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2009.11.21

豊臣秀吉と大山崎、日蓮、の巻

Flyer_yamazakishiryo
 11月20日(金)
 行こう行こうと思っていてグズグズしていた展覧会を二本。
 午前中、大山崎町歴史資料館の「豊臣秀吉と大山崎」展。受付を覗くと、学芸員のF島K彦さんがおられる。近畿地方における中世城郭の研究ではトップを走っておられる研究者である。挨拶して、じっくりと展示を拝見。小さな博物館で決して派手な活動をやっているわけではないが、噛めば噛むほど味の出る展示である。堺市博物館本の「洛中洛外図屏風」におめにかかる。周山の慈眼寺にある明智光秀木像も出品されている。有名な作品であるが、実は私も現物を見るのははじめてである。また、山崎の中心寺院のひとつである「宝積寺絵図」はみもの。
 事務室にお邪魔してF島さんからいろいろ教えてもらった後、古代学協会に急ぐ。『古代文化』の編集委員会。
 終了後、ウチの奥さんに迎えにきてもらって、一緒に、京都国立博物館。ここでは、「『立正安国論』奏進750年記念『日蓮と法華の名宝—華ひらく京都町衆文化—』」が開催中。しかし、11月23日までであるから、あやうく見逃すところであった。金曜日は夜間開館しているから、なんとか間に合ったぞ。法華宗とはあんまりご縁がないのだが、京都の中世を考える場合にはなくてはならない重要なものである。日蓮自筆の「立正安国論」を眼前にして、フムフムと頷く。
 夕食は、東一条まで足を伸ばして、レストラン「しらん」のフレンチ。

2009.11.15

全国大学博物館学講座協議会西日本部会@伊勢、の巻

 11月13日(金)14日(土)
 全国大学博物館学講座協議会西日本部会。会場は三重県伊勢市の皇学館大学。
091115_2〈←新装なった伊勢神宮の宇治橋〉
 ◎伊勢神宮(正式な名称は、単に「宗教法人 神宮」)は、まもなく20年に一度の式年遷宮をむかえようとしている。その先頭をきって、五十鈴川にかかる宇治橋が架け替えられた。檜の匂いが香しい新品の橋を渡るのもなかなかいいもんだぞ。神宮本殿では、特に申し込んで、内垣内での正式参拝をさせていただく。めったにない機会を与えていただいた。
 ◎伊勢神宮は、充実した博物館群を持っていることでも知られている。神宮徴古館、神宮美術館、神宮農業館である。徴古館は、重要文化財に指定されている福岡県羽根戸出土の須恵器配像筒形器台と子持ハソウが所蔵されているので、だいぶ前に行ったことがあった。しかし、美術館や農業館は初めてである。これらは実は、日本最初の私立博物館であるという。現在も残っている農業館の建物が、京都にもたくさんの作品を残した「宮廷建築家」の片山東熊の設計になるものであったことも興味深い。また、農業館には、日本最初のジオラマともいうべき模型が展示されていたりして、博物館学的にも大変重要な意義がある。
 ◎皇学館大学は神道博物館を持っている。大変充実した施設であり、大学でこういう博物館を整備しているとは羨ましい限りである。度肝を抜かれたのは、皇学館大学の「博物館実習」受講学生による展示がおこなわれていたこと。とはいっても、よくあるような、いかにも手作りの「学園祭」的な展示ではない。堂々として内容も濃い、どこかの博物館の企画展にそのまま持っていっても通用しそうなレベルである。案内に立ってくれた学生の皆さんに聞くと異口同音に、大変だったけれども充実していた、という答を聞く事ができた。皇学館大学の学生の皆さんの熱意と、指導された先生方の情熱とに、感動。
091115_3〈←皇学館大学神道博物館〉
 ◎受け入れ校側の担当者のおひとりが、中世史の岡野友彦教授であった。神道博物館の館長もかねておられるという。岡野教授の御厚意により、教授の最新刊である『北畠親房―大日本は神国なり』 (ミネルヴァ日本評伝選) を頂戴することができた。買おう買おうと思いながらまだ入手していなかったので、大変にありがたい。バスの中で開いてみて、驚愕した。中世の北畠氏の邸宅であり、北畠親房の生誕地でもあると推定される「北畠亭」、名前は知っていたが、京都のどこにあったかなんて、これまで意識に上らせたことはなかった。それが、岡野教授によると、北畠亭は平安京北郊の「毘沙門堂」付近であるという。この毘沙門堂の故地というのは京都市上京区毘沙門町という地名として残っているし、その一部はわが同志社女子大学の今出川キャンパスの北東端にかかっている!!! ということは、南北朝時代の歴史を彩った最重要人物である北畠親房の邸宅は、もしかするとわが大学の敷地にもおよんでいるかもしれないのである。目からウロコ、とはこのことである。また新たな研究テーマをいただくことができた。岡野先生、ありがとうございました(/ ^^)/

2009.11.13

妻、出家する?、の巻

 ウチの奥さんの、抗ガン剤治療が始まった。まるで血のような真っ赤な薬品を、ゆっくりゆっくりと点滴していくという。気になるのはやはり副作用である。帰宅してからはえらく元気だし、副作用の個人差もいちじるしいらしいから、もしかして彼女は副作用に強いのかと思っていた。実はそうではなく、点滴をするとすぐに副作用がでるのではなく、かなり時間差があるらしい。やはり、一週間ほどしてから身体の節々が痛いと訴える。
 突然、彼女の髪の毛が抜け出した。抗ガン剤の副作用としては予想通りなのだが、やはり衝撃ではある。そしていよいよ、ガサっと抜けてまるで幽霊のような髪形になってしまった。ただ、副作用が激しいということは、それだけ薬が効いているということであるはずだ。その分、まだ息をひそめているのかもしれないガン細胞の残存勢力を攻略しているということだから、副作用がでるというのはむしろ喜ぶべきことなのだと思う。
 ただ、女性にとってはやはり髪の毛は気になるではないか、と思っていた。だから、こんな展開になると、普通ならば本人自身がショックを受けて落ち込んでしまうと思う。しかし、不思議なのは、彼女自身はぜんぜんそんな気になっていないようである。髪の毛が抜け始めた時でも、おっ、抜ける抜ける、面白いぞ、などと言っている。ごっそり抜けた時にはついに、めんどくさいから全部剃ってしまう、などといいだした。仕方ないのでこわごわハサミを入れてあげるが、うまく切れない。私の電気ひげ剃りを持ち出して、それで剃るとうまくいく。あと、お風呂で自分でカミソリをあてれば、クリンクリンの小坊主のできあがりである。鏡を見て、なかなか似合うぞ、しかし頭の後ろが絶壁なのが気になる、などと言っている。彼女のミクシィ日記のコメント欄には、友達からの「ショックでしょう。元気だしてください」という書き込みが溢れているのだが、実は当の御本人自身はぜんぜん動じていない。ウチの奥様のことではあるが、このあたりは彼女の本領発揮というべきであろう。ただ、頼むから外出するときはカツラをつけてよね。高い買い物だったんだから・・・

2009.11.07

ダライ・ラマ14世法王、来日、の巻

091107 ダライ・ラマ14世法王は10月30日から日本を訪れておられた。東京、愛媛、沖縄を訪問され、本日(11月7日)にインドの聖地ダラムサラへの帰途につかれたはずである。昨年に引き続きの来日、ありがたい限りである。
 と、いうことで、私は東京でおこなわれた法話に参加した。会場は両国の国技館。せっかく両国までいくのだから、まずは江戸東京博物館を覗く。ここは館内での写真撮影が許されているから嬉しい。授業のネタ集めとして、いっぱい撮らせてもらう。
 そして、法話の会場である両国国技館へ向かう。国技館前の歩道では、チベット・サポーターの方々が法王のチベット帰還を訴えてプラカードを掲げておられる。共感。館内に入ると、もはや満員である。ロビーでは本屋さんが店を出して法王の著作やDVDなどの販売をしているが、近づけないくらいの黒山の人だかり。飛ぶような売れ行きである。どちらかというチベット問題に冷淡に思える我が国で、これだけ多くの方々が関心を持っておられることは嬉しい。私も潜り込んで、手提げ袋一杯の買い物をしてしまう。
 両国国技館に入るのは初めてだが、ふだんは相撲の土俵が設置されている中央部分が片付けられて、アリーナ席となっている。私は去年の北九州での法王の御講演に行った時ははるか遠くの三階席だったのであるが、今回はダライ・ラマ法王日本代表部事務所(チベットハウス)の会員として申し込んだから、アリーナ席が取れた。法王の御座からはいささか斜めだが、距離は近く、悪くない席である。

 ついにダライ・ラマ法王の御登壇。法王、開口一番、「皆で般若心経を唱えましょう」とおっしゃる。と、会場の一角から朗々たる般若心経の合唱が響き渡る。私も一緒に唱えようと思うのだが、なんだかおかしい。どう聞いても、私の知っている般若心経とはぜんぜん違うのである。とまどってしまったのだが、後で真相がわかった。法王の御法話を聞きに、はるばる韓国から仏教僧の一団が来られていたのである。なるほど、韓国語の般若心経ならば、わからないのも当然である。
 面白かったのは、通訳付きのチベット語で話し始めた法王、途中で突然、話を切って、「この中で英語の分かる人はどれくらいいますか?」と問いかけられる。他の国ならば英語で話をされることが多いので、通訳の手間を省ければよいと思われたのだろうな。ところがどっこい、ここは日本である。パラパラしか手があがらなかった。法王、「少ないですね」とつぶやいてニヤッと笑い、「では私もチベット語で続けます。この方が私も話しやすいから」とおっしゃる。
 今回の御題は、「悟りへ導く三つの心と発菩提心—ラムツォナムスムとセームキュ」。かなり難しい話である。正直、私も充分理解できたとはとても言えない。まあこれは仕方ないな。あちらは観音菩薩の化身、こちらは一介の凡俗なんだから。
 むしろ聴きものは、最後の質問コーナーの方にあった。司会者はふたりくらいで切りたいらしかったが、法王は次から次へと、結局7人の質問を受け付ける。中でも、最後に立った若い若い女性の時が注目だった。彼女は両手をぎゅっと握りしめながら意を決したように、「私は自分に自信がない。自分を好きになれない。どうしたら自分を好きになれるのでしょうか」と、法王に問いかけたのである。彼女、きっと決死の勇気を奮い起こして質問台に立ったのだろうな。法王はこれに対して、さながら慈父のように、静かにゆっくりと彼女に語りかけられる。法王の慈悲の心が彼女の胸に染み通っていく様子が手にとるように感じ取れる。感動的な場面であった。
 最後の花束贈呈は、今年の準ミス・ユニバース(名前は知らない)と、元宝塚歌劇団のトップだった檀れいさん。檀さんはさすがに目をみはるほどの美しさであった。
 
 今回の法王の訪日にあたって、ちょっと注目していることがあった。政権交替したばかりの日本政府が、法王に対してどのような対応に出るか、ということである。鳩山由紀夫氏は民主党幹事長時代の2007年11月、来日した法王と会談し、法王の進めるチベットの中道政策を支持する考えを表明している。この時には在日本の中国大使館は例によって例のごとしの傍若無人な非難声明を民主党に投げつけていたのである。しかしその時は野党。今回は鳩山さんも首相という立場になった。どんな対応をするか、興味津々であった。
 結局は、「チベット問題を考える議員連盟」の有志の皆さんが法王と会談した。チベット議連の会長の牧野聖修議員(民主党、静岡1区選出、衆院政治倫理・公選法改正特別委員長)は従来からチベット問題に真剣に取り組んでおられる国会議員である(牧野議員と五十嵐文彦議員の共著『ダライ・ラマの微笑』、先日手に入れて読んだのだが、すごく興味深かった)。鳩山首相は「スケジュールの都合」を理由にして同席しなかったが、「再びお会いできることを願っている」という首相メッセージを牧野議員に託した。外交的にはいつもながらヘタレの姿勢しか示せないわが国としては、まあ精一杯の現実的対応だといわねばならないだろうな。ともあれ、牧野議員等だけでも法王に会え、鳩山首相も腰が引けながらもチベットの人々を見捨てていないという姿勢を示すことができたのは、良かったというべきだろう。
 もちろん、これに対して中国は早速の非難声明をヒステリックに叫んでいる。まったく、いつもながらの駄々っ子的反応である。世界最大の人口と世界有数の軍事力を誇る中国が、たった一本の銃すら持たない丸腰の坊さんの一挙一動をこれほどまでに恐れているということが浮き彫りになるばかりである。こんな声明を出せば出すほど、ますます他国の人々から呆れられることがわからないのだろうか? 

2009.11.05

ドラマ「唐招提寺1200年の謎」を見る、の巻

 11月3日(火)
 毎日放送で「JNN50周年記念 歴史大河スペクタクル/唐招提寺1200年の謎—天平を駆けぬけた男と女たち—」が放映された。日本の古代史、特に奈良時代をあつかったテレビドラマは珍しいから、テレビの前に座ってみた。
 番組の半分くらいは唐招提寺金堂の解体修理のドキュメンタリー、それに鑑真和上を主人公としたドラマを組み合わせる、という構成だった。ドキュメンタリーは確かに勉強になった。あの金堂がばらばらに解体されていく様子なんか、なかなかみることはできない。また、金堂の創建当初を復元したコンピューター・グラフィックスもおもしろかった。
 ドラマの方は、ドキュメンタリーとの交互だから、話の間がどんどんと飛ばされてしまう。費用節約なのかもしれないが、もったいないことである。ドキュメンタリーとドラマを分けて、ふたつの番組にしても良かったんじゃないだろうか。
 中村嘉葎雄さんの鑑真はさすがで、圧倒敵な存在感。また、智努王(文室浄三)滝田栄さんも自然体の名演である。
 しかし、そのあとの配役は「?」である。鑑真の弟子でこのドラマの主人公の如宝は、中村嘉葎雄の甥にあたる中村獅童が演じているが、申し訳ないがどうみても偉い僧侶には見えず、私にはミスキャストにしか思えなかった。その他の皆さんも人物造形が薄く、ぜんぜん存在感がないのはどうしたことだ。道鏡をキックボクサー兼俳優の魔裟斗が演じたのはやや新鮮に思えたが、ほとんど台詞がないのではどうしようもない。
 光明皇后島田陽子さん。彼女も近年は登場の機会が少なくなっていたので、久しぶりにお目にかかれた。しかし、やっぱり存在感に欠けているぞ。
 もうひとりの主役は孝謙天皇=称徳天皇。テレビドラマでこの女帝が登場するというのは珍しいだろうから、その点では貴重である。彼女を南野陽子さんが演じるとは驚きだった。しかし、申し訳ないがやっぱりイメージが違うな。私の感覚では、孝謙・称徳女帝ならば一種異様な「狂気」と、他を圧する力感を出してほしいのだが・・・・ それに、女帝が晩年(南野陽子さん、ぜんぜん歳をとってないぞ!)に道鏡をも遠ざけてしまった、となっていたが、史実にもあっていないし、話の流れとしても唐突に思えた。
 思わずニヤリとしたのが、恵美押勝の乱の戦闘場面。押勝=藤原仲麻呂永島敏行)は挂甲<けいこう>を着ており、これはまずまずだろうな。しかし、彼のかぶっていた冑は眉庇付冑<まびさしつきかぶと>で、これは古墳時代中期〜後期のものであって奈良時代にはまずあり得ない。また、仲麻呂を追い詰める和気清麻呂永井大)が着用しているのはなんと短甲衝角付冑<しょうかくつきかぶと>で、しかもその衝角付冑は明らかに三角板鋲留式のものである。これだと古墳時代中期であって後期にすら降り得ない。そうすると、奈良時代からさかのぼること300年くらいはたっている。つまり、「仲麻呂さんも清麻呂さんも、どこからそんな骨董品を引っ張り出してきたの?」と皮肉りたくなるのである。ただ、こういうことを言うのはイケズな揚げ足取りであることもわかっている。つらつら考えてみると、奈良時代の冑はほとんど遺例がなく、この時代にどんな冑が使われていたのかというのは、まったくと言っていいほどわからないのである。その点ではドラマ製作者には同情の余地がある。
 揚げ足取りついでにもうひとつ。滝田栄さんが演じた人物を終始、「智努様」とか「智努殿」と呼び、解説では「元皇族」と紹介していたのはどういうことだろう? 彼は天武天皇の孫であるが、元皇族というのならば「智努」ではなく「文室真人浄三<ふんやのまひと・きよみ>」なのではないか? また、臣籍降下する以前ならば「智努」ではなく「智努王」でなくてはならないはずである。このあたり、なんだかよくわからなかった。

2009.11.02

道義=京響とシャイー=ゲヴァントハウス、の巻

 10月30日(金)、11月1日(日)
 オーケストラふたつ。
 まず、京都市交響楽団第529回定期演奏会。指揮は、私たち夫婦が大好きな井上道義さん。曲目は、モーツァルトの交響曲第36番「リンツ」と、ブルックナーの交響曲第9番。なんでモーツァルトとブルックナーなのかな?と思っていたが、ブルックナーの活躍地はドイツのリンツということで、「リンツ」つながりだった。
 次に、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の来日演奏会。指揮は「ゲヴァントハウス・カペルマイスター(楽長)」の称号を持つリッカルド・シャイー。曲目はモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番とマーラーの交響曲第1番「巨人」である。モーツァルトのソロはアラベラ・美歩・シュタインバッハーがつとめる。
 しかし、私はこれまで、ブルックナーやマーラーの良い聞き手とは言えなかった。彼らの交響曲はどうしても、大海の大波が際限なく続くように感じてしまうので、積極的には聞いてこなかったのである。私のCDコレクションを見ても、以前はブルックナーの交響曲はパラパラあるだけで、「ミスターS」ことスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮ザールブリュッケン交響楽団の全集が出たのでやっと全集を揃えた、というにすぎない。マーラーの交響曲にいたっては単独の全集は持っておらず、第1番から第9番と「大地の歌」、それに第10番のデリック・クック再構成版が、全部バラバラの演奏者によるものでようやく揃っている、という惨状だった(第4番「大地の歌」には、わが最愛のフリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団盤があるので、ずっと以前から持っていた)。だから今回も、曲というよりも指揮者とオケを聞くために、というところであった。

 しかし、聞いてからは自分の不明を恥じることになった。このどちらも凄かった。井上さんと京響、モーツァルトは小編成の室内オケ方式で、肩の力を抜いた軽やかな演奏。ブルックナーでは一転して厳しい顔つきでの渾身の演奏を聞かせてくれた。さすがはミッキーである。彼の指揮棒が静かに降り、一瞬の静寂の後、割れんばかりの大拍手となる。この一瞬の静寂のタイミングが損なわれてしまうと興が半減するのだが、今回はそれも絶妙だった。
 しかし、ウチの奥さんは抗ガン剤の副作用で演奏中に体調不良となり、一番良い第2楽章のところで退席せざるをえなくなり、そこを聞き逃してしまった。可哀想に。
 感動的だったこと。先日、京響の元コンサートマスター工藤千博氏が62歳で逝去された。井上さんは最初のトークの時に工藤氏の想い出を切々と語られた。工藤氏の奥様が来場して聴かれていたとのことで、終演後、井上さんが会場に降りて、奥様に花束を渡しておられた。観客から指揮者に花束贈呈はよくあるが、指揮者から観客への花束というのは初めて見たのであるが、その分、井上さんの暖かい心に触れたような気がした。

 そして、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団。言わずと知れた、世界最古の歴史を誇る名門オケである。昨年の来日がシャイーの急病で延期となったため、今回は仕切り直しということになる。
 いやあ、これは凄かった。筆舌に尽くし難い、というのはこのことである。私の貧しい音楽体験の中では、おそらく最高の演奏会だった。世界の超一流とはこういうことなんだろうな。オケの楽器同士が溶け合ってまるでひとつの楽器のような響きを作り出すかと思うと、クライマックスでは一転してものすごいパワーを発揮する。京都コンサートホールの天井がぶっ飛ぶかと思ったぞ。最初から最後まで手に汗を握り続け、あの長ったらしいはずのマーラーの曲が、あれ?こんなに短かったっけ?とさえ錯覚させられるほどの完成度であった。凄い、凄いぞ、シャイーとゲヴァントハウス!!!
 一方のモーツァルト。ソロのアラベラ・美歩・シュタインバッハーは「シンデレラ・ガール」などと言われる最近注目の若手である。それにしても綺麗な女性だ。グリーンのドレスに亜麻色の髪がよく映えている。ただ、私の席は最上階だったので、演奏中の表情がよく見えなかったのが残念無念。本番のモーツァルト
も良かったのだが、アンコールでの私の知らない現代曲(後できくと、イザイの無伴奏ソナタ第2番の第3楽章だということだった)がすばらしかった。かなりの難曲だと思うのだが、どうだ、こんなことが出来るんだぞ、といわんばかりの自信に満ちた演奏だった。
 会場では、N木HさんとK樂M帆子さんご夫妻に出会う。N木さんはドイツから帰ったばかりで、向こうでは公務の余暇を縫って北ドイツ放送交響楽団を聴いてきた、とのこと。羨ましい限りである。

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