2018.09.14

平安京・京都研究集会「後鳥羽院の権門都市  水無瀬」のご案内

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下記の通り、平安京・京都研究集会「後鳥羽院の権門都市 水無瀬」を開催いたします。こぞってご参加ください。今回は、はじめて「山城国」を離れて、摂津国の水無瀬を扱います。なお、集会の会場はいつもの機関紙会館ではなく、現地の近くの大山崎ふるさとセンターとなっておりますのでご注意ください。
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第36回 平安京・京都研究集会「後鳥羽院の権門都市 水無瀬」
 主催)平安京・京都研究集会、後援)日本史研究会 
平安時代から鎌倉時代前期の京都周辺には、天皇や貴族によって数多くの離宮、別業が構築され、一部は権門都市と評価されています。なかでも鎌倉時代前期に権勢を振るった後鳥羽院の水無瀬離宮は有名ですが、未解明な点も多く、評価が定まっていません。近年、水無瀬離宮に関する文献史料や考古資料の調査が進展し、その全体構造が推定できるようになってきました。今回の研究集会では、諸資料から水無瀬離宮の遺物・遺構を検討し、その機能や歴史的役割、他の権門都市との比較について考えていきたいと思います。

期日:2018年9月16日(日)
【現地見学会】 9:00、JR島本駅改札口集合「権門都市 水無瀬の旧地を巡る」
【研究集会】  13:00~17:30
 会場:大山崎ふるさとセンター(阪急大山崎駅下車、徒歩1分)
 報告;
  豊田裕章氏(国際日本文化研究センター、日本史・東洋史) 「水無瀬殿(水無瀬離宮)の構造と機能について」
  木村友紀氏(帝塚山大学考古学研究所、歴史考古学)「水無瀬離宮の発掘調査」
  長村祥知氏(京都文化博物館、日本中世史)「院政の展開と水無瀬」
  ◆司会;福島克彦氏、山田邦和氏

※参加自由。一般来聴歓迎、但し内容は専門的です。
※要資料代

 世話人;上杉和央、登谷伸宏、河内将芳、中村武生、仁木 宏、浜中邦宏、福島克彦、桃崎有一郎、山田邦和、山本雅和

2018.08.13

最近やったこと、の巻

最近ちょっとサボり気味。あんまり大したことができていない。せっかくの夏休み、ちょっと踏ん張らなくては・・・・


【書いたもの】
■「〈教員著書 Book Review〉山田邦和共著『「天橋立学」への招待―"海の京都"の歴史と文化―』」山田邦和(著)(『Vine』Vol.77、〈京田辺〉、同志社女子大学、2018年4月〈発行日不記載〉)、20頁
■「はじめに」「(司会者発言)」山田邦和(著)(中村信博(講師)、同志社女子大学史料センター(編集)『同志社女子大学のキリスト教主義教育―その伝統と理想―』〈同志社女子大学史料センター講演会記録 10〉、京都、同志社女子大学、2018年3月31日)、1頁(「はじめに」)、2・38・39頁(「(司会者発言)」)
■『朱雀基金研究会論文集―2015~2016―』沖見勝也(朱雀研究会代表)、沖見勝也・市元塁・佐藤健太郎・田中俊明・富谷至・西本昌弘・山田邦和・菅沼愛語・小澤毅・本庄総子・小野木聡・小川伸・井上光貞(著)(東京、朱雀基金、2017年12月21日)、全195頁
 ~◇山田邦和(著)「古代日本の都城と天皇陵」57~74頁
■「〈新刊紹介〉栄原永遠男編『館長と学ぼう 大阪の新しい歴史Ⅰ』」山田邦和(著)(『市大日本史』第21月号、大阪、大阪市立大学日本史学会、2018年5月12日)142~145頁
■『織田信長』楠木誠一郎(文)(寺田克也(カバー絵)、藤科遥市(本文さし絵)、山田邦和(監修)、八重野充弘(人物伝執筆)、黒須高嶺(人物伝イラスト)「講談社 火の鳥伝記文庫14」、東京、講談社、2018年6月20日)全189頁
■『第14回京都検定 問題と解説』京都新聞出版センター(編)(池坊中央研究所・井上由理子・岩澤亜希・太田垣實・丘眞奈美・清原邦雄・黒田正子・髙橋寛・十倉良一・中村武生・西村彰朗・前川佳代・三谷茂・村岡真千子・町田香・萬谷彰三・山田邦和(執筆)、京都、京都新聞出版センター、2018年6月30日)本文255頁(分担頁不記載だが、山田執筆は「3級問5」010頁、「3級問6」011頁、「2級問4」107頁、「2級問5」108頁、「2級問11」114頁、「1級問4」203頁、「1級問5」204頁、「1級[10]」240頁)
■『ワイド&パノラマ 鳥瞰・復元イラスト 日本の城』香川元太郎(イラスト)(青木豊昭・上里隆史・遠藤啓輔・加藤理文・木島孝之・佐伯哲也・坂井尚登・千野原靖方・髙田徹・髙橋康夫・寺井毅・中井均・中西義昌・西ヶ谷恭弘・西股総生・樋口隆晴・平山優・福永素久・誉田慶信・松岡利郎・三島正之・水澤幸一・宮坂武男・山上至人・山田邦和(執筆・監修・考証者)、東京、学研プラス、2018年7月3日)全230頁(山田〈監修・文〉147頁)
 ~◇山田邦和(監修・文)「【山城】伏見城」147頁(歴史群像シリーズ特別編集『決定版・図説 戦国女性と暮らし』2011年所収のものを再録)
■「〈教員著書 Book Review〉山田邦和(現代社会学部社会システム学科教授)『京都 知られざる歴史探検』上巻・下巻」山田邦和(著)(『Vine』Vol.77、〈京田辺〉、同志社女子大学、2018年Summer〈発行日不記載〉)20頁

【しゃべったこと】
◯「【嵯峨】考古学研究者とめぐる、幻の巨大都市・嵯峨―今も残る中世の都市計画!600年前の地図で嵯峨を歩く―」山田邦和(ガイド)(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都、JR嵯峨嵐山駅集合、龍門橋・長慶天皇陵〈慶寿院跡〉・晴明塚・天龍寺・長辻通・毘沙門堂・嵯峨釈迦堂〈清涼寺〉を見学、2018年4月15日)
◯「嵯峨天皇と淳和天皇―唐の文化と薄葬思想―」山田邦和(講演)(ラボール学園〔京都勤労者学園〕「日本史講座~人物から見る京の歴史<古代・中世編>」第2回、京都、ラボール学園〔京都勤労者学園〕、2018年4月16日)
◯「京都・歴史探検の楽しみ」山田邦和(講師)(朝日カルチャーセンター京都、京都、朝日カルチャーセンター京都、2018年4月21日)
◯「【室町幕府】考古学者とめぐる義満の王都、巨大権力の中枢・花の御所と相国寺へ―史上最高・幻の七重塔はどこにあった!?“日本国王”義満の最強首都構想―」山田邦和(ガイド)(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都、地下鉄今出川駅集合。相国寺山門、塔の段町(相国寺大塔跡) 、相国寺境内、相国寺慈照院前、同志社大学寒梅館、持明院御所跡(光照院)、細川邸跡、小川通、畠山図子、花の御所跡、2018年5月13日)
◯「清水・鳥辺野を歩く」山田邦和(案内)(京都教区カトリック正義と平和協議会〈主催〉、カトリック大阪教会管区部落差別人権活動センター〈共催〉「フィールドワーク」、京都、悲田院跡、長仙院、五条橋中島跡、物吉村跡(松田家内稲荷社)、弓矢町、愛宕念仏寺跡、西福寺、六波羅蜜寺、六道珍皇寺、南無地蔵跡、馬町十三重塔跡、鳥辺山墓地、清水寺、2018年5月19日
◯「森古代学と古代窯業生産」山田邦和(講師)(朝日カルチャーセンター中之島「森浩一古代学をつなぐ」、大阪、朝日カルチャーセンター中之島、2018年5月26日)
◯「平安京の変遷」山田邦和(報告)(古代学協会「『緑釉科研』研究会」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2018年6月2日
◯「戦国時代におけるキリスト教と京都」山田邦和(報告)(同志社女子大学宗教部〈主催〉「教職員聖書研究会」、京都、同志社女子大学今出川キャンパス栄光館、2018年6月27日)
◯「戦国時代におけるキリスト教と京都」山田邦和(報告)(同志社女子大学宗教部〈主催〉「教職員聖書研究会」、京田辺、同志社女子大学京田辺キャンパス、2018年7月4日)
◯「京都に棲み続ける『世間さま』─巨大村落都市としての洛中─」山田邦和(講演)(衆議院議員伊吹文明後援会「新しいいぶきの会」〈主催〉第35回伊吹文明政経セミナー「社会の掟である道義・規範を考える―『世間さま』を探す一日の旅―」、京都、国立京都国際会館、2018年8月3日)
◯「京都と天皇陵」山田邦和(講演)(花園大学「2018年度「京都学講座」『天皇・朝廷と京都』」、京都、花園大学無聖館ホール、2018年8月4日)
◯「保元・平治の乱」山田邦和(講演)(姫路市教育委員会主催「平成30年度姫路市市民教養講座〈歴史講座〉『中世の戦乱』」、姫路、姫路市市民会館、2018年8月6日)
◯「平安博物館の特質と意義」山田邦和(講演)(京都文化博物館〈主催〉「記念シンポジウム 世界の博物館史と平安博物館-ICOM(国際博物館会議)京都2019を見据えて-」、京都、京都文化博物館別館ホール、2018年8月12日)
◯「パネルディスカッション」村野正景・長村祥知(司会)、朧谷寿・山田邦和・渡邉淳子・古藤真平(パネラー)(京都文化博物館〈主催〉「記念シンポジウム 世界の博物館史と平安博物館-ICOM(国際博物館会議)京都2019を見据えて-」、京都、京都文化博物館別館ホール、2018年8月12日)


◯「京都学講座・院政期京都の研究4(3)平家の滅亡」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2018年1月19日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究4(4)平泉の奥州藤原氏とその滅亡」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2018年3月2日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究4(5)源頼朝と鎌倉幕府の成立」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2018年3月16日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究5(1)征夷大将軍論」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2018年4月20日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究5(2)鎌倉の混乱と承久の乱」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2018年5月18日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究5(3)京都と鎌倉の都市構造」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2018年6月22日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究5(4)後鳥羽上皇の新都市・水無瀬」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2018年7月20日)


◯「(1)淳仁・称徳天皇の保良宮・由義宮・改造平城京」山田邦和(講師)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」(2018年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2018年1月19日)
◯「(2)桓武天皇の登場」山田邦和(講師)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」(2018年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2018年2月9日)
◯「(3)長岡京遷都」山田邦和(講師)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」(2018年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2018年3月23日)
◯「(1)平安京遷都」山田邦和(講師)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」(2018年4~6月期)、名古屋、栄中日文化センター、2018年4月27日)
◯「(2)平安京の設計と実態」山田邦和(講師)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」(2018年4~6月期)、名古屋、栄中日文化センター、2018年5月25日)
◯「(3)平安京の変容」山田邦和(講師)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」(2018年4~6月期)、名古屋、栄中日文化センター、2018年6月22日)
◯「(1)平清盛と『福原遷都』計画」山田邦和(講師)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」(2018年7~9月期)、名古屋、栄中日文化センター、2018年7月27日)


◯「聖武天皇と称徳天皇の複都制―恭仁宮・難波宮・紫香楽宮・平城宮―(1)聖武天皇の『彷徨5年』」山田邦和(講師)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(4)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2018年1月12日)
◯「聖武天皇と称徳天皇の複都制―恭仁宮・難波宮・紫香楽宮・平城宮―(2)恭仁宮・難波宮・紫香楽宮・平城宮の構造」山田邦和(講師)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(4)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2018年2月9日)
◯「聖武天皇と称徳天皇の複都制―恭仁宮・難波宮・紫香楽宮・平城宮―(3)現地見学 称徳天皇の西大寺を訪ねる」山田邦和(講師)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(4)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2018年3月23日)
◯「聖武天皇と称徳天皇の複都制―恭仁宮・難波宮・紫香楽宮・平城宮―(3)現地見学 称徳天皇の西大寺を訪ねる」山田邦和(講師)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(4)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2018年3月23日)
◯「桓武天皇の登場と長岡京遷都(1)光仁天皇即位と桓武天皇の登場」山田邦和(講師)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(5)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2018年4月13日)
◯「桓武天皇の登場と長岡京遷都(2)長岡京遷都」山田邦和(講師)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(5)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2018年5月11日)
◯「桓武天皇の登場と長岡京遷都(3)(現地見学)長岡宮跡を訪ねる」山田邦和(講師)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(5)、向日、長岡宮跡、2018年6月8日)

2018.08.11

平安博物館回顧展、の巻

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 7月10日から9月9日まで、京都文化博物館で「平安博物館回顧展―古代学協会と角田文衞の仕事―」を開催しています。平安博物館は、角田文衞先生が渾身の情熱を注ぎ込んで創り上げた空前にして絶後の研究機関でした。しかし、今の若い人たちはもはや平安博物館というのは知らないでしょうし、また、知っていたとしても紙の上の知識だけでしょう。この博物館を、できる限り蘇らせたのがこの展覧会です。しかしおそらく、もう二度とこのような「再現」の試みをやることはできないでしょうから、今は無き平安博物館を偲んでいただけるのは、これが最後のチャンスになろうかと思います。幸い、プロの研究者の皆さんにはたくさん見ていただいており、「面白かった」「すごかった」「角田文衞の『怪物』ぶりに圧倒された」などという感想をいただいております。あと1ヶ月、どうかお見逃しのないようにお願いいたします(会場は、ストロボや三脚さえ使わなければ、写真撮影自由〈キャプション、パネルを除く〉という大盤振る舞いです!)。
 なお、明日の12日の13:30分からは、朧谷寿先生と私が登壇し、この展覧会の記念シンポジウム「世界の博物館史と平安博物館」をおこないます。ウェブサイトによると、「ホームページからのお申込みは締切らせていただきました。若干お席に余裕がございますので、ご希望の方はお電話にてお問い合わせください」とのことですから、今からでもご参加いただける方は、京都文化博物館に問い合わせてみてください。よろしく。

2018.06.29

中国(北京)旅行、の巻(2)

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 6月10日(つづき)
(8)孔廟国子監博物館。ここも初めての訪問。牛教授の教え子が研究員をつとめているので、つきっきりで解説いただくのがありがたい。写真は国子監で皇帝が講義をした辟雍の天井の模様。なかなか綺麗に撮れた。

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 6月11日(月)
(9)北行して、居庸関。左から、村元さん、私、牛先生。
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(10)居庸関の万里の長城。風邪の症状がひどく、見上げると絶望的な気分になる。しかし、これを逃すと今度はいつ来れるかわからない。必死の思いで、よじ登る。
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(11)明十三陵。以前に来たのは1979年だから、ほとんど40年ぶりだということになる。これは神宗万暦帝の「定陵」の墓室(地下宮殿)。
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(12)定陵の墳丘。版築の痕がよくわかる。中国の古墳研究では、どういうわけか墳丘の部分には関心が薄いから、じっくりと見たくなってくる。
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(13)明十三陵のうち、成祖永楽帝の「長陵」。これは墓室は未発掘だが、礼制建築群がよく残っている。

 6月12日(火)
午前は自由時間。村元さんは市内の本屋さんめぐりに出かける。私もついて行きたかったのだが、やはり風邪を直すほうに力点を置くべきだということで、ホテルでひたすらに、寝る。
 午後、牛先生の見送りを受けつつ、空港へ。ただ、上空の天候が悪いとかで、三時間以上も機内に閉じ込められる。関空着は22時30分を過ぎる。なんとか、最終よりひとつ手前のバスに乗り込んで、日付が変わる頃に京都着。風邪に祟られたということはあったが、良い経験をさせていただいた旅でした。牛先生、村元さん、ありがとうございました。

中国(北京)旅行、の巻(1)

 6月8日(金)
9時30分京都発の特急「はるか」に乗車。11時30分、関西国際空港で村元健一さん(大阪歴史博物館学芸員)と合流。ただ、飛行機がなかなか離陸せず、かなり遅れて北京に到着。北京空港では、セキュリティ・チェックがものすごく厳格になっており、長蛇の列に驚く。中国人民大学近くのホテル燕山大酒店に入り、招いてくださった牛润珍教授と合流。夕食は同大学内の立派なレストラン。

 6月9日(土)
残念ながら、雨。紫禁城の正陽門を眺めながら、北京の中心軸として整備された前門大街を散策。さらに天安門広場の横を通って紫禁城(故宮博物院)へ向かう。あちこちで、またまたセキュリティ・チェック。太廟、故宮博物院、鼓楼および烟袋斜街、前海・後海(大運河)と火德真君廟、オリンピック森林公園と回る。ただ、風邪をひいてしまったようで、だんだんに調子が悪くなってくる。
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(1)紫禁城の午門。以前に「桓武朝における楼閣附設建築」(『京都都市史の研究』所収)という論文を書いたことがあるので、感慨深い。
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(2)紫禁城の太和殿。ここにくるのも久しぶり。
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(3)もしかすると、今回、一番感激したのはこれかも。故宮博物院の解説装置は、中国語(漢語の普通話)が4種類(スタンダード版、詳細版、子供向け版、男女対話版)、広東語、閩南語(福建語)、チベット語、ウイグル語。さらに外国語は、英語、日本語など35言語(!)が用意されている。驚愕したのは、エスペラント語版までがちゃんと存在していること。帰国してから授業でとりあげてみたが、ウチの学生たちは誰ひとりとしてエスペラント語という言語の存在すら聞いたことがなかったぞ(泣)。日本では「国際化」などといってもしょせんはそれは「英語」オンリーで、良くても中国語(漢語の普通話だけか、またはそれに台湾の繁体字版を加えるくらい)と韓国語を加えるくらいだ。それに比べて中国のこの徹底ぶりはたしかに賞賛に値する!
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(4)昼食は北京名物「老北京炸醤麺」。美味。
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(5)北京の美しい公園「前海」「後海」。知らなかったのだが、隋の煬帝で有名な「大運河」が元の時代にここまで延長されたものだという。
そのあとは、新しい北京の中央軸を眺めることができるオリンピック森林公園に登る。

6月10日(日)
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(6)10年ほど前に新設された「首都博物館」。ここに来るのははじめて。北京の歴史の常設展はなかなかに丁寧。
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(7)首都博物館でやっていた特別展示「チベット歴史文化展」。


2018.06.07

明日から中国

 明日の6月8日(金)から12日(火)まで、5日間だけではありますが、中国(北京)にでかけます。中国人民大学の牛润珍教授が主催される共同研究「中世紀東アジア都城研究国際学術会議」に誘っていただきました。2012年に大病をして以来、海外旅行はずっと自粛してきたのですが、「解禁」ということになります。それでは、行ってきます。

2018.05.07

今城塚古墳ほか、の巻

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 5月5日(土)
 この連休は、めずらしく、予定が詰まっているということにはならなかった。まあ、たまには骨休めの時間があってもよい。
 ただ、行っておかねばならないところはある。ということで、大阪府高槻市行き。

 高槻市駅で降りたが、バスの時刻まではかなり時間があるので、反対側に歩いて、普門寺を訪ねることにする。いうまでもなく、足利義栄が陣所とし、ここで征夷大将軍の宣下を受けて室町幕府の15代(14人目)将軍となったものの、ついに上洛を果たせずに終わったという史跡である。どういうわけか、いままで行ったことがなかった。ただ、拝観は予約制で午後限定ということで、門がしまっていたのは残念。
 そのまま今城塚に向かおうと駅に向かうと、途中に酒蔵の販売店があって、地酒の試飲ができるという。ついフラフラと誘いにのってしまう。濃厚で、なかなかの銘酒。帰りに求めることにする。

 バスに乗って、おめあての今城塚古代歴史館の特別展「古代の日本海文化‐太邇波の古墳時代‐」。5月13日までなので、今、行っておかねば、絶対に見逃すことになる。京都府北部の最新の古墳時代研究の精華を学ばせてもらう。そのあとは、今城塚古墳を散策。

 知らなかったのだが、お隣の茨木市文化財資料館では、企画展として「太田茶臼山古墳と古市古墳群」をやっているという。やはりこの機会を逃さない方がよいだろう。阪急で南茨木駅まで行って、文化財資料館を訪れる。展示は小さいが、これも古市古墳群の新しい情報を得ることができる。さらに、受付で、茨木の「隠れキリシタン」関係の図録などを買い込む。

 高槻に戻って、今度は高槻市立しろあと歴史館。これも5月13日までで、「樫田―丹波の山村と仏像・信仰―」展。樫田は高槻市最北端の山間部の村だが、実はここは摂津国ではなく丹波国。江戸時代には丹波の亀山藩領で、昭和33年までは京都府だった。ただ、京都府亀岡市まではかなり遠く、住民の生活は高槻とのつながりが深かった。ということで、当時としては珍しい府境を超えた合併がおこなわれ、京都府から切り離されて大阪府高槻市に編入されたところである。平安前期の仏像などが大切に守り続けられていたことを知る。

2018.05.02

考古学研究会2018年度大会、の巻

Img_4584(←岡山大学考古学資料展示室)

 4月21日(土)22日(日)
 岡山大学での、考古学研究会の第64回(2018年度)大会に出かける。
 考古学研究会、いうまでもなく、わが国を代表する考古学の学会のひとつであり、学術雑誌『考古学研究』を出し続けている。私がこの学会に入会したのは大学の学部2回生の時だから、会員歴はほとんど40年にわたっているということになる。ところが、会員歴はこれだけ長いのに、どういうわけか、これまで大会に参加したことがなかった。毎年四月という、新年度はじまったばかりのちょっとバタバタしている時期だからということもあり、いままで足を伸ばせなかったのである。
 でも、やはりちょっと反省。会員なのだから、大会に出席する権利は充分に持っている。今年の大会テーマは「権力とは何か-祭祀・儀礼と戦争から考える-」というなかなか魅惑的なものだから、やはり参加して勉強させてもらうことにしよう、ということで、出かけていったのである。
 岡山大学も、考古学研究室の新泉納教授や清家章教授にはこれまでもいろいろ良くしていただいてきたのであるが、大学自体には足を踏み入れるのは初めてである。考古学資料展示室の見学の時間も設けられている。そんなに規模は大きくないけれども、充実した内容の展示は羨ましい限りである。
 大会では、アンデス、ハワイ、縄文、弥生、古墳、そして飛鳥・奈良という広分野にわたっての研究発表が続く。関雄二氏のアンデスは学ぶところ大。ハワイをやられた後藤明先生(南山大学教授)は、元同志社女子大学教授で、私が同女に入る時にお世話になり、仕事をご一緒させていただくのを楽しみにしていたのであるが、私と入れ違いで同志社女子から転出された。久しぶりにお目にかかり、視野を広げさせてもらう。
 懇親会も大いに楽しませてもらい、さらに、例によっての二次会。これも例によって、ちょっと飲み過ぎ。
 知らなかったのだが、閉会にあたって、会場から「コメント」をもらうことが恒例になっているとのことで、どういうわけか私が指名を受ける。ただただ謝意を表するのみ。
 良い会でした。いままで参加しなかったのが悔やまれる。これからは、できるだけ毎年でかけることにしよう。

 追記:
 岡山大学考古学研究室を長く率いてこられた新納泉先生、昨年度で定年を迎えられ、今年度からは特任教授となられたという。もちろん、これからも精力的な活動を続けられるのであろうが、定年という一応の区切りを自祝してエッセイ集「蜻蛉遊記」を自費出版されたとのことで、同書をちょうだいすることができた。すばらしく瑞々しい感性があふれる端正なエッセイの数々、特に、イギリス、アイルランドでの(失敗譚も含めた)軽妙な語り口の体験談に魅了される。

2018.03.28

まもなく新年度、の巻

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(桜景色の平安宮大極殿跡碑)

卒業式が終わり、春がきて桜景色。まもなく新年度がはじまる。

【書いたもの】
■『京都・平泉・首里―都市と宗教・信仰―』高橋康夫・伊ケ崎鷹彦(編)、髙橋康夫・山田邦和・冨島義幸・伊ケ崎鷹彦(著)(「2015年度~2017年度科学研究費補助金 基盤研究(B) 研究課題番号15H04110 研究成果報告書」、京都、ユーラシアのなかの日本中世都市研究会(髙橋康夫〈研究代表者〉)、2018年3月16日)全370頁
~◇山田邦和(著)「世界のなかのアジア古代都市」4~8頁
~◇山田邦和(著)「平安京・京都と天皇陵―葬制の変遷と『天皇陵空間』―」15~96頁

【しゃべったこと】
○「考古学的遺跡・遺物からみた南山城の歴史―恭仁京復元への試み―」山田邦和(報告)
(京都府立京都学・歴彩館「南山城の文化資源共同研究会中間報告会」、京都、同館京都学研究室、2018年1月6日
○「中世都市としての天橋立」山田邦和(講演)
(京都府、宮津市、伊根町、与謝野町、天橋立を世界遺産にする会(主催)「天橋立世界遺産講演会」、京都、京都府立京都学・歴彩館大ホール、2018年2月4日)
○「豊臣秀吉の政権構想と京都」山田邦和(講演)
(京都商工会議所(主催)「京都検定講演会『信長・秀吉と京都(2)』」、京都、京都商工会議所、2018年2月10日)
○「『鎌倉との比較』から見た'中世の嵯峨’」山田邦和(講演)
(NPO法人さらんネット(主催)「第15回文化講演会」、京都、ひと・まち交流館 京都、2018年2月17日)
○「中世京都の都市構造」山田邦和(講演)
(京都市生涯学習総合センター・京都市生涯学習振興財団(主催)「アスニーセミナー(京都市平安京創生館関連講座)」、京都、京都アスニー、2018年3月2日)
◯「大会報告『都市の荘厳―幢幡を立てる儀礼をめぐって―』質疑・討論」舘野和己・山田邦和(座長)、志村佳名子・大澤正吾・海野聡(パネラー)
(条里制・古代都市研究会「第34回条里制・古代都市研究会大会」、奈良、奈良文化財研究所平城宮跡資料館講堂、2018年3月3日)

2018.02.25

四条塚山古墳(治定綏靖天皇陵)、の巻

 Img_0772←山田蔵本『文化山陵図』にみる四条塚山古墳(現在の治定神武天皇陵)

 2月23日(金)
 「陵墓関係16学・協会」による、「陵墓立ち入り調査」。今年度の対象は奈良県橿原市の四条塚山古墳(宮内庁治定の綏靖天皇桃花鳥田丘上陵<つきだのおかのえのみささぎ>)。

 整理しておくと、初代天皇である神武天皇の陵については、洞の丸山、四条塚山、山本ミサンザイの三説が拮抗していた。元禄の修陵で神武天皇陵とされたのは四条塚山であったが、その後には本居宣長らによる洞丸山説が勃興、そちらに決まりかけたかと思ったのであるが、幕末に谷森善臣による山本ミサンザイ説が急迫する。結局、孝明天皇の勅裁を得て山本ミサンザイに決定、宇都宮藩の「文久の修陵」によってそれを整備したのが現在の神武天皇陵なのである。そして、神武天皇陵争いに敗れた(?)四条塚山は第2代の綏靖天皇陵に治定替え、また洞丸山は神武天皇陵の付属地に編入され、さらには洞丸山の麓に広がっていた洞村は紆余曲折のあげくに村ごと移転した、ということになる。つまり、今回の四条塚山古墳は、もとの「神武天皇陵」だということになるのである。

 本体の四条塚山の見学に先立って、10時に近鉄畝傍御陵前駅に集合し、大正時代まで存在していた洞村<ほらむら>の跡の見学。この場所は宮内庁治定の神武天皇陵の陵域(畝傍御陵地)に含まれていて立ち入りには宮内庁の許可が必要なため、私も入ったことがなかった。ただ、宮内庁の方針により、今回は洞丸山のところまでの見学は許可外となったのはいささか残念。

 昼休みを利用して、橿原市の「大久保まちづくり館」を見学。来たい来たいと思っていたのだが、今までその機会を逃していた。大正の姿を残す大規模な住宅建築を保存しており、内部には模型やパネルによって洞村の移転とそれによって成立した(新)大久保村の歴史がわかりやすく展示されている。ちょっと嬉しいのは、この展示の中でパネルに使われている神武天皇陵の絵図の写真のうち、2枚は私の所蔵品であること。お役にたてて何よりである。
 まちづくり館で教えてもらって、昼食はその近くの大衆食堂「ほていや」。小さな店であるがメニューが豊富で、昼のお弁当定食はいずれも550円というリーズナブルさ。

 午後、いよいよ本番の四条塚山古墳の立ち入り。まずは拝所にたっている石灯籠(福尾正彦「綏靖天皇陵前東側所在の石灯籠について」〈高木博志・山田邦和編『歴史のなかの天皇陵』所収、京都、思文閣出版、2010年〉、参照)の観察。そして墳丘のところによっていく。ただ、今回はどういうわけか墳丘の間近まで寄ることが許されなかったので細部の観察ができなかったのは遺憾であるが、古墳であることは間違いない。ただ、従来、測量図から測定していたよりもかなり規模は小さくなると思う。このあたりは、見学終了後に橿原市万葉ホールの講座室をお借りしておこなった検討会でも議論となった。

 最後は、例によっての有志で八木駅前に移動しての呑み会。ここでも濃い議論が続く。

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