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2014.12.31

2014年、やったこと、の巻

 Img_0026(12/7、東福寺、終わりの紅葉)

 12月31日(水)
 大晦日。2014年も終わり。

 今年、私にとっての最大の衝撃だったのは、なんといっても愛犬マックを見送らねばならなかったことだった。今もその哀しみが癒えたわけではなく、時々「マック!」とつぶやきながら涙ぐんでいる自分がいる。しかし、マックはそこまで愛することのできる家族だったのであって、そんな彼に巡り会うことができたことは、私たちの人生にとってやはり大変な幸福だったのだと思う。

 恒例のベートーヴェン「第9」。今年の7月13日にロリン・マゼールが84歳でこの世を去ったので、彼を偲ぶことにして、マゼール指揮クリーヴランド管弦楽団、ルチア・ポップ(S)、エレーナ・オブラスツォワ(Ms)、ジョン・ヴィッカース(T)、マルティ・タルヴェラ(Bs)らの独唱による1978年の録音を選んだ。ベートーヴェン交響曲全集のなかからの1枚である。マゼールという人、とにかく変わった演奏の多い巨匠であって、ウィーン・フィルとのストラヴィンスキー「春の祭典」やラヴェル「ボレロ」なんて前代未聞の奇ッ怪な演奏を披露して、真面目にスピーカーの前に座って聴いていたリスナーを椅子から転げ落ちさせるという超能力(?)を発揮していたもんな。この「第9」もまた、クリーヴランド管というビッグ・オーケストラとは信じられないくらいの室内楽的な響きで、あちこちからフツーでは聞こえない楽器の音が飛び出してくる。壮大でダイナミックでありながら、体感温度だけはやけに低いという不思議な演奏である。通常の音楽家がこんな演奏をしたならば、指揮に問題があるのではないかと疑わざるをえないところなのであるが、この人は超絶的な耳の良さと魔術師的なバトン・テクニックは折り紙付きなのである。つまり、いかに奇妙に聞こえようが、それはマゼールがワザとやっているのである。いつもいつも聞く演奏ではないにしても、時にはこういうものも新鮮で良いと思う。

 さて、これも恒例の、「今年やったこと」。残念ながら、今年も「論文」が一本にとどまってしまった。ただ、成稿しながら出版にいたらなかったものは数本ある。また、珍しく学会報告・研究会報告が何本か重なった。特に、日仏シンポジウムでやった「天皇陵問題の現状と課題」と、都市史学会での「日本古代都市史—平安京の比較都市史的評価—」はかなりの力を込めたものとなった。これらのうちいくつかは来年度に論文化せねばならないから、来年度は結構「豊作」になるという予定(ただし、予定はあくまで未定 (^-^;)。河内将芳さんと共同監修した「別冊宝島」の『ビジュアル版 京都1000年地図帳』は、とにかく時間に追われた仕事ではあったが、私の作図した京都の歴史地図が何枚も多色刷りで載せてもらえたので、これはお役にたててもらえるのではないかと思う。

 さあ、2014年もあと数時間である。皆様、どうか良いお年をお迎えくださいm(_ _)m。
 
【著書(共著・監修書)】
■山田邦和(監修)『事前学習に役立つ みんなの修学旅行』1巻「京都」(東京、小峰書店、2014年2月7日)、全44頁。
 〜 山田邦和「修学旅行に行かれるみなさんへ」(同書表紙カバー折り返し)。
■山田邦和(監修)『事前学習に役立つ みんなの修学旅行』2巻「奈良・大阪」(東京、小峰書店、2014年2月7日)、全44頁。
 〜 山田邦和「修学旅行に行かれるみなさんへ」(同書表紙カバー折り返し)。
■京都新聞出版センター編、池坊中央研究所・市川智也・井上由理子・太田垣實・黒田正子・高野澄・井堂恵子・徳丸貴尋・中村武生・西村彰朗・細田香織・前川佳代・町田香・山田邦和執筆『第10回京都検定 問題と解説』(京都、京都新聞出版センター、2014年4月25日)、本文255頁(分担頁不記載だが、山田執筆は8・21・38・68・79・85・111・112・116・136各頁)。
■山田邦和・河内将芳(監修)『ビジュアル版 京都1000年地図帳』(別冊宝島2272、東京、宝島社、2015年1月11日)、全112頁。
 〜作図:古代の京都MAP(15頁)、平安時代の京都MAP(23頁)、都の移り変わり(24頁)、平安京条坊復元図(31頁)、大内裏(平安宮)復元図(32頁)、平安時代後期〜鎌倉時代の京都MAP(45頁)、戦国時代の京都MAP(59頁)、応仁の乱による焼失地域(66頁)、戦国期の京都の城(73頁)、秀吉時代の京都MAP(77頁)、秀吉による京都の都市改造(85頁)、平安京以来の「碁盤の目」町割り・豊臣秀吉による「短冊形の町割り(85頁)、聚楽第復元図(87頁)、江戸時代の京都MAP(95頁)。
 〜土台作図:現代の京都MAP(20頁)、名僧にちなんだ京都の寺院(51頁)。

〈↑ 2015.1.1追記 この本、実際の配本は2014年12月なのですが、奥付は2015年1月ですので、リストアップとしては2015年のほうに回すことにして、2014年のリストからは削除します。〉

【論文】
■山田邦和「森浩一 学の稜線〜須恵器の編年」(深萱真穂・『歴史読本』編集部編『森浩一の古代史・考古学』所収、東京、KADOKAWA〈編集:中経出版〉、2014年1月24日)、116〜123頁。(同書執筆者:森浩一、池内紀・小泉武夫・篠田正浩・宮崎美子・大塚初重・上田正昭・杉本憲司・和田萃・菅谷文則・野本寛一・前園実知雄・深萱真穂・中村潤子・寺沢薫・今尾文昭・山田邦和・菅原康夫・鋤柄俊夫・門田誠一・寒川旭・田中英夫・古川順弘。全207頁)。

【その他の著作】
■山田邦和「禁門の変と京都御苑」(『京都御苑ニュース』第122号掲載、京都、一般財団法人国民公園協会、2014年6月1日)、1頁。
■山田邦和「資料編〜同志社女学校の成立と近代京都」(吉海直人・小山薫・大島中生・山田邦和・天野太郎執筆『新島八重研究会講演集』所収、京田辺、同志社女子大学、2014年6月14日)、181〜188頁。
■山田邦和「同志社女子大学の二条家邸跡と二条斉敬」(天野太郎・小山薫・小崎眞・村瀬学・大島中生・清水久美子・鳥越碧・山田邦和・吉海直人執筆『新島八重×同志社女子大学 コラム集』所収、京田辺、同志社女子大学、2014年6月14日)、83〜85頁。(山田邦和「同志社女子大学の二条家邸跡と二条斉敬」〈同志社女子大学ウェブサイト「教員による時事コラム」掲載、京田辺、同志社女子大学、2013年5月14日公開〉の再録)。
■山田邦和「角田文衞『西洋古代史(1934年)(1)』主旨」(『古代文化』第65巻第4号掲載、京都、古代学協会、2014年3月30日)、90〜92頁。
■山田邦和「角田文衞『西洋古代史(1934年)(3)』補註」(『古代文化』第66巻第2号掲載、京都、古代学協会、2014年9月30日)、117頁。
■山田邦和「角田文衞『西洋古代史(1934年)(4)』補註」(『古代文化』第66巻第1号掲載、京都、古代学協会、2014年12月30日)、123頁。
■山田邦和「角田文衞博士と岸本綾夫将軍市長そして『マンガの神様』手塚治虫」(『土車』第127号掲載、京都、古代学協会、2014年11月30日)、2・3頁。
■山田邦和「角田文衞『平安京の都市プラン—生きている平安京—』解説」(『土車』第127号掲載、京都、古代学協会、2014年11月30日)、5頁。

【学会・研究会】
□仁藤敦史・山田邦和(座長)、小池伸彦・高野陽子・山本悦世・福田秀生・吉野武(パネラー)「(調査レポート)質疑・討論」(条里制・古代都市研究会「第30回条里制・古代都市研究会大会」、於奈良文化財研究所平城宮跡資料館講堂、2014年3月2日)。
□山田邦和(講演)「平安京の虚像と実像」(説話文学会「平成26年度 説話文学会大会」、於同志社大学寒梅館ハーディ・ホール、2014年6月29日)。
□山田邦和(報告)「聚楽第復元研究の再検討」(「前近代都市論研究会」例会、於同志社女子大学今出川キャンパス栄光館、2014年7月6日)。
□山田邦和(報告)「車、くるま、クルマ—車に関する小ネタ集—」(科学研究費補助金「古代・中世における「乗り物文化」の学際的研究-『新・輿車図考』の構築を目指して-」〈研究課題番号24520764〉研究会、於長岡京市中央生涯学習センター、2014年7月12日)。
□山田邦和(コメント)「渡辺健哉『移動する大カーン――大都と上都とその間』へのコメント」(「第18回関西比較中世都市研究会」、於大阪市立大学文化交流センター、2014年7月25日)。
□山田邦和(報告)「建春門院陵の再検討—それでも建春門院陵はもと後白河院陵だった—」(「林屋辰三郎氏の『京都』を読む会」、於中村武生歴史地理研究室、2014年8月8日)。
□山田邦和(報告)「前近代日本における複都制と王権の移動」(鷹陵史学会「鷹陵史学会第23回年次研究大会」公開シンポジウム「動く王権と都市空間―前近代東アジアの権力と都市―」、於佛教大学紫野キャンパス、2014年10月4日)
□貝英幸(司会)、佐古愛己・山田邦和・渡邊信一郎(パネラー)「パネルディスカッション」(鷹陵史学会〈主催〉「鷹陵史学会第23回年次研究大会」公開シンポジウム「動く王権と都市空間―前近代東アジアの権力と都市―」、於佛教大学紫野キャンパス、2014年10月4日)
□山田邦和「天皇陵問題の現状と課題」(〈公財〉日仏会館・日仏会館フランス事務所〈主催〉「日仏会館創立90周年記念日仏シンポジウム フランスと日本における考古学・文化財とアイデンティティ」〈パネル3「考古学と天皇陵」〉、於日仏会館、2014年11月1日)。
□ロラン・ネスプルス(司会)、フランソワ・マセ、山田邦和(パネラー)、高木博志(ディスカッサント)「パネル3『考古学と天皇陵』(討論)」(〈公財〉日仏会館・日仏会館フランス事務所〈主催〉「日仏会館創立90周年記念日仏シンポジウム フランスと日本における考古学・文化財とアイデンティティ」、於日仏会館、2014年11月1日)。
□山田邦和・登谷伸宏(司会)、南孝雄・赤澤真理・吉野秋二(パネラー)「(討論)」(平安京・京都研究集会〈主催〉「第29回平安京・京都研究集会『平安京の貴族邸宅』」、2014年11月2日、於京都産業大学むすびわざ館)。
□山田邦和(議長)「都市史学会2014年度総会」(於京都工芸繊維大学、2014年12月14日)。
□山田邦和「日本古代都市史—平安京の比較都市史的評価—」(都市史学会〈主催〉「都市史学会2014年度大会」シンポジウム「都市史の現在II」、於京都工芸繊維大学、2014年12月14日)。
□三枝暁子(司会)、山田邦和・松山恵・本内直樹・長谷部史彦・加嶋章博・河角龍典・高木博志・大橋竜太・三浦徹・青井哲人(パネラー)「(討論)」(都市史学会〈主催〉「都市史学会2014年度大会」シンポジウム「都市史の現在II」、於京都工芸繊維大学、2014年12月14日)。

【講演】
□山田邦和(講演)「平安京をひもとく」(中京優良申告法人会「第2回研修会」、於京都銀行協会、2014年1月29日)
□山田邦和(講演)「戦国期京都と法華寺院」(JR東海生涯学習財団〈主催〉、ジェイアール東海エージェンシー〈企画・運営〉「講座 歴史の歩き方—日本を見つける知の探訪—」第68回「闇夜を照らす『法華経』—日本人の法華信仰と京都」、於よみうりホール〈東京都千代田区〉、2014年9月19日)。
□山田邦和(講座)「戦国時代の京都(1)(2)」(京都SKYセンター〈主催〉「京都SKYシニア大学」舞鶴会場〈北部短期講座〉、於舞鶴西総合会館、2014年 10月31日・11月7日)。
□山田邦和(ガイド)「【嵯峨】考古学研究者とめぐる、幻の巨大都市・嵯峨~今も残る中世の都市計画!600年前の地図で嵯峨を歩く~」(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、JR嵯峨嵐山駅集合、龍門橋・長慶天皇陵〈慶寿院跡〉・晴明塚・天龍寺・長辻通・毘沙門堂・嵯峨釈迦堂〈清涼寺〉を見学、2014年11月29日)。
□山田邦和(講座)朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(於同センター)。
 (37)「洛中洛外図屏風に見る戦国時代の京都」(2014年4月11日「戦国時代の京都」、5月9日「洛中洛外図屏風の中の京都」、6月13日「(現地見学)戦国期の上京を訪ねる」。
 (38)「山科本願寺と宗教一揆」(2014年7月11日「京都の宗教一揆と天文法華の乱」、8月8日「山科本願寺の盛衰」、9月12日「(現地見学)山科本願寺を訪ねる」。
 (39)「織田信長と京都」(1)(2014年10月10日「足利幕府の混迷」、11月14日「織田信長の登場」、12月12日「(現地見学)上京の寺町と阿弥陀寺の信長墓」。
□山田邦和(講座)栄中日文化センター「天皇陵研究を回顧する―故・森浩一先生の業績の再評価―」(2014年5月23日、於同センター)。
□山田邦和(講座)栄中日文化センター「天皇陵古墳を考える」(於同センター)。
 (1)奈良盆地北部の天皇陵古墳―佐紀古墳群(2014年10月24日)。
 (2)巨大前方後円墳・河内大塚山の謎を再考する(2014年11月28日)。
 (3)平安時代の天皇陵と寺院―仁明天皇陵と嘉祥寺(2014年12月26日)。
□山田邦和(講師)古代学協会「古代学講座『京都学講座・平安京研究の方法』」(2014年4月18日・5月16日・6月20日・7月18日・9月19日、於同協会)。
□山田邦和(講師)古代学協会「古代学講座『京都学講座・平安京研究の方法2』」(2014年10月17日・11月21日〈2015年1月16日・3月20日予定〉、於同協会)。

【提供・協力】
△PHP研究所(編)『大空から眺める パノラマ鳥瞰地図帳—時空を超えて日本の姿がよくわかる—』(東京、PHP研究所、2010年8月3日)。
 〜山田邦和監修(歴史群像シリーズ『安倍晴明』、同『豊臣秀吉』〈以上、学習研究社〉より転載):京都—安倍晴明が活躍した時代(1000年ごろ)—(62・63頁)、京都—豊臣秀吉から徳川家康の時代(1600年ごろ)—(64・65頁)
△高橋昌明『京都〈千年の都〉の歴史』(岩波新書1503、東京、岩波書店、2014年9月19日)。
 〜山田邦和作図:図1-1 平安京条坊図(3頁)、図1-3 大内裏(平安宮)図(9頁)、図1-5 大内裏南東部(15頁)。
 〜山田邦和原図、高橋昌明一部改変:図3-7 六波羅と法住寺殿(86頁)。
 〜山田邦和・寺升初代原図:図1-4 八省院・豊楽院推定復元図(12頁)。
△新潟県立歴史博物館 秋季企画展「日本人類学の黎明-小金井良精資料を中心に-」(2014年9月27日~11月9日)
 〜展示協力〈展示資料出品〉

【社会活動】
▼公益財団法人古代学協会 理事(継続)。
▼公益財団法人古代学協会 古代文化刊行委員会 編集委員(継続)。
▼平安京・京都研究集会 世話人(継続)。
▼文化史学会 監事(継続)。
▼京都市環境影響評価委員(継続)。
▼京都府 天橋立世界遺産登録可能性検討委員会 委員(継続)。
▼社団法人京のふるさと産品協会 ブランド認証審査会 総合審査会 委員(継続)。
▼条里制・古代都市研究会 評議員(継続)。
▼京都市文化財学習研修施設指定管理者選定委員会 委員(2014年7月25日〜2015年7月25日)。
▼WAC Japan(世界考古学会議日本)会員(2014年1月〜)。

【共同研究】
▼国際日本文化研究センター共同研究員(「日本庭園のあの世とこの世―自然、芸術、宗教」班)(2012年4月〜2014年3月)。
▼科学研究費補助金「古代・中世における「乗り物文化」の学際的研究—『新・輿車図考』の構築を目指して—」連携研究者(研究代表者:京樂真帆子滋賀県立大学人間文化学部教授。研究課題番号24520764。研究期間2012年4月1日~2016年3月31日〈予定〉)。

【学内の活動】
▼同志社女子大学 AO委員会 委員。
▼同志社女子大学現代社会学会『現代社会フォーラム』編集委員長。
▼同志社女子大学現代社会学会 運営委員。
▼同志社女子大学現代社会学会 京都研究会 顧問。
▼同志社女子大学 表千家茶道部 顧問。

【講義】
(2014年度春学期。特記なきものは同志社女子大学現代社会学部〈京田辺キャンパス〉)。
   〈月〉4講時「考古学特論」(同志社女子大学大学院文学研究科、今出川キャンパス)
   〈火〉2講時「考古学I」、3講時「卒業研究」、4講時「博物館経営論」
   〈水〉2講時「基礎演習」、3講時「専門基礎演習」
   〈木〉2講時「応用演習」、4講時「博物館実習」
(2014年度秋学期。特記なきものは同志社女子大学現代社会学部〈京田辺キャンパス〉)。
   〈月〉4講時「考古学特論」(同志社女子大学大学院文学研究科、今出川キャンパス)、5講時「博物館概論」(今出川キャンパス)
   〈火〉2講時「考古学II」、3講時「卒業研究」
   〈水〉2講時「博物館資料論」、3講時「博物館概論」
   〈木〉2講時「応用演習」、3講時「史跡・文化財論」、4講時「博物館実習」

2014.12.28

工藤静香2014年クリスマス・ディナー・ショー、の巻

2014

 12月25日(木)
 年に一度の、自分へのご褒美。工藤静香クリスマス・ディナー・ショー。今回はホントのホントのクリスマス、12月25日である。しかも、会場は京都ホテルオークラ! これまではたいてい、関西では大阪だけだったので、そこまで出かけていた。年によっては関西ではおこなわれないこともあったので、その時には無念の涙を呑んでいたのである。それが今年は、京都! 静香さんのクリスマス・ディナー・ショーが京都でおこなわれるのは、おそらく始めてだと思う。ありがたいことである。さらに、「ディナーショーに行きたい!」というウチの奥さんまでついてきた。これも、私にとっては始めて。

 午後、図書出版文理閣での打ち合わせを終えて、いったん帰宅。しばし休息をとってから出発すると、19時半の開場にちょうど間に合う。会場には例によって、静香さんの最新の画が展示されている。20時〜21時10分、ディナー。メニューの通り、結構な内容でした。

 去年の大阪は会場が横長で難儀したのであるが、今回は縦長の部屋なので、舞台が良く見える。20時10分、ショーの開始。静香さん、純白のキラキラドレスでの登場である。静香さん、最近、これまでのトレードマークだったロングヘアーをバサリと切ってショートカットにした。ネットを見ると、「工藤静香ショートでイメチェン、めっちゃ綺麗になった!」と好評である。会場でも「し〜ちゃん〜! なんで髪、切ったの〜?」という質問が飛んでいた。本人の弁によると、以前から切りたかったのであるが、御夫君が納得されていなかった。それが最近になって急に、「イイんじゃない」ということになった、とのことである。
 曲目は、声を聴かせて、メタモルフォーゼ、僕よりいい人と・・・、Blue Velvet(ドラム伴奏)、Rumour Has It (共:坪倉唯子)、(間奏:坪倉唯子独唱)、めちゃくちゃに泣いてしまいたい(握手タイム)、FU-JI-TSU~私について~ブリリアント・ホワイト~黄砂に吹かれて、嵐の素顔、ワインひとくちの嘘(アカペラ)、単・純・愛vs本当の嘘(新曲)、〈アンコール〉千流の雫。
 バックはおなじみの坪倉唯子さん。間奏の際に、彼女のパワフルな独唱が聞けたのもお得である。さらに、中島みゆき+後藤次利のゴールデン・コンビのバックを受けた新曲「単・純・愛vs本当の嘘」も初のお披露目である。

 陶酔、そして最高のクリスマスだった。ありがとう!

2014.12.24

2014年12月、の巻

Photo (←淡輪ニサンザイ古墳)

 続いて、12月。

 12月5日(金) 宮内庁の御厚意による、陵墓調査の「限定公開」。陵墓関係16学・協会の中の(公財)古代学協会に割り当てられている見学枠で、大阪府泉南郡岬町(つまり大阪府の最西南端)の淡輪古墳群にある淡輪ニサンザイ古墳(宮内庁治定の「垂仁天皇皇子五十瓊敷入彦命宇度墓(いにしきいりひこのみこと うどのはか)」)にでかける。
 せっかく行くのだから、と思って、電車を一駅乗り過ごして、この古墳群のもうひとつの大前方後円墳である西陵古墳をまず訪ねる。それにしても、強風が吹き荒れていて、寒い。
 淡輪ニサンザイ古墳のほうは、全長170mの大型前方後円墳。周濠の水をほとんど落としていて、墳丘裾にいくつものトレンチを入れている。須恵質の埴輪や底部に段のある埴輪が散乱していて、「淡輪の現地で見る『淡輪型埴輪』!」と盛り上がる。ハイライトは左側の造り出し。造り出しというよりも、ほぼ完全な方墳がくっついているといったほうがよい。埴輪列が立ったまま出土していることにも、感激。

 12月6日(土) 同志社大学で、文化史学会の大会。いつもは途中で疲れてしまって中抜けしてしまうのだが、今回は珍しくも、最初から最後まで、全部の研究発表を聞いた。ベルギーのブリュッセルの研究なんて、今までぜんぜん知らなかった分野であるから、勉強になる。それに、評議員会と総会では「監事」としての責務を果たすべく、会計監査報告をやる。

 12月7日(日) 同志社女子大学現代社会学会の京都研究会のフィールドワークで、東福寺と泉涌寺。紅葉はほとんど散ってしまっているが、その分、ゆっくりと拝観することができる。泉涌寺の宝物館である心照殿では、ちょうど「泉涌寺における天皇の御葬儀」という特別陳列をやっていたのは、思わぬ収穫である。以前から疑問だったのは、泉涌寺に天皇が葬られる初例は鎌倉時代前期の四条天皇とされていること。実はその先代である後堀河天皇の陵が泉涌寺と表裏一体である今熊野観音寺にあって、これを泉涌寺の天皇陵の初現としてもさしつかえないはずなのだが、そうはなっていない。変だな、と思っていたのであるが、今回の特別陳列で永年の謎が解けた。泉涌寺では四条天皇陵を自らの初現としてとらえており、後堀河天皇陵については意識的に「抹消」しようとした形跡があるのだという。

 12月9日(火) 「森浩一研究会」。だんだんに、企画が具体化してくる。

 12月11日(木) 学部の忘年会。地下鉄丸太町駅近くの店で、フグ。

 12月12日(金) 朝日カルチャーセンター京都で、巡見。織田信長の墓を訪ねよう、というので、寺町をさかのぼって、阿弥陀寺へ。信長墓への参拝を済ませて、墓地の掃除をしていたオッちゃんに挨拶をすると、「こんなの知ってますか?」と言われて、墓地の中央にひっそりとたたずむひとつの墓石の前に案内される。なんと、先ごろ亡くなられた大女優・森光子さんのお墓である。森光子さん(本名・村上美津)って京都の出身なのだが、亡くなったのは東京だし、葬儀も東京でおこなわれたはず。でも、お墓は京都にあるんだな。びっくり。

 12月13日(土)・14日(日) 都市史学会2014年度大会。昨年の第1回大会は東京でおこなわれたのだが、第2回である今年は京都が舞台となる。昨年の総会でいろいろと発言したのが祟った(?)のか、今回はシンポジウム(「都市史の現在II」三枝暁子司会、パネラー:山田邦和・松山恵・本内直樹・長谷部史彦・加嶋章博・河角龍典・高木博志・大橋竜太・三浦徹・青井哲人)での報告を依頼された。私の担当は「日本古代都市史」という漠然としたテーマである。しかしやっぱり恥ずかしいことはできないから、この数ヶ月、うんうんと唸りながら準備を進めていた。日本古代というものの、そのすべてを扱うことは時間的にも能力的にも不可能だから、副題を「平安京の比較都市史的評価」とさせてもらう。
 論点はふたつ。第一は、平安京の時期別の実像の復元。かつて「前期平安京の復元」(仁木宏編『都市—前近代都市論の射程—』に初出。後、山田『京都都市史の研究』所収)という論文を書いて、前期(9世紀代)の平安京の復元試案を提出したことがあった。本当はその時に中期・後期についてもやっておきたかったのであるが、果たすことができなかった。それを今回の機会にやろう、と思い立つ。平安京の考古学的調査や文献史学的研究の情報をシコシコと拾い出し、地図に落としていく。締め切りギリギリであったが、なんとか形にすることができた。
 第二は、平安京を始めとする日本の古代都市が、世界史の中でどういう位置づけになるか、という問題。私の僻み根性かもしれないが、日本の都市はしばしば過小評価されているように思う。「日本古代都城は中国のそれの単なるミニチュア・イミテーション」とか、「西欧の都市のような立派な城壁を持つものこそ真の都市。それに比べて日本の都市は・・・(軽蔑)」とか、「西欧のような都市住民の自治を持たないものを都市とは呼べない」とか、ひどいのになると「日本には都市は存在しない」などと酷評されてきたのである。
 そこで、1世紀から12世紀までの世界の古代都市を50ヶ所選び出し(50という数字はキリがいいだけで、特段の意味はない)、それらの縮尺を統一してみて、面積の比較をおこなうことにした。ここでわかったのは、魏(北魏)洛陽とか唐長安とか宋(北宋)開封といった中国の首都は巨大すぎて、比較の基準になりにくいこと。そして、そうした特Aランク都市を除くならば、平安京=京都は世界的にもAランクに位置づけられるし、その中でもかなりな地位にある。私の試算では、11〜12世紀では特Aランク都市は宋(北宋)開封や宋(南宋)臨安であるが、京都の面積は25㎢で、これはエジプトのアル=フスタート&カーヒラ(カイロ)やカンボジアのアンコール、金の中都(現、北京市)と並んでAランク都市の首座を分け合っており、世界的にも充分に巨大都市といいうる。それに対して、この時代には西ヨーロッパではまだまだ都市はこじんまりとしたものにとどまっているのである。
 それに、ひそかな悪だくみとして、この比較の中にはアメリカ大陸の古代都市をいくつか忍び込ませておいた。そそれは、「世界は中国と西欧だけではない」ということを示したかったのである。そもそも、1〜5世紀の世界においては、面積的には第1位都市は中国・魏(北魏)洛陽であるが、第2位都市はメソアメリカのテオティワカンである。これだけの巨大都市を造っているのにそれを扱わない、というのでは、比較都市史研究の名が泣くではないか!
 いささか冒険的で、妄想ともいわれかねない研究報告であったかもしれない。私自身、ここで選んだ50ヶ所の都市のうち、これまで自分の足で踏みしめたのは半数にすぎないから、とてもとてもエラそうなことを言えたものではない。しかし、あんまりこういう研究をやった人はないようなので、会場の皆さんの反応もわりあいに好意的であったような気がする。終了後は、高野川の近くの焼肉で、打ち上げ。

 12月16日(火) ウチのゼミの、卒論の第一次提出日。おおむね、提出が済む。

 12月17日(水) 卒論が済んだということで、四回生の忘年会。

 12月18日(木) 平安京・京都研究集会の準備会。次回は、京都近郊の中世の山城をテーマとすることが決まる(「山城(国)の山城」?)。

 12月19日(金) 今年最終の、(公財)古代学協会の『古代文化』編集委員会と、同協会の忘年会。東京から理事長もお越しいただいて、盛り上がる。

 12月23日(火) 22日に今年の授業の最終。23日は、鎌田久美子さんのご夫妻とともに会食。一年を振り返る。

2014.12.22

2014年11月、の巻

Img_0027(←日仏シンポジウム「フランスと日本における考古学・文化財とアイデンティティ」)

 なんと、2ヶ月近くも更新がとどこおってしまった。ブログを書いておかねば、また何かアクシデントがあったのかとご心配をかけてしまうかもしれないので、本来はこんなことは良くないのである。ただ、この秋はなんやかや用事が多かったため、こんなことになってしまった。ご心配いただいた皆さま、すみません。でも、元気にしてます。ご安心を。
 今からではちょっと遅きに失したとは思うのだが、いちおう、この2ヶ月にやったこと。まずは11月分。

 10月31日(金)・11月7日(金) 2週連続で、京都府舞鶴市行き。京都SKYセンター(主催)「京都SKYシニア大学」舞鶴会場(北部短期講座)、於舞鶴西総合会館。「戦国時代の京都(1)(2)」。(1)では戦国時代の室町幕府のくんずほぐれつの権力抗争の過程をなんとかわかりやすく解きほぐそうとしたのであるが、我ながらあんまりうまくいかず、受講生の皆さんには申し訳なかった。ただ、言い訳だけしておくと、応仁・文明の乱から明応の政変から信長上洛までの京都の政治抗争史、つまり足利将軍家の義成=義政と義視と義尚=義煕と義材=義尹=義稙と義遐=義高=義澄と義晴と義藤=義輝と義賢=義維=義冬と義栄と義秋=義昭(何度も改名するのは足利将軍家のお家芸だが、正直、こればっかりはカンベンしてほしいと思う(;へ:))、細川京兆家の政元と澄之と澄元と高国と晴元と氏綱、畠山家の義就と政長、三好家の元長と政長と長慶と義継と三好三人衆、等々々々エトセトラという曲者たちのスッタモンダをわかりやすく、なんてのはおよそ不可能に近いようにも思う。(2)ではそれを挽回すべく、信長の登場から上洛までを扱う。これはわかりやすいから、説明もしやすい。

 11月1日(土) 舞鶴から、京都を素通りして東京に直行。東京の日仏会館で、創立90周年記念日仏シンポジウム「フランスと日本における考古学・文化財とアイデンティティ」で報告をさせていただくことになったのである。「遺物にまつわる「歴史」を復元し、過去への追求を正当化する「考古学」の言説と、遺物・文化財を利用することによって「国民」とその「起源」について語る「博物館」の言説を中心に考察し、フランスと日本における比較的なパースペクティブを提示する」という意欲的な試みである。大阪大学の福永伸哉先生のご紹介によって私も末席に連なることができたのは、まことに光栄である。
 私の担当は、「パネル3」の「考古学と天皇陵」で、「天皇陵問題の現状と課題」。フランス国立東洋言語文化大学のフランソワ・マセ教授と同席させていただき、ディスカッサントは京都大学人文科学研究所の高木博志教授。司会は全体のコーディネイターのロラン・ネスプルス博士(フランス国立日本研究センター)。外国語との同時通訳というのでかなり緊張したし、準備作業も大変だったのだが、素晴らしい通訳の方にも助けられ、なんとかこなせたと思う。レセプションでは、さすがフランスというか、美味しい料理とワインの洪水。

 11月2日(日) 日仏シンポジウムの2日目に出席がかなわないという、後ろ髪を引かれる思いで京都に戻る。第29回平安京・京都研究集会「平安京の貴族邸宅」(於京都産業大学 むすびわざ館)。考古学の南孝雄さん(京都市埋蔵文化財研究所)、建築史の赤澤真理さん(同志社女子大学)、文献史学の吉野秋二さん(京都産業大学)に御登壇願い、進展著しい貴族邸宅論を闘わせてもらう。討論司会に予定していたYさんが、どうしてもはずせない公務がはいってしまって残念ながら欠席ということで、私が代役を努める。討論の共同司会は、建築史の登谷伸宏さん(京都橘大学)。

 11月4日(火) 先日の日仏シンポジウムでご一緒させていただいたパリ第1パンテオン・ソルボンヌ大学のジャン=ポール・ドムール教授が大阪文化財研究所の主催で講演会をおこなわれるというので、出席させてもらう。フランスの埋蔵文化財行政の現状なんて、なかなか学ぶ機会がないので、ホント、勉強になる。通訳は「関西弁を操るフランス人考古学者」ことロラン・ネスプルス博士。今回の懇親会は純和風ということで、日本酒で乾杯。ドムール教授は京都のネスプルス博士のご自宅(偶然なのだが、わが家のすぐ近所)に泊まられるということで、帰洛を同道させていただけたのもまことに光栄。

 11月8日(土) 大阪の八尾市歴史民俗資料館で、寺内町の特別展覧会をやっているので、出かける。せっかくの八尾なので、最近関心を持っている称徳天皇の由義宮跡伝承地(弓削神社というのが2ヶ所にある)を訪ねる。それから、近畿地方中央部で最大の群集墳のひとつである高安千塚古墳群。もちろんすべてを見るわけにはいかないが、久しぶりに群集墳を堪能。前室と後室を持つという珍しい構造の二室塚古墳や、石室の奥壁が盗られてしまって石室がトンネル状になってしまったもの(その名も、「抜塚」)があり、驚愕。八尾市歴史民俗資料館では、館長以下、皆さんが突きっきりで説明していただき、恐縮する。ただ、寺内町の研究の最新成果に触れることができ、ありがたい限りである。夜は大阪に出て、道頓堀近くで酒杯。

 11月15日(土)・16日(日) 全国大学博物館学講座協議会西日本部会で、愛知県春日井市の中部大学行き。この大学には初めて行くのだが、充実した大学博物館を持っておられて、羨ましい限り。エクスカーションでは、犬山史料館、リトルワールド、博物館明治村を廻らせていただく。いうまでもなく後二者は、わが国を代表する「野外博物館」である。

 11月22日(土)・23日(日) 1617会の徳島例会。巡見では、阿波国最大の中世城郭である一宮城と、阿波の守護所である勝瑞城、そして徳島城の本丸を訪れることができる。一宮城や徳島城、山のてっぺんなので、ちゃんと登れるかなと心配したのであるが、なんとか制覇。私の身体を気づかっていただき、「荷物を持ちましょう」という御厚意に甘えてしまったのは、気恥ずかしくはあるがありがたい限りである(中西裕樹さん、川元奈々さん、ありがとうございましたm(_ _)m)。

 11月24日(月) 徳島での楽しい懇親会であったのだが、これも後ろ髪を引かれながら、授業があるので最終便で帰洛。ただ、午前の時間帯を使って、京都外国語大学でおこなわれたメソアメリカ考古学のシンポジウムに参加させていただく。若い日本人研究者があちらで活躍されていること、まことに御同慶のいたりである。特に、メキシコ国立自治大学の准教授となって最先端の研究をやっている嘉幡茂君、彼は学生の時に、日本考古学の発掘技術をきちんと身につけた上でメソアメリカをやるんだ、ということで、私の発掘現場に参加してくれていた。久しぶりに会って、健勝を讃えることができたのは嬉しい限りである。

11月29日(土) 京都でのさまざまなミニ・ガイドツアーをやっている「まいまい京都」に出講。「【嵯峨】考古学研究者とめぐる、幻の巨大都市・嵯峨~今も残る中世の都市計画!600年前の地図で嵯峨を歩く~」ということで、中世都市嵯峨の中央部を巡る。秋の観光シーズンの嵯峨は満員なのだが、皆さん熱心についてきてくださる。
 午後は、ウチの奥さんに引きずられるようにして、みやこメッセでの「日本酒条例サミット in 京都」に参加。要するに、全国の日本酒の蔵元が集まってくるので、それを目当ての聞き酒会に参加する、ということである。一軒一軒では少しづつでも、杯を重ねるとだいぶ呑んだことになるな。

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