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2008.01.22

仁明朝史研究会始動、の巻

2008年1月9日(水)
 法住寺殿の跡に建つ高級ホテル・ハイアットリージェンシー京都で、京都・大阪のホテルマン・ホテルウーマンを対象の研修会。「東山地区の歴史」を話す。ホテルの最前線で接客をやっておられる方ばかり。こういう方々こそ、京都の史跡の魅力を発信する先頭に立っていただかなくてはならない。
 終了後は、ハイアットのY総支配人に誘われて、フレンチ。ウチの奥さんまで呼んでいただき、お相伴にあずかる。ちょっとした奥さん孝行の夜であった。

 1月10日(木)
 昨年のこの頃は、一年中で一番ヤキモキする日々であった。前任校の花園大学では卒論・修論の提出と審査があるのである。しかし、現任校の同志社女子大学では、私のゼミは始まったばかり、ということで、今年は卒論はナシ。昨年までのことを考えると何か拍子抜けするというか、申し訳ないような感じである。ただ、今年度一杯は花園大学の大学院の指導が残っている。聞いてみると、私の担当の四人は、なんとか無事に修論を提出できたという。ホッと一安心である。

 1月11日(金)
 朝日カルチャーセンターの出講を終えてから大学へ。在学生への「博物館学芸員課程説明会」をこなす。ただ、同女の学芸員課程は今年始まったばかりのヨチヨチ歩きである。現在の1回生には問題ないのであるが、2回生以上には完全対応することができない。ちょっと気の毒であるとは思うがやむをえない。とにかく、博物館学芸員資格の魅力、を話す。
 終了後は、今出川にとって返して、同志社大学の夜の授業。

 1月12日(土)
 JR西日本「京の魅力探訪ウォーク」で、豊国神社。

 1月15日(火)
 花園大学出講。私にとっては、花園大学での授業は専任8年+非常勤1年の9年間におよんだ。それが、この日で最後となった。特に、花園大学での「京都学概論」は、私が一番力を入れた講義であった(そもそも、この授業は私の着任とともに新設していただいたもの。いわば、私のために作ってくれたような授業だった)。他の大学でも同様の授業はおこなっているのであるが、やはり学生気質に違いがあるというのか、大学によって学生の反応が違う。一概にどこが良くてどこが悪いかということは言えないけれども、花園大学での受講生諸君は反応が一番ストレートだった感じがする。私も、ホームグラウンドということでゆとりをもって話をすることができ、なかなかにやりがいがあったのである。しかし、それも今日でおしまい。いささか感無量である。
 その後、修論を提出したばかりの院生諸君を誘って、いつものお好み焼きとビールでささやかに祝宴。

 1月16日(水)
 文理閣で会議。少しづつ、新しい本の形ができあがってくる。

 1月17日(金)
 同志社女子大学での授業の最終日。一年間、なんとかやってこれたな・・・ ただ、授業によっては、我ながらまだまだ形が整っていないものがある。それをどう再構成してキレイなものにしていくか、来年度の課題だな。

 1月18日(金)
 (財)古代学協会の評議員会。

 1月19日(土)
 OS社のYMさんから京都劇場でやっている劇団四季の「ユタと不思議な仲間たち」のチケットをいただく。実は、今までミュージカルのナマはなんとなく敷居が高くて、見るのはこれが初体験である。楽しみにして行ってみると、これがなかなかに面白い。ミュージカルというのはまさに近世の歌舞伎芝居の伝統の上にたつ芸能である。たっぷりと堪能することができた。YMさん、どうもありがとうございましたm(_ _)m。

 1月20日(日)
 (財)古代学協会の新しい研究事業である「仁明朝史の研究」の第2回研究会(山中博士、御都合の悪い日での設定となってしまい、どうもスミマセン・・・m(_ _)m)。実は、ここでの報告のことを年明けからずっと考え続けていたが、なかなかまとまらなかった。この研究会、関西で考え得るベスト・メンバーに近い研究者の皆さんが揃っておられる。そこでの報告だけに、胃が痛くなる思いをしたのである。なんとか「仁明天皇陵とその関連陵墓」という報告をまとめる。しかし、まだまだ未完成で不充分なところだらけ。出席の先生方からは痛いところを突く質問が続出で、冷や汗三寸とはこのことである。でも、勉強になることはこの上ない。
 O大学のY氏の日中交流についての報告を聞いた後には、緊張を一気に解き放つように、百万遍の呑み屋で騒ぐ。

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