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2019.02.01

映画「ヒトラーに屈しなかった国王」、の巻


衛星放送で録画しておいた映画「ヒトラーに屈しなかった国王」を観た。実に興味深かった。ナチ・ドイツの侵略を受けたノルウェーにおいて、降伏と抵抗の狭間で苦悩する国王ホーコン7世の物語。孫とたわむれるのを無上の楽しみとするひとりの老人の肩に、国家の運命がのしかかる。身体を折り曲げて苦悩に耐える国王の姿が悲痛。

ノルウェーにおける立憲君主制の国王のありかたも興味深かった。立憲君主制のもとでは国王は儀礼的な役割しか果たさず、実権は持たない。駅や道で国王とすれ違っても、市民はちょっと帽子に手をかけて敬意を表すだけで、大げさなことはしない。空襲の際、国王は市民と一緒になって転げながら逃げ惑う。しかし、国家の最大危機に臨んで、内閣も議会も右往左往して事実上の機能停止に陥った瞬間、決断を下せるのは国王しかいなくなってしまう。「すべては王様のために」と言う若い兵士に対して、「それは違う。『すべては祖国のために』だ」と諭すホーコン国王の姿が印象的。

史実では、ノルウェーは国王の決断によってドイツに抵抗する途を選び、国土がドイツ軍に蹂躙された後には国王と正統政府はイギリスに逃れて亡命政権を樹立、祖国の解放運動を支援し、やがてのドイツの敗北とともに国民の歓呼に迎えられて復帰する、という流れをたどる。北欧諸国はいずれも独立国とはいえ、いずれも人口数百万の小国で、国力という点ではドイツはその十数倍ないし何十倍であろう。さらにドイツの軍事力はまさに圧倒的で、まともに戦ったら小国には勝ち目はまったくない。
最終的にはドイツの敗北によって結果オーライになったとはいうものの、ノルウェーはこうした経緯の中で多大の犠牲を払うことになってしまったことも事実。すぐにドイツに降伏して、被占領国の「優等生」として認められ、抑圧を受けながらも最低限の自治権だけは保つことができたデンマーク(国王はホーコン7世の兄・クリスチャン10世)。いやいやながらもドイツに最小限の協力をし、裏では連合国にも通じることによって、綱渡りのようなかろうじての「中立」を保つことができ、戦後には「戦勝国」のひとりとして認められたスウェーデン。もうひとつの超大国・ソ連の暴風雨のような圧迫を受け続けたがためにドイツに助けを求めざるをえなくなり、その結果としてソ芬戦争(ソ連・フィンランド戦争)に突入して手痛い打撃を受けたあげくに「敗戦国」の立場に追い込まれて苦汁を嘗めたフィンランド。人口十数万という、ほかの北欧諸国と比べてすら比較にすらならない小国中の小国で、独立国というのは名ばかりで事実上デンマークの自治領にしかすぎなかったものの、宗主国デンマークがドイツに降伏したため、それを奇貨としてイギリスに「占領してもらう」ことができ、それによって国民の悲願であった独立を勝ち取ることができたアイスランド。それぞれの運命は異なっていたが、大国に挟まれた小国の対応として、どれが正解だったかを断じることはできないだろう。

映画でちょっと残念だったのは、ドイツの侵略に呼応して政権を奪取した「獅子身中の虫」、ヴィドクン・クヴィスリングQuislingの出演が声だけだったこと。売国奴の代名詞(英和辞典を引いてみても、「quisling」は「売国奴」である)ともなっているこの男の描かれ方を見てみたかった。公平に見て、彼は恥知らずの野心家でとてもとても尊敬に値するような人物ではなかったことは確かのようだが、小国が生き延びるためには隣の大国にすがるしかないと見切ったこと自体は、ひとつの選択肢としてはありえないことではない。ただこの人物の場合には国家の行く末を憂うという愛国心よりも、自らの野望が上回ってしまい、ひたすらにドイツのご機嫌とりに終始して自己の権力確立に腐心したことが裏目に出た。せっかく尻尾を振り続けたにもかかわらず、結局はドイツの信頼を得ることすらできず、国の実権はドイツの駐ノルウェー総督(国家弁務官)のヨーゼフ・テアボーフェン(この男も非情極まりない冷血漢だった)に握られてしまってクヴィスリング自身はまったく権力の実質からは遠ざけられた傀儡と化す。そして、頼みの綱だったドイツが戦争に敗北するとともに彼は、ノルウェー国民の憎悪を一身に受けて死刑に処せられるという末路をたどってしまう。

お気の毒だったのは、駐ノルウェー・ドイツ公使(大使と訳したほうがいい?)のブロイアー氏。彼は彼なりにノルウェーのことを真剣に心配しながらも、ヒトラーの命令との板挟みになり、ドイツ軍将校には軽く扱われるし、妻には見捨てられかけるし、果ては、必死で説得しようとしたホーコン国王にすら怒鳴られてしまう。憔悴してオスロの大使館に帰ってくると、自分の執務室はドイツ軍に勝手に占拠されていて大使館にすら居場所がないという体たらく。はては、ノルウェー降伏をうまく纏められなかった不手際の責任をとらされたのか、東部戦線に回され、そこでソ連軍の捕虜となり、敗戦後の数年間をソ連で抑留されていたというから、やはり不運だな。

第二次大戦時のノルウェーについては、山川出版社の『世界各国史・北欧史』の旧版(角田文衞先生編)などで最低限の流れだけは承知していた。しかし、ノルウェーの抵抗が単なる「英雄的行為」ではなく、その裏には国王の苦悩と苦渋の選択があったことを知ることができたことで、この映画は非常に面白かった。推奨に値する。

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