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2009.10.31

おめでとう〜、山中博士、の巻

 山中章博士のお宅に慶事。一般的にいう「ま○」(←なんだ、これは)、つまり「息子の娘」がお生まれになったのである。お誕生日は10/27だとのこと。もう1日ずれていたら、平安京遷都の記念日である10/28になっていたのに、ちょっと惜しかったぞo(*^▽^*)o。私はま○どころか子供もいないのでよくわからないのだが、一般論としてま○というのはたいそう可愛いらしい。特に男にとっては、ま○女の子だったりするとまさにメロメロになる、という。「鬼」の異名をとって天下に名高い山中博士も、こればかりは目尻を下げまくることになるのだろうな。
 しかし、山中博士は、未だに「ま○」というwordを禁句に指定して「息子の息子」とか「息子の娘」と呼び、彼ら彼女らにも自分のことを「おじ◎さん」ではなく「おおきいとおちゃん」と呼ばしているというのだから、相変わらず強情なことである。どなたか、説得してくれませんかね?

 10/30(金):姫路市生涯学習課の「平成21年度 歴史講座Cコース 『源氏物語』の世界」の現地見学で、80人の姫路市民の方々をお迎えし、京都の源氏物語ゆかりの地をご案内。廬山寺(紫式部邸宅跡)、伝紫式部墓、友禅美術館、 渉成園(枳殻邸)、京都市平安京創生館と巡回。平安京創生館はリニューアルして11/1にオープンのはずなのだが、特別に見せてもらった。法勝寺や鳥羽殿の復元模型も搬入されて展示面積が倍増。平安京を学ぶ拠点施設としてますます充実した。ありがたいことである。


2009.10.28

平安京のお誕生日、の巻

091028
←第1次の平安宮大極殿復元C.G.
 10月28日。平安京のお誕生日。つまり、今から1215年前、延暦13年(794)10月28日に桓武天皇は「平安京遷都の詔」を発布したのである。「葛野の大宮の地は山川も麗しく、四方の国の百姓<おおみたから>の参出で来んことも便にして、云々」。太陰暦(もっと正確にいうと、太陰太陽暦)と現行の太陽暦の違いはあるけれども、細かいことは言わないでおこう。

 普通は平安京の誕生日というと10月22日(だから、桓武天皇を祭神とする平安神宮の時代祭はこの日に挙行される)とされている。しかし、あれは実は桓武天皇のお引っ越しの日。つまり、延暦13年の10月22日に桓武天皇は長岡京を出立、新しい都である「葛野大宮」(平安宮の当初の仮称)に遷ったのである。まあ、10月22日でも28日でもどっちでもあんまり変わらないのであるが、私はやっぱり28日にこだわっている。なんといっても、遷都を正式に宣言することが大事だと思う。それに、これ以降現在にいたるまで、「遷都の詔」が発布されることは二度となかったのである。


2009.10.22

日本考古学協会2009年度山形大会、の巻

 しばらくごぶさたでした。単なるサボリです。
 
091021(←復元された山形城東大手門。以前来た時はまだ工事中だった)
10月17・18日(土・日)
 秋は学会シーズン。10月10・11両日には日本史研究会大会が佛教大学を会場としておこなわれた。これは京都で開催されるから、行くのは楽。しかし、日本考古学協会の大会は、今年は山形市の東北芸術工科大学が会場である。京都から山形はやっぱり遠い(山形の人は、京都は遠いな、と思っているだろう)。本来的には飛行機は嫌いなのだが、やはり乗らざるをえない。

 今回の研究会では、シンポジウムIII「霊地・霊場の考古学」を聞いた。奥羽の名刹・山寺立石寺をテーマにした濃厚な研究である。この寺は慈覚大師円仁が開いたということになっており、「入定窟」に円仁の木彫の首を入れた棺がおさめられていることでも名高い。しかし、今回の研究会で、この円仁入定窟についても再検討の余地があることを強く感じた。

 それから、「人間万事塞翁が馬」ということわざがあるが、今回の旅ではそれを思いっきり感じたぞ。
 (1)この九月に、中世都市研究会大会があった。懇親会が終わって、いつもなら二次会に繰り込んでどんちゃん騒ぎとなるのであるが、どうしたわけかその時だけは皆とはぐれてしまい、私はひとり寂しくホテルに帰って缶ビールをあおって寝てしまったのである。しかし、今回の考古学協会の席上で、中世都市研究会にも出席しておられたI氏に会って話をしていると、「山田さん、あの時の二次会に出なくてよかったですよ」と言われる。どうして?と思ったら、「あの時、出席者の中にインフルエンザの人がいて、自分も含めて二次会に出席した人はみんなそれをうつされてしまったんですよ」と言うのである。はぐれたために、私はそれをまぬがれたことになる。良かった〜〜。
 (2)山形空港から山形市内は、路線バスが廃止されたため、交通手段が予約制乗合タクシーしかない。山形駅まで予約して乗り込んだのだが、少しでも東北芸術工科大学の近くまで行くほうがよいかな、と思って運転手にその旨を告げたところ、ケンもホロロに断られてしまった。いくらなんでも他に言い方があるだろう、と少しムカッとしたのであるが、山形駅まで行って気が変わった。最初は旧石器の講演だし、3時からの分科会に間に合えばよいのであり、息せき切ってかけつけることはない。じゃあ、山形県立博物館に寄り道しよう、ということになった。県立博物館では収穫多し。特に、今回の考古学協会の分科会のテーマにもなっている「山寺」(立石寺)の特別展はなかなかのみものだった。これを見ることができたのも、あの無愛想なタクシー運転手のおかげだ、と思うと、腹もたたなくなった。
 (3)考古学協会の懇親会。事前の予約を忘れていて、当日に申し込もうとした。いつもならスッと受け付けてくれるのだが、今回は満員だという。ガックリ。一人寂しくビールでも飲もうか、と思っていたら、帰り際にG研究所のS氏が声をかけてくれた。地元の研究者YH氏の車に乗せてもらい、まずは山形県天童市の「 B級グルメ焼きソバ」を堪能。天をつくようなボリュームで600円とはなんと安い。それから、お風呂に入ろうということになる。そのへんの風呂屋さんかと思えば、山形県最大の露天風呂だというスーパー銭湯。天然温泉をたっぷりと堪能。これで300円は安すぎるぞ。それから、YH氏のご自宅(豪邸!!)にお邪魔して、氏のご自慢のコレクションを拝見しながらの酒宴とあいなった。このほうが、懇親会よりずっとトクだった(YHさん、ありがとうございました(/ ^^)/)。


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