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2014.12.22

2014年11月、の巻

Img_0027(←日仏シンポジウム「フランスと日本における考古学・文化財とアイデンティティ」)

 なんと、2ヶ月近くも更新がとどこおってしまった。ブログを書いておかねば、また何かアクシデントがあったのかとご心配をかけてしまうかもしれないので、本来はこんなことは良くないのである。ただ、この秋はなんやかや用事が多かったため、こんなことになってしまった。ご心配いただいた皆さま、すみません。でも、元気にしてます。ご安心を。
 今からではちょっと遅きに失したとは思うのだが、いちおう、この2ヶ月にやったこと。まずは11月分。

 10月31日(金)・11月7日(金) 2週連続で、京都府舞鶴市行き。京都SKYセンター(主催)「京都SKYシニア大学」舞鶴会場(北部短期講座)、於舞鶴西総合会館。「戦国時代の京都(1)(2)」。(1)では戦国時代の室町幕府のくんずほぐれつの権力抗争の過程をなんとかわかりやすく解きほぐそうとしたのであるが、我ながらあんまりうまくいかず、受講生の皆さんには申し訳なかった。ただ、言い訳だけしておくと、応仁・文明の乱から明応の政変から信長上洛までの京都の政治抗争史、つまり足利将軍家の義成=義政と義視と義尚=義煕と義材=義尹=義稙と義遐=義高=義澄と義晴と義藤=義輝と義賢=義維=義冬と義栄と義秋=義昭(何度も改名するのは足利将軍家のお家芸だが、正直、こればっかりはカンベンしてほしいと思う(;へ:))、細川京兆家の政元と澄之と澄元と高国と晴元と氏綱、畠山家の義就と政長、三好家の元長と政長と長慶と義継と三好三人衆、等々々々エトセトラという曲者たちのスッタモンダをわかりやすく、なんてのはおよそ不可能に近いようにも思う。(2)ではそれを挽回すべく、信長の登場から上洛までを扱う。これはわかりやすいから、説明もしやすい。

 11月1日(土) 舞鶴から、京都を素通りして東京に直行。東京の日仏会館で、創立90周年記念日仏シンポジウム「フランスと日本における考古学・文化財とアイデンティティ」で報告をさせていただくことになったのである。「遺物にまつわる「歴史」を復元し、過去への追求を正当化する「考古学」の言説と、遺物・文化財を利用することによって「国民」とその「起源」について語る「博物館」の言説を中心に考察し、フランスと日本における比較的なパースペクティブを提示する」という意欲的な試みである。大阪大学の福永伸哉先生のご紹介によって私も末席に連なることができたのは、まことに光栄である。
 私の担当は、「パネル3」の「考古学と天皇陵」で、「天皇陵問題の現状と課題」。フランス国立東洋言語文化大学のフランソワ・マセ教授と同席させていただき、ディスカッサントは京都大学人文科学研究所の高木博志教授。司会は全体のコーディネイターのロラン・ネスプルス博士(フランス国立日本研究センター)。外国語との同時通訳というのでかなり緊張したし、準備作業も大変だったのだが、素晴らしい通訳の方にも助けられ、なんとかこなせたと思う。レセプションでは、さすがフランスというか、美味しい料理とワインの洪水。

 11月2日(日) 日仏シンポジウムの2日目に出席がかなわないという、後ろ髪を引かれる思いで京都に戻る。第29回平安京・京都研究集会「平安京の貴族邸宅」(於京都産業大学 むすびわざ館)。考古学の南孝雄さん(京都市埋蔵文化財研究所)、建築史の赤澤真理さん(同志社女子大学)、文献史学の吉野秋二さん(京都産業大学)に御登壇願い、進展著しい貴族邸宅論を闘わせてもらう。討論司会に予定していたYさんが、どうしてもはずせない公務がはいってしまって残念ながら欠席ということで、私が代役を努める。討論の共同司会は、建築史の登谷伸宏さん(京都橘大学)。

 11月4日(火) 先日の日仏シンポジウムでご一緒させていただいたパリ第1パンテオン・ソルボンヌ大学のジャン=ポール・ドムール教授が大阪文化財研究所の主催で講演会をおこなわれるというので、出席させてもらう。フランスの埋蔵文化財行政の現状なんて、なかなか学ぶ機会がないので、ホント、勉強になる。通訳は「関西弁を操るフランス人考古学者」ことロラン・ネスプルス博士。今回の懇親会は純和風ということで、日本酒で乾杯。ドムール教授は京都のネスプルス博士のご自宅(偶然なのだが、わが家のすぐ近所)に泊まられるということで、帰洛を同道させていただけたのもまことに光栄。

 11月8日(土) 大阪の八尾市歴史民俗資料館で、寺内町の特別展覧会をやっているので、出かける。せっかくの八尾なので、最近関心を持っている称徳天皇の由義宮跡伝承地(弓削神社というのが2ヶ所にある)を訪ねる。それから、近畿地方中央部で最大の群集墳のひとつである高安千塚古墳群。もちろんすべてを見るわけにはいかないが、久しぶりに群集墳を堪能。前室と後室を持つという珍しい構造の二室塚古墳や、石室の奥壁が盗られてしまって石室がトンネル状になってしまったもの(その名も、「抜塚」)があり、驚愕。八尾市歴史民俗資料館では、館長以下、皆さんが突きっきりで説明していただき、恐縮する。ただ、寺内町の研究の最新成果に触れることができ、ありがたい限りである。夜は大阪に出て、道頓堀近くで酒杯。

 11月15日(土)・16日(日) 全国大学博物館学講座協議会西日本部会で、愛知県春日井市の中部大学行き。この大学には初めて行くのだが、充実した大学博物館を持っておられて、羨ましい限り。エクスカーションでは、犬山史料館、リトルワールド、博物館明治村を廻らせていただく。いうまでもなく後二者は、わが国を代表する「野外博物館」である。

 11月22日(土)・23日(日) 1617会の徳島例会。巡見では、阿波国最大の中世城郭である一宮城と、阿波の守護所である勝瑞城、そして徳島城の本丸を訪れることができる。一宮城や徳島城、山のてっぺんなので、ちゃんと登れるかなと心配したのであるが、なんとか制覇。私の身体を気づかっていただき、「荷物を持ちましょう」という御厚意に甘えてしまったのは、気恥ずかしくはあるがありがたい限りである(中西裕樹さん、川元奈々さん、ありがとうございましたm(_ _)m)。

 11月24日(月) 徳島での楽しい懇親会であったのだが、これも後ろ髪を引かれながら、授業があるので最終便で帰洛。ただ、午前の時間帯を使って、京都外国語大学でおこなわれたメソアメリカ考古学のシンポジウムに参加させていただく。若い日本人研究者があちらで活躍されていること、まことに御同慶のいたりである。特に、メキシコ国立自治大学の准教授となって最先端の研究をやっている嘉幡茂君、彼は学生の時に、日本考古学の発掘技術をきちんと身につけた上でメソアメリカをやるんだ、ということで、私の発掘現場に参加してくれていた。久しぶりに会って、健勝を讃えることができたのは嬉しい限りである。

11月29日(土) 京都でのさまざまなミニ・ガイドツアーをやっている「まいまい京都」に出講。「【嵯峨】考古学研究者とめぐる、幻の巨大都市・嵯峨~今も残る中世の都市計画!600年前の地図で嵯峨を歩く~」ということで、中世都市嵯峨の中央部を巡る。秋の観光シーズンの嵯峨は満員なのだが、皆さん熱心についてきてくださる。
 午後は、ウチの奥さんに引きずられるようにして、みやこメッセでの「日本酒条例サミット in 京都」に参加。要するに、全国の日本酒の蔵元が集まってくるので、それを目当ての聞き酒会に参加する、ということである。一軒一軒では少しづつでも、杯を重ねるとだいぶ呑んだことになるな。


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