するピアニストのおひとりである。いつもながら、ダイナミックな演奏と、弾き終わった後の可愛らしい笑みとがすばらしい対照をつくっている。京響も、よく見せる弱点をうまくカヴァーしての名演だった。
 終了後は、京都コンサートホール向かいのタイ・レストラン。これはおいしかった\(^o^)/。


◎2007年11月22日(木)
「城陽市市制施行35周年記念事業・宝くじ文化公演 不滅の三大交響曲」 於 文化パルク城陽プラムホール
ヤコブ・クレッカー指揮 チェコ国立ブルノ・フィルハーモニー管弦楽団
 曲目:ベートーヴェン 交響曲第5番「運命」、シューベルト 交響曲第8番「未完成」、ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」

 京都コンサートホールばかりでなく、たまには違うところ、ということで、大学からの帰途の途中の城陽市にある、文化パルク城陽にでかける。運命、未完成、新世界より、という、判で押したようなポピュラー名曲集である。そのせいか、1300席が満席だったのは御同慶のいたり。
 ただ、チェコ国立ブルノ・フィルというオケは、正直いってこれまで全然知らなかった。開演で、学生のような若い若い指揮者が登場したのにはびっくりする。えっ?首席指揮者のペトル・アルトリヒテルが指揮するんじゃないの?? あわててポスターを見直すと、本日はもうひとりの指揮者・ヤコブ・クレッカーであった。24歳(!)の新進気鋭の指揮者だという。ありゃりゃ、まるで「のだめカンタービレ」みたい(^^;)。ただ、ベートーヴェンの「第5」は、この若い指揮者にとってはちょっと荷が重かったように感じた(それとも、私の頭の中の「第5」の基準がライナー&シカゴの超名演だから、ついつい無いモノねだりをしているのかもしれない・・・)。楽しめたのは「未完成」。早めのテンポでアクセントをきっちりととり、それにオケのふくよかな響きが合流する。特に、金管がステキな音を出してくれている。さらに、メイン・プログラムの「新世界より」。チェコのオケにとって、この曲はまさに「自分の音楽」であろう。渾身の熱演をくりひろげてくれた。
 終了したが、今日は御馳走は、無し。

2007.11.21

歴博フォーラム、の巻

11月16日(金)
 大谷大学博物館で開催中の「法隆寺一切経と聖徳太子信仰」展を見る。大規模ではないが、きわめてよく整った大学博物館。うらやましい限りである。展示も、大谷大学の底力を感じさせる内容である。午後は、京都文化博物館の「トプカプ宮殿の秘宝」展を駆け足でみてまわる。私がイスタンブルを旅したのは10数年も前。懐かしく思い出す。
 その後、(財)古代学協会の「古代文化」編集委員会。

11月17日(土)・18日(日)
Rekihaku 国立歴史民俗博物館の「長岡京遷都」展の関連イヴェントの「歴博フォーラム 激動の長岡京時代」のため、東下。朝早くおきて、同志社女子大学の朧谷寿教授と、SM博士とまちあわせ。山中章博士は名古屋駅で合流するが、残念ながら号車が違う。昼前、歴博到着。担当の仁藤敦史准教授が来てくれて、展示を観覧。朧谷先生はまさに嘗めるように展示を御覧になる。さすが、である。その後、東京・秋葉原まで戻って、ホテルで皆さんと落ち合い、大宴会。
 日曜日、いよいよ本番のフォーラムである。大挙して、皇居のお濠ばたの東証ホールにおしよせる。しばしの歓談中、メイン・ゲストの永井路子先生が御登場。お会いできて光栄です。午前中は、永井・朧谷両先生の座談会「長岡京から平安京へ—光仁・桓武・嵯峨朝の世相—」で、山中博士と私とで司会をつとめさせていただく。永井先生の談論風発を朧谷先生が見事にリードされ、和気藹々の楽しい座談会となる。時間厳守を厳命されていたが、数秒と狂わず時間通りきっちり終了。自慢モノである。会場をでると、永井先生の熱狂的ファンが先生をとりまく。
 午後は、この展覧会の展示プロジェクト委員の皆さんの研究報告。なんと12時50分から15時40分まで、休憩無しで6本のマラソン報告となる。最後は総合討論。御指名いただいたので、長岡京廃都の原因について、その場で気が付いたことを述べる。17時すぎ、閉会。楽しく盛り上がり、また、刺激充分のフォーラムだった。(写真=〔上〕総合討論、〔下〕朧谷教授を尊敬の眼差しで見上げる山中博士。右隣は永井先生)。そのあとは、東京駅に場所を移して歴博のHM館長も加わって、最終の宴会。
 この展覧会の母体となった歴博共同研究「律令国家転換期の王権と都市」から数えると、実に6年間におよぶロングランの研究だった。これで一応のキリとはいえ、お名残り惜しいな・・・
 あとはともかく、ひとりでも多くの方がこの「長岡京遷都」展をみていただけるよう、祈るばかりである。みなさん、まだ間に合いますので、ぜひぜひ歴博に足をお運びくださいm(_ _)m

【刊行物】
◎山田邦和「かんぎこういん 歓喜光院」「じゅらくてい 聚楽第」「しょうかどう 松花堂」「ずいしんいん 随心院」「せんにゅうじ 泉涌寺」「ふくちやまじょう 福知山城」「へいあんきゅう 平安宮」「へいあんきょう 平安京」「へいあんつうし 平安通志」「へぬし 戸主」「ほ 保」(小野正敏・佐藤信・舘野和己・田辺征夫編『歴史考古学大辞典』所収、東京、吉川弘文館、2007年2月)、300・589・601・643・687・1004〜1005・1031〜1032・1032・1034・1042・1044頁

2007.11.16

「長岡京遷都」展、宣伝、の巻

Nagaoka
【宣伝】
千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館では、特別展「長岡京遷都—桓武と激動の時代—」を開催中です。会期半ばを過ぎました。長岡京研究の最新の成果を投入した、リキのはいった展覧会になりました。これは、見逃すと一生の損! 12月2日までですので、どうぞ歴博にお急ぎください!

と、いうわけで、この展覧会の関連イベントの「歴博フォーラム」のために、明日は歴博、あさっては東京行きです。

ひこにゃんって何だ?、の巻

さて、急いで日記をとりもどそう。

10月28日(日)
洛中のウィングス京都で、前近代都市論研究会。「Yさん@K研究所」と、「Yさん@AK大学」の報告。従来は「Yさん@K研究所」と「某古代史研究者」こと「Kさん@SK大学」、それに私を加えて「YYK三悪トリオ」とか言われてきた。2次会の席で、ここに「Yさん@AK大学」を(ムリヤリ)加入させて、YYYKとすることを決定。ネパール料理を堪能した後、2次会は焼酎。最近、琵琶湖周辺の某城下町では〝ひこにゃん〟と称する奇妙な動物が跋扈しているという噂を聞きつける。新種の動物であるらしいし、もしかして妖怪なのかもしれないが、詳細はわからない。なんでも、某城下町の駅前を歩いているとこの動物に抱きつかれて顔を嘗められる、らしい〔←ウソ〕。「ひこにゃん? 何、それ?」と言ったら、一斉に笑われて、某古代史研究者のKさんからは「非国民」の称号を賜るにいたる。近江の国の非国民に認定されたからといって痛くも痒くもないのであるが、それでも、あんまりといえばあんまりな言われようである。知らんがな、逢坂山の向こうのことなんか!と強がってはみるが、しかし、他のみんなもひこにゃんを知っている中ではいささか分が悪い。京都生まれの某氏にいたっては、携帯電話の画面にひこにゃんの写真を入れていることが判明。不思議な趣味の持ち主である。隠れ近江国人、ということなのだろうか?

11月2日(金)
少し時間が空いたので、神戸行き。神戸市立博物館で開催中の「失われた文明〜インカ・マヤ・アステカ展」を見学。メソアメリカ文明とアンデス文明については最近は勉強を怠っているので、最新成果に触れることができるのがありがたい。
 市博を出てからは、神戸海洋博物館と神戸華僑博物館を見学、南京町の中華街で食事。しかし、三宮のG書店に行くと、近く店じまいをすると聞かされる。神戸としては数少ない風格ある古書店だっただけに、いささかショック。

11月3日(土・祝)
 ウチのゼミ生をつれて、京都御所一般参観にでかける。京都の歴史のゼミ生なんだから、京都御所を知らないでは恥ずかしいのである。今回は紫宸殿の南庭まではいることができ、ラッキー。京都御苑の南西端の閑院宮邸も近年から見学できるようになったので、上がり込む。終了後は、河原町のお好み焼き屋さんで「宴会」。

11月4日(日)
下京区身体障害者団体連合会の平成19年度「福祉のつどい」(於京都東急ホテル)に呼んでいただき、「戦国時代の京都」を講演する。このところ、この団体にはおなじみさんになっている。席に着くと、隣は某政党の幹事長をつとめる有名政治家だったので、びっくり。
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最近、出たもの。
◎山田邦和「暮らしと葬送の遺跡〜福井遺跡、大虫神社経塚」(加悦町史編纂委員会編『加悦町史』資料編 第1巻所収、京都府与謝野町、与謝野町役場、2007年3月)343〜344、381〜390頁
◎山田邦和「桓武伝承〜桓武陵」(国立歴史民俗博物館編『長岡京遷都—桓武と激動の時代—』図録 所収、佐倉、国立歴史民俗博物館、2007年10月)26〜27頁
◎山田邦和「埋蔵文化財をめぐる社会システムの混迷」(『日本史研究』第542号掲載、京都、日本史研究会、2007年10月)74〜79頁

森浩一先生傘寿記念会、の巻

またまた、ずいぶんのごぶさたである。サボリ癖がついちゃったな・・・・

10月3日(水)
同志社大学文学部文化史学科の嘱託講師の懇親会。

10月6日(土)
京都新聞文化センター『京都観光「ガイド塾」』の第1回で、「京都の歴史(平安京時代)」を話す。
夜は、H大学のY教授の御自宅で、「月見の宴」。

10月9日(火)
国立歴史民俗博物館の「長岡京遷都」展の内覧会に出席。

10月10日(水)
古代学協会の新しい共同研究「仁明朝史の研究」の会合。

10月13日(土)14日(日)
日本史研究会の大会。例によって、夜は、文理閣の黒川代表の御自宅で、痛飲。

10月18日(木)
同志社大学の寒梅館で、映画「武士の一分」を見る。主演は木村拓哉さん。いわずとしれた、工藤静香さんの御主人である。

10月19日(金)
京都市環境評価委員会。

10月26日(金)・27日(土)
全国大学博物館学講座連絡協議会西日本部会の大会が花園大学で開催される。わが大学は、新入会員としての「デビュー」をかざる。

10月27日(土)続き
Morisanzyu森浩一先生の傘寿記念パーティが、京都タワーホテルで開催される。なつかしい顔ぶれが集まって、盛会。森先生も身体には注意に注意を重ねて生活しておられるようで、お元気なご様子。「まだまだ元気で、醍醐寺の裏山もこないだ行ってきた」とおっしゃるので、安心である。「食い物に対する執着がなくなったら早く死ぬ」と、いつもながらの森節がとびだす。
 帰りにいただいたのが、先生の新著『古代史おさらい帖—考古学・古代学課題ノート—』(筑摩書房)である。先生の、学問への変わらぬ情熱に、感動。

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