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2010.05.24

日本考古学協会第76回総会、の巻

 100521〈←日本考古学協会総会での図書交換会の賑わい(クリックで拡大)〉
 5月21日(金)〜23日(日)
 東京行き。世田谷の国士舘大学で、一般社団法人日本考古学協会の第76回総会の開催である。いわずと知れた日本の考古学界を代表する学会である。
 私にしてはちょっと早起きして、午前中のうちに東京にはいる。まずは久しぶりの神田神保町の古書街にたちよる。最近は東京に行ってもバタバタと用事を済ませるだけで、ゆっくりと古本を漁ることもできないのが残念である。しかし、昔に比べると神田神保町も様変わりしているような気がする。歴史関係の本の老舗である小宮山書店も、歴史・考古学の売り場がかなり縮小してしまい、寂しいな。
 金曜日は、まずは日本考古学協会の埋蔵文化財保護対策委員会。ただ、私はついつい忙しさにかまけてこの関西部会をサボりがちであるので、ちょっと肩身が狭い。例によって、14時から17時まで3時間余りの濃い議論が続く。終了後は、東急の松陰神社前駅の駅前の居酒屋での懇親会。

 土曜日は総会と公開講演会。今回は考古学協会の理事の改選時にあたっており、4月にはその選挙がおこなわれた。その結果が総会で承認され、私も新理事のひとりとして選出される。小説なんかを読んでいると、学会の役員になってその世界で権力を振るうなどというシーンがでてくることがある。他の学問分野の事情は知らないし、もしかするとそういうことがあるのかもしれないが、わが考古学や歴史学の分野に限るならば、そんなことはまったくない。学会役員というのは、その学問のお世話役のようなものである。事務的能力に欠ける私にそんなお役目が果たせていけるのか、本当に不安でたまらない。しかし、私もこうした年齢になると、今まで御恩を受けてきた学問分野に対して、せめてこうした形で恩返しをしていかなくてはならない、とは思う。もしかして皆さんにご迷惑をかける結果となるかもしれないが、私なりに精一杯つとめさせていただこうと思います。皆様、よろしくお願いいたしますm(_ _)m。
 総会はちょっと荒れたがなんとか収まり、そのあとは新理事会。会長(代表理事)の選出がおこなわれ、菊池徹夫会長の続投が決まる。それとともに、新理事への役割分担が割り振られる。私は、「陵墓問題」担当と、「組織」の副担当。陵墓問題は従来から取り組んできた課題であるから、やはりこれはやらねばならないな。従来からの担当であるOS大学のF永S哉さんとIG大学名誉教授のM木M博先生も続投していただけるとのことで、新米の私としては心強い。
 公開講演会のあとは、懇親会。二次会は三軒茶屋駅前の居酒屋。楽しい時間をすごす。

 日曜日、研究発表会と図書交換会である。考古学協会総会、昔に比べると寂れてきたように思っていたのだが、今回はかなりの盛況だった。参加会員1000人、レジュメ売り上げ500部なので、少なく見積もっても1500人は参加したことになるし、レジュメを買っていない人もいれると2000人は来られていたのではないか。図書交換会の雑踏など、昔日を思い出すようで、結構なことである。会場をいったりきたりしていると、懐かしい面々にも数多くお会いできる。古代学協会の図書売場では、KSK大学のT村S代さんに会える。かなり永いことお目にかかっていなかったが、私にとっては若き日のエジプト調査でご一緒させていただいた方である。久々の再会を喜ぶ。花園大学で教えたK部H司君が挨拶してくれる。彼はその後がんばって博士号を取得し、大和弥生文化に関する立派な本を出した。今回、M県の埋蔵文化財センターで正職として採用されたそうで、嬉しい限りである。理事会の合間には、flyingmanことTK大学のHYさんと古墳論での盛り上がり。
 怒濤のような時間が過ぎた後は、旧理事・新理事とで反省会。ともあれ、三日間呑み続けである。しかし、西から大雨が近づいてきているという情報が飛ぶ。KH研究所のSFさんなど、もし帰れなくなると明日の会議に出られないというので、反省会の参加を諦めて早々に帰路につかれる。私も帰路が心配だが、酒の魅力には勝てず、やっぱり呑んでしまう。SS大学のH生田S之さんとは、個人的な心情でおおいに共感しあう。
 呑みくたびれて、帰洛。でも、やっぱり、学会っていい場所だよね。

2010.05.13

多武峯・談山神社、の巻

100513a〈←クリックで拡大〉
 大和・多武峯談山神社に参拝。実をいうと、多武峯はこれがはじめて。今まで行きたい行きたいとは思っていたのだが、なかなか足が向かなかった。今回は、笛の演奏の奉納があるとかで、ウチの奥さんに引かれてのお詣りである。十三重塔は予想をはるかに上回って、優美そのもの。いつまでも見とれる。塔の前の拝殿には大きな藤原鎌足の木像。国家に重大事のあるときに破裂するが、知らぬまにまた元通りくっついている(?)という不思議な像である。背後の山にえっちらおっちらと登ると、山頂に「御破裂山」と号する鎌足の廟。周囲をまわってみると結構腰高の墳丘で、古墳だといってもおかしくない。ただ、あまりにも山の頂上すぎて古墳の立地としてはクエスチョンマークがつくかな(手持ちの『奈良県遺跡地図』をみても古墳としては掲載されていない)。御破裂山にのぼる山道のあちこちには堀割状の切り通しが観察でき、中世城郭跡かな?と思ったのだが、これはあたっていた。中世の多武峯の武威は全国的に轟いていたから、さもありなん。しかし、寺院=神社と城郭遺構をセットで観察できるのは貴重である。
 多武峯から下山したあと、ちょっと思い立つことがあって、橿原の五条野丸山古墳(見瀬丸山古墳)に足をのばす。この古墳についてひとつ仮説をたてていて、それを確かめたかった。ただ、改めて見直すとこの古墳、けっこう墳丘は痛んでいて、原形を想定するのがなかなか難しい。結局、わが仮説は実証できずじまい。まあ、いつもいつもそううまくいくとは限らないな・・・

2010.05.02

「刑事コロンボ」の名犯人役・ロバート・カルプ氏の死を悼む、の巻

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 ちょうど海外旅行中なので気がつかなかったのだが、3月24日にアメリカの俳優・ロバート・カルプ氏が急死されていたという。79歳だったとのこと。

 カルプ氏、古くはテレビシリーズ「アイ・スパイ」や、単発のテレビドラマ「殺人者にラヴ・ソングを」などで人気を博したというが、私は見ていない。私にとってこの俳優さんのイメージが焼き付いたのは、懐かしのテレビ・ミステリ・シリーズ「刑事コロンボ」である。私が「刑事コロンボ」シリーズを最初に見たのは確か中学生の頃。ミステリは大好きだったのだが、日本のしょーもないミステリ・ドラマには飽き飽きしていた。だからこそ、「刑事コロンボ」に出会った時は衝撃だった。それまで知らなかった「倒叙方式(まず犯人の犯行を描いてから、後で探偵が登場して捜査にあたる)」というのがまず圧巻だったし、ミステリとしての質の高さにも驚嘆した。そして、最期の土壇場でのコロンボの「逆トリック」がいずれも鮮やかすぎるほど鮮やかで、子供時代の私はワクワクしながら放送を待ったのである。ちょうど今現在、NHK衛星放送およびハイビジョン放送でコロンボの再放送をやっており、その鮮明な映像でかつての感激を新たにしていたところであった。

 カルプ氏が「刑事コロンボ」に出演したのは、1971年〜78年の旧シリーズで3回、1989年〜2003年の新シリーズで1回。特に旧シリーズでは3度の犯人役であった。そもそも刑事コロンボシリーズは多彩なゲスト・スターに犯人を演じさせることを特色としており、ほとんどのゲストは一回こっきりの出演であった。それが、旧シリーズで3回の登板というのはロバート・カルプとジャック・キャシディだけの記録なのである(新シリーズを含めると、パトリック・マクグーハンの4回の犯人役が最多)。それだけ、カルプとキャシディは刑事コロンボシリーズの典型的な犯人を見事に演じていた。特にカルプは、都会的、スタイリッシュ、スマート、インテリ、自信家、など、刑事コロンボシリーズの理想的犯人像を創り上げたといってよい。

 私にとって、「刑事コロンボ」シリーズの最高傑作はロバート・カルプが犯人を演じた「意識の下の映像」。この作品、巷では必ずしも高評価というわけにはいかないようだし、なによりも、犯人のトリックに使われた「サブリミナル効果」が、その後の研究では効果に疑問符が付けられているところが痛いし、よく見るとミステリとしての穴も散見する。しかし、ここではそんなことは関係ない。「刑事コロンボ」の神髄は「意識の下の映像」にあり。これだけは、他の誰がなんと言おうとも譲りません(笑)。
 そこまで私が入れ込むのは、なんといってもカルプが演ずる犯人・行動心理学者のバート・ケプル博士(この名前、ロバート・カルプのもじりなんだろうな)のカッコいい「名犯人」ぶり。ここでの魅力は、犯人がコロンボの力量を十二分に認め、好敵手として遇しながらも、あくまで余裕綽々でコロンボの追究に対応していること。ここから生み出される正面切った対決はまさに名勝負の連続で、今見直してもハラハラドキドキするばかりです。

100501 中学生の私、この作品に影響されて、大学に進学したら考古学でなければ心理学をやろうかと真剣に考えたものな(^^;)。まあ、それは一種の「思考実験」に終わったが、それでも、中学や高校時代に岩波新書なんかの心理学の入門書を読みふけったことはある。ついでに言うと、岩波新書で出ている河合隼雄『コンプレックス』(名著!)を読んで感激したのもこの時のこと。さらについでにいうならば、私の造語で、私の都市史研究の基礎概念のひとつとなっているのが「巨大都市複合体(きょだいとしコンプレックス)」というのがある。中世などにおいて、卓越した巨大都市を中核として、その周辺に衛星都市群が散らばり、その全体がひとつの都市圏を形成している(中世京都など)というものである。この用語を考えている時に、どうしても「複合体<コンプレックス>」というコトバを使いたかったのも、さかのぼればこういうところに遠因がある。

閑話休題。

 現実のカルプ氏はガン・マニアとしても知られていたようで、刑事コロンボ「意識の下の映像」における殺害シーンはまさに圧巻で、ピストルを手にした姿がいかにも絵になっていた。さらに付記すると、刑事コロンボシリーズでロバート・カルプの日本語吹き替えを担当しておられたのが、最近の三谷幸喜作品での脇役でも知られるベテラン・梅野泰靖氏(最近まで、「うめの・やすきよ」と読むのを知らなかった(^^;))。コロンボ研究家の町田暁雄氏は著書『刑事コロンボ読本』で「ロバート・カルプ=梅野泰靖という吹き替えは、シリーズでも屈指の名キャスティングであろう。前2作もよいのだが、やはり本作のケプル博士がベスト」といっておられるが、まさに同感。

 「刑事コロンボ」での名演を通じて、私にとっての「思い出のスター」のひとりとなっていたロバート・カルプ氏。ご冥福をお祈りいたします。

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