2018.05.07

今城塚古墳ほか、の巻

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 5月5日(土)
 この連休は、めずらしく、予定が詰まっているということにはならなかった。まあ、たまには骨休めの時間があってもよい。
 ただ、行っておかねばならないところはある。ということで、大阪府高槻市行き。

 高槻市駅で降りたが、バスの時刻まではかなり時間があるので、反対側に歩いて、普門寺を訪ねることにする。いうまでもなく、足利義栄が陣所とし、ここで征夷大将軍の宣下を受けて室町幕府の15代(14人目)将軍となったものの、ついに上洛を果たせずに終わったという史跡である。どういうわけか、いままで行ったことがなかった。ただ、拝観は予約制で午後限定ということで、門がしまっていたのは残念。
 そのまま今城塚に向かおうと駅に向かうと、途中に酒蔵の販売店があって、地酒の試飲ができるという。ついフラフラと誘いにのってしまう。濃厚で、なかなかの銘酒。帰りに求めることにする。

 バスに乗って、おめあての今城塚古代歴史館の特別展「古代の日本海文化‐太邇波の古墳時代‐」。5月13日までなので、今、行っておかねば、絶対に見逃すことになる。京都府北部の最新の古墳時代研究の精華を学ばせてもらう。そのあとは、今城塚古墳を散策。

 知らなかったのだが、お隣の茨木市文化財資料館では、企画展として「太田茶臼山古墳と古市古墳群」をやっているという。やはりこの機会を逃さない方がよいだろう。阪急で南茨木駅まで行って、文化財資料館を訪れる。展示は小さいが、これも古市古墳群の新しい情報を得ることができる。さらに、受付で、茨木の「隠れキリシタン」関係の図録などを買い込む。

 高槻に戻って、今度は高槻市立しろあと歴史館。これも5月13日までで、「樫田―丹波の山村と仏像・信仰―」展。樫田は高槻市最北端の山間部の村だが、実はここは摂津国ではなく丹波国。江戸時代には丹波の亀山藩領で、昭和33年までは京都府だった。ただ、京都府亀岡市まではかなり遠く、住民の生活は高槻とのつながりが深かった。ということで、当時としては珍しい府境を超えた合併がおこなわれ、京都府から切り離されて大阪府高槻市に編入されたところである。平安前期の仏像などが大切に守り続けられていたことを知る。

2018.05.02

考古学研究会2018年度大会、の巻

Img_4584(←岡山大学考古学資料展示室)

 4月21日(土)22日(日)
 岡山大学での、考古学研究会の第64回(2018年度)大会に出かける。
 考古学研究会、いうまでもなく、わが国を代表する考古学の学会のひとつであり、学術雑誌『考古学研究』を出し続けている。私がこの学会に入会したのは大学の学部2回生の時だから、会員歴はほとんど40年にわたっているということになる。ところが、会員歴はこれだけ長いのに、どういうわけか、これまで大会に参加したことがなかった。毎年四月という、新年度はじまったばかりのちょっとバタバタしている時期だからということもあり、いままで足を伸ばせなかったのである。
 でも、やはりちょっと反省。会員なのだから、大会に出席する権利は充分に持っている。今年の大会テーマは「権力とは何か-祭祀・儀礼と戦争から考える-」というなかなか魅惑的なものだから、やはり参加して勉強させてもらうことにしよう、ということで、出かけていったのである。
 岡山大学も、考古学研究室の新泉納教授や清家章教授にはこれまでもいろいろ良くしていただいてきたのであるが、大学自体には足を踏み入れるのは初めてである。考古学資料展示室の見学の時間も設けられている。そんなに規模は大きくないけれども、充実した内容の展示は羨ましい限りである。
 大会では、アンデス、ハワイ、縄文、弥生、古墳、そして飛鳥・奈良という広分野にわたっての研究発表が続く。関雄二氏のアンデスは学ぶところ大。ハワイをやられた後藤明先生(南山大学教授)は、元同志社女子大学教授で、私が同女に入る時にお世話になり、仕事をご一緒させていただくのを楽しみにしていたのであるが、私と入れ違いで同志社女子から転出された。久しぶりにお目にかかり、視野を広げさせてもらう。
 懇親会も大いに楽しませてもらい、さらに、例によっての二次会。これも例によって、ちょっと飲み過ぎ。
 知らなかったのだが、閉会にあたって、会場から「コメント」をもらうことが恒例になっているとのことで、どういうわけか私が指名を受ける。ただただ謝意を表するのみ。
 良い会でした。いままで参加しなかったのが悔やまれる。これからは、できるだけ毎年でかけることにしよう。

 追記:
 岡山大学考古学研究室を長く率いてこられた新納泉先生、昨年度で定年を迎えられ、今年度からは特任教授となられたという。もちろん、これからも精力的な活動を続けられるのであろうが、定年という一応の区切りを自祝してエッセイ集「蜻蛉遊記」を自費出版されたとのことで、同書をちょうだいすることができた。すばらしく瑞々しい感性があふれる端正なエッセイの数々、特に、イギリス、アイルランドでの(失敗譚も含めた)軽妙な語り口の体験談に魅了される。

2018.03.28

まもなく新年度、の巻

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(桜景色の平安宮大極殿跡碑)

卒業式が終わり、春がきて桜景色。まもなく新年度がはじまる。

【書いたもの】
■『京都・平泉・首里―都市と宗教・信仰―』高橋康夫・伊ケ崎鷹彦(編)、髙橋康夫・山田邦和・冨島義幸・伊ケ崎鷹彦(著)(「2015年度~2017年度科学研究費補助金 基盤研究(B) 研究課題番号15H04110 研究成果報告書」、京都、ユーラシアのなかの日本中世都市研究会(髙橋康夫〈研究代表者〉)、2018年3月16日)全370頁
~◇山田邦和(著)「世界のなかのアジア古代都市」4~8頁
~◇山田邦和(著)「平安京・京都と天皇陵―葬制の変遷と『天皇陵空間』―」15~96頁

【しゃべったこと】
○「考古学的遺跡・遺物からみた南山城の歴史―恭仁京復元への試み―」山田邦和(報告)
(京都府立京都学・歴彩館「南山城の文化資源共同研究会中間報告会」、京都、同館京都学研究室、2018年1月6日
○「中世都市としての天橋立」山田邦和(講演)
(京都府、宮津市、伊根町、与謝野町、天橋立を世界遺産にする会(主催)「天橋立世界遺産講演会」、京都、京都府立京都学・歴彩館大ホール、2018年2月4日)
○「豊臣秀吉の政権構想と京都」山田邦和(講演)
(京都商工会議所(主催)「京都検定講演会『信長・秀吉と京都(2)』」、京都、京都商工会議所、2018年2月10日)
○「『鎌倉との比較』から見た'中世の嵯峨’」山田邦和(講演)
(NPO法人さらんネット(主催)「第15回文化講演会」、京都、ひと・まち交流館 京都、2018年2月17日)
○「中世京都の都市構造」山田邦和(講演)
(京都市生涯学習総合センター・京都市生涯学習振興財団(主催)「アスニーセミナー(京都市平安京創生館関連講座)」、京都、京都アスニー、2018年3月2日)
◯「大会報告『都市の荘厳―幢幡を立てる儀礼をめぐって―』質疑・討論」舘野和己・山田邦和(座長)、志村佳名子・大澤正吾・海野聡(パネラー)
(条里制・古代都市研究会「第34回条里制・古代都市研究会大会」、奈良、奈良文化財研究所平城宮跡資料館講堂、2018年3月3日)

2018.02.25

四条塚山古墳(治定綏靖天皇陵)、の巻

 Img_0772←山田蔵本『文化山陵図』にみる四条塚山古墳(現在の治定神武天皇陵)

 2月23日(金)
 「陵墓関係16学・協会」による、「陵墓立ち入り調査」。今年度の対象は奈良県橿原市の四条塚山古墳(宮内庁治定の綏靖天皇桃花鳥田丘上陵<つきだのおかのえのみささぎ>)。

 整理しておくと、初代天皇である神武天皇の陵については、洞の丸山、四条塚山、山本ミサンザイの三説が拮抗していた。元禄の修陵で神武天皇陵とされたのは四条塚山であったが、その後には本居宣長らによる洞丸山説が勃興、そちらに決まりかけたかと思ったのであるが、幕末に谷森善臣による山本ミサンザイ説が急迫する。結局、孝明天皇の勅裁を得て山本ミサンザイに決定、宇都宮藩の「文久の修陵」によってそれを整備したのが現在の神武天皇陵なのである。そして、神武天皇陵争いに敗れた(?)四条塚山は第2代の綏靖天皇陵に治定替え、また洞丸山は神武天皇陵の付属地に編入され、さらには洞丸山の麓に広がっていた洞村は紆余曲折のあげくに村ごと移転した、ということになる。つまり、今回の四条塚山古墳は、もとの「神武天皇陵」だということになるのである。

 本体の四条塚山の見学に先立って、10時に近鉄畝傍御陵前駅に集合し、大正時代まで存在していた洞村<ほらむら>の跡の見学。この場所は宮内庁治定の神武天皇陵の陵域(畝傍御陵地)に含まれていて立ち入りには宮内庁の許可が必要なため、私も入ったことがなかった。ただ、宮内庁の方針により、今回は洞丸山のところまでの見学は許可外となったのはいささか残念。

 昼休みを利用して、橿原市の「大久保まちづくり館」を見学。来たい来たいと思っていたのだが、今までその機会を逃していた。大正の姿を残す大規模な住宅建築を保存しており、内部には模型やパネルによって洞村の移転とそれによって成立した(新)大久保村の歴史がわかりやすく展示されている。ちょっと嬉しいのは、この展示の中でパネルに使われている神武天皇陵の絵図の写真のうち、2枚は私の所蔵品であること。お役にたてて何よりである。
 まちづくり館で教えてもらって、昼食はその近くの大衆食堂「ほていや」。小さな店であるがメニューが豊富で、昼のお弁当定食はいずれも550円というリーズナブルさ。

 午後、いよいよ本番の四条塚山古墳の立ち入り。まずは拝所にたっている石灯籠(福尾正彦「綏靖天皇陵前東側所在の石灯籠について」〈高木博志・山田邦和編『歴史のなかの天皇陵』所収、京都、思文閣出版、2010年〉、参照)の観察。そして墳丘のところによっていく。ただ、今回はどういうわけか墳丘の間近まで寄ることが許されなかったので細部の観察ができなかったのは遺憾であるが、古墳であることは間違いない。ただ、従来、測量図から測定していたよりもかなり規模は小さくなると思う。このあたりは、見学終了後に橿原市万葉ホールの講座室をお借りしておこなった検討会でも議論となった。

 最後は、例によっての有志で八木駅前に移動しての呑み会。ここでも濃い議論が続く。

2018.02.22

沖縄旅行、の巻

 2月18日(日)~20日(火)
 沖縄行き。今回は完全に、沖縄の御嶽・拝所めぐりに熱を入れている妻のお供で、友人に会う時間さえとれないという強行軍。
 普天間宮と神宮寺。浜比嘉島で御嶽・拝所めぐり、同島で宿泊。今帰仁まで行って、「源為朝上陸記念碑」と、今帰仁グスクでガイドさんを頼んで「今帰仁上り」の御嶽・拝所めぐり。今帰仁文化センターを駆け足で見学したあと、沖縄料理の「名護曲レストラン」で遅い昼食。宜野湾市の「森の川」になんとか滑り込んだあと、遅くに那覇に戻る。翌日は、那覇市小禄地区で街並み見学。モノレールでホテルに戻り、そこから車で海軍壕公園と豊見グスク跡。

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 浜比嘉島での朝日。こんなに綺麗な夜明けは久しぶり。

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 今帰仁の御嶽のひとつ、「ティラガマ」。伝説ではあるが、源為朝(!)が逃げてきて沖縄の運天に上陸し、この洞窟に隠れ住んでいたという(!)。洞窟の壁の窪みがなんとなく手形に似ているので、為朝の手形と言われている。私の手よりも何倍も大きいぞ。

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 森の川。宜野湾市博物館の近くの公園にある泉。天女が降臨し、地元の人と結婚して、中山王になる察度を産んだという。時代も空間も違うが、飛鳥の酒船石遺跡を思いおこしてしまう。

2018.02.14

「豪商の蔵―貝塚廣海家コレクション」展、の巻

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 2月14日(水)
 京都国立博物館の貝塚廣海家コレクション受贈記念  豪商の蔵―美しい暮らしの遺産―」展に出かける。2月3日から3月18日まで。泉州貝塚(大阪府貝塚市)の廻船問屋の豪商であった廣海家に所蔵されていた膨大な量の美術品を展示する展覧会である。見てみると、確かに凄い。茶道具などの水準の高さにも感じ入るし、豊臣秀吉の書状とか、明月記の写本(確認していないが、おそらくは室町時代の摹本<もほん>)の断簡、古墳時代の単鳳環頭大刀柄頭や金環、平安時代の銅経筒(花入に改造)など、私の観点からしても興味深い物も含まれている。中国南部の銅鼓にいたっては、なんでこんなものまであるんだ!という感じ。

 実は、私の母はこの泉州の貝塚の出身。そして、母から聞いたところでは、母の、母方の曽祖父というのが明治時代にこの廣海家の支配人(大番頭)を務めていたのだという。この展覧会の図録の解説にも、明治20年代に北海道に魚肥の大量買い付けに出かけた人物として支配人の治平という人が出てくるのだが、この治平さんこそ、母の曽祖父すなわち私の先祖にあたる方だということになる。ぜんぜん知らなかったのだが、私自身の源流の一端がこんなところで飛び出したことは、なんだか嬉しい。

2018.02.03

2018年節分、の巻

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 2018年2月3日(土)
 節分、というか、私の誕生日。大台まであと僅かである。それにしても、以前だったら私の誕生日には必ず雪が積もっていた。今年は稀にみる寒冬だったから、今日は雪だろうと予想していたが、大外れ。京都の冬にしてはどちらかというと暖かい部類である。

 やはりどこかにお詣りを、と思うが、人混みにさらされるのは好きじゃない。と、いうことで、「京の伊勢」の異名をもつ、東山の日向大神宮。我が家の菩提寺の安養寺と参道入り口が共用(?)なので、私としては子供の頃から親しんできた神社である。ただ、観光スポットではなく、知る人ぞ知る、という神社だから、落ち着いてお詣りできる。
 上の写真は、外宮。奥に見えているのが内宮。小さいながら、伊勢の神宮そのまま。神明造の社殿がうつくしい。山の上にある伊勢神宮遥拝所までえっちらおっちらと登ると、平安神宮の大鳥居から御所、船岡山、そして左大文字までが一望の絶景。また、内宮の上には「天の岩戸」という洞窟。
 この神社、社伝ではなんと、顯宗天皇の御代(!)に伊勢から勧請されたという。裏付ける史料はないし、社伝は社伝、としか言えないだろうが、京都で顯宗天皇の名を聞くというのはかなり珍しく、これはちょっと面白い。

2018.01.24

東寺の初弘法、の巻

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1月21日(日)
 自動車の免許更新に行くつもりだったが、ハッと気づくと、21日だった。つまり東寺の初弘法(新年度最初の弘法市)の日である。このごろ弘法さんには日が合わなくてご無沙汰だったし、免許の話は来週に回すとして、東寺に出かける。
 まずは、東寺の北側の川魚屋さん「鮒末」で、名物の「まむし(ウナギ丼)」。店の正面でどんどんウナギを焼く。普段は店売りだけで、弘法さんの市の日だけ、室内で丼を食べることができる。なかなかの美味。続いて、東寺の境内に分け入り、人波に揉まれながら、あちらこちらと屋台を冷やかす。西院の御影堂(大師堂)は建物修理中により、仮堂でお大師様を拝む。同じく西院の毘沙門堂では、お坊さんが一心に護摩祈祷中。燃え上がる炎に、しばし見とれる。

2017.12.31

2017年、やったこと、の巻

Img_0640_2(←宮城県仙台市の大崎八幡宮の絢爛豪華な本殿〈国宝〉)
 12月31日(日)
 今年ももうおしまい。今年、悲しかったのは、なんといっても愛犬クイールと別れなければならないことだった。

 バックに流すベートーヴェンの交響曲第9番、今年はアンドレ・クリュイタンス指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による1957年の録音。声楽はグレ・ブロウェンスティーン(ソプラノ)、ケルステン・マイヤー(メゾ・ソプラノ)、ニコライ・ゲッダ(テノール)、フレデリック・ガスリー(バリトン)、声楽はベルリン聖ヘドヴィヒ大聖堂合唱団である。クリュイタンスのベートーヴェン交響曲全集の一枚。ちょっと不思議なことなのは、ベルリン・フィル最初のベートーヴェン交響曲全集という栄誉を担う録音であるというのに、音楽監督のヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮ではなくベルギー生まれのクリュイタンスが起用されている。カラヤン就任からまだ2年足らずしかたっていないということもあるのかもしれないが、あの独占欲と自己顕示欲の強いカラヤンが、よくベートーヴェンを他人に委ねることを許したな、と思う。
 演奏は、悠揚迫らぬ落ち着いたテンポで進められる、クリュイタンスらしい気品あるもの。第4楽章においても、決してオケを煽り立てて興奮をかきたてるようなことはしない。もうちょっと高らかに歌い上げてもよいのに、と思うほどの抑制のきいた演奏である。でも、特別な時ではなく日常的に聴くためには、これくらいのほうがよいのかしれない。

 さて、恒例の「今年やったこと」。
 なんといっても大きかったのは、ずっと懸案だった『京都 知られざる歴史探検(上・下)』が刊行できたこと。いろんな人から「面白かった」「知らないことがいっぱいだった」と言ってもらえたのは嬉しい。売れ行きも好調のようで、これもありがたい。私にとっても代表作のひとつができたかな、と思う。
 また、角田文衞先生の"第2著作集"である『角田文衞の古代学』も刊行開始され、その一冊目の「自叙伝」が刊行できたことも、万分の一ながら先生へのご恩返しができたような気分。
 論文は、「平安京の都市的変容―京・鎌倉時代における展開―」と「森浩一の須恵器研究」の2本。前者の完成によって、私独自の平安京変遷の体系化にメドがついた。

 さて、来年はどんな年になりますやら。とにかく無理せず、ゆっくりと、自分のやるべきことを着実に積み重ねていきたいと思う。それではみなさま、どうか良いお年をお迎えください。

【単著書】
『京都 知られざる歴史探検(上)―上京 洛北 洛東・山科―』山田邦和(著)(東京、新泉社、2017年10月25日)、全286頁
『京都 知られざる歴史探検(下)―下京 洛西 洛南・伏見 乙訓・宇治 南山城 丹波・丹後―』山田邦和(著)(東京、新泉社、2017年10月25日)、全285頁

【共著書】
■『「天橋立学」への招待―"海の京都"の歴史と文化―』天橋立世界遺産登録可能性検討委員会(編)、宗田好史・仲隆裕(編集委員)宗田好史・上杉和央・仲隆裕・深町加津枝・奥敬一・森宣和・山口睦雅・高原光・赤瀬信吾・天野文雄・吉野健一・山田邦和・菱田哲郎・上田純一・福島恒徳・吹田直子・今井一雄・小田彰彦(著)(京都、法蔵館、2017年3月12日)全321頁
 ~◇山田邦和(著)「天橋立の歴史的景観」211~221頁
 ~◇山田邦和(著)「宗教都市としての天橋立」248~252頁
■『京の三条―SANJO STREET―』京都文化博物館地域共働事業実行委員会〈京都府・京都文化博物館・姉小路界隈を考える会・京の三条まちづくり協議会〉(編)山田邦和・笠原一人・大塚活美(執筆)(京都、京都文化博物館地域共働事業実行委員会〈京都府・京都文化博物館・姉小路界隈を考える会・京の三条まちづくり協議会〉、2017年3月〈発行日記載なし〉)、全14頁
 ~◇山田邦和(著)「三条通を俯瞰する―三条通の歴史をひもとく―」2~4頁
■『京の三条 Sanjo-dori, Kyoto―SANJO STREET―』The Museum of Kyoto Neighborhood Joint Executive Committee(Kyoto Prefecture, The Museum of Kyoto, Aneyakoji Neighborhood Association, Kyoto Sanjo Machizukuri Conference)(Compiled)Kunikazu Yamada, Kazuto Kasahara, Katsumi Otsuka(Author), Kyoto, The Museum of Kyoto Neighborhood Joint Executive Committee(Kyoto Prefecture, The Museum of Kyoto, Aneyakoji Neighborhood Association, Kyoto Sanjo Machizukuri Conference), March, 2017〈day,unknown〉,pp.1-14
 ~◇Kunikazu Yamada(Author)"A Bird's-Eye View of Sanjo-dori ―Unraveling Its Historiy―"pp.2~4
■『京の三条 京都的"三条通"-SANJO STREET-』京都文化博物馆区域联锁项目实行委员会〈京都府政府・京都文化博物馆・姊小路区域侦探讨会・京都三条城区规画协会〉(编辑)山田邦和·笠原一人·大冢活美(执笔)(京都京都文化博物馆区域联锁项目实行委员会〈京都府政府・京都文化博物馆・姊小路区域侦探讨会・京都三条城区规画协会〉,2017年3月〈没有发行日期记载〉),全14頁
 ~◇山田邦和(著)「俯瞰三条通-解读"三条通"的历史-」2~4頁
■『京の三條 京都的"三條通"-SANJO STREET-』京都文化博物館區域聯動項目実行委員會〈由京都府政府·京都文化博物館·姉小路區域探討會·京都三條城區規劃協議會〉(編輯)山田邦和·笠原一人·大冢活美(執筆)(京都,京都文化博物館區域聯動項目実行委員會〈由京都府政府·京都文化博物館·姉小路區域探討會·京都三條城區規劃協議會〉,2017年3月〈沒有発行日期記載〉),全14頁
 ~◇山田邦和(著)「俯瞰三條通-解讀”三條通"的歴史-」2~4頁
■『京の三条―교토의 산조 도리(거리)―』교토 문화박물관 지역혐동사업 실행위회 <교토부·교토 문화박물관·아네야코지 일대를 생각하는 모임·교토의 산조 동내 만들기 협의회>(편집)야마다 구니카즈・가사하라 가즈토・오쓰카 가쓰미(집필)(교토,교토의 산조 동냬 뫈들기 혐의회,2017년3월〈「일」은 기재되지 않고 있다〉),전체로 14페이지 있다
 ~◇야마다 구니카즈(집필)「산조 도리(거리)를 부감한다―산조 도리(거리)의 역사를 펴서 읽는다―」,2-4페이지
■『第13回京都検定 問題と解説』京都新聞出版センター(編)、池坊中央研究所・井上由理子・太田垣實・丘眞奈美・清原邦雄・黒田正子・髙橋寛・徳丸貴尋・十倉良一・中村武生・西村彰朗・細田香織・前川佳代・三谷茂・村岡真千子・町田香・萬谷彰三・山田邦和(執筆)(京都、京都新聞出版センター、2017年6月30日)、本文255頁(分担頁不記載だが、山田執筆は「3級1(4)」009頁、「3級1(5)」010頁、「2級1(4)」107頁、「2級1(5)」108頁、「1級1(4)」203頁)
■『同志社女子大学史料センター第22回企画展示「同志社女子大学のキリスト教主義教育 愛以貫之」展示目録』同志社女子大学史料センター(編)、山田邦和〈史料センター長・運営委員長〉、飯田毅・川田隆雄・北村博子・神田知子・松野浩之・三橋美和・仲万美子・中山まき子・大島中正・斎藤朱美・玉田佳子〈2017年度史料センター運営委員〉、小崎眞〈専門委員〉、塘利枝子〈学術情報部長〉(京都、同志社女子大学史料センター、2017年11月17日)、全26頁(山田執筆:「はじめに」〈1頁〉、その他、執筆分担明記なしだが、「Ⅰ キリスト教の伝来と同志社」〈2~8頁〉が山田執筆)

【編著(共編著)】
『角田文衞の古代学 4「角田文衞自叙伝」』角田文衞(著)、古代学協会(編)、山田邦和・吉川真司(責任編集)(京都、古代学協会、〈発売所:東京、吉川弘文館〉、2017年10月31日)、全406頁
 ~◇山田邦和(補註)「角田史学の構想~補註」283~297頁
 ~◇山田邦和(著)「[解題] 角田文衞の軌跡」389~405頁

【監修の書物】
■『徳川家康(新装版)』松本清張(文)寺田克也(カバー絵)、八多友哉(本文さし絵)、山田邦和(監修)、八重野充弘(人物伝執筆)、黒須高嶺(人物伝イラスト)(「講談社 火の鳥伝記文庫1」、東京、講談社、2017年10月18日〈旧版は1982年9月30日発行〉)、全337頁
■『豊臣秀吉(新装版)』岡田章雄(文)寺田克也(カバー絵)、八多友哉(本文さし絵)、山田邦和(監修)、八重野充弘(人物伝執筆)、黒須高嶺(人物伝イラスト)(「講談社 火の鳥伝記文庫2」、東京、講談社、2017年10月18日〈旧版は1981年11月19日発行〉)、全205頁
■『武田信玄(新装版)』木暮正夫(文)寺田克也(カバー絵)、八多友哉(本文さし絵)、山田邦和(監修)、八重野充弘(人物伝執筆)、黒須高嶺(人物伝イラスト)(「講談社 火の鳥伝記文庫3」、東京、講談社、2017年10月18日〈旧版は1986年6月15日発行〉)、全179頁


【論文】
「平安京の都市的変容―京・鎌倉時代における展開―」山田邦和(著)(『条里制・古代都市研究』第32号、東大阪、条里制・古代都市研究会、2016年3月1日)、1~18頁
「森浩一の須恵器研究」山田邦和(著)(『第5回東海学シンポジウム2017 森浩一古代学を読み解くⅠ―昭和・平成の考古学界―』資料集、〈春日井〉、NPO法人東海学センター、2017年10月26日)、107~133頁

【その他の著作】
■『鳥瞰イラストでよみがえる歴史の舞台』歴史群像編集部(編)、かみゆ歴史編集部(滝沢弘康・小沼理・丹羽篤志)(編集)板垣真誠・伊藤展安・香川元太郎・黒澤達矢・中西立太・藤井康文(鳥瞰イラスト作成)、小田和利・山田邦和・平井聖・九州歴史資料館・平山優・和根崎剛・西ヶ谷恭弘・福島克彦・中井均・跡部信・坂井尚登・勝見譲・越中哲也・村松伸・伊東宗裕・山村竜也・中村武生・有坂純(イラスト監修)(「学研ムック」、東京、学研プラス、2017年1月12日)、全143頁
 ~◇黒澤達矢(イラスト)、山田邦和(イラスト監修)「平安京―平安時代―」13~16頁
 ~◇黒澤達矢(イラスト)、山田邦和(イラスト監修)「戦国の京都―戦国時代―」69~72頁
■「書評『世界遺産と天皇陵古墳を問う』編・今尾文昭、高木博志」山田邦和(著)(『京都民報』第2775号、京都、京都民報社、2017年2月26日)、5頁
■「新刊紹介 歴史家の案内する京都 山田邦和他編著」山田邦和(著)(『同志社時報』第143号、京都、同志社、2017年4月1日)、85頁
■「三笠宮崇仁親王殿下の薨去」山田邦和(著)(『土車』第131号、京都、古代学協会、2017年3月20日)、1頁
■「角田文衞『平安京と羅城門』解説」山田邦和(著)(『土車』第132号、京都、古代学協会、2017年6月20日)、7頁
■「清水睦夫博士の逝去」山田邦和(著)(『土車』第132号、京都、古代学協会、2017年6月20日)、8頁
■「全体討論『宗教都市』奈良を考える」佐藤亜聖・大田壮一郎(討論司会)、河内将芳・高谷知佳・狭川真一・前川佳代・山田邦和・吉澤悟・大藪海・仁木宏・山川均・幡鎌一弘・五味文彦(討論発言)(中世都市研究会(編)五味文彦・佐藤亜聖・前川佳代・狭川真一・山川均・高谷知佳・吉澤悟・河内将芳・幡鎌一弘(執筆)『「宗教都市」奈良を考える』所収、東京、山川出版社、2017年8月31日〈全239頁〉)、山田発言は205~239頁中の214・215頁
■「歴史探検の楽しみ(上)」山田邦和(著)(『中日新聞』2017年12月12日号朝刊、名古屋、中日新聞社、2017年12月12日)、15頁、および(『東京新聞』2017年12月17日号朝刊、名古屋、中日新聞社、2017年12月17日)、21頁
■「歴史探検の楽しみ(下)」山田邦和(著)(『中日新聞』2017年12月19日号朝刊、東京、中日新聞東京本社、2017年12月19日)、15頁、および(『東京新聞』2017年12月24日号朝刊、東京、中日新聞東京本社、2017年12月24日)、21頁
■「『角田文衞の古代学』刊行開始」山田邦和(著)(『土車』第133号、京都、古代学協会、2017年12月20日)、1頁

【学会報告・研究会報告など】
◯「(調査レポート)質疑・討論」山田邦和・舘野和己(座長)、山本亮・滝沢匡・猪狩俊哉・坂本嘉和・堀内和宏(パネラー)(条里制・古代都市研究会「第33回条里制・古代都市研究会大会」、奈良、奈良文化財研究所平城宮跡資料館講堂、2016年3月5日)
○「鴨川の禹王廟と治水神信仰」山田邦和(記念講演)、(治水神・禹王研究会「第4回総会・研究大会」、京都、佛教大学1号館415教室、2017年3月26日)
◯「討論」仁木宏・山田邦和(司会)、河内将芳・長宗繁一・登谷伸宏(パネラー)、中村武生(関連報告)(第34回平安京・京都研究集会「東山大仏と豊臣政権」、京都、機関紙会館、2017年5月7日)
◯「世界遺産と天皇陵古墳を問う」今尾文昭・大平聡(報告)、高木博志・山田邦和(コメント)(日本史研究会古代・近現代史合同部会「世界遺産と天皇陵古墳を問う」、京都、機関紙会館、2017年6月10日)
 ~◇「『陵墓』の名称問題をめぐって」山田邦和(コメンテーター)、日本史研究会 古代・近現代史合同部会「世界遺産と天皇陵古墳を問う」、京都、機関紙会館、2017年6月10日)

【講演】
◯「【鳥辺野】考古学者と巡る清水坂、生と死が交差する周縁の地―陰陽師や非人たち最大の根拠地、死者の都市・鳥辺野へ―」山田邦和(ガイド)(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都、京阪清水五条駅集合。松原橋、物吉村跡、西光寺、六波羅蜜寺、六道珍皇寺、清水坂、大谷本廟、妙見堂、鳥辺山墓地、安祥院、清水寺を見学、2017年1月22日)
◯「豊臣秀吉の天下統一と首都づくり―御土居・聚楽第・伏見城―」山田邦和(講師)いなべ市教育委員会生涯学習課〈主催〉「いなべ市民大学講座―平成28年度生涯学習事業―」第5回いなべ員弁コミュニティプラザ2017年2月5日
○「京の武士と町衆―洛中洛外図の時代―~パネルディスカッション」山田邦和(コーディネーター)、マシュー・スタブロス、川嶋將生、三枝暁子(パネリスト)(京都府立京都学・歴彩館〈主催〉、京都府立大学〈共催〉平成28年度国際京都学シンポジウム「京<みやこ>の武士と町衆―洛中洛外図の時代―」、京都、京都府立京都学・歴彩館大ホール、2017年3月19日)
○「信長は何をめざしたか―将軍か関白か太政大臣か―」山田邦和(講師)(シニア文化塾事務局〈主催〉「南河内シニア文化塾」平成29年度前期講座〈歴史コース〉、富田林、すばるホール、2017年3月21日)
◯「天下人秀吉のふたつの伏見城」山田邦和(講師)(京田辺市・京田辺市教育委員会・同志社大学〈主催〉「2017(平成29)年度 京たなべ・同志社ヒューマンカレッジ」、京田辺、同志社大学京田辺校地恵道館、2017年5月20日)
◯「白河・鳥羽」山田邦和(講演)(姫路市教育委員会主催「平成29年度姫路市市民教養講座〈歴史講座〉」、姫路、姫路市市民会館、2017年6月19日)
◯「京都学へのいざない」山田邦和(講演)(2017年度私立大学図書館協会西地区部会京都地区協議会第1回研究会「世界へ翔け! 京都学 」、京都、京都府立京都学・歴彩館小ホール、2017年6月30日)
◯「須恵器の編年と森浩一先生」山田邦和(講演)(森浩一先生に学ぶ会(主催)「第3回 森浩一先生に学ぶ講演会」、泉大津、泉大津高校同窓会館、2017年8月6日)
◯「聖武天皇の首都構想―恭仁宮・難波宮・紫香楽宮の三つの都―」山田邦和(講演)(「けいはんな学研都市7大学連携 市民公開講座2017」、京都府精華町、国立国会図書館関西館、2017年9月15日)
◯「【太秦】考古学者と巡る日本最大の渡来系豪族・秦氏の本拠地へ―始皇帝を祀る社、元糺の池、京都一の巨大前方後円墳に潜入―」山田邦和(ガイド)(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都、地下鉄太秦天神川駅集合〈千石荘公園、清水山古墳跡、天塚古墳、木島神社(蚕ノ社)、広隆寺・大酒神社、蛇塚古墳、垂見山古墳を見学〉、2017年9月16日)
◯「《座談会》『森浩一古代学』を語る」山田邦和(司会)、川崎保・松田度・辰巳和宏・深萱真穂・今尾文昭・前園実知雄・小泉武夫(パネラー)(NPO法人東海学センター・東海学シンポジウム実行委員会〈主催〉『第5回東海学シンポジウム2017 森浩一古代学を読み解くⅠ―昭和・平成の考古学界―』、春日井、春日井市民会館、2017年11月12日)
◯「世界遺産と天皇陵古墳」山田邦和(講演)(京都高等学校社会科研究会〈主催〉「秋季研究会~シリーズ・関西フィールドワーク『埴輪・古墳・天皇陵―北摂を歩く―』、高槻、高槻現代劇場(市民文化会館)、2017年11月25日)
◯「【室町幕府】考古学者とめぐる義満の王都、巨大権力の中枢・花の御所と相国寺へ―史上最高・幻の七重塔はどこにあった!?“日本国王”義満の最強首都構想―」山田邦和(ガイド)(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都地下鉄今出川駅集合〈相国寺山門、塔の段町(相国寺大塔跡)、相国寺境内、相国寺慈照院前、同志社大学寒梅館、持明院御所跡(光照院)、細川邸跡、小川通、畠山図子、花の御所跡を見学〉、2017年11月25日)
○「王朝貴族の[E:#x10FC00]理想郷・宇治」山田邦和(講演)(公益財団法人JR東海生涯学習財団〈主催〉、ジェイアール東海エージェンシー〈企画・運営〉「講座 歴史の歩き方」第80回「宇治のものがたり―境界の風土が生み出した文学、戦、極楽浄土―」、東京、よみうりホール、2017年12月1日)
○「信長・秀吉と京都(1)織田信長の政権構想と京都」山田邦和(講演)(京都商工会議所〈主催〉「平成29年度京都検定講演会(Fシリーズ)」、京都、京都商工会議所、2017年12月16日)

【講座】
◯「京都学講座・院政期京都の研究2」「(3)平治の乱の勃発」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年1月20日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究2」「(4)平治の乱の展開」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年2月17日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究2」「(5)平清盛の栄華と建春門院」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年3月17日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究3」「(1)六波羅と法住寺殿」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年4月21日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究3」「(2)福原遷都とその挫折(1)」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年5月19日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究3」「(3)福原遷都とその挫折(2)」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年6月16日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究3」「(4)福原京の復元」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年7月21日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究3」「(5)以仁王の変と治承・寿永の内乱の勃発」山田邦和(講座)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年9月29日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究4」「(1)以仁王の変と清盛の死」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年10月20日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究4(2)源頼朝と源義仲」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年11月17日)
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◯「(1)皇室の菩提寺『御寺』泉涌寺と月輪陵」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年1月20日)
◯「(2)明治・大正・昭和天皇陵」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年2月17日)
◯「(3)天皇陵・拾遺」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年3月24日)
◯「(1)ヤマト政権歴代の「都」と大型古墳」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年4月28日)
◯「(2)飛鳥の都」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年4月年5月26日)
◯「(3)天智天皇の近江大津宮」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」2017年4~6月期、名古屋、栄中日文化センター、2017年6月23日)
◯「(1)唐の長安と洛陽」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」2017年7~10月期、名古屋、栄中日文化センター、2017年7月28日)
◯「(2)孝徳天皇の難波長柄豊碕宮」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」2017年7~10月期、名古屋、栄中日文化センター、2017年8月25日)
◯「(3)天武天皇の飛鳥と難波」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」2017年7~10月期、名古屋、栄中日文化センター、2017年10月6日)
◯「(1)持統天皇の藤原宮と新益京」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」(2017年11~12月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年10月27日)
◯「(2)青丹よし奈良の都―平城京―」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」(2017年11~12月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年11月17日)
◯「(3)聖武天皇の三つの都―恭仁宮、難波宮、紫香楽宮―」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」(2017年11~12月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年12月22日)
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◯「明治維新と京都の近代化(1)明治天皇の東幸と京都の衰退」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(48)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年1月13日)
◯「明治維新と京都の近代化(2)京都の近代化」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(48)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年2月10日)
◯「明治維新と京都の近代化(3)(現地見学)琵琶湖疏水とインクライン」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(48)、京都、琵琶湖疏水・インクライン・琵琶湖疏水記念館を見学、2017年3月10日)
◯「弥生・古墳時代の京都盆地(1)弥生時代から古墳時代の京都盆地」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(1)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年4月14日)
◯「弥生・古墳時代の京都盆地(2)巨大古墳の時代の京都」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(1)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年4月14日)
◯「弥生・古墳時代の京都盆地(3)(現地見学)恵解山古墳と勝龍寺城跡」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(1)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年6月9日)
◯「嵯峨野・太秦の古墳と古代寺院(1)嵯峨野・太秦の古墳群」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(2)、京都朝日カルチャーセンター京都、2017年7月14日)
◯「嵯峨野・太秦の古墳と古代寺院(2)秦氏と広隆寺」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(2)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年8月4日)
◯「弥生・古墳時代の京都盆地(3)(現地見学)太秦の古墳群」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(2)、京都、天塚古墳、蛇塚古墳、2017年9月29日)
◯「飛鳥・奈良時代の京都(1)『大化改新』と天智天皇・藤原鎌足」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(3)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年10月13日)
◯「飛鳥・奈良時代の京都(2)(現地見学)天智天皇の大津宮跡を訪ねる」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(3)、大津、近江大津宮跡・近江神宮、2017年11月3日)
◯「飛鳥・奈良時代の京都(3)奈良時代の京都盆地の寺院・集落」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(3)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年12月8日)

【テレビ出演】
◯『尾上松也の古地図で謎解き!にっぽん探究』第75回「歴史ミステリーを追え!」尾上松也(出演)、伊東潤(監修)BS11(制作著作)、EAST ENTERTAINMENT(制作)、斉藤良・成田肇・手塚公一(プロデューサー)、塩崎智晴(演出)、間まさむね・栗子じょん(構成)、勝野洋・山本博文(ゲスト)、山田邦和・草野道雄・三和敏郎・木村幸比古(出演)(BS11、2017年3月29日放送〈シリーズ最終回の総集編。2015年12月29日放送の『尾上松也の古地図で謎解き!にっぽん探究』第75回歴史ミステリーを追え!」の山田出演部分を含んでいる〉)

【大学での役職】
△同志社女子大学史料センター長(2017年4月~2019年3月〈予定〉)

【非常勤講師】
△京都橘大学文学部歴史遺産学科非常勤講師(「遺産情報学演習II」担当〈春学期〉)

2017.12.24

細見美術館「末法 / Apocalypse」展、の巻

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12月24日(日) 
 京都にある細見美術館は、私の大好きな博物館のひとつである。日本美術品の収集家として知られる細見古香庵からの細見家三代のコレクションを中核として設立された私立美術館で、他ではみられないようなユニークかつコンセプトのはっきりした展覧会を毎回おこなっている。建物も小規模ながらの瀟洒で、私は大学の博物館学の授業の際、「未来指向の博物館」の実例のひとつとして必ずこの細見美術館をとりあげてきている。
 その細見美術館が「末法 / Apocalypse─失われた夢石庵コレクションを求めて─」という魅力的なテーマの展覧会をおこなっていたのだが、気付いてみると今日が最終日。これはぜひ見とかなくてはいけない、ということで、雨が降りそうななか、美術館に駆けつける。

 この展覧会、説明によると
「釈迦の死より1,500年後、仏法が廃れ、争い、憎しみがはびこる暗黒時代が一万年続くといわれた「末法」の世。その恐怖におののいたのは、摂関政治で栄華を極めた貴族たちであった。ある者は美麗の上にも美麗を尽くして荘厳した阿弥陀堂を建て、またある者は装飾を凝らした料紙に経典を書写して、極楽浄土への往生を願うことで末法から逃れようとしたのである。そんな時代精神の中から生み出された美術作品を愛し、蒐集したコレクターの一人に、夢石庵と号する人物がいる。抜群の鑑識眼と内外の人脈を通じて、戦後60年代まで驚くほど質の高い美術作品を精力的に蒐集した。彼の死後散逸したコレクションの中から、白眉といえる平安時代の仏教美術を中心に、長く秘されてきたその全貌を、初めて紹介する」。夢石庵というコレクター、いまから50年前に亡くなっており、生前にはほとんど表舞台に立たなかったために忘れられているが、美術品収集にとりつかれ、すばらしいコレクションを築き上げたのだという。

 しかし、期待に胸をふくらませながら展示室に入ったのであるが、この展覧会、どうも奇妙なのである。確かに、展示品自体は悪くない。『平治物語絵巻』の「六波羅合戦巻断簡」とか、伝金峯山伝来の『紺紙金字弥勒上生経残闕(藤原道長願経)』(寛弘4年〈1007〉)・『紺紙金字法華経~無量義経残巻(藤原師通願経)』(寛治2年〈1088〉)・『紺紙金字法華経(平基親願経)』(治承4年〈1180〉)とか、平安時代の経筒など、へぇ~と思う作品も並んでいる。しかし、キッチリとしたコンセプトというか、強固な骨組みというか、筋の通った構成力が伝わってこないのである。普通の展覧会では、こうした砂を噛むような味気なさを味わうことはめったにない。
 ただ、こうした欠点は単に収集品を並べただけだと、確かにあり得ることである。だからこれも、この「夢石庵」というコレクターの資質によるものなのかな、と思ったのであるが、ただ、この展覧会の唄い文句では夢石庵は「抜群の鑑識眼と内外の人脈を通じて、驚くほど質の高い美術作品を精力的に蒐集した」人だというのだから、頭の中をクエッションマークがいっぱいになっていくのである。それに、個人コレクターのコレクションを主体とする展覧会では、良くも悪くもそのコレクターの強烈な「思い」というか「体臭」というか、そんな「こだわり」が会場から漂ってくるものなのであるが、それも感じられない。不思議な無臭さなのである。
 そもそも、コレクターのコレクションが多少一貫性を欠いていても、展覧会の担当学芸員がそうした欠点をカヴァーするのが普通である。そうすると、この展覧会のこうした奇妙さは学芸担当者の力不足によるものなのかな、と思いながら見学を終えた。

 会場の出口で、一枚の紙が配られていた。「種明かし」と題されて、「会期終了まで皆様の胸の内におさめておいてください」などと書かれている物々しさである。ただ、もう会期は終わったので、公表しても良いのであろう。
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つまり、この展覧会が「夢石庵」というコレクターのコレクションから構成されているというのはまったくのウソ。そんなコレクターはこの展覧会の担当者たちが作り上げた架空の存在であって、まったく実在しなかった。これは通常の展覧会でなく「アートプロジェクト」であり、定量的な指標によってのみ美術が語れられる現在の状況への挑戦なのである、ということなのである。

 私はこれを見て、幻滅してしまった。アートだからなんでもありというわけではないだろう。担当者だけが悦に入っているひとりよがりではどうしようもないし、少なくとも私は、アートのためなら観客を騙くらかしてもかまわないという奇妙な倫理観はもちあわせていない。それに、そうした能書きを云々する以前に、展覧会自体が薄っぺらでは話にもならないのである。
 せっかくの良い品物を集めたというのに、学芸担当者の自己満足がそれを台無しにしてしまうという、世にも稀な、そして本当に残念な展覧会だった。

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