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2015.02.23

御廟野古墳立ち入り、その他の2月の日記、の巻

Photo(← 御廟野古墳)

 2月2日(火) 定例の病院の診察。1月末に受けた定期検査の結果を聞く。待っている間は緊張したが、結果は良好で、ホッとする。

 2月3日(火) 誕生日。56歳を迎える。京都橘大学文学部文化財学科の公開講演会で、豊臣秀吉と京都の関係を話す。学生諸君、熱心に聞いてくれたのがありがたい。質問用紙を拝見しても、なかなかポイントを押さえた質問が続出して、感心。

 2月6日(金) わが学部の、卒論発表会。

 2月8日(日) 最近いろんな活動をやっていて注目されている「京都高低差崖会」 が聚楽第跡見学会をやるというので、参加。

 2月11日(水・祝) 京樂真帆子さんの科学研究費補助金研究会(通称「牛車」研究会)。

 2月20日(金) 陵墓関係16学・協会による陵墓立ち入り調査に参加。京都市山科区の御廟野古墳が対象となる。天智天皇陵に治定されているが、この被葬者については学界でも異論はない。もちろん中に入るのは始めてであるが、凄かった!

 2月21日(土) (公財)古代学協会の理事会。

 2月22日(日) 京都市交響楽団の演奏会。フィンランドの名匠・オッコ・カムの指揮。曲目は、シベリウス:交響幻想曲「ポヒョラの娘」op.49、グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調op.16、ニールセン:交響曲第4番「不滅」op.29。グリーグの協奏曲で登場したのは、ナレ・アルガマニヤンというアルメニア出身の若い女性ピアニスト。ゴールドのえらく派手な衣装で登場したのにびっくり。演奏は、テンポを自在に揺らしたロマンティックなもの。カムの指揮はさすが。ニールセンでは、2つのティンパニの乱舞が心地よい。至福の音楽に酔った後は、I岡N和さんとM木Y雄さんに同道させていただき、飲み会。

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【しゃべったこと】
□山田邦和「豊臣秀吉と京都」(京都橘大学文学部歴史遺産学科2014年度講演会、於同大学清風館、2015年2月3日)。

【書いたもの】
■山田邦和「天皇陵史料としての『扶桑略記』」(同志社大学考古学シリーズXI『森浩一先生に学ぶ—森浩一先生追悼論集—』所収、京都、同シリーズ刊行会、2015年1月30日)、561〜577頁。
 ↑ 同志社大学考古学シリーズは、同志社大学考古学研究室が中心になって、その関係者が執筆して数年に一度刊行される、いわば同研究室の「紀要」のようなものである。私たちは単に「論集」と通称している。
 この「論集」、1982年に森浩一先生の主導で刊行が始まり、今回で33年目、11冊となる。私は、この11冊に「皆勤」である (o^-^o)。思えば、シリーズ第1冊の『考古学と古代史』に卒論のエッセンスをまとめた「須恵器・その地域性」という論文を書かせてもらったのが、私の研究者人生の始まりとなった。その論文が掲載された第1冊が刊行され、それを同級生の加藤謙君が私の自宅に届けてくれた。それは実は、私の父の葬儀の夜だったことを思い出す。
 森先生も、一昨年にこの世を去られた。この論文の「付記」にも書いたこと。「私はいつも、森先生の巨大な後ろ姿を仰ぎ見ながら研究人生を送ってきたように思う。先生の生涯の研究テーマのひとつが「天皇陵古墳」であることはよく知られている。ここに、天皇陵についての私見の一端を示し、先生の魂魄に捧げたいと思う」。

■駒井和緒(文)、遠田志帆(絵)、芥川龍之介(原作)、山田邦和(監修)『リライトノベル 邪宗門』(東京、講談社、2015年2月12日)、全203頁。
 ↑ 我ながら変わった仕事を引き受けたと思うのだが、出版社によると、「誰でも知っているあの名作から、キャラクターや筋書きなどの基本設定を拝借しつつ、舞台を現代に置き換えて物語を塗り替えるという、何とも大胆不敵な試みです」、とのこと。周知のように、芥川龍之介の「邪宗門」は未完で終わっており、結末がどうなるのかは誰にもわからない。それを補作し、かつ舞台設定を青春小説に変えたというのだから、確かに大胆不敵である(笑)。私の役目は「監修」で、物語が平安時代として矛盾しないように目を光らせた。ただ、ストーリーには噛んでいないのであしからず。

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