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2008.09.22

清水寺を語り、書写山に登る、の巻

 9月19日(金)
 朝日カルチャーセンター京都の巡見で、醍醐寺の見学会。しかし、台風が接近しているというので気が気ではない。あんのじょう、ポツリポツリと降り出したかと思うと五重塔の前で大雨になる。あわてて三宝院に駆け込んで、庭園を眺めながら雨宿り。
 先日、上醍醐の准胝堂<じゅんていどう>が落雷で火災となり、全焼した。現在、上醍醐への入山は全面禁止となっている。自然災害ではあるし、上醍醐の重要文化財建築は難を逃れたとはいえ、なんとも心痛むことである。

 9月20日(土)
 明後日の予習を兼ねて、清水寺の拝観。ものすごい数の観光客に圧倒される。ちょうど、花山法皇1千年の御遠忌ということで、秘仏のご本尊・十一面千手観音菩薩像の御開帳がおこなわれている。

 9月21日(日)
 伯父の誕生祝い会。90歳の高齢であるが、まだまだカクシャクとして元気でいてくれるのが嬉しい。どうかいつまでも健康で長寿を保たれんことを・・・

P1080171 9月22日(月)
 姫路市教育委員会主催の「平成20年度市民教養講座 歴史遺産Cコース・世界遺産の寺社を訪ねる」の第6回「清水寺・地主神社」に出講。中世史の大家・UM先生から御指名をいただいたので、喜んで出かける。会場は姫路市市民会館の大ホール。驚くべきことに、600人くらいの参加者がおられるという。10時から11時50分までの2時間近くという長講一席だが、それもみなさん熱心に聞いていただく。姫路市民の旺盛な知的好奇心には、まさに脱帽である。
 午後から時間が空いたので、せっかく姫路まで来たのだから、書写山円教寺(えんきょうじ、だと思っていたら、えんぎょうじ、なのだという)に登ることにする。これまで行きたい行きたいと思っていたのだが、なかなかその機会に恵まれなかった。ロープウェーで山上まで上がったのでもうすぐだと思ったらとんでもない。さすがは播磨の名刹、巨大な境内地と伽藍を持つ大寺院である。山道をふうふう言いながら中心伽藍にたどりつき、摩尼殿(写真)や大講堂(本堂)の壮麗さに見とれる。

2008.09.21

『中国貴州省 少数民族の暮らしと祭り』、の巻

Kisyuu ステキな本ができあがった。西幹夫(写真)、黒川美富子(紀行文編集)『中国貴州省 少数民族の暮らしと祭り—苗族・トン族・プイ族・老漢族の村々を行く—』(文理閣)。中国・貴州省の写真集・紀行文集である。私も、「民族で見る貴州」という一文を寄稿させてもらった。
 とにかく、写真がすばらしい。著者の西幹夫さんという方、普通のサラリーマン生活を送ってこられたのだが、50歳の時にふと思い立って写真教室に通い始めたという。そして、特に中国の周縁地域に魅せられて取材旅行を続けて来られた。こんな言い方をすると失礼ではあるが、大器晩成、という言葉がピッタリくる。この本のどの頁からも、貴州省の土の匂い、人々の息吹がただよってくるのを感じざるをえない。その1コマ1コマを丹念に切り取った西さんの才能には、まさに脱帽である。
 そもそも日本では貴州省はあんまり知られていないし、貴州をテーマとした単独の書物もほとんど見られないはずだ。その意味でもこの本は貴重な存在になったと思う。

 私が貴州に行ったのは、2002年の年末から翌年の正月までのことだった。西さん・黒川さんのお供をさせていただいて、始めて異国の地で大晦日と正月を過ごした。しかし、暖かいはずの貴州に大雪が降るという、何十年に一度の異常気象を体験した。その顛末は本書所収の紀行文に書いたので、ご興味のある方は御覧いただければ幸いです。ただ、今年の初めの「チベット騒乱」などの事件によって、中国の少数民族政策の矛盾と問題点が白日のもとに晒された。そうした危惧も盛り込んだので、紀行としてはちょっと毛色の変わった内容かもしれない。

 本書のお問い合わせは、書店または、「図書出版・文理閣」(京都市下京区七条河原町西南角、電話075-351-7553)へどうぞ。

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【書いたもの】
■山田邦和「民族で見る貴州」(西幹夫〈写真〉、黒川美富子〈紀行文編集〉『中国貴州省 少数民族の暮らしと祭り—苗族・トン族・プイ族・老漢族の村々を行く—』所収、京都、文理閣、2008年9月)、213〜222頁。
■山田邦和(監修・文)「リアルイラスト 【鳥瞰】秀吉時代の京都」(『決定版 図説 戦国合戦地図集』〈「歴史群像シリーズ」特別編集〉所収、東京、学習研究社、発行年不記載〈2008年〉)、93〜96頁(「鳥瞰イラスト 秀吉の京都」〈歴史群像シリーズ 戦国セレクション『驀進 豊臣秀吉』所収、東京、学習研究社、2002年4月〉の再録)。
■山田邦和「学界消息〜角田文衞氏の訃」(『日本歴史』第724号掲載、東京、吉川弘文館、2008年9月)、139頁。

2008.09.08

中世都市研究会大会、の巻

 9月4日(木)
 井上道義指揮京都市交響楽団の演奏会。曲目は、モーツァルト:アダージョとロンド、クセナキス:ノモス・ガンマ、ホルスト:組曲「惑星」。実はこれ、1990~1998年に京響音楽監督&第9代常任指揮者を務めた井上さんが、1990年7月に音楽監督&常任指揮者就任披露演奏会(京響第326回定期)で演奏したプログラムをそっくりそのまま再現したものだそうだ。モーツァルトは、フルート、オーボエ、ヴィオラ、チェロの四重奏曲で、井上さんは指揮とチェレスタを兼ねている。クセナキスの曲は、オーケストラが指揮者を取り巻くサラウンド形式で、一番外周には四組の打楽器が配され、迫力満点の音を出す。
 聞き物はなんといっても「惑星」。私の大好きな曲である。この曲での井上さん、いつものようなケレン味をいささか押さえて、着実な音づくりをやっている。「惑星」といえば金管群の見せ場が多いので、ちょっと心配していた。しかし、この期待は良い意味で裏切られた。いゃあ、京響の金管がこんなにウマかったなんて! 特にチューバの活躍がすばらしい。さらに、京都コンサートホール自慢の、日本最大級のパイプオルガンが加わって、迫力満点の合奏を聴かせてくれる。

P10709589月6・7日(土・日)(上:方形周溝墓の表示、下左:弥生2丁目遺跡、下右:弥生式土器発掘ゆかりの地の石碑)
 東京で、2008年度中世都市研究会「都市を比較するーー東アジアの都市と住宅」。行きたいとは思っていたのだが最後まで予定がたたず、ほとんど諦めていた。しかし、ウチの奥さんが背中を押してくれて、やっと出かける決意がつく。
 会場は東大だとしか聞いていなかったので、地下鉄の本郷3丁目駅で降りる。東大の赤門まで行って係の学生さんに聞くと、なんと、赤門からは正反対の浅野キャンパスだという。ぐるっと回り道をして、やっと到着。しかし、このあたりは日本考古学にとっては記念的な遺跡、つまり「弥生式土器」「弥生時代」の名祖<なおや>となった旧・本郷弥生町の向ヶ岡貝塚である。浅野キャンパスの隅には「弥生式土器発掘ゆかりの地」の石碑(写真)が立っている。会場の綺麗な建物の隅には、発掘された方形周溝墓が表示されている(東大のTS准教授が案内してくれた。TSさん、ありがとうございましたm(_ _)m)。さらに、キャンパスの隅っこには「弥生2丁目遺跡」の一部が残されている(写真)。
 今回の中世都市研究会は、東アジア各地の都市と住宅がテーマ。朝鮮半島、中国大陸、ベトナム、鎌倉、十三湊、益田、博多、豊後府内の、それぞれ最新の成果を勉強させてもらう。懇親会ではひさしぶりの先生方に御挨拶。二次会はKRM博物館のMJさんと痛飲。

2008.09.04

ひとつの仕事、完了、の巻

 9月3日(水)
 ずっとずっと懸案になっていた(と、いうよりも、ズルズルと遅れていた)大きな仕事がある。今度こそなんとかしなくては、ということで、一気にとりかかることにした。問題になるのは図面。昔々に作った図面が沢山あるし、それをそのまま使っても良いのだが、やはり、せっかくだからもっと綺麗なものを、という欲がでる。これが間違いのもとで、結局は図面の山を前にして歎息を続けるだけということになってしまった。気を取り直してひとつづつ片づけていくのだが、文章を綴るのではなく、図面というのはやっぱり肩が凝る。ホント、身体を壊す寸前まで行った気がするぞ(>_<)。
 まだまだ不都合は残っているような気がするが、いつまでもそんなことを言っていたらまたズルズルと延びることは必定である。目をつぶってエイヤッと完了し、小包にして発送。ふぅ・・・・ くたびれた・・・

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