チベット!チベット!チベット!、の巻
4月7日(月)
KKさんが伊勢から、好物の「さめんたれ」を届けてくれる\(^o^)/。では、一緒に食事でも、ということになり、日本では珍しい純粋のチベット料理(たいていの店は、チベット料理とはいいながら、ネパール料理との抱き合わせになっている)の店「ランゼン」にでかけることにした。
この店では、日本人向けに味つけを変える、というところのない、まったく純粋のチベット郷土料理を味あわせてくれる。したがって、他のレストランのように豪勢なメニューを期待するのは筋違いというものである。ひとつひとつの素朴な味をかみしめながら、チベットの人々に想いを馳せれば良い。写真は肉とキクラゲ入りのお饅頭。肉厚のモチモチした皮と、熱々の具のコンビネーションがなんともいえない。
先月からのチベットにおける「暴動」と、中華人民共和国政府がそれに対してとった強権的弾圧については、中国を除く世界中にニュースが流れたところである。その映像を見ながら、涙がボロボロとこぼれ落ちるのを止めることができなかった。そして、昨日・今日には北京オリンピックの聖火がロンドンとパリを通るというので、中国に抗議する人々が聖火リレーの妨害行動に立ち上がった、というニュースが流れている。実際の力を使った抗議、というところにまで事態が進展したことはマズイと思うのだが、チベット問題を憂い、中国政府の残虐で暴力的な行為に憤る人々の気持ちには全面的に共感せざるをえない。
〔←店で買い求めた、ダライ・ラマ法王の絵葉書と、チベット問題についての本〕 小さな店の長押の上には、チベット仏教の最高指導者にして中央チベット行政府(ガンデンポタン、チベット亡命政府)の指導者ダライ・ラマ法王14世テンジン・ギャツォと、ダライ・ラマに次ぐチベット仏教指導者パンチェン・ラマの先代であるパンチェン・ラマ10世チューキ・ギャルツェン(1989年遷化)の写真が飾ってある(なぜここで飾ってある写真のパンチェン・ラマが先代であるのかは、「パンチェン・ラマ11世問題」およびこちらを参照)。4月6日、ダライ・ラマ法王はチベット人に向けた声明を発表した。ここに説かれている内容は、人類が到達した叡智のひとつの極地というべきであろう。暴力に対して「非暴力」、憎悪に対して「愛」、怒りに対して「理性」、虚偽に対して「真実」、そして弾圧に対して「対話」。「中国の人々の心に憎しみを生むようなことをしてはだれのためにもなりません。暴力と威嚇の上に調和ある社会が築かれることはないのですから、私たちは、心のなかに信頼と敬いの念を育むことで調和ある社会を築いていく必要がある」という言葉には、まさに千金の重みがある。他の民族紛争ならば、民族の指導者たちは憎悪を扇動し、その結果として暴力が無限大の連鎖をくりかえすということになってきたのである。現在の世界で、あれほどまでに理不尽かつ残虐な弾圧にさらされながら、しかしそれに対して暴力で応えるのではなく、忍耐強く対話を求めてきた指導者は、おそらくこの人のほかにはいないであろう。この高潔さと、中国政府の品性のない下劣なプロパガンダは、まったく見事なほどの好対照をなしている。
それにしても、中国政府のアホさ加減はどうしたことだろう。彼らはとにかく力で押さえつけさえすれば良いのだと考えている。そして、高齢のダライ・ラマ法王14世がこの世を去ればこっちのものだと思っている(おそらく、14世が遷化した後は、自らのいいなりになる傀儡ダライ・ラマを擁立する算段なのであろう)。しかし、それで問題が解決すると思うのはまったく甘い見通しだといわざるをえない。今、チベットがあれほど緊迫しながらもからくもバランスを保っていられるのは、ひとえに対話主義・平和主義のダライ・ラマ法王あればこそである。もし、法王がいなくなれば、その後には強硬主義者や軍事路線主義者の台頭を押さえることができなくなるかもしれない。そうなってしまってはもう遅い。その時、双方が果てしない血を流し続ける地獄の紛争が無限ループで繰り返されることになるのは、他の民族紛争から見てもほとんど明らかなのである。中国政府に必要なことは、ダライ・ラマ法王が繰り返し求め続け、国際社会もそれを支持している「対話」によって問題の解決をはかることでなければならないのである。

