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2012.02.27

春日向山・山田高塚両古墳の陵墓立入調査、の巻

5(←航空写真はGooglEarthを原図として編集、クリックで拡大)
 2月21日(木)
 新聞記事やテレビニュースでご存知の通り、陵墓関係16学・協会(大阪歴史学会、京都民科歴史部会、考古学研究会、古代学協会、古代学研究会、史学会、地方史研究協議会、奈良歴史研究会、日本考古学協会、日本史研究会、日本歴史学協会、文化財保存全国協議会、歴史科学協議会、歴史学会、歴史学研究会、歴史教育者協議会)による大阪府太子町に所在する春日向山古墳(宮内庁治定の用明天皇陵)と山田高塚古墳(同・推古天皇陵)の立入調査がおこなわれた。
 昨年に続き、今年も私は、日本考古学協会理事(陵墓担当)として、学会側の窓口役を仰せつかっている。ただ、今回は大阪歴史学会(K本N文氏)が立入調査実行委員会幹事として実働をやっていただけた。ありがとうございましたm(_ _)m。
 ただ、いろいろな情勢を考えると、私もちょっとピリピリしていた。ここ一週間くらいは、現地に下見に行ったり、現地の関係部局と協議したり、結構動き回った。さらに、例によって1週間前くらいからマスコミからの問い合わせの連続。それにもとづいて記事がでたのであるが、きちんとツボを押さえた記事を書いてくれたところは良い。しかし、ピント外れの記事を書いたマスコミがあって、それが全国に出回ったために、目を剥いてしまった。これも心労のタネになる。
 朝、京都は雨。いささか暗い気持ちで出立。ただ、立ち入りの当初まで雨がぱらついたのであるが、その後はだんだんやんできた。これはありがたかった。それぞれの古墳の墳丘裾部と一段目をぐるぐる回ると、結構どれも時間がかかるもんだな。

 この立入の成果はいずれそれぞれの学会の刊行物の中で報告することになるから、それを待っていただきたい。今回の目的のひとつは、天皇陵が前方後円墳から方墳になる転換点を確かめることであるが、それは充分に果たせたと思う。とにかく、これだけ綺麗な巨大方墳を実地に確かめることができたのは、やはり大きな収穫であった。
 出てくると、待ち構えていたマスコミの放列。日本考古学協会を代表して理事の茂木雅博茨城大学名誉教授に対応していただく。ただ、私へのインタビュー部分を流した放送局もあった。それから、場所を移して、大阪府立近つ飛鳥博物館のホールをお借りして検討会。やっと終わって、喜志駅前の飲み屋で打ち上げ。

 毎度のことであるが、宮内庁の職員の方々、特に、主担当者であるF尾M彦主任調査官にはお世話になった。ありがとうございましたm(_ _)m。



2012.02.19

宮内庁での記帳、の巻

210219b(上:雪景色の京都御苑と大文字山、下:宮内庁京都事務所)
 帰宅後、京都御苑内にある宮内庁京都事務所に出かける。陛下の心臓手術に際し、宮内庁がお見舞いの記帳を受け付けている。私は日本国憲法の理念を支持しているし、日本国憲法下における象徴天皇制というのもうまくできたシステムだと思っている。それにも増して、ひとりの人間としての今上天皇は尊敬に値する人物であると思っている。陛下のご快癒を祈念し、私も記帳する。その後の報道では手術は無事終了したし、回復も順調な進展が見込まれるらしく、結構なことである。


元稲荷古墳、の巻

120219
 2月18日(土)
 先週から、いろいろと走り回って、あちこちに連絡をとって、かなり神経をつかっている。そのことは、また改めて・・・

 昨晩からかなりの雪だとおもっていたら、朝にはかなりの積雪。ちょっと溶けてきたのを見計らって、京都府向日市の元稲荷古墳の現地説明会に出かける。全長92mの前方後方墳で、京都を代表する初現期の古墳のひとつである。かなり以前に京都大学が調査をしたが、その後に後方部のど真ん中に水道の給水塔(!)が造られて原形が大きく損なわれたのは残念。ただ、そのほかの部分は公園になって、前方後方墳を観察するのには都合がいい。近年、向日市埋蔵文化財センターが範囲確認調査を続けている。今回の調査は前方部の西側面。新聞には「邪馬台国女王壱与の墓の可能性がある奈良県西殿塚古墳の設計と共通」などという見出しが躍っていたが、まあこれは報道機関向けのリップサービスだな。
 驚いたのは、葺石の大半が異常に小さい(ほとんどが10㎝未満)石を使っていることと、墳丘の斜面だけではなくテラス面にも葺石が敷かれていること。ひとことで葺石といってもいろいろあり、そろそろ綜合的な比較研究が必要なことを実感する。

 現地で、「教え子」のひとりにあたるM君に出会う。永らく非正規雇用の職を続けながら頑張ってきたのであるが、地道な努力が稔り、新天地でのちゃんとした考古学の職の道が開けたという。嬉しいことである。帰り道、お好み焼きを食べながら、ひとしきり語り合う。


2012.02.09

中島みゆき「夜会〜2/2」、の巻

110206
 1ヶ月以上もブログが空いてしまった。この間もいろいろあったのだが・・・・

 2月6日(月)
 大学では、ウチの学科の卒業発表会。今まではこんなのはなかったのだが、今年からやることになった。普通の大学だと演壇にあがっての研究発表ということになるのだろうが、なにせウチの学科は一学年300人を超える(!)「大・学科」。ひとり10分としても50時間!、ぶっ続けでやったとしても丸々一週間かかることになってしまう。それでは身が持たないので、ポスターセッションということになった。コースごとの教室にわかれて、ポスターが立ち並ぶのはなかなか壮観である。他のゼミでどんなことをしているかがわかったのも、収穫。

 終了後、他のゼミには打ち上げコンパに繰り込んだところもあったようだが、私はそそくさと電車に乗り込んで、大阪行き。わが最愛の中島みゆき様による「夜会VOL.17〜2/2」の大阪公演が実施されるのである。
 みゆき様の「夜会」、コンサートでもない、演劇でもない、ミュージカルでもない「言葉の実験劇場」、彼女のライフワークとでもいうべき舞台である。行きたい行きたいと思っていたが、東京は遠いし、チケットは入手困難というので、今まで二の足を踏んでいた。今回は久々の大阪公演ということで、早めにチケットを購入。ウチの奥さんの分まで払わされたから、なかなかの物入りだったぞ(>_<)。会場は大阪城近くの大阪ビジネスパークの中にある「イオン化粧品 シアターBRAVA!」。ホールは満席、すさまじい熱気が渦巻く。

 20時、開演を告げるブザーとともに、「ま〜もなく開演〜で〜す。ケ〜イタイの〜、電源は〜、切っておいて〜くだ〜さいね〜〜」と素っ頓狂〜なアナウンス。まぎれもないみゆき様おんみずからの声である。主演から歌から演出から、舞台の全てを取り仕切るだけには飽きたらずアナウンス嬢まで、色んなことをやる人である。今回の「2/2」は、1995年に初演、97年に再演されたものの再々演。「夜会」の最高傑作の呼び声も高い作品だという。テーマは多重人格(そして、そこから引き起こされた多重身〈ドッペルゲンガー〉)というかなり重いもの。さすがに舞台は圧倒的。クライマックスの「幸せになりなさい(旅人よ我に帰れ)」では、どんどん目頭が熱くなる。
 やはりみゆき様は凄い!!! 彼女の歌を聴いていると、神が人に乗り移るというのはホントにあるんだということをつくづく実感させられる。この人と同じ時代を共有できたことを、感謝。


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