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2008.11.24

森浩一先生、傘寿おめでとうございます、の巻

P1080958←京都は紅葉まっさかり。あちこちの名所は押すなへすなの大混雑である。でも、穴場はある。これは比叡山西麓の赤山禅院。真っ赤な紅葉と珍しい寒桜のコラボレーションがうつくしい。

11月23日(日)
 四苦八苦していた原稿のひとつがやっと完成。NJ大学のT先生のもとに発送し、ちょっと一息。しかし、まだまだ未成原稿の山は低くならないぞ・・・(´Д⊂グスン
 夕方、京都タワーホテルで、「森浩一先生傘寿をお祝いする会」。昨年の11月にも傘寿記念会がおこなわれているが、それは同志社大学考古学研究室の主催であり、今回は先生が若い頃から手塩にかけて育ててこられた古代学研究会の主催である。ようやくぎりぎりで滑り込む。まずは先生が、「古代学研究会の出発と膨らみ」という講演をおこなわれる。先生、体調を崩されてからは、必要不可欠な以外は講演をセーブしてこられたから、私も先生の講演を聞くのは久しぶりである。改めて聞かせていただくと、森先生が古代学研究会と雑誌「古代学研究」をいかに大事にされてきたかということと、古代学研究会の活動を自分の青年期から壮年期にかけての基軸とされてきたかということがよくわかる。嬉しかったのは、体調がすごくよさそうにお見受けしたこと。昨年とか一昨年はかなりお痩せになっておられて、ちょっと心配した。今日はお顔の艶もよく、話も絶好調である。
 そのあとは、会場を移動しての祝宴が始まる。古代学研究会の菅谷文則代表(滋賀県立大学名誉教授)が軽妙な開会挨拶。先生も、奥様(森淑子同志社女子大学名誉教授)とともに微笑みながら聞いておられる。菅谷さんのおっしゃる「文人考古学」、まさに森先生にぴったりの言葉だと思う。
P1090173

書いたもの
◎山田邦和「森浩一先生の知的格闘技」(『森浩一先生傘寿記念 大寿祝賀文集』所収、枚方、古代学研究会、2008年11月)34頁


2008.11.09

日本考古学協会2008年度大会、の巻

Misaki_2
 11月8・9日(土・日)
 日本考古学協会の大会。今回は愛知県名古屋市の南山大学が会場となる。開会までちょっと時間があったので、名古屋のど真ん中の愛知県芸術文化センターに行って、愛知県美術館を見学。パリのポンピドゥー・センターをモデルにしたというだけあって、巨大な芸術の複合施設である。
 ぎりぎりで考古学協会大会に滑り込み。今回は、「縄文時代晩期の貝塚」「農耕社会の民族考古学」「東海地方の窯業生産」の三つのシンポジウムが併行する。縄文は割愛するとして、まずは窯業生産の会場に潜り込む。東海地方の窯についてはしばらくご無沙汰だったので、思い出しながら最新の研究成果を聞く。また、民族考古学シンポでは、ウチの大学に先年まで在職されていたGA教授がコーディネイターを務められるとともに、私の同僚のOH准教授、さらに同志社大学のWK准教授の報告があるので、それをお目当てに聞きにいく。専門外だが、民族考古学ってなかなか面白いものだな。
 夜の懇親会は、名古屋中心部のホテル。この時にしかお目にかかれない方々が多いので、挨拶回りに飛びまわる。S県立大学に行かれた、私の元同僚のSH教授とも久しぶりの再会を果たす。同大学のSF名誉教授は、「最近の考古学はデータばかりになっている。昔ながらの『文人考古学』を復興させよう!」と怪気炎。どうやら、私も「文人考古学」のお仲間に入れていただいているようで、光栄の限りであるψ(`∇´)ψ。そんなことをしながら二次会までいくと、例によって例のごとしのぐでんぐでん。

 いささか二日酔いの頭を振りながら二日目の会場に行くと、受付に若い女性歌手のCDとチラシが置いてある。あれっ?と思って側を見ると、その御本人が座っておられた。長野県を拠点にして活躍しておられるシンガー・ソング・ライターの美咲さんとおっしゃる方で、長い髪が印象的な、とっても綺麗な女性である。この方、遺跡や文化財に大変々々関心がおありで、信州では現代と古代のコラボレーションを目指した「縄文の女神LIVE」という活動を続けておられるそうで、それがご縁で今回の日本考古学協会大会に呼ばれたのだという。おやおや、お固いばかりが取り柄かと思っていた我が日本考古学協会、なかなか味なことをやるようになったじゃないか( ̄ー ̄)ニヤリ。これは聞き逃せないので、昼休みはライヴの会場に席をとる。美咲さん、縄文時代をイメージした貫頭衣ふうの衣装にギターを持ち、透き通るような爽やかな歌声を響かせる(写真)。うん、これは良いじゃないか。うん、大変に良いぞ。
 せっかくだからCDを手に入れようと思って受付に急ぐと、東アジア考古学の権威として知られるMK教授が先に並んでおられた。彼も大変に気に入ったようで、CDを三枚も購入、愛娘の名前を入れたサインまでしてもらっていたぞ(おやおや、なかなか娘さん想いの良いお父さんじゃないか(・∀・)ニヤニヤ)。私も彼につられて、サインをねだる。
 
 午後は、考古学協会の埋蔵文化財対策委員会の連絡会に出席。3時から白熱の討論が続き、予定を大幅に超過して、終わったのは六時過ぎ。くたびれたけれども、各地の最新の問題点の情報を得ることができる。


2008.11.08

ダライ・ラマ14世法王を拝む、の巻

Kitakyushu2008_2 周期的に回ってくる、スランプ。おかげでブログもしばらくお休みしてしまった。御気遣いいただいた皆様、申し訳ありませんでした。

 ダライ・ラマ14世法王が講演のために来日された。少し前に胆石の手術をなさったそうで案じていたが、それも大過なかったようでなによりである。今回は、北九州市と東京で講演をされるとのこと。関西でもやっていただけたら良いのだが、贅沢はいえない。この機会を逃すと後悔するだろうから、仕事の段取りをつけて、北九州での講演に参加することにした。会場は巨大な北九州メディアドーム。主催者発表では、6000人を超える数の人々が参加したという。
 待つこと1時間半、主催者の福岡県仏教連合会の方々が登場し、最初の「世界平和祈念法要」の開始である。福岡のお坊さんたちが居住まいをただす中、突然、おなじみのエンジ色の袈裟に身を包んだ法王が登壇される。全員が日本風の般若心経を読んだ後に、法王がチベット語で般若心経を朗読されたのが印象的だった。面白かったのは、法王、儀式の継ぎ目のタイミングがよくわからなかったようで、周囲を見回して様子を測っておられたと見るや、カッカッカッという忍び笑いを漏らされていたこと。
 法王の御講演は「幸せへ導く 慈しみのこころ」。法王の独擅場ともいえる、人間にとっての「慈悲の心」の大事さを身振り手振り入りで詳細に説き聞かせる(ただ、残念だったのは、日本語翻訳がいさささか分かりにくく、せっかくの御講演の全体像がよくつかめなかった)。
 法王は、講演そのものよりもその後の質疑応答を楽しみにしておられたようで、司会者が時刻を気にして終了に持っていこうとしても、「ワン・モア・クエッション」と会場を催促される。結局、実に予定を1時間もオーバーする仕儀とあいなった。
 それにしても、この御方はなんと誠実で正直なことだろう。観音菩薩の化身として崇められている身なのであるから、もうちょっと偉そうにしても不思議ではない。それなのに、この人は平然と「自分は一介の僧侶にすぎません。他の人とまったく変わったところはないのです」とおっしゃるし、自分の中に抱えている矛盾も赤裸々にさらけ出し、隠そうとはされない。時には自分のジョークに自分で大受けして、腹の底から高笑いされる(同じような世界的宗教指導者でも、現任のローマ教皇ベネディクト16世が公の場で自分のジョークに大笑いする様子など、私には想像もつかない)。こうした法王の気質を批判する向きもあるようだが、少なくとも私にはこの上なく自然な態度に思える。
 ひとときではあったが、現代世界の最高の人物と、同じ場で同じ空気を共有することができた。これを幸せといわずしてなんと言おう。

 講演が終わった後は福岡に足を伸ばし、KK博物館のIR氏を呼び出して、中州で痛飲。


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