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2014.08.25

新・清須会議、の巻

Photo(← 犬山城天守<西から>。南から見るのが「正面」なのだが、西から見るとまた違った風情にみえる)

 8月22日(金)〜24日(日)
 「守護所シンポジウム2@清須/新・清須会議」。つまり「2004年8月に開催された守護所シンポ@岐阜から10周年になる 2014年8月23日(土) ・24日(日)、愛知県清須市にて、守護所シンポ2(新・清須会議)を開催します。同シンポでは、守護所・戦国期城下町の調査・研究事例を全国からもちより、16世紀の城下町研究の集大成を目指しています」という研究会。この日の本番をめざして、2年ほど前から何回も何回もプレ・シンポジウムや遺跡巡見が積み重ねられてきており、私もできるだけ参加させていただいていた。とにかく、現地を踏みながら学べるというのが何よりの魅力である。

 前泊することにして、金曜日に名古屋入り。そこから、犬山城と城下町の見学にでかける。子供の時に来た以来だから、ほとんど初めてに近い。犬山城々下町は、本町通を中心にして地域起こしが進んでいて、なかなかに楽しい。一軒のお土産物屋さんでは、城郭研究の基本史料のひとつである山縣大貳の『主図合結記<しゅずごうけつき>』の精密な復刻版を入手することができる。これは思わぬ掘り出し物だぞ(o^-^o)。それから、岩田義一(夢楽童)さんという画家がお店を出しておられる。当世では珍しくなった肉筆の絵馬の専門家。前から欲しかった「乳絞り」絵馬があったので、分けてもらう。

 犬山城の下まで来た頃に、雲行きが怪しくなる。これはヤバい、と思ってあわてて天守に昇る。さすがに現存最古級の城郭建築で、見応えは抜群。最上階からの木曽川の展望もバツグンである。周りを眺めると、ちょうど岐阜のあたりに真っ黒い雲がかかって、大雨の様子。雷も光っている。なんだか自分も戦国の武将のひとりとなって、金華山方面の合戦を眺めているような気分になる。それにしても風が強い。あおられて天守最上階から落ちでもしたら目もあてられないことになるな(笑)。

 土曜日・日曜日はシンポジウムの本番。午前中には愛知県埋蔵文化財センターで清須城下町の発掘にずっとたずさわっておられるS木M貴さんのご案内で、清須城下町跡の巡見。現在見ている「清須古城跡」などの遺構は、実は信長の段階ではなく息子の信雄の時の大改修の産物であることを学ぶ。

 シンポジウムで驚いたのは、豪華絢爛な資料集。300数十頁、オールカラーという大冊である。こんなにリキのはいった資料集、そうそうお目にはかかれないぞ。しかも、これが無料配布というのであるから(仁木宏さんの科研費のおかげ)、もはやそちらに足を向けては寝られないのである。もちろん本番のシンポジウムも充実した内容。討論では、司会の仁木さんから御指名いただいたので、ひとことだけ発言をさせてもらうことができた。

 終了後、すぐに帰ろうかと思ったのだが、Y村A希さんから清須城下町の南端の虎口の話などを聞いていたので、急にその跡を見たくなった。次に来るといっても何時になるかわからないからな。そちらをめざして歩き始めたのだが、地図とにらめっこしながらではあるのだが、なにせ土地勘のないところであるから、ややもすると道に迷ってしまう。困惑顔でウロウロしていると、同じ方向を目指していたY村さんとバッタリ、一緒に回らせてもらえることになった。Y村さんというと、今や押しも押されぬ歴史地理学の中世都市史研究のトップランナーのおひとりなのだから、これは実にありがたい僥倖なのである。と、いうことで、前日の巡見と併せて、清須城下町の大半の部分をひととおり見ることができた。
 名鉄の「丸の内駅」という、名前は壮大だが(?)小さな小さな駅で乗車。名古屋駅から帰洛の途につく。

2014.08.11

2014年7〜8月の記録、の巻

Img_0131(←六道参り。マックにとっては初盆。水塔婆を供えて魂を迎える。)
 近畿地方の西部を南北に縦断した台風11号。ヒヤヒヤしていたし、京都市内でもかなりの雨だった。烏丸通もかなり水浸しで、通る車が盛大に水しぶきを跳ね上げていた。鴨川や桂川も懸念される状態になっていたが、なんとか持ちこたえたとのこと。ただし、八幡市と城陽市のあいだの木津川にかかる「上津屋の流れ橋」は、昨年に引き続き、また流れてしまったらしい。残念である。

 7月18日(金) (公財)古代学協会の「古代学講座」と、「古代文化」編集委員会。

 7月21日(月) 京都タワーホテルで、森浩一先生を偲ぶ会。同志社の卒業生が全国から集まり、久しくお目にかかっていなかった方々とも会えて、ちょっとした同窓会のよう。

 7月22日(火) 祇園祭(後祭)の宵山にでかけ、妻・母とともに町屋で食事。

 7月23日(水) 「森浩一研究会」。何をやっているかは、おいおい明らかにしていきます。

 7月24日(木) 3回生のゼミを校外学習に振り替えて、祇園祭山鉾巡行の後祭の見学。

 7月25日(金) 「京都市文化財学習研修施設指定管理者選定委員会」委員を委嘱されたので、その第1回の会議。
 夜は、大阪市立大学文化交流センター(大阪駅前第2ビル6階)で、第18回関西比較中世都市研究会に出席。報告は渡辺健哉さん(東北大学大学院文学研究科専門研究員)の「移動する大カーン――大都と上都とその間」。これまでの我が国の研究の大勢では、元帝国(大元ウルス)を中国史としてしかみてこなかったと思うのであるが、モンゴル史を含む全アジア史的な立場からの研究で、学ぶところが多い。ところで私はといえば、仁木宏さんからの御指名で、それへのコメント役。とはいっても元帝国についてはまったく無知なので、「移動首都」についての乏しい知識を総動員してのコメントとなる。カール大帝のフランク王国の王宮の移動も改めて地図上に落としてみるなど、自分にも勉強になった。とはいっても、カダフィ体制樹立以前のリビア連合王国から同体制の初期にかけて、リビアの首都はトリポリとベンガジを巡回していたなんてこと、私にとっては子供の頃のリアルタイムの知識だったのだが、若い参加者の方々はあたりまえながらリアルでは知らなかったみたい。

 7月26日(土) 「まいまい京都」で、日本酒の飲み比べ会。

 7月28日(月) ウチの奥さんにひっぱっていかれて、京都ブライトンホテルで、元祇園の芸妓さんというかわった経歴をもつシンガーのMAKOTOさんの「JAZZ Night in BRAIGHTON !!~ディナーショー~」。感動。

 8月1日(金) 同志社女子大学の有志で続けてきた「新島八重研究会」、いちおうの中締めということで、学長先生肝いりで祇園でお疲れさま会を開いていただく。

 8月3日(日) 大学のオープンキャンパス。学科紹介、ミニ講義「史跡が語る京都の歴史」、体験型講座「博物館資料から学ぶ京都の歴史と文化」を担当する。
 夜は京都市内に戻ってきて、山中章博士を呼び出してのミニ飲み会。

 8月5日(火) 大阪歴史博物館の「難波宮展」、ぼやぼやして見過ごしてしまうと困るので、でかけていくことにする。しかし、博物館の前まで行ってみて仰天。大阪歴史博物館の休館日は月曜日だと思い込んでいたのだが、事実は火曜日なんだな! あれま。でも、これは仕方ないので、久しぶりの大阪城天守閣の見学に切り替える。このごろ、あらためて秀吉の時代の京都を考え直しているので、参考になる。城内にある「石山本願寺推定地」の石碑も、山科本願寺とのかかわりから興味深い。暑い中での見学の後には、めずらしくJR学研都市線に乗車して大学に出勤とあいなる。 

 8月6日(水)〜7日(木) 3回生のゼミ合宿。いろいろまよった末に、伊勢志摩ということになった。斎宮跡のいつきの宮歴史体験館では、学生たちが貴族の着物の試着や平安時代のゲームに熱中。斎宮歴史博物館でE村H之さんがご不在でお会いできなかったのは残念。伊勢神宮では遷宮の終わったあとの綺麗な社殿にお詣り。外宮で、前の正殿の解体工事をやっているところが垣間見えたのは僥倖。新設された「せんぐう館」も初めて行ったのだが、充実した博物館ぶりに驚く。

 8月8日(金) 朝日カルチャーセンター出講。午後は六道詣。マックの初盆ということで、祈りを捧げながら迎え鐘をつき、魂をむかえる。
 夜、T橋M明先生を囲んでN村T生さんの研究室でやっている内輪の小さな研究会の「林屋辰三郎氏の『京都』を読む会」。報告担当がまわってきたのであるが、当初考えていた内容を急遽変えて、「建春門院陵の再検討—それでも建春門院陵はもと後白河院陵だった—」を話す。以前からキチンとまとめねばならないと思っていた内容なのだが、途中で病気と療養が挟まってしまい、そのままズルズルとなっていた。今回、とある事情があって、やっぱり建春門院平滋子サマのファン(!)の私としてはちゃんと自分の考えを述べておかなくてはならないと思うようになった。改めて「玉葉」の記事をよく読んでみることができたのは収穫である。T橋先生やN村さんの反応が気になったのであるが、好意あるご意見をいただくことができ、まずは成功。

 【しゃべったこと】
□山田邦和(報告)「聚楽第復元研究の再検討」(「前近代都市論研究会」例会、於同志社女子大学今出川キャンパス栄光館、2014年7月6日)。
□山田邦和(報告)「車、くるま、クルマ—車に関する小ネタ集—」(科学研究費補助金「古代・中世における「乗り物文化」の学際的研究-『新・輿車図考』の構築を目指して-」〈研究課題番号24520764〉研究会、於長岡京市中央生涯学習センター、2014年7月12日)。
□山田邦和(コメント)「渡辺健哉『移動する大カーン――大都と上都とその間』へのコメント」(第18回関西比較中世都市研究会、於大阪市立大学文化交流センター、2014年7月25日)。
□山田邦和(報告)「建春門院陵の再検討—それでも建春門院陵はもと後白河院陵だった—」(「林屋辰三郎氏の『京都』を読む会」、於中村武生歴史地理研究室、2014年8月8日)。

【社会活動】
◎京都市文化財学習研修施設指定管理者選定委員会委員(2014年7月25日〜2015年7月25日)

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