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2013.01.26

メキシコのガイコツ人形など、の巻

130126_3(←クリックで拡大)

 TBSの「THE 世界遺産」のシリーズ、画面がとっても綺麗だし、また、昨年11月11日放送の「古都京都の文化財」を監修させていただいた御縁もあるので、よく見ている。昨年末に「メキシコシティーの歴史地区とソチミルコ」の再放送をやったので録画しておいた。ちょっと時間がたってしまったのであるが、先日それを見ることができた。

 もう14年も前になるが、メキシコを旅したことがある。番組で写されているテンプロ・マジョールも訪れた。メキシコシティ中心部に所在する遺跡で、メシカ〈アステカ〉王国の首都テノチティトランの中央大神殿跡である(ちなみに、アステカというのはこの王国の支配部族を他の部族が呼んだ名称で、どちらかというと蔑称。本人たちはメシカと自称していた。このメシカが「メキシコ」の語源となる)。遺跡の横には博物館が併設されており、その中でも特に、ここから発掘されたメシカの死の神ミクトランテクトリの等身大の像なんか、あまりの不気味さに忘れがたいものだった。

 さらにこの番組では、11月1日・2日の「死者の日 Los Dias de Los Muertos」の光景が写し出されていた。日本のお盆にあたるような、メキシコ独特の祭礼である。ただ、私がメキシコに行ったのは11月後半だったから、残念ながら「死者の日」にでくわすことはできなかった。この「死者の日」では、「カラベラ」と呼ばれるガイコツ人形が大活躍する。死と生は紙一重であり、死は決して悲しむべきものではないことを象徴している、といわれるが、これ、明らかに、「死」のイメージを色濃くただよわせ続けた古代メソアメリカ文明のなごりである。

 そう考えていたら、急にカラベラが欲しくなった。そこで、大阪にあるメキシコ雑貨専門店から手に入れたのがこれ。

 左端が紙のハリボテのカラベラ人形。「死者の日」には各家庭でぶらさげることがあるらしい。

 右端は、ガイコツはガイコツだが、「死者の日」のカラベラではない。最近では文化人類学的にも注目を集めている「死の聖母・サンタ=ムエルテ」。メキシコでかなりの広がりを見せる奇妙な民間信仰の神で、ガイコツの姿をして大鎌を持った女性神というおどろおどろしいものである。底面には植物の種がたくさん埋め込まれており、これが魔除けの役割を果たすという。麻薬密売人などの犯罪者たちが守護神として信仰していたことも多く、そういう来歴からサンタ=ムエルテの信仰集団はカルト教団と見られることもあるのだが、今はそうした枠組みからはるかにはみ出してしまい、メキシコ全土の民間信仰としてどんどん浸透しているのだという。
 正統的なキリスト教からするならばこういうのは邪教の極みなのであろうが、そもそものメソアメリカ文明の信仰では、善と悪、神と悪魔というような絶対的な二分法はありえず、ひとりの神が善と悪の両面を持ち、神が場合によってはいわゆる「悪魔」にもなりうる、というような柔軟性を備えている。このあたり、同じ多神教としての日本文明に通じるところがあるような気がする。その意味でも、このサンタ=ムエルテ信仰、もうちょっと勉強してみたいものである。

 真ん中は、「グアダルーペの聖母マリア」。1531年にメキシコ・シティ郊外のグアダルーペに聖母マリアが出現したという奇譚で、これはバチカンからも正式の奇跡として公認されており、メキシコ・カトリックでは中核的な信仰の対象となっている。顔が白ではなく、原住アメリカ人(「インディオ」)と同じ褐色に塗られていることが面白い。


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 明日つまり1月27日14時00分〜にwowowライヴで、「工藤静香25th Anniversary Live」の再放送があります。昨年11月に東京と大阪で2晩4回だけおこなわれた貴重なライヴ、その東京版を完全収録したものです。これを逃すともう見ることができないかもしれませんので、ご興味のある方はぜひwowowにチャンネルを合わせてくださいませ。

2013.01.17

平清盛終焉地の石碑、の巻

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 1月12日(土)と13日(日)は、続けて長岡京市へ出向く。12日には、ウチの奥さんの知り合いが出ているというので、長岡京室内アンサンブルのニュー・イヤー・コンサート。メイン・プログラムはヘンデルの「水上の音楽」。13日は、仁木宏さんが主宰する研究グループ「前近代都市論研究会」。終了後の懇親会で、皆さんから私の身体のことをねぎらっていただき、とりあえずの「社会復帰」を祝っていただけたことが嬉しい。

 1月14日(月・祝)、特定非営利活動法人京都歴史地理同考会による、「此附近 平清盛終焉地・此附近 高倉天皇誕生地」の石碑建立の除幕式に出席させていただく。京都駅八条口から東へ500mくらいの市営住宅の敷地。京都歴史地理同考会は、友人の中村武生さんが主宰するNP0で、京都の史跡に石碑を建てるという有意義な活動を続行しておられる。今回は、この石碑の説明板に私の「法住寺殿・六波羅復元図」(『日本中世の首都と王権都市』に載せたもの)が使われるというので、除幕式に呼んでいただいた。神戸大学名誉教授・高橋昌明先生も御出席。

 なお、平清盛終焉地は、『吾妻鏡』(治承5年閏2月4日条)に「九条河原口盛国家」とある。この「盛国」、平家の大番頭ともいうべき左衛門尉兼主馬正の平盛国(大河ドラマでは上川隆也さんが演じていた)だとするのが通説である。また、その邸宅の位置は、『吾妻鏡』の「九条河原口」という地点表記を重視し、また、江戸時代の歴史地図『中古京師内外地図』(森幸安)が平安京の東南端である左京九条四坊十三町に比定していることも参考にして、『平安京提要』や京都市平安京創生館展示の平安京模型ではその場所に宛てていた。ところが、近年の高橋昌明先生の研究で、中原師元の日記である『師元朝臣記』(応保元年9月3日条)には平盛国邸が「八条河原口」となっていることが知られ、こちらに信憑性がおかれるようになってきた。今回の建碑の地も、「八条河原口」にあたる左京八条四坊十三町の南側に該当している。もっとも、「盛国」について、上横手雅敬先生は左馬助藤原盛国(大納言藤原邦綱の父)という異説を唱えておられるし、その邸宅も鴨川の東岸あたりに考えておられる。こういう異説があることも注意しておかねばならないだろう。
 まあ、どちらにしても、清盛終焉の地をピンポイントで指し示すことは不可能であるし、この附近は平安京の南東端の鴨川河原であったから、どこまできちんとした条坊制が敷かれていたかまではわからない。「此附近」が清盛終焉地であることは確実であるし、建碑する意味は大きいと思う。

 いささか雨模様なのが残念であるが、たくさんの人が集まっておられる。除幕式では、晴れがましくはあるが、求めに応じて、高橋先生とともに「ご挨拶」を述べさせていただくことになる。盛大な式のあと、出席者のみなさんと昼食、さらに喫茶。この会に集っておられる方々の熱意に感動し、ついつい長居してしまう。

2013.01.10

「八瀬童子」展、の巻

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 1月10日
 新年になって、授業再開。4回生のゼミは、京都文化博物館でちょうど「八瀬童子」展をやっているので、それの見学に行くことにする。
 八瀬童子、いうまでもなく、京都の北郊の八瀬の村民である。特に天皇との結びつきがつよく、近代にあっては天皇大礼や大喪の際の駕輿丁をつとめたことで知られている。

 八瀬と八瀬童子について、どうでもいい話題をふたつ。
 私が子供の頃には八瀬には京都では数少ない遊園地「八瀬遊園」があり、そこに連れて行ってもらうのが楽しみだった。
 原哲夫画、隆慶一郎原作の漫画「花の慶次」は前田利家の義理の甥(利家の兄の利久の養子)である前田慶次郎利益を主人公とした痛快時代活劇(もちろん史実とはかけはなれている)だが、ここに「京都郊外の隠れ里・七霧の里」と、そこの出身者であって後に慶次の家来となる「岩兵衛」という架空の人物が登場する。この岩兵衛さん、鬼のような顔をした怪力の巨人で人の心を読む超能力を持っているのだが、実は心根は大変優しいというなかなかに魅力的な怪漢で、私としてはお気に入りの人物である。この「七霧の里」とその住民が、八瀬と八瀬童子に題材を採っているのは一読すればすぐにわかる。この原作者の隆慶一郎の最後の作品(未完)「花と火の帝」は後水尾天皇時代の朝幕関係に題材をとった小説だが、ここでも八瀬童子は「天皇の隠密」として登場して大活躍していたな。

 閑話休題。文書ばかりで地味な展覧会だろうと見くびっていたが、まったくこれは私の不明だった。面白い!! とにかく、これだけ沢山の天皇の綸旨を見たのは初めてだぞ。室町時代、江戸時代もいいが、もっともびっくりしたのは、最後にあったのが明治天皇。明治天皇の綸旨なんて、他にはほとんど存在しないのではないだろうか?(勅語でも詔でもなく、綸旨。八瀬童子宛てのものは明治改元直前の慶応4年3月20付。もしかすると、日本史上最後の綸旨かもしれない・・・) 八瀬の大祭である赦免地踊りで使われる燈籠の切り絵も、こんなに精細でうつくしいものであるとは思ってもみなかった。ほかにも、応永22年の「八瀬人等言上状」、永禄8年の「三好氏奉行人奉書」(まさに、三好長慶政権〈←間違えました。長慶はもう亡くなっていますから、「三好三人衆政権」ですね〉!)なども重要。

 贅沢なことに、京都文化博物館でこれを担当されたN山・N村両学芸員が、ほとんどつきっきりで解説をしてくれた。N山さん、N村さん、どうもありがとうございましたm(_ _)m。この展覧会、来週の月曜日(1月14日(月・祝))までです。ご興味を持たれた方はお早めにどうぞ。なお、展覧会図録もなかなか評判がよいようなので、このあたりに関心のある方は、売り切れないうちにぜひご購入のほどを。

2013.01.07

大河ドラマ「八重の桜」第1回、の巻

20130107_222056(←NHK公式ウェブサイトより、綾瀬はるかさん演じる山本八重)

 1月6日より、新たなNHK大河ドラマ「八重の桜」が始まった。昨年の「平清盛」が最初から不評フンプンで、最後までまったくの期待外れの出来に終わってしまったから、今回はどうなるか、ちょっと心配していた。なにせ、今回の主人公の新島八重夫人(結婚前は山本八重)は、夫である新島襄先生と並んで、私の勤め先である同志社女子大学にとって「校祖」のひとりともいえる存在なのである。これが昨年のような仕儀になると、同志社で禄をはんでいる者の一人としてはガックリきてしまうのである。
 ただ、私としては、去年は平安時代が舞台だったから細かいところまで文句のつけ通しであったが、今回は専門外の幕末・明治が舞台であるので、心安らかに見ることができるという安心感はある。また、新島八重はもちろん大事な人なのであるが、いかんせん一国の政治を左右するような重要人物というわけではないし、また前半生を物語る史料も限られているから、人物造形はかなり自由にできるはずであり、おもしろくしようと思えばかなりのスパイスをきかせることができるだろう。

 と、いうわけで、第1回を見た。冒頭がアメリカの南北戦争のシーンから始まったのに意表をつかれる。あらま、と思っていたら、そのあとのボストンの風景がでて、オダギリジョーさん演じる新島襄先生がワンカットだけ渋く登場。なかなかの趣向である。
 八重夫人を演じる綾瀬はるかさんは、主たる登場は第2回からになるそうで、第1回では会津戦争の戦場場面のカットのみ。いや、しかし、鉄砲をかまえて「お城はわださねぇ」とつぶやく姿がなんともいえずカッコいい。うんうん、これは幸先がいいぞ。
 今回は、主役も演技力のある女優さんだし、脇を固めるのもなかなかの実力派ばかりだ。八重さんの幼少時代をやった鈴木梨央ちゃん、かわいらしい。八重の兄で、後に新島襄先生の無二の協力者となり、新島先生没後は同志社の臨時総長もつとめた山本覚馬は西島秀俊さん。この人も男前。会津藩主松平容保を演じる綾野剛さんには絶句。いやあ、残されている松平容保の写真と、うり二つといっていいほどソックリ。憂いを含んだ美青年というのがいい。あと、なんといっても存在感のある「怪演」で登場したのは、佐久間象山の奥田瑛二さん。

 と、いうわけで、久々に期待がつのる大河ドラマなのです。

2013.01.01

2013年元旦、の巻

130101(伏見稲荷大社「千本鳥居」〈ただ、今日の初詣ではなく、先々月の画像〉)

 2013年1月1日
 みなさま、あけましておめでとうございます。

 新しい年を迎え、私自身も心機一転といきたいところです。もちろん無理はできないのは当然ですが、身体をいたわりながら、自分に何ができるか、何をやるべきかということをじっくりと考えながら、ゆっくりと進んでいきたいと思っています。健康な他の方々に追い抜かされていくということで、時には焦燥を感じることもあるかもしれませんが、それは言っていてもしかたないでしょう。とにかく、私にとっては、前だけを見てひたすらに走ってきたという時期はもう過ぎ去ったのだということを、強く自覚せねばならないと思います。これまで以上に皆様方の御厚情に頼らねばならない局面もでてくると思います。これからもなにとぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m。

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