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2011.08.22

第39回古代史サマーセミナー、の巻

110822_2〈←京都府井手町石橋瓦窯址で中島正氏の解説を聞く〉

 8月19〜21日(金〜日)
 第39回古代史サマーセミナー「平安京・南山城サマーセミナー」が終了しました。

 「サマーセミナー」とは、歴史学研究会や日本史研究会などの研究者たちが中心となって毎年やっている合宿形式の自主的勉強会のことである。上記学会の理解と支援はいただくものの、あくまで自主的な活動である。特に大学院生クラスの若い研究者たちの交流の場となっている。毎年、どこかの地域が回り持ちで受け持ち、そこの若手研究者たちが実行委員会を組織して運営の責任を持つ。
 ただ、やはり文献史学の研究者の集まりであるため、私はこれまで出席したことがなかった。それなのにどうしたわけか、今回はいきなり「実行委員長」の責を仰せつかった。まあ、京都で開催するということで、事務局長の毛利憲一さんや委員の北康宏さんの「謀議」にもとづくものであったらしい。荷は重いけれども、文献史学の古代史の、特に若手の皆さんにお目にかかることができるのはありがたいことである。
 会場は鴨川の傍にたつ旅館「いしちょう(石長)」。わが母校である銅駝中学校の跡(現・銅駝美術工芸高等学校)のお隣であり、私の実家からもほど近いところである。私のテリトリーともいえる土地であるが、それだけに、ここに宿泊したことはなかった。面白い巡り合わせになった。
 プログラムは下記の通り。参加者は合計で100人を越えた。分科会では各大学の大学院生またはそれを修了したばかりの研究者の報告が並ぶ。論理展開などに注文をつけたいところはもちろんあるのだが、若い皆さんのひたむきな熱意は何にも代え難い。全体会シンポジウムはそれぞれの分野の大家の先生方の報告。これはやっぱり勉強になる。

 1日目、食事が終わったあと、平安宮跡のミニ巡見に出かける。平安宮の遺跡を案内することは数知れずあるが、21時から23時という夜の夜中の見学会というのは私にとっても初めての経験である。誰も来ないんじゃないかと危惧していたが、30人以上が集まった。さすがである。でもきっと、他所から見ると不審な集団に見えたに違いない(^^;)。
 1日目も2日目も、夜は二次会。学問的議論をしながらのお酒が延々と続く。こんなのも久しぶりの経験である。大学院生のひとりが、私の「中日新聞」の「歩いて楽しむ京都の歴史」の連載を読んでくれていると言ってくれて、ちょっと嬉しい。とにかく熱気がすさまじい。私はさすがに途中で失礼したが、聞いてみると夜の2時3時まで宴会が続いていたらしい。凄いね。

 2日目の午後にはミニ見学会。京都周辺ということで、私は「嵯峨」を受け持つ。ただ、朝から天候がぐずついており、これはやはり悲しい。タクシーに分乗して大覚寺に行き、大沢池・名古曾滝を回る。続いて遊義門院サト子内親王(後深草天皇々女、後宇多天皇後宮、尊称皇后。「サト」は「女へん」に「令」)の今林陵。大覚寺に行く人は多いが、今林陵に立ち寄る人は少ないんじゃないか、と思っての選択である。しかし、遊義門院の離宮の今林殿の故地をあらわす貴重な遺跡である。つづいて嵯峨釈迦堂(清凉寺)。閉門時間になんとか間に合う。ホントはここで終わっても良かったのだが、欲がでてしまい、慈眼堂(伝・藤原定家念持仏)、藤原為家供養塔、有智子内親王墓、檀林寺跡、野々宮神社、嵯峨造道、龍門橋(天下龍門跡)、長慶天皇陵(慶寿院跡)、晴明塚、渡月橋まで皆さんを引きずってしまう。参加者の皆さんはさぞ疲れたと思うが、あんまり行くことのない史跡を見ていただけたという成果はあったのではないかと思う。慈眼堂ではちょうど地蔵盆。子どもたちが大きな数珠を回している。私たちにとっては見慣れた風景だが、他の地域の方々には珍しかったらしい。嵐電と地下鉄を乗り継いでの宿舎帰着はちょうどきっかり18時半。

 3日目は全体の見学会。バス2台を連ねて、南山城にでかける。京都市内の巡見ということも考えたのであるが、特に関東方面からの参加者が多いことを考えると、あまり皆さんが行かない「隠れた史跡」の方が良いだろう、ということになった。南山城は文化財の宝庫であるのに、京都と奈良の間に埋もれてしまって行くひとが少ない。椿井大塚山古墳なんて、古代史の研究者ならば誰でも知っているが、必ずしも全員が行ったことがあるとはいえないだろう。案内役として、木津川市役所の中島正さんをお願いする。旧山城町の文化財担当者として、椿井大塚山、高麗寺跡、蟹満寺など多くの重要遺跡の調査を主導してきた研究者であり、御案内をいただくには最高であろう。また、山城郷土資料館では考古の学芸担当の森島康雄さんのお世話をいただく。大御堂観音寺と蟹満寺では国宝の仏さまに願をかけ、浄瑠璃寺ではこれも国宝の九体阿弥陀堂と特別名勝の庭園に心を和ませる。

 ともあれ、大過なく終わることができました。参加者の皆さん、そして全体会シンポジウムの報告をいただいた3先生、ありがとうございました。見学会の御案内をいただいた山本さん、浜中さん、中島さん、森島さん、ありがとうございました。委員の皆さんもお疲れ様でした。それに何より、驚くべき推進力と実行力で裏方の仕事をテキパキと切り回し、今回の研究会の成功の原動力となった事務局長の毛利憲一さんの御労苦をねぎらわせていただきたいと思います。どうもご苦労様でしたm(_ _)m。

----------------------------------〈プログラム〉--------------------------------------------
第39回古代史サマーセミナー「平安京・南山城サマーセミナー」
 日時:2011年8月19日(金)~21日(日)
 会場:お宿いしちょう(石長松菊園)(京都市中京区土手町通竹屋町東入ル)

◎8月19日(金) 分科会(個別研究報告)
第1分科会 13:30~16:50
 ①永井瑞枝(お茶の水女子大学大学院)「日本古代における在京・在外の断罪過程の特質―本司・本属との関係を中心に」
 ②林友里江(東京大学大学院)「八・九世紀の少納言局」
 ③柳沢菜々(大阪大学大学院)「菓子貢納と『延喜式』贄規定」
第2分科会 13:30~16:50
 ①鈴木裕之(明治大学大学院)「古代儺祭に関する考察—祭場とハラエ意識の変遷—」
 ②溝口優樹(國學院大學大学院)「行基集団と律令国家」
 ③中尾芙貴子(立命館大学大学院)「十世紀末以降の御霊会の成立過程」
第3分科会 13:30~18:00
 ①遠藤みどり(東北大学)「皇后制の成立」
 ②樋笠逸人(京都大学大学院)「大極殿タカミクラの展開―「高御座」と「高座」の分析による―」
 ③渡部史之(九州国立博物館)「平安貴族の昇進儀礼と着座・着陣」
 ④尻池由佳(広島大学大学院)「摂関宇治入りの成立と展開」
ミニ見学会「平安宮跡」 21:00〜23:00 [案内]吉野秋二(京都産業大学)・山田邦和(同志社女子大学)

◎8月20日(土)
全体会「平安時代の都市・文化・王権」 9:00~12:30
 報告:西山良平(京都大学)「平安京と町・戸主の編制」
    川尻秋生(早稲田大学)「平安初期における歴史と文学—『記』を中心として—」
    上村和直(京都市埋蔵文化財研究所)「平安時代中期の平安京」
見学会(京都近郊巡見) 13:30~18:30
   コース①太秦・花園(広隆寺、木嶋神社、法金剛院、蛇塚古墳ほか)[案内]吉野秋二(京都産業大学)
   コース②嵯峨(大覚寺、今林陵、清涼寺、野々宮神社ほか)[案内]山田邦和(同志社女子大学)
   コース③吉田・白河(平安神宮、法勝寺跡ほか)[案内]山本雅和(京都市埋蔵文化財研究所)
   コース④宇治(平等院、宇治上神社、源氏物語ミュージアムほか)[案内]浜中邦宏(同志社大学)

◎8月21日(日)
南山城見学会 8:30~18:00
[見学先]大御堂観音寺・井手寺跡・石橋瓦窯跡・蟹満寺・椿井大塚山古墳・山城郷土資料館(ふるさとミュージアム山城)・高麗寺跡・恭仁宮跡(山背国分寺跡)・馬場南遺跡・浄瑠璃寺 [案内]中島正(木津川市役所)ほか


実行委員会 = 委員長:山田邦和(同志社女子大学)
        事務局長:毛利憲一(平安女学院大学)
        委員:北康宏(同志社大学)・吉野秋二(京都産業大学)・岩田真由子(京都造形芸術大学)・吉岡直人(立命館大学大学院)・駒井匠(同)・樋笠逸人(京都大学大学院)・堀井佳代子(同志社大学大学院)・本庄総子(京都大学大学院)

2011.08.17

2011年大文字送り火、の巻

110816 8月16日(火)
 大文字五山の送り火。
 今年の大文字は、東北大震災と大津波の被災地からの被災材を燃やす燃やさないで、大揺れに揺れた。大変残念なことである。ただ、この話、あれよあれよと事態が変転し、私も呆気にとられていた、というのが実状。ネットの各地で「京都叩き」が燃え上がっているが、事態は「京都が悪い」の一言で片付けるには、もうちょっと込み入った事情がありそうだ。ただ、結果として朝令暮改が続き、被災地の善意の方々に不快な思いをさせてしまい、そして京都が全国に恥をさらした、ということだけは確実で、これは遺憾きわまりない。
 ただ、重要なのは、五山の送り火は役所がやっている観光振興イベントではないということである。それは、地元の方々が信仰心から守り続けられている宗教行事である。京都市役所に非難が集中しているようだが、京都市はそもそも送り火に対しては助言はできても、指導をしたり方針を決定する権限は持っていないのである。だから、送り火では、何をするにしても、まず第一となるのは地元の方々が一致団結して「よし、やろう」となることが必須なのである。今回の混乱の原因のひとつは、そうした大前提が軽視されたところにあったように推察する。

 本日は、犬たちを連れて、暗闇の御所にでかける。京都御所の築地塀の西南の角の広場。大文字はやや斜め方向から拝むことになる。驚いたことに、ほんの数分間だけ、大文字の右肩あたりに赤く染まった大きな月が出た。こんな光景を見るのは始めてである。

2011.08.05

古代学協会「古代学講座」、の巻

110805 財団法人古代学協会では、この9月から「古代学講座」を本格的に開始します。平安博物館の時代には毎日のように「古代学講座」が開講されていた。私も学生時代に、角田文衞先生の講義に通った思い出がある。ただ、平安博物館が閉館して古代学研究所になってからは、会場の確保が難しくなり、「古代学講座」も自然消滅していた。昨年度から試験的にこれを復活し、いよいよ今年度秋学期からは本格的復活となったのである。ラインナップも、下記のように堂々としたものになった。

 【2011年度の古代学講座】
(1)関川尚功(前橿原考古学研究所主幹)「邪馬台国と箸墓古墳」第1水曜日(全6回)13:00~14:30
(2)宮本純二(京都橘大学講師)「エジプト古代文明と遺跡」第2水曜日(全7回)13:00~14:30
(3)野口孝子(同志社女子大学講師)「『小右記』講読—平安貴族の日常に触れてみよう—」第2土曜日(全7回)13:00~14:30
(4)米田雄介(前正倉院事務所長)「『続日本後紀』講読」 第3水曜日(全7回)13:00~14:30
(5)岩井照芳(木津の文化財と緑を守る会々長)「藤原京・平城京と恭仁京を繋ぐ道」第3土曜日(全7回)13:00~14:30
(6)深川慎吾「ヒエログリフ文法講座」第4土曜日(全7回)13:00~14:30

 正直いうと、私も聞いてみたい講座が目白押しだ。しかも定員は12人限定。ゼミ形式で、講師の先生を囲みながら和気藹々の雰囲気の中でじっくりと教えていただけることになる。聴講料は1000円×回数(古代学協会の会員になっていただくと、さらにこれの半額)だから、これはお得といわねばなるまい。会場は古代学協会の本部のある重要文化財・旧日本銀行京都支店(京都文化博物館別館)の重厚な建物である。どの部屋を使うかは講座によって違うが、運が良ければもとの角田先生の執務室(ある先生は「宮殿のようだ!」と言っておられた)が使用できるかもしれない。

 これからの古代学協会は、専門家だけではなく、古代史に関心をもつたくさんの皆さんとともに歩んでいきたいと思っている。「古代学講座」はそのささやかな第一歩となるはずですので、ぜひ多くの皆様(とはいっても定員はあるが・・・)の御参加をお願いいたしますm(_ _)m。お申し込みはこちらから。

2011.08.04

大阪大学の授業終了、の巻

110805 8月3日(水)
 午前中に一件の用事を片付ける。ちょっと地域興しのお手伝い。面白いことになればよいな。

 その後、大阪大学にでかける。その前に、茨木市文化財資料館に立ち寄る。阪急の南茨木駅で電車を乗り換える際、近くにあるのは承知しておりながら、いつもは時間がなくて見学することがかなわなかった。この日、始めて見学することができる。入口をはいると、学芸員のS水さんに見つけていただき、御挨拶。展示は、東奈良遺跡の遺物をはじめ、なかなか充実した資料群である。

 この半期、同大学の「博物館学(資料論)」を担当させていただいた(月曜日2講時)。ちょっと家から遠いので、正直言って最初はおっくうだったのだが、福永教授、高橋准教授、中久保助教を始めとする考古学研究室の皆さんに温かく迎えていただき、また、同研究室の院生・学生の皆さんの学問的意欲溢れる雰囲気に魅了され、通うのがだんだん楽しみになってきた。授業を終え、研究室で雑談させていただきながらお弁当を食べて、13時になるととんぼ返りでウチの大学の今出川キャンパスに戻らねばならないのであるが、むしろその方がおっくうになってしまった。また、非常勤講師控室ではKB大学の中世史のI沢哲先生ともご一緒させていただくことができ、授業前の短い時間ではあるがいろんなことを教えてもらうことができた。ありがたいことである。
 伯母の葬儀で1回休講したので、この日は補講。まあ、オマケのようなものであるので、大阪大学総合学術博物館の見学とする。こういうキチンとした大学博物館を持っているのは、やっぱり羨ましい限りだな。
 夜は、阪急石橋駅前の居酒屋で、私と、もうひとりの非常勤の先生の「慰労会」をやっていただく。これもありがたい限りである。楽しくて、ついつい飲み過ぎ。

 福永先生、高橋先生、中久保さん、それから大阪大学考古学研究室の皆さん、どうもありがとうございました。感謝々々m(_ _)m。

2011.08.03

第22回平安京・京都研究集会「信長と京都」、の巻

 7月31日(日)
 第22回平安京・京都研究集会「信長と京都―河内将芳著『信長が見た戦国京都』をめぐって―」、無事終了いたしました。お集まりいただいた皆様、ありがとうございましたm(_ _)m。
 それにしても、やはり「信長」というと関心を集めていただけるのか、大盛況でした。会場は70人上限で、いつもは40〜50人くらいの参加者があれば御の字なのですが、今回はどんどんどんどん参加者が来ていただいて、80人を越えました。座るところがないのでちょっと慌てたのですが、日本史研究会の御厚意でそちらから椅子をお借りすることができ、なんとか「立ち見」は防ぐことができました。資料が足りないというのでこれも慌てたのですが、世話人のY本さんがすぐにコンビニに走っていただけました。

 今回の集会は、どういうわけか私が「コーディネイター」ということになっていますがこれは表向き。実際には仁木さんが指揮者です。ただ、仁木さんは報告をしなくてはならないというので、いつのまにか私が矢面に立たされてしまいました。任ではないのですが、全体およびシンポジウムの司会はせねばならない。うまく議論をさばける自信はないのですが、皆さんの御協力でなんとか無事にすませることができました。報告者の本多博之さん、仁木さん、浜中邦宏さん、コメンテイターの高橋康夫先生、尾下成敏さん、そして、「俎板の上に乗っていただいた」河内将芳さん。さらに、わざわざ東京から来ていただいたHRSさん・・・。皆様には活発な議論を展開していただき、信長時代の京都についてかなり未知の問題も炙り出すことができたように思います。ありがたい限りでした。

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