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2011.03.30

卒業式その他、の巻

 まだまだ原発事故は予断を許さないらしい。専門ではないのでよくわからないのだが、現地で懸命の作業にあたっている方々の努力にもかかわらず、一歩進むたびにまたまた別の阻害要因が出現する、というようにも見える。祈ることしかできないのがもどかしい。

 今、私たちみんなが、それぞれのできることで被災地の人々に支援の手をさしのべなければならない。しかしその一方では、いかに国難の時期とはいえ、全国的に「自粛」ムードがただよっていることは、むしろ良くないと思う。もちろんバカ騒ぎや必要のない無駄遣いは控えるべきであろうし、節電の必要のある地域では電力を食うイベントなどは中止するのもやむをえまい。しかし、たとえば西日本の人間までもがシュンとなってさまざまな活動を「自粛」してしまうことは、結局は日本全体の経済活動を落ち込ませてしまい、それは結局被災地の皆さんのためにもならない、と思う。被災地以外の地域の人々は粛々と日常通りの活動をし、それぞれに与えられた職務や義務を果たしていかなくてはならないし、そうした活動の結果が、回り回っていずれは被災地の助けにもなる時もある、と思う。

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 3月11日(金) 朝日カルチャーセンター、京都新聞文化センターの講義。この最中に地震のことを知る。夜は祗園福島で終末期古墳の「八角墳について」を話す。

 3月12日(土) 同志社大学歴史資料館の辰巳和弘教授の退職記念講演会および記念パーティ(於ガーデンパレス京都)。

 3月13日(日) 日本中世史の泰斗、上横手雅敬先生の喜寿および叙勲記念パーティ(於ウェスティン都ホテル)。

 3月18日(金) 卒業式と、記念パーティ(於ホテルグランヴィア京都)。記念パーティでは、学生たちが作っている実行委員会の自主的な発案で、収益は被災地への募金にあてることになる。学生諸君もこのあたり、それぞれにきちんと考えている。

 3月19日(土) 橿原考古学研究所の関川尚功・寺沢薫・松田真一・千賀久4氏の退職記念パーティ (於橿原神宮養正殿)。

 3月20日(日) 前近代都市論研究会。西山の善峯寺・三姑寺・十輪寺をフィールドワークした後、研究会。

 3月22日(火) ウチの学部の歓送迎会(於センチュリーホテル京都)。

 3月23日(水) 京都府の、天橋立世界遺産登録可能性検討委員会。

 3月24日(木) 古代学協会にて仕事。

 3月25日(金) 朝日新聞文化センターの講座で、水無瀬殿跡の見学会。つづいて、名古屋の栄中日文化センターの天皇陵講座。今回は「大山古墳(仁徳陵古墳)」。

 3月26日(土) 日本考古学協会理事会で東京行き。平時通りのように見えたが、駅のエスカレーターがとまっていたり、コンビニの店内が暗かったり、考古学協会事務所に行くためのエレベーターが使えなかったりするところに、震災の影響を見る。協会理事、会員の中にも被害を受けられた方がいる。

 3月27日(日) 出版社B理閣のK川B富子さんのところで、T橋M明先生とともに、食事会。

 3月28日(月) 京都府宮津市行き。「『天橋立・世界遺産』専門家との意見交換会」(於宮津商工会議所)での講演「天橋立の歴史的景観」。ところが、運の悪いことに、乗っていた列車が園部駅で車両トラブルをおこし、そのまま車内にカンヅメ。1時間ほどまったが結局動かず、後続の列車に乗り換えるものの、これが立錐の余地なき超満員。昼食もとることができずに半時間遅れで会場に飛び込み、すぐさま講演にはいるハメとなる。


2011.03.17

福島原発事故

どうか、うまくつながってくれ・・・ そして、頼むからうまく動いてくれ・・・・

---------------------------------以下、引用--------------------------------------------------
http://www.asahi.com/national/update/0317/TKY201103170513.html
【福島第一の電源、18日復旧か 冷却装置稼働の可能性も】
2011年3月17日22時5分 asahi.com

 東日本大震災で壊滅的な被害を受けた東京電力福島第一原発の電源が、18日にも復旧しそうだ。電源の喪失は復旧を阻む最大の障害だった。原発を運転するには大量の水をポンプで循環させ、核燃料から出る熱を冷やす必要があるが、地震で送電が止まり、非常用電源も動かなかった。水の循環や給水が可能になれば、危機的な状況に光がさす。

 復旧に向けた作業は17日早朝に始まった。東電によると、原発の敷地内で約320人の作業員が参加した。

 福島県内に電気を供給している東北電力の送電線を補修して電気を引き込む。作業に10~15時間ほどかかる。放水が始まった3、4号機より先に、まず2号機で始める。

 送電が再開できれば、事故時などに原子炉を冷却する緊急炉心冷却システム(ECCS)を動かすポンプを起動できる可能性もある。ECCSが動けば、原子炉の下部にある巨大プール、圧力抑制室の大量の水を原子炉格納容器や圧力容器に送り込める。

 さらに、圧力容器や使用済み核燃料のプールにも水を循環させ、核燃料からしばらく出続ける余熱を冷やす。プールの温度が上昇し、燃料が露出して破損するなどの事態の拡大を防ぐ。

 ただ、地震や津波、その後の火災や爆発の影響で、ポンプや変圧器などの設備が壊れている可能性もある。設備が壊れていれば、送電しても作動しない。正常に作動するか逐一確かめながらの作業となる。


2011.03.15

日本赤十字社、義援金受付開始

東北・関東大震災の被災者の方々に対して、今は私たち一般人ができることは少ない。支援物資も無闇に送りつけるわけにはいかないし、今の段階ではやはり義援金の拠出、ということになる。ただ、義援金を託すならばやはり信頼できる組織でなくてはならない。ということになると、やっぱりここは日本赤十字社だろう。

日本赤十字社が義援金の募集を開始しました。待っておりました。明日には私も、ささやかではありますがお金を振り込んでこようと思います。被災者の皆さんに一刻も早く、充分な食事と毛布その他が届きますように・・・

http://www.jrc.or.jp/contribution/l3/Vcms3_00002069.html
--------------------------------------以下、引用----------------------------------------------------------
日本赤十字社では、今回の震災の被害が甚大かつ広範囲に及んでいることから、被災県組織に代わり、皆さまからの義援金を受け付けております。

義援金窓口1  郵便局・ゆうちょ銀行
口座記号番号   00140-8-507
口座加入者名   日本赤十字社 東北関東大震災義援金
取扱期間     平成23年3月14日(月)~平成23年9月30日(金)

※郵便局窓口での取り扱いの場合、振替手数料は免除されます。
※郵便窓口でお受取りいただきました半券(受領証)は、大切に保管してください。
※通信欄にお名前、ご住所、お電話番号を記載してください。

救援金窓口2
■ クレジットカード・コンビニエンスストア・Pay-easyによるご協力
詳しくは、こちらをご覧ください。
※「寄付目的」の選択項目で、救援金名を指定してください。
※寄付金額は、2,000円以上から受け付けています。

[担当窓口]日本赤十字社 東北関東大震災義援金担当
Tel: 03-3437-7081  E-mail: info@jrc.or.jp


2011.03.14

福島の学生の無事確認

同志社女子大学現代社会学部社会システム学科山田邦和ゼミのみなさんにお知らせします。

山田ゼミ4回生で、福島県出身のWMさんの無事が確認できました。安堵しました。彼女自身は現在、福島県内の別の町におられますが、元気だということです。彼女のご実家も被害を免れたようです。ただ、東北地方の交通機関が寸断されていますので、彼女が京都に戻ることができるかどうかは現在のところ不確定です。

皆さんも、災害情報を注視していてください。

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また、同じく福島県のHさんの無事も確認されました。


2011.03.13

東北地方大震災に心が痛む

 3月11日(金)
 東北地方の太平洋岸で大地震。京都も揺れたらしいのだが、どうしたわけか私は気がつかなかった。京都新聞文化センターの講義を終えて事務室に戻ると、テレビのニュースが緊急事態を告げており、それで第一報を知った。京都新聞社の前で配っていた号外をもらい、あわてて帰宅。テレビニュースをつけると、目を覆うような惨状が刻々とはいってくる。胸がつぶれるような思いである。関東も被害をうけたようなので、千葉県の妹のところに電話をかけて安否を尋ねる。妹の家もかなり揺れたというが、大過ないようで一安心。ただし、妹の夫はおそらく勤務先で足止めをくらうことになりそう。
 阪神淡路大震災も恐るべき天災だったが、津波は最小限だった。ただ、今回は津波が猛威をふるっている。ひとつの町が丸ごと消失したところもあるという。今の日本でこんなことがおきるなんて、身の毛がよだつ。
 祈るしかなにもできないのが歯がゆいのですが、ささやかではありますが支援金の募集に応じたいと思っています。どうか、どうか、ひとりでも多くの人が救助されますように、また被災した方々への支援がいきとどきますように。さらに、その人たちの生活再建に最大限の援助がおこなわれますように・・・


2011.03.08

第27回条里制・古代都市研究会大会、の巻

110306
 3月5日(土)・6日(日)
 無事に終わりました! 条里制・古代都市研究会の第27回大会! これにともない、私も2年間の事務局長の「お勤め」、終了。残務整理と引き継ぎは残っているが、肩の荷が降りたのは事実である。思えば2年半ほど前、N良J子大学のT野K己先生から突然電話がかかってきて、「条里制・古代都市研究会の事務局長を引き受けてくれませんか?」と依頼があったのが始まりだった。それまでこの会の会員ではあったが、はなはだ会活動には不熱心だったので、青天の霹靂とはこのことである。したがって私も当初は渋ったのであったが、なんやかやで、結局はお引き受けすることになったのであった。
 正直いって、この仕事は大変だった。特に、私の大学はこの分野に関する専攻を設置しているわけではない。つまり、研究組織としての研究室が整備されていたり、周囲にいつも大学院生がいるような大学とは違って、私の周囲には日常的に手伝っていただける院生や学生を欠いているのである。考えた末、花園大学の修了生であるK田K美子さんに事務局の手助けをお願いすることにした。と、いうよりも、ほとんどの実務をK田さんにお願いすることになったのである。彼女なしには、この2年間の条里制・古代都市研究会はまわっていかなかった。この大変な仕事を献身的にこなしていただいたK田さんには感謝々々、である。

 昨年度の大会は、いつも会場をお借りしている奈良文化財研究所平城宮跡資料館が改修中だったので、わが同志社女子大学今出川キャンパスで実施した。今年はいつもの奈良に戻る。委員会・評議員会・総会では、小笠原好彦会長と事務局長の私の任期満了退任がめでたく承認され、金田章裕新会長と出田和久新事務局長の就任が議決される。めでたし。大会は下記のような研究報告。予想よりもたくさんの方に参加していただいて嬉しい悲鳴ではあるのだが、その反面、レジュメの数の底が見えだして増し刷りにアタフタするというアクシデントもあってヤキモキしたが、それもなんとか大過なくおさまった。特に全体の懇親会は設定していなかったのだが、西大寺駅前の居酒屋でささやかな呑み会をやると、これもいろんな方々が参加していただいた。

 ともあれ、無事にすみました。奔走していただいた会長および委員の皆さま、特に会場関係でひとかたならぬご尽力をいただいたO澤委員とY本委員、さらに充実した発表をいただいた報告者の皆さま、受付を手伝っていただいたN女の学生諸姉および花園大学卒業生のH井君、そして、裏方を統括いただいたK田さん、ありがとうございましたm(_ _)m。

   第27回条里制・古代都市研究会大会
大会テーマ:『古代官衙・寺院・道と風土記』
開催日時:2011年3月5日(土)・6日(日)
会場:奈良文化財研究所平城宮跡資料館講堂

前 日:3月4日(金) 委員会

第1日: 3月5日(土)
  評議員会
  総 会・・・開会挨拶 小笠原好彦会長(明治大学)
<講演>「平城京遷都と泉津」小笠原好彦(明治大学)
<調査レポート>
  「難波大道の調査成果」三宮昌弘(大阪府文化財センター)
  「薩摩遺跡の古代溜池」北山峰生 (奈良県立橿原考古学研究所)
  「上野国新田郡衙」小宮俊久(群馬県太田市教育委員会)
    〈質疑・討論〉

第2日: 3月6日(日)
<研究報告> 『古代官衙・寺院・道と風土記』
   「出雲国の烽・剗<せき>と交通路」門井直哉(福井大学)
  「交通から読む『常陸国風土記』」山路直充(市川市立市川考古博物館)
  「『播磨国風土記』からみた地域間交通と道」坂江 渉(神戸大学)
    〈質 疑・討 論〉 司会:仁藤敦史(国立歴史民俗博物館)
  閉会挨拶 金田章裕新会長(人間文化研究機構)


2011.03.03

『仁明朝史の研究—承和転換期とその周辺—』刊行、の巻

Photo_2 3月2日(火)
 今週末は、条里制・古代都市研究会の大会。私は事務局長、要するに裏方のお世話係である。とにかく、準備で大童。

 その中で、思文閣出版から角田文衞監修・古代学協会編『仁明朝史の研究—承和転換期とその周辺—』が届いた。2007年から2009年まで研究会を続けていた古代学協会の共同研究の成果である。A5判で340頁、装丁もなかなか洒落た本になった。感慨深いのは、これこそが、角田文衞先生が直々に発案・指導された最期の仕事になったことである。高齢の角田先生はさすがにお身体の不自由をかこっておられたが、それでも頭脳は明晰で、この「仁明朝史の研究」には大きな期待をかけておられた。第1回の研究会には先生は車椅子でお越しになられたのであったが、どのような研究会にしたいかを熱っぽく語っておられた。中でも、参加していただいた先生方を驚愕させたのは、角田先生が「皆さん、これを見てください」と言って、先生御自身のコレクションから一通の古文書を持ってきて披露されたこと。なんとこれは、承和年間(まさに仁明朝)の山城国葛野郡の土地売券だった! 平安時代に関する研究会は多いが、参加者のひとりが9世紀の古文書の実物を持ってきて、それを見ながら議論ができるというのは滅多にないだろう。

 研究会は楽しかったが、やはり研究報告をまとめようとすると難産だった。やや遅れてしまったけれども、それでもこうして本ができあがると、ホントに嬉しい。

 研究会の全般にわたって、京都大学の吉川真司先生には何から何まで相談に乗っていただいた。と、いうよりも、この研究会を進めて報告書までもっていく原動力となっていただいたのは明らかに吉川さんである。どれほど感謝してもしきれない。「はしがき」まで書いていただき、仁明朝という時代を的確に評価していただくことまでやっていただいた。吉川さん、本当にありがとうございましたm(_ _)m。
 さらに、研究会に参加していただいた先生方、出版をひきうけていただいた思文閣出版にも感謝いたします。平安時代研究にも、また古代学協会の歴史の中にも、ひとつの里程標を打ち立てることができたのではないかと思います。

 私はこの中で、例によっての例のごとしの天皇陵問題をあつかった。ただ、仁明天皇陵自体に関しては以前の論考の中でふれている(山田邦和「太皇太后藤原順子の後山階陵」〈『皇太后の山寺』所収、京都、柳原出版、2007年〉)のでそのこと自体は簡略化して、すこし幅を広げて、平安時代前期の天皇陵を選地という点から通観してみた。でも結局は、仁明朝とそれ以降に陵墓選地に大きな転機があったという結論になったから、趣旨を大きく外れることはないだろうと思う。

-------------------------目 次-------------------------------------------
 はしがき—仁明朝という時代—(吉川真司・京都大学教授)
第一部
 九世紀東部ユーラシア世界の変貌 ─ 日本遣唐使関係史料を中心に ─(山内晋次・神戸女子大学准教授)
 九世紀の調庸制 ─ 課丁数の変化と偏差 ─(吉川真司)
 九世紀の輸送体系(佐藤泰弘・甲南大学教授)
 「化他」の時代 ─ 天長・承和期の社会政策と仏教 ─(堀裕・東北大学准教授)
 平安京野寺(常住寺)の諸問題(西本昌弘・関西大学教授)
第二部
 銭貨と土器からみた仁明朝(高橋照彦・大阪大学准教授)
 造瓦体制の変革期としての仁明朝(網伸也・京都市埋蔵文財研究所)
 定額寺の修理と地域社会の変動(菱田哲郎・京都府立大学教授)
 承和期の乾漆併用木彫像とその後の展開(根立研介・京都大学教授)
 平安時代前期の陵墓選地(山田邦和・同志社女子大学教授)
 斎宮・離宮院変遷の歴史的背景─ 離宮院遷宮にみる古代王権と伊勢神宮 ─(山中章・三重大学教授)
あとがき—研究会の意義と経過—(山田邦和/鈴木忠司・古代学協会)

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【書いたもの】
■山田邦和「平安時代前期の陵墓選地」(角田文衛監修・〈財〉古代学協会編『仁明朝史の研究—承和転換期とその周辺—』所収、京都、思文閣出版、2011年2月28日)、263〜288頁。
■山田邦和・鈴木忠司「あとがき—研究会の意義と経過—」(角田文衛監修・〈財〉古代学協会編『仁明朝史の研究—承和転換期とその周辺—』所収、京都、思文閣出版、2011年2月28日)、335〜339頁。


2011.03.01

北野天満宮の梅、の巻

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 調べなくてはならないことがあって、何回か、北野天満宮に足を運ぶ。暖かくなってきたこともあって、梅が6分咲き。

 【書いたもの】
■山田邦和「西八条第の考古学的検討—平安京左京八条一坊—」(松藤和人編『考古学は何を語れるか』〈同志社大学考古学シリーズX〉所収、京都、同志社大学考古学シリーズ刊行会、2010年12月27日)343〜356頁。
■山田邦和(イラスト監修・文)・香川元太郎(イラスト)「城郭都市『伏見』—壮大な構想に基づいて改造された『豊臣政権の首都』—」(歴史群像シリーズ特別編集『【決定版】図説 戦国女性と暮らし』所収、東京、学研パブリッシング、2011年2月15日)80〜83頁。
 ←山田邦和(イラスト監修・文・香川元太郎(イラスト))「最新検証 伏見―豊臣期大名屋敷配置再現―」(歴史群像シリーズ『【戦国セレクション】風雲 伊達政宗』所収、2001年6月の再録)。
■山田邦和「歩いて楽しむ京都の歴史」(『中日新聞』連載、名古屋、中日新聞社)
 ・「粟生光明寺の法然上人石棺 —別々の蓋と身を組み合わせた—」(2011年1月8日号朝刊)18頁。
 ・「膳所藩邸の観亀神社 —秋葉大権現を祀った"消防署"の遺跡—」(2011年1月15日号朝刊)15頁。
 ・「平治の乱と三条東殿 —暴挙・・・ 殺戮の限りを尽くす—」(2011年1月22日号朝刊)22頁。
 ・「女子教育の先駆 —元九条家の御殿を転用して開校—」(2011年1月29日号朝刊)19頁。
 ・「紫野の衣懸塚(上) —平安京の葬地 蓮台野の遺構か—」(2011年2月5日号朝刊)14頁。
 ・「紫野の衣懸塚(下) —天皇陵巡りの古写本にヒント—」(2011年2月12日号朝刊)11頁。
 ・「畠山図子 —将軍御所の近くに遊女町が—」(2011年2月19日号朝刊)23頁。
 ・「『西院』の地名 —賽の河原? いや離宮? 今は犀?—」(2011年2月26日号朝刊)17頁。


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