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2009.09.25

青蓮院と胞衣塚、の巻

 もうじき秋学期の授業開始だぞ。う〜〜ん・・・

 9月22日(火)
 前近代都市論研究会。いつもの3悪トリオ筆頭・某古代史研究者がご欠席。あれれ、と思ったら、ヴェトナムで奮闘中だとのこと。がんばってくださいね。研究会では、歴史地理学研究者・YA氏の近著を学ぶ。ご本人を前にしていうのはおかしいのかもしれないが、歴史地理学からみた都市史研究の「輝ける星」のひとつであることはまちがいない。

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 9月23日(水)
 「京都学研究会」の学生グループの付き添いで、知恩院と青蓮院(写真上)。どちらも、じっくりと散策するのはかなり久しぶりである。知恩院ではちょうどお彼岸の法要がおこなわれており、たくさんのお坊さんたちの読経を聞く。青蓮院では、秘仏で国宝の「青不動」の御開帳がおこなわれている。このチャンスを逃すと、私たちが生きているうちに二度とお目にかかることはできないかもしれない。
 やっぱり知らないこともあるね。青蓮院境内の高いところに祀られている日吉神社にお参りすると、その手前に石碑が林立しているところがある。なんだ?と思うと、「賀彦王御胞衣」「家彦王御胞衣」「恭仁子女王御胞衣」などと刻まれている。あれま、胞衣塚の群集だ。明治時代の皇族・多嘉王(久邇宮朝彦親王皇子)の子供たちのものだという。おじいさんの朝彦親王が青蓮院門跡をつとめたことがあるのでその関係かもしれないが、寺院の一番高いところに胞衣塚がたくさんあるというのも不思議な光景である。学生たちに「胞衣ってなんだか知っているか?」と聞いたが、誰も知らなかった。と、いうことで、にわかに胞衣塚の講義をすることになる。


2009.09.22

角田文衞先生の墓参、の巻

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 9月20日(日)
 お彼岸。なので、右京区の化野念仏寺にでかけて、角田文衞先生のお墓参り。化野念仏寺では駐車場を探してうろうろしてしまう。角田先生のお墓は、小さいながらきちんとした様式の五輪塔である。お花とお線香をそなえて、しばし、祈りをささげる。
 夜は、京都駅南側の新・都ホテルで、伯父の91歳のお誕生会。高齢なのだが、まだまだ元気いっぱいなのがありがたい。どうか、いつまでもご健勝で。


2009.09.14

仕事、ヤマを越す、の巻

 9月13日(土)
 山中章博士のブログで既報だが、難産だった仕事が、ようやくヤマを越した(まだ完了したわけではないので気は抜けないが・・・)。同志社女子大学名誉教授・朧谷壽先生の古稀を祝うための論文集の、最終の打ち合わせをおこなったのである。本来ならば今年の3月末日の、朧谷先生の誕生日と御退職にあわせて出版しなくてはならなかったのだが、私たち編集発起人グループの不手際が重なって今まで遅延してしまった。早くに原稿を提出していただいていた執筆者の先生方には合わせる顔もない。本当に、本当に申し訳ありませんm(_ _)m
 しかし、お陰様で文献史学・考古学・歴史地理学など、20名ほどの第一線の先生方の論文を集めることができた。ただ、朧谷先生の御交友関係はあまりにも広いので、通例の「古稀記念論文集」にすると大部の書物になりすぎることが予想され、それでは使用にも不便なものになってしまうということを考えると、先生のご専門である平安時代にテーマを限ろう、ということにならざるをえなかった。先生と親しい方々でも、平安時代以前や以降の時代をご専門とする方々にはお声がけすることができなかった。これも、あわせて御寛恕くださいませ。それに、「自分のために皆さんにご苦労をかけるのは申し訳ない」という朧谷先生御自身のご意向により、「古稀記念論文集」とは銘打たず、あくまで平安時代に関する研究論文集、という体裁で出すことになった。
 ともあれ、朧谷壽・山中章編『平安京とその時代』(思文閣出版)が、2009年12月の刊行予定となった。出版社の御厚意で、固い内容の論文集にもかかわらず、定価1万円を切る見込みになりました。刊行の節にはまた御案内申し上げますが、平安時代研究の最前線が詰まった本になるはずですので、たくさんの方々が買っていただくことを希望します。よろしく!

 「会議」が終わった後は、朧谷先生につれていただいて、思文閣の編集担当・営業担当のおふたりと、山中博士とともに、祇園新橋の天麩羅。情緒あふれる料亭で、揚げたての天麩羅に舌鼓を打つ。二次会は山中博士と一緒に普通の居酒屋。明後日にはまたまた中国に飛び立つ(ホント、忙しい人だ・・・)博士とともに、久しぶりの酒杯。


2009.09.08

東京で北山殿を学び、姫路で源氏物語を語る、の巻

090908〈←兵庫県加古川市・鶴林寺の国宝「太子堂」〉
 9月5・6日(土・日)
 東京・青山学院大学で、中世都市研究会の第16回研究集会。今年度のテーマは「都市を区切る」である。小田原、鎌倉、加賀・畝田遺跡群、京都、大和・筒井城とその付近、博多、丹後・成相寺など、多様な都市群が語られる。
 私がぜひ聞きたかったのは、まずは日本学術振興会特別研究員の細川武稔氏の「足利義満の北山新都心構想」。いやぁ、この研究には脱帽したし、細川さんの研究的センスの良さにも感服である(*゚▽゚)ノ。足利義満が「日本国王宮殿」としての北山殿を築いたことは良く知られている。私もかつて、北山殿を「中世京都の『巨大都市複合体<きょだいとしコンプレックス>』を構成する衛星都市のひとつ」として位置づけたことがある(山田『京都都市史の研究』所収の「中世都市京都の変容」)のであるが、北山殿の都市区画の復元に手を染めるにはいたらなかった。と、いうより、史料が不足だと頭っから思い込んでいたから、具体的なイメージをつかもうという努力をしていなかったのである。それが、細川氏の研究によってまさに見事に復元されることになった。氏の研究によって、義満の「北山新都心」が東西1km、南北1.5kmにもおよぶ広大な都市であり、平安京でいうと朱雀大路にあたるようなシンボル・ストリートまでも持っていたということが如実に示されたのである。まさに目から鱗の大発見である。これを聞くことができただけでも、東京まで行ったかいがあったというものである(v^ー゜)ヤッタネ!!。この研究は今のところではこの研究集会の資料集で知るほかはないが、来年に刊行される『中世都市研究』(今までは新人物往来社だったが、次からは山川出版社になるらしい)に論文化されるとのこと。楽しみである。それにしても、京都都市史にもこんなテーマがまだまだ残っていたんだな。私としても闘志をかき立てられるぞannoy
 京都工芸繊維大学助教の岩本馨氏の「参詣曼荼羅に見る都市と区画」も、注目であった。ここでとりあげられているのは、丹後・天橋立の付け根の山上にある成相寺。たまたま私も、京都府が主唱する天橋立を世界遺産にしようとする委員会の委員をつとめているので、興味津々である。岩本さんの研究は、成相寺の参詣曼荼羅を実に緻密に分析し、そこから成相寺を中心とする都市の構造を復元しようとする意欲作である。参詣曼荼羅から都市を語るというのは、たとえば、私の敬愛する歴史地理学研究者である山村亜希さんなどが盛んにやっておられる。私もこの点には興味を持っていたから、岩本さんのご研究には触発されるところが大である。
 シンポジウムの時、ボーッと考え込んでいたら、突然、司会者(飯村均・本郷和人両氏)から発言をうながされてしまった。不意打ちでドギマギであったが、以上のようなことをなんとか説明する。

 研究会の終了後、あわてて渋谷駅から横浜に向かう。できれば見たかったのが、パシフィコ横浜で開催中の海のエジプト展—海底からよみがえる、古代都市アレクサンドリアの秘宝—。閉場になんとか間に合ったが、切符を買うのにも長蛇の列で、いささかびっくり。会場内も満杯でじっくりと遺物を見ることはできなかったが、エジプトの水中考古学の成果を堪能する。アレクサンドリアの町は懐かしい。カイロの雑踏と埃っぽさに辟易したあと、地中海に面した港町であるアレクサンドリアに入ると、そのしっとりと落ち着いた雰囲気に癒されたことであった。ことに、地中海に臨み、この海の彼方にはギリシアがあり、そして、さらには、はるかにローマまでつながっているのだと思うと、感激にこの身が震えたことを思い出す。

 9月7日(月)
 姫路行き。中世史研究の大御所である上横手雅敬先生(京都大学名誉教授)が企画・構成される「歴史講座」である。去年も呼んでもらったのだが、今年のテーマは「源氏物語」。私に割り当てられたお題は「『源氏物語』の舞台」である。昨年も感心したのだが、姫路市民の皆さんの知的貪欲さはまさに驚嘆に値する。この講座でも、700人収容の姫路市市民会館がいっぱいであり、実はこれでも参加者は抽選で当たった方々ばかりなのだという。
 私はもちろん源氏物語の研究者ではないが、源氏物語の舞台のほとんどが平安京であることはまちがいない。源氏物語のモデルとなったさまざまな土地と紫式部の足跡を、平安京の実地にあたりながら解説していく。
 講演終了後、すぐに帰洛するつもりだったのだが、姫路駅まで行ってちょっと気持ちが変わった。山陽電車に飛び乗って、まずは蓮如上人が建立したという西日本の一向宗の総元締め・亀山御坊本徳寺。そして次には、加古川市に入って、尾上の松駅で下車。尾上神社に行ってみる。この神社については、時々古本屋さんで江戸時代の木版刷をみかけることがあり、そこに見事な朝鮮鐘が描かれていたので名前だけは知っていた。しかしこれまではあんまり意識しておらず、加古川にあることすら知らなかったのである。かなり道に迷ったが、汗だくになりながらなんとか到着。朝鮮鐘はコンクリート造りの収蔵庫におさめられていたから見ることはかなわないが、現地を踏むことができて、これは満足である。
 そのあと、これも汗をかきかき足をひきずって、播磨の名刹で「播磨の法隆寺」の異名をとる鶴林寺になんとか到着。この寺はやはりすばらしい。国宝の本堂(1397年)も良いが、平安時代に建てられた太子堂(1112年)(写真)の優美さには見とれるしかない。宝物館で展覧されていた聖徳太子絵伝(室町時代)もなかなかのみものであった。
 歩きまわってくたくたになってしまったが、充実した1日を過ごさせてもらった。ありがたいことである。

【しゃべったこと】
○「『源氏物語』の舞台」(姫路市教育委員会主催「平成21年度姫路市市民教養講座〈歴史講座〉」、2009年9月7日、於姫路市市民会館)


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