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2019.03.31

三月までにやったこと、の巻

なんか、最近はFacebookTwitterに主力が移ってきたようだ。ブログとどう使い分けたらよいのか、まだよくわかららない。ともあれ、この1月~3月にやったことの備忘録を挙げておく。

【書いたもの】
「【書評】梅原章一著、今尾文昭解説『古墳空中探訪―奈良編・列島編―』」山田邦和(著)(『季刊考古学』第146号、東京、雄山閣、2019年2月1日)、101頁
『京都学研究と文化史の視座―芳井敬郎名誉教授古稀記念―』芳井敬郎名誉教授古稀記念会(編)
芳井敬郎・池田淳・大塚清史・村田文幸・田中正流・青江智洋・江藤弥生・鹿谷勲・落合知子・日比野光敏・荒木慎太郎・山田邦和・高橋克壽・中野渡俊治・師茂樹・郷司泰仁・志水一行・荻山愛華・伊藤旭人・明珍健二・藤原美菜子・梅本直康・青木豊・宇治谷恵・緒方泉・下湯直樹・中島金太郎(執筆)(東京、芙蓉書房出版、2019年3月25日)、全658頁
~◇山田邦和(著)「レプリカが作成された小野毛人墓誌」261~276頁
『京都を学ぶ【南山城編】―文化資源を発掘する―』京都学研究会(編)
金田章裕・上杉和央(編集委員)、吉岡直人・川口成人・川口朋子・寺嶋一根(コーディネーター)、金田章裕・竹門康弘・久保中央・島津良子・佐伯俊源・山田邦和・上杉和央・香川貴志・川口朋子・伊藤明子・菱田哲郎・向井祐介(執筆)(京都、ナカニシヤ出版、2019年3月28日)、全182頁
~◇山田邦和(著)「恭仁京復元への試案」116~137頁
「全貌を現した平安京模型」(平安京復元模型製作25周年・特別寄稿)山田邦和(著)(『まなびすと』Vol.38、〈京都〉、〈京都市生涯学習総合センター〉、2019年4月〈発行日不記載〉)、10頁

【学会】
◯「大会報告『恭仁京の再検討』質疑・討論」山田邦和(座長)
村元健一・小笠原好彦・古川匠(パネラー)(条里制・古代都市研究会「第35回条里制・古代都市研究会大会」、奈良、奈良文化財研究所平城宮跡資料館講堂、2019年3月3日)

【講演】
◯「奈良・平安時代の都城―変遷と画期―」山田邦和(講演)
(斎宮歴史博物館(主催)、大阪歴史博物館(共催)「連携公開講座 斎宮跡と難波宮」、大阪、大阪歴史博物館、2019年1月20日)
◯「ミニシンポジウム 古代における斎宮の歴史的意義」榎村寛之(コーディネイター)
山田邦和・大川勝弘・李陽浩(パネラー)(斎宮歴史博物館(主催)、大阪歴史博物館(共催)「連携公開講座 斎宮跡と難波宮」、大阪、大阪歴史博物館、2019年1月20日)
◯「知られざる京都の歴史(1)」山田邦和(講師)
(京都府・(公財)京都SKYセンター〈主催〉「京都SKYシニア大学」〈京都会場〉学び・文学歴史コース、京都、京都府立大学大学会館、2019年2月5日)
◯「知られざる京都の歴史(2)」山田邦和(講師)
(京都府・(公財)京都SKYセンター〈主催〉「京都SKYシニア大学」〈京都会場〉学び・文学歴史コース、京都、京都府立大学大学会館、2019年2月19日)
◯「知られざる京都の歴史」山田邦和(講師)
(京都府・(公財)京都SKYセンター〈主催〉「京都SKYシニア大学」〈北部キャンパス 京丹後会場〉、京丹後、京丹後市峰山総合福祉センター、2019年3月29日)
◯「【東山】 考古学研究者とめぐる、荘厳な政治宗教ワールド・法住寺殿~残る巨大苑池の断崖、東山の麓に誕生した広大な離宮~」山田邦和(ガイド)
(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都、三十三間堂、法住寺・後白河天皇陵、新日吉神宮、新熊野神社、最勝光院跡(東山泉小学校)、八条河原を見学、2019年3月23日)
◯「改元を前に京都で学ぶ(3)御所周辺の天皇ゆかりの地めぐり」山田邦和(講演と巡見)
(JR東海「そうだ 京都、行こう!」イヴェント、京都、清浄華院・護浄院・京都御苑を見学、2019年3月24日)

【連続講座】
◯「平安王朝の激動(1)平安京の貴族邸宅」山田邦和(講師)
(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(8)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2019年1月11日)
◯「平安王朝の激動(2)摂関時代への道」山田邦和(講師)
(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(8)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2019年2月8日)
◯「平安王朝の激動(3)神楽岡東側の史跡(現地講座)」山田邦和(講師)
(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(8)、京都、岡崎神社(東光寺跡)・陽成天皇陵などを見学、2019年3月8日)
◯「(3)渡来系集団秦氏と京都盆地」山田邦和(講師)
(栄中日文化センター「京都の歴史を読みなおす」(2018年9月~11月期)、名古屋、栄中日文化センター、2018年12月28日)
◯「(1)京都の古代寺院」山田邦和(講師)
(栄中日文化センター「京都の歴史を読みなおす」(2019年1月~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2019年1月25日)
◯「(2)平安京遷都と権力闘争」山田邦和(講師)
(栄中日文化センター「京都の歴史を読みなおす」(2019年1月~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2019年3月1日)
◯「(3)摂関政治の成立」山田邦和(講師)
(栄中日文化センター「京都の歴史を読みなおす」(2019年1月~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2019年3月22日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究6(3)後醍醐天皇と鎌倉幕府の滅亡」山田邦和(講師)
(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2019年1月18日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究6(4)建武の新政とその崩壊」山田邦和(講師)
(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2019年3月1日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究6(5)後醍醐天皇の大内裏造営計画」山田邦和(講師)
(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2019年3月15日)

2019.03.28

NHK「事件の涙『そして、研究棟の一室で~九州大学 ある研究者の死~』」を見る、の巻

 話題になっていたが本編を見逃したNHK「事件の涙『そして、研究棟の一室で~九州大学 ある研究者の死~』」、昨日再放送があったので見ることができた。内容については同一テーマの「九州大学 ある“研究者”の死を追って」をご覧いだたきたい。研究者を目指したが、才能はありながらも思うようにはいかず、経済的に追い詰められて最後は自死を選んだひとりの人物の悲劇。本当に、胸を突かれる思いで見ていた。

 多くの意見が寄せられているらしいが、研究者の中でほぼ異口同音なのは、「ひとごとではない。明日は我が身」。もちろん大学に放火するというのはマズいのは確かなのだが、追い詰められたその心情は理解できる。この方を、研究者を目指しているクセに博士論文すら書けなかったのは失格だとか、経済的に追い詰められたというならば転身して他の職を探せばいいだけじゃないか、所詮は自己責任だと、上から目線で突き放すのは容易い。しかし、私にはそれだけでいいとは到底思えない。
 我が身をかえりみても、若い時に学問に憑かれてその道に進みたいと思ったが、それで本当に身を立てられるかどうかなんかは全然わからなかった。しかし、いわゆる「コケの一念」で、結局は食っていけるかどうかわからない道に踏み込んでしまった。学窓を出る時にも進路が決まっていなくて不安ばかりであったが、幸いなことになんとか研究を続けることができる職を得ることができた。ただ、これは私の才能と努力の結実というよりも、偶然の機会をとらえることができた、という幸運が大きかったのだと思っている。
 ただし、考古学という学問は他に比べるとまだ恵まれたほうである。考古学の技能と知識を活かせる専門職としては、大学教員や博物館学芸員だけではなく、役所の文化財担当や埋蔵文化財センターなどがあり、そうした職に就くことができる可能性は高い。要は「裾野が広い」のである。しかし、他の分野は、研究しようと思うと限られた大学教員のポストしかなく、そこから外れると研究自体をあきらめねばならなくなる、ということも多い。せっかく高等教育を受けて高度な専門性を持った人材を活かせないのは国家的な損失だと思うし、それぞれの学問分野でもっともっと「裾野」を広げ、いろんな人が研究にかかわる夢を実現できるようになればいいのだが、さて、どうしたらよいのか。日本でそれが実現できるのか・・・・

 研究者になりたい若い人々を追い立てて追い立てて競争させて競争させて、そこで負けた連中は容赦なく切り捨てて、その死屍累々の中を勝ち残った少数の天才だけが研究者として生き残れる、というのは、結局は学問の自殺行為だと思うのですよ。一流の天才はたしかにいますし、そういう方を大切にするのは当然です。しかし少数の天才さえいたら学問は進展すると思ったら大間違い。もっともっと幅を広げて、たくさんの人が学問を支え合うような構造こそが重要だと思っております。

2019.03.27

日本人の名前について、の巻

 タレントの中江有里さんがTwitterで、番組で伊能忠敬を「ちゅうけい」と呼んだらそれは間違いとの指摘があった。しかし、忠敬の地元・千葉県香取市では、親しみを込めて「ちゅうけい」さんと呼ばれています、と書かれていました。面白いですね。


 前近代の日本ではやはり実名は正式には訓読みが原則だと存じます(音読みは僧侶、それに準ずる者、あとは若干の例外に限る)。音読みの「有職読み」(藤原定家サダイエをテイカという)は、ちょっと気取った、いわばアダ名のようなものだと思っております。拙著『日本中世の首都と王権都市』でもちょっとだけ述べたことがありますが、安倍晴明は「セイメイ」は俗称で、『宇治拾遺物語』巻11がいう「ハレアキラ」が正式のはずです。
 角田文衞先生はここを重視され、「日本女性の名前を音読みはおかしい、訓読みでなくてはならない」と長年主張し続けられました。確かにこれは正当です。『平安時代史事典』はその原則が貫かれています。藤原彰子は×ショウシ→○アキコ、藤原定子は×テイシ→○サダコ。(ただ、平安時代の貴族の女性は実名があってもそれで呼ばれることはほとんどなく、実名が形骸化していたのも事実ですが、それはまた別問題)。
 「訓読みはいろんな読み方ができるので正確な発音がわからない。だから音読みにするのである」と言う方もおられますし、それは理解できないではないのですが、しかしこれを女性名だけに限定して適用するのはいかがなものでしょうか。応仁の乱の元凶の畠山義就、従来はヨシナリだったのが最近ではヨシヒロが多くなってきましたが、これはどちらも一応は史料的根拠があります。ただ、どちらかわからない者は音読みにするという原則を貫かれるのでしたら、これはハタケヤマギシュウにしなければならないはずですが、日本中世史の研究者でそう発音されている方は寡聞にして知りません。
 ただ、訓読みという原則さえ押さえておいていただけるならば、音読みのアダ名までも全面否定するものではありません。漫画とか映画で安倍晴明を「セイメイ」と発音しているのにいちいち腹をたてていては身がもたないでしょうね。私自身も会話の中では、「藤原道長の娘の中宮アキコ、ショウシともいいますが」と言うことがあります。
 日本中世史の大家・神戸大学名誉教授の高橋昌明先生、正式には「マサアキ」ですが、みなさん会話の中では「ショーメイ」と呼んでおられますよね。ご本人が書かれた『中世都市京都の研究(黒田紘一郎著)』の後書きにも、黒田先生が「ショーメイ」と語りかけている場面が登場します(ここ、黒田先生が力尽きて亡くなられる直前で、涙なくしては読めないシーンです)。
 明治維新後はこの原則は無くなります。西郷隆盛の弟の西郷従道(元帥海軍大将)、おおらかな性格で、自分の名を「隆道リュウドウ」に決めてそれで登録しようとしたら、役人が聞き間違って「従道ジュウドウ」にされてしまい、さらに世間では「従道ツグミチ」と呼ばれるようになったが、本人は、ま、いいか、という感じで全然気にしてなかったらしいです。最後の将軍徳川慶喜も、ヨシノブが一般的ですが、ヨシヒサという史料も残っているようで、また、有職読みのケイキもよく使われており、ご本人もケイキが気に入っていたらしいです。
 とにかく日本人の名前の読み方は難しいですね。正確な発音はご本人でしかわからない。姓では、友人に何人か河内さんがいるが、カワチ、カワウチ、コウチと全部発音が違う。中島さんにナカジマさんというと、いえ、僕はナカシマです、と返されて恐縮する。花房さんにハナブサなのハナフサなのと聞くと、ご本人も、えっ、どっちが本当だったかな、と首をかしげられてしまう。 外国ですが、世界最高のピアニストのひとりであるマルタ・アルゲリッチ Martha Argerich。この方、出身地がアルゼンチンで、アルゼンチンの公用語はスペイン語だから「アルヘリッチ」が正しいんだ、という人がおられます。だがご本人は、私の先祖はカタルーニャ出身で、カタルーニャ語ではこれはアルジェリークと発音するのよ、でも私自身は「アルゲリッチ」が気に入っているのでこれに決めているのよ、とのこと。ご本人がそうおっしゃってるので、やはりこれはアルゲリッチですよね。
 『平安時代史事典』の話に戻りまして、確かに訓読み原則は正しいと思うのですが、音読みに慣れた人からは「引きにくい」と悲鳴が続出しています。難しいものです。それを補うものとして、平安時代史事典には漢字索引が付いているのですが、これは漢字の画数によるもので、正直いってかなり引きにくいものです。実は、打開策として「平安時代史事典音読み索引」というのを作ろうかと夢想したこともあるのですが、めんどくさくて実行していません。すみません。

2019.03.08

子供の頃の文献史料収集の思い出、の巻

 超人気の歴史学者・磯田道史氏の『歴史の愉しみ方』(中公新書)、面白かった。ちょっと嬉しかったのは、磯田さんが古書店を巡りながら文献史料を漁っている話に、京都の古書店がでてくること。中でも、「寺町二条の尚学堂」(86頁)は私の家のすぐ近所だったので、子供の時からよく覗いていた。
 中学生の時、尚学堂の前のワゴンで『幼学綱要』(明治前期の勅撰修身書)や『皇朝史略・続皇朝史略』(水戸藩士青山延于著の編年体史書。いわば『大日本史』のダイジェスト版)のバラ売りを見つけて、内容もわからないクセになんだかとっても欲しくなった(前者は絵が沢山載っていたことに惹かれたダケ。後者は江戸時代に書かれた日本史の本ということでびっくりしたダケ)。いずれも端本の投げ売りなので一冊50円か100円くらいだったが、それでも50年近く前のことだから、中学生としては大金。仕方ないのでお小遣いを貯めながら、1冊か2冊づつ買っていった。のんびりした時代で、それでも一応は売っているものは全部買うことができて、ワケもなく嬉しかった。子供の頃の淡い思い出です。
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 それから、磯田さんが、京都で「体育館のような会場に古本屋が集まり、バザーの要領で古本を売っている」「さすがに京都である。驚いたことに江戸時代の古文書をビニール袋に入れて売っていた」(44頁)と書かれている(これ、春の連休の「みやこメッセ」の古本まつりのことだな)のだが、これには逆にこちらがびっくりしてしまった。私はこういうのはごくごく普通だと思ってたのだが、実は京都独自の光景だったのか!

 これは磯田さんが書かれているわけではないが、あと、よく覗いたのは寺町夷川の藝林荘。これは今も京都を代表する古典籍専門店だが、実は私の家の斜め向かいなのです。ただ子供には敷居が高いので、店内にはなかなか入れない。店頭のワゴンに、お経の断簡(経切)が並んでいる。これも内容がわかるハズもないのに、古代中世のモノだというだけで感激して、これも小遣いを貯めながらいくつか買った。店の人にはさぞかし奇妙な中学生だと思われただろうな。
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 大学生になってからは、一番の購入先になったのは、丸太町通千本西入ル南側の「八木書店古書部」の通信販売。この店、外側から見るだけでは週刊誌などが漫然と置いてあるごく普通の小さな街の本屋さんなのだが、実は裏には膨大な古典籍・古文書などの在庫があり(聞いたところでは和歌の短冊だけで数万枚あったという)、それは店頭には出さずに目録だけで売っていた。目録が届くたびに目を皿のようにして探した。ここで湯本文彦(『平安通志』の著者)の原稿なんかも入手したな。桓武天皇陵の候補地だった「仏国寺古墓」の史料とか、ここで購入したものをネタに論文を書いたこともしばしば(今年でる某論文集でもそれをやります)。でも、10年ほど前だったか、店主が老齢で引退して目録販売を停止、今は店もなくなってしまった。しかし今でも感謝しております。本当にお世話になりました🙏。
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2019.03.04

大河ドラマ「風と雲と虹と」、の巻

CSで1976年のNHK大河ドラマ「風と雲と虹と」総集編の再放送があったので、つい見てしまった。平将門を主人公とした名作。もちろん、「腐りきった都の貴族政治に対抗して、虐げられてきた民衆の代表として雄々しく立ちあがる関東武士」という見方は今となってはナンセンスではあるが、この時代としては一般的な史観であって今の目線で批判するわけにはいくまい。
 しかし、それは別にして、ドラマの出来は良かった。若き加藤剛の将門は飾らない人柄がカッコいい。もうひとりの主役ともいえる、精悍さと人懐っこさを兼ね備えた藤原純友は、緒形拳の名演。ワキを固めるのも、謎の傀儡集団の吉行和子や草刈正雄。クセ者揃いの東国武士団(平国香:佐野浅夫、平良兼:長門勇、平良正:蟹江敬三、源護:西村晃、源扶:峰岸徹)。シブすぎる田原藤太藤原秀郷は露口茂。将門の親友でありライバルであり恋敵であり宿敵となる平貞盛は山口崇がハマり役を見せる。貴族では端正さと傲慢を兼ね備えた藤原忠平を仲谷昇。誠実な能吏でありながら「滅びゆく貴族階級と運命を共にさせてください」と達観する伊予守紀淑人を細川俊之。そして、将門を焚きつける武蔵権守興世王の米倉斉加年の怪演がすごい! 
 女性では、将門の妻良子を演じた真野響子さんの清楚な美しさにも惚れ惚れするのですが、なんといってもブッたまげるのは、吉永小百合さんが将門の恋人の貴子(架空の人物)を演じたこと。貴子は嵯峨天皇の孫という高貴な生まれなのだが、零落して貧困の極にあったところで将門と出会って相思相愛となるのだが、貞盛に無理やり押し倒されて関係を持ってしまい、結局はその恋人となって将門を裏切り、将門が東国に帰るきっかけを作ってしまう。しかし貞盛にも捨てられて人買いに買われて遊女に身を落としてしまい、そこで将門と再会して東国にいざなわれるものの、戦乱に巻き込まれて逃亡する途中で貞盛の軍に捕まり、護送される途中で兵士たちに集団レイプを受けて息絶える、という、なんとも波瀾万丈(ムチャクチャすぎ?)な役回りなのである。
 小百合さんは当時31歳、それまでは可愛い可愛いだけのアイドル的存在だったのが、女性俳優として大きな飛躍を迎えた時期の、自らの殻を打ち破るような挑戦だった。ただ、まだ高校生だった私にはショックが強すぎたぞ。それに、よくも天下のNHKがこういう内容を放送できたものだ。いや、でも、今見直しても小百合さん。この写真のような美しさはさすがに反則でしょ😅。主役すら霞んでしまっているじゃないですか!🥰
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