2018.02.14

「豪商の蔵―貝塚廣海家コレクション」展、の巻

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 2月14日(水)
 京都国立博物館の貝塚廣海家コレクション受贈記念  豪商の蔵―美しい暮らしの遺産―」展に出かける。2月3日から3月18日まで。泉州貝塚(大阪府貝塚市)の廻船問屋の豪商であった廣海家に所蔵されていた膨大な量の美術品を展示する展覧会である。見てみると、確かに凄い。茶道具などの水準の高さにも感じ入るし、豊臣秀吉の書状とか、明月記の写本(確認していないが、おそらくは室町時代の摹本<もほん>)の断簡、古墳時代の単鳳環頭大刀柄頭や金環、平安時代の銅経筒(花入に改造)など、私の観点からしても興味深い物も含まれている。中国南部の銅鼓にいたっては、なんでこんなものまであるんだ!という感じ。

 実は、私の母はこの泉州の貝塚の出身。そして、母から聞いたところでは、母の、母方の曽祖父というのが明治時代にこの廣海家の支配人(大番頭)を務めていたのだという。この展覧会の図録の解説にも、明治20年代に北海道に魚肥の大量買い付けに出かけた人物として支配人の治平という人が出てくるのだが、この治平さんこそ、母の曽祖父すなわち私の先祖にあたる方だということになる。ぜんぜん知らなかったのだが、私自身の源流の一端がこんなところで飛び出したことは、なんだか嬉しい。

2018.02.03

2018年節分、の巻

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 2018年2月3日(土)
 節分、というか、私の誕生日。大台まであと僅かである。それにしても、以前だったら私の誕生日には必ず雪が積もっていた。今年は稀にみる寒冬だったから、今日は雪だろうと予想していたが、大外れ。京都の冬にしてはどちらかというと暖かい部類である。

 やはりどこかにお詣りを、と思うが、人混みにさらされるのは好きじゃない。と、いうことで、「京の伊勢」の異名をもつ、東山の日向大神宮。我が家の菩提寺の安養寺と参道入り口が共用(?)なので、私としては子供の頃から親しんできた神社である。ただ、観光スポットではなく、知る人ぞ知る、という神社だから、落ち着いてお詣りできる。
 上の写真は、外宮。奥に見えているのが内宮。小さいながら、伊勢の神宮そのまま。神明造の社殿がうつくしい。山の上にある伊勢神宮遥拝所までえっちらおっちらと登ると、平安神宮の大鳥居から御所、船岡山、そして左大文字までが一望の絶景。また、内宮の上には「天の岩戸」という洞窟。
 この神社、社伝ではなんと、顯宗天皇の御代(!)に伊勢から勧請されたという。裏付ける史料はないし、社伝は社伝、としか言えないだろうが、京都で顯宗天皇の名を聞くというのはかなり珍しく、これはちょっと面白い。

2018.01.24

東寺の初弘法、の巻

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1月21日(日)
 自動車の免許更新に行くつもりだったが、ハッと気づくと、21日だった。つまり東寺の初弘法(新年度最初の弘法市)の日である。このごろ弘法さんには日が合わなくてご無沙汰だったし、免許の話は来週に回すとして、東寺に出かける。
 まずは、東寺の北側の川魚屋さん「鮒末」で、名物の「まむし(ウナギ丼)」。店の正面でどんどんウナギを焼く。普段は店売りだけで、弘法さんの市の日だけ、室内で丼を食べることができる。なかなかの美味。続いて、東寺の境内に分け入り、人波に揉まれながら、あちらこちらと屋台を冷やかす。西院の御影堂(大師堂)は建物修理中により、仮堂でお大師様を拝む。同じく西院の毘沙門堂では、お坊さんが一心に護摩祈祷中。燃え上がる炎に、しばし見とれる。

2017.12.31

2017年、やったこと、の巻

Img_0640_2(←宮城県仙台市の大崎八幡宮の絢爛豪華な本殿〈国宝〉)
 12月31日(日)
 今年ももうおしまい。今年、悲しかったのは、なんといっても愛犬クイールと別れなければならないことだった。

 バックに流すベートーヴェンの交響曲第9番、今年はアンドレ・クリュイタンス指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による1957年の録音。声楽はグレ・ブロウェンスティーン(ソプラノ)、ケルステン・マイヤー(メゾ・ソプラノ)、ニコライ・ゲッダ(テノール)、フレデリック・ガスリー(バリトン)、声楽はベルリン聖ヘドヴィヒ大聖堂合唱団である。クリュイタンスのベートーヴェン交響曲全集の一枚。ちょっと不思議なことなのは、ベルリン・フィル最初のベートーヴェン交響曲全集という栄誉を担う録音であるというのに、音楽監督のヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮ではなくベルギー生まれのクリュイタンスが起用されている。カラヤン就任からまだ2年足らずしかたっていないということもあるのかもしれないが、あの独占欲と自己顕示欲の強いカラヤンが、よくベートーヴェンを他人に委ねることを許したな、と思う。
 演奏は、悠揚迫らぬ落ち着いたテンポで進められる、クリュイタンスらしい気品あるもの。第4楽章においても、決してオケを煽り立てて興奮をかきたてるようなことはしない。もうちょっと高らかに歌い上げてもよいのに、と思うほどの抑制のきいた演奏である。でも、特別な時ではなく日常的に聴くためには、これくらいのほうがよいのかしれない。

 さて、恒例の「今年やったこと」。
 なんといっても大きかったのは、ずっと懸案だった『京都 知られざる歴史探検(上・下)』が刊行できたこと。いろんな人から「面白かった」「知らないことがいっぱいだった」と言ってもらえたのは嬉しい。売れ行きも好調のようで、これもありがたい。私にとっても代表作のひとつができたかな、と思う。
 また、角田文衞先生の"第2著作集"である『角田文衞の古代学』も刊行開始され、その一冊目の「自叙伝」が刊行できたことも、万分の一ながら先生へのご恩返しができたような気分。
 論文は、「平安京の都市的変容―京・鎌倉時代における展開―」と「森浩一の須恵器研究」の2本。前者の完成によって、私独自の平安京変遷の体系化にメドがついた。

 さて、来年はどんな年になりますやら。とにかく無理せず、ゆっくりと、自分のやるべきことを着実に積み重ねていきたいと思う。それではみなさま、どうか良いお年をお迎えください。

【単著書】
『京都 知られざる歴史探検(上)―上京 洛北 洛東・山科―』山田邦和(著)(東京、新泉社、2017年10月25日)、全286頁
『京都 知られざる歴史探検(下)―下京 洛西 洛南・伏見 乙訓・宇治 南山城 丹波・丹後―』山田邦和(著)(東京、新泉社、2017年10月25日)、全285頁

【共著書】
■『「天橋立学」への招待―"海の京都"の歴史と文化―』天橋立世界遺産登録可能性検討委員会(編)、宗田好史・仲隆裕(編集委員)宗田好史・上杉和央・仲隆裕・深町加津枝・奥敬一・森宣和・山口睦雅・高原光・赤瀬信吾・天野文雄・吉野健一・山田邦和・菱田哲郎・上田純一・福島恒徳・吹田直子・今井一雄・小田彰彦(著)(京都、法蔵館、2017年3月12日)全321頁
 ~◇山田邦和(著)「天橋立の歴史的景観」211~221頁
 ~◇山田邦和(著)「宗教都市としての天橋立」248~252頁
■『京の三条―SANJO STREET―』京都文化博物館地域共働事業実行委員会〈京都府・京都文化博物館・姉小路界隈を考える会・京の三条まちづくり協議会〉(編)山田邦和・笠原一人・大塚活美(執筆)(京都、京都文化博物館地域共働事業実行委員会〈京都府・京都文化博物館・姉小路界隈を考える会・京の三条まちづくり協議会〉、2017年3月〈発行日記載なし〉)、全14頁
 ~◇山田邦和(著)「三条通を俯瞰する―三条通の歴史をひもとく―」2~4頁
■『京の三条 Sanjo-dori, Kyoto―SANJO STREET―』The Museum of Kyoto Neighborhood Joint Executive Committee(Kyoto Prefecture, The Museum of Kyoto, Aneyakoji Neighborhood Association, Kyoto Sanjo Machizukuri Conference)(Compiled)Kunikazu Yamada, Kazuto Kasahara, Katsumi Otsuka(Author), Kyoto, The Museum of Kyoto Neighborhood Joint Executive Committee(Kyoto Prefecture, The Museum of Kyoto, Aneyakoji Neighborhood Association, Kyoto Sanjo Machizukuri Conference), March, 2017〈day,unknown〉,pp.1-14
 ~◇Kunikazu Yamada(Author)"A Bird's-Eye View of Sanjo-dori ―Unraveling Its Historiy―"pp.2~4
■『京の三条 京都的"三条通"-SANJO STREET-』京都文化博物馆区域联锁项目实行委员会〈京都府政府・京都文化博物馆・姊小路区域侦探讨会・京都三条城区规画协会〉(编辑)山田邦和·笠原一人·大冢活美(执笔)(京都京都文化博物馆区域联锁项目实行委员会〈京都府政府・京都文化博物馆・姊小路区域侦探讨会・京都三条城区规画协会〉,2017年3月〈没有发行日期记载〉),全14頁
 ~◇山田邦和(著)「俯瞰三条通-解读"三条通"的历史-」2~4頁
■『京の三條 京都的"三條通"-SANJO STREET-』京都文化博物館區域聯動項目実行委員會〈由京都府政府·京都文化博物館·姉小路區域探討會·京都三條城區規劃協議會〉(編輯)山田邦和·笠原一人·大冢活美(執筆)(京都,京都文化博物館區域聯動項目実行委員會〈由京都府政府·京都文化博物館·姉小路區域探討會·京都三條城區規劃協議會〉,2017年3月〈沒有発行日期記載〉),全14頁
 ~◇山田邦和(著)「俯瞰三條通-解讀”三條通"的歴史-」2~4頁
■『京の三条―교토의 산조 도리(거리)―』교토 문화박물관 지역혐동사업 실행위회 <교토부·교토 문화박물관·아네야코지 일대를 생각하는 모임·교토의 산조 동내 만들기 협의회>(편집)야마다 구니카즈・가사하라 가즈토・오쓰카 가쓰미(집필)(교토,교토의 산조 동냬 뫈들기 혐의회,2017년3월〈「일」은 기재되지 않고 있다〉),전체로 14페이지 있다
 ~◇야마다 구니카즈(집필)「산조 도리(거리)를 부감한다―산조 도리(거리)의 역사를 펴서 읽는다―」,2-4페이지
■『第13回京都検定 問題と解説』京都新聞出版センター(編)、池坊中央研究所・井上由理子・太田垣實・丘眞奈美・清原邦雄・黒田正子・髙橋寛・徳丸貴尋・十倉良一・中村武生・西村彰朗・細田香織・前川佳代・三谷茂・村岡真千子・町田香・萬谷彰三・山田邦和(執筆)(京都、京都新聞出版センター、2017年6月30日)、本文255頁(分担頁不記載だが、山田執筆は「3級1(4)」009頁、「3級1(5)」010頁、「2級1(4)」107頁、「2級1(5)」108頁、「1級1(4)」203頁)
■『同志社女子大学史料センター第22回企画展示「同志社女子大学のキリスト教主義教育 愛以貫之」展示目録』同志社女子大学史料センター(編)、山田邦和〈史料センター長・運営委員長〉、飯田毅・川田隆雄・北村博子・神田知子・松野浩之・三橋美和・仲万美子・中山まき子・大島中正・斎藤朱美・玉田佳子〈2017年度史料センター運営委員〉、小崎眞〈専門委員〉、塘利枝子〈学術情報部長〉(京都、同志社女子大学史料センター、2017年11月17日)、全26頁(山田執筆:「はじめに」〈1頁〉、その他、執筆分担明記なしだが、「Ⅰ キリスト教の伝来と同志社」〈2~8頁〉が山田執筆)

【編著(共編著)】
『角田文衞の古代学 4「角田文衞自叙伝」』角田文衞(著)、古代学協会(編)、山田邦和・吉川真司(責任編集)(京都、古代学協会、〈発売所:東京、吉川弘文館〉、2017年10月31日)、全406頁
 ~◇山田邦和(補註)「角田史学の構想~補註」283~297頁
 ~◇山田邦和(著)「[解題] 角田文衞の軌跡」389~405頁

【監修の書物】
■『徳川家康(新装版)』松本清張(文)寺田克也(カバー絵)、八多友哉(本文さし絵)、山田邦和(監修)、八重野充弘(人物伝執筆)、黒須高嶺(人物伝イラスト)(「講談社 火の鳥伝記文庫1」、東京、講談社、2017年10月18日〈旧版は1982年9月30日発行〉)、全337頁
■『豊臣秀吉(新装版)』岡田章雄(文)寺田克也(カバー絵)、八多友哉(本文さし絵)、山田邦和(監修)、八重野充弘(人物伝執筆)、黒須高嶺(人物伝イラスト)(「講談社 火の鳥伝記文庫2」、東京、講談社、2017年10月18日〈旧版は1981年11月19日発行〉)、全205頁
■『武田信玄(新装版)』木暮正夫(文)寺田克也(カバー絵)、八多友哉(本文さし絵)、山田邦和(監修)、八重野充弘(人物伝執筆)、黒須高嶺(人物伝イラスト)(「講談社 火の鳥伝記文庫3」、東京、講談社、2017年10月18日〈旧版は1986年6月15日発行〉)、全179頁


【論文】
「平安京の都市的変容―京・鎌倉時代における展開―」山田邦和(著)(『条里制・古代都市研究』第32号、東大阪、条里制・古代都市研究会、2016年3月1日)、1~18頁
「森浩一の須恵器研究」山田邦和(著)(『第5回東海学シンポジウム2017 森浩一古代学を読み解くⅠ―昭和・平成の考古学界―』資料集、〈春日井〉、NPO法人東海学センター、2017年10月26日)、107~133頁

【その他の著作】
■『鳥瞰イラストでよみがえる歴史の舞台』歴史群像編集部(編)、かみゆ歴史編集部(滝沢弘康・小沼理・丹羽篤志)(編集)板垣真誠・伊藤展安・香川元太郎・黒澤達矢・中西立太・藤井康文(鳥瞰イラスト作成)、小田和利・山田邦和・平井聖・九州歴史資料館・平山優・和根崎剛・西ヶ谷恭弘・福島克彦・中井均・跡部信・坂井尚登・勝見譲・越中哲也・村松伸・伊東宗裕・山村竜也・中村武生・有坂純(イラスト監修)(「学研ムック」、東京、学研プラス、2017年1月12日)、全143頁
 ~◇黒澤達矢(イラスト)、山田邦和(イラスト監修)「平安京―平安時代―」13~16頁
 ~◇黒澤達矢(イラスト)、山田邦和(イラスト監修)「戦国の京都―戦国時代―」69~72頁
■「書評『世界遺産と天皇陵古墳を問う』編・今尾文昭、高木博志」山田邦和(著)(『京都民報』第2775号、京都、京都民報社、2017年2月26日)、5頁
■「新刊紹介 歴史家の案内する京都 山田邦和他編著」山田邦和(著)(『同志社時報』第143号、京都、同志社、2017年4月1日)、85頁
■「三笠宮崇仁親王殿下の薨去」山田邦和(著)(『土車』第131号、京都、古代学協会、2017年3月20日)、1頁
■「角田文衞『平安京と羅城門』解説」山田邦和(著)(『土車』第132号、京都、古代学協会、2017年6月20日)、7頁
■「清水睦夫博士の逝去」山田邦和(著)(『土車』第132号、京都、古代学協会、2017年6月20日)、8頁
■「全体討論『宗教都市』奈良を考える」佐藤亜聖・大田壮一郎(討論司会)、河内将芳・高谷知佳・狭川真一・前川佳代・山田邦和・吉澤悟・大藪海・仁木宏・山川均・幡鎌一弘・五味文彦(討論発言)(中世都市研究会(編)五味文彦・佐藤亜聖・前川佳代・狭川真一・山川均・高谷知佳・吉澤悟・河内将芳・幡鎌一弘(執筆)『「宗教都市」奈良を考える』所収、東京、山川出版社、2017年8月31日〈全239頁〉)、山田発言は205~239頁中の214・215頁
■「歴史探検の楽しみ(上)」山田邦和(著)(『中日新聞』2017年12月12日号朝刊、名古屋、中日新聞社、2017年12月12日)、15頁、および(『東京新聞』2017年12月17日号朝刊、名古屋、中日新聞社、2017年12月17日)、21頁
■「歴史探検の楽しみ(下)」山田邦和(著)(『中日新聞』2017年12月19日号朝刊、東京、中日新聞東京本社、2017年12月19日)、15頁、および(『東京新聞』2017年12月24日号朝刊、東京、中日新聞東京本社、2017年12月24日)、21頁
■「『角田文衞の古代学』刊行開始」山田邦和(著)(『土車』第133号、京都、古代学協会、2017年12月20日)、1頁

【学会報告・研究会報告など】
◯「(調査レポート)質疑・討論」山田邦和・舘野和己(座長)、山本亮・滝沢匡・猪狩俊哉・坂本嘉和・堀内和宏(パネラー)(条里制・古代都市研究会「第33回条里制・古代都市研究会大会」、奈良、奈良文化財研究所平城宮跡資料館講堂、2016年3月5日)
○「鴨川の禹王廟と治水神信仰」山田邦和(記念講演)、(治水神・禹王研究会「第4回総会・研究大会」、京都、佛教大学1号館415教室、2017年3月26日)
◯「討論」仁木宏・山田邦和(司会)、河内将芳・長宗繁一・登谷伸宏(パネラー)、中村武生(関連報告)(第34回平安京・京都研究集会「東山大仏と豊臣政権」、京都、機関紙会館、2017年5月7日)
◯「世界遺産と天皇陵古墳を問う」今尾文昭・大平聡(報告)、高木博志・山田邦和(コメント)(日本史研究会古代・近現代史合同部会「世界遺産と天皇陵古墳を問う」、京都、機関紙会館、2017年6月10日)
 ~◇「『陵墓』の名称問題をめぐって」山田邦和(コメンテーター)、日本史研究会 古代・近現代史合同部会「世界遺産と天皇陵古墳を問う」、京都、機関紙会館、2017年6月10日)

【講演】
◯「【鳥辺野】考古学者と巡る清水坂、生と死が交差する周縁の地―陰陽師や非人たち最大の根拠地、死者の都市・鳥辺野へ―」山田邦和(ガイド)(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都、京阪清水五条駅集合。松原橋、物吉村跡、西光寺、六波羅蜜寺、六道珍皇寺、清水坂、大谷本廟、妙見堂、鳥辺山墓地、安祥院、清水寺を見学、2017年1月22日)
◯「豊臣秀吉の天下統一と首都づくり―御土居・聚楽第・伏見城―」山田邦和(講師)いなべ市教育委員会生涯学習課〈主催〉「いなべ市民大学講座―平成28年度生涯学習事業―」第5回いなべ員弁コミュニティプラザ2017年2月5日
○「京の武士と町衆―洛中洛外図の時代―~パネルディスカッション」山田邦和(コーディネーター)、マシュー・スタブロス、川嶋將生、三枝暁子(パネリスト)(京都府立京都学・歴彩館〈主催〉、京都府立大学〈共催〉平成28年度国際京都学シンポジウム「京<みやこ>の武士と町衆―洛中洛外図の時代―」、京都、京都府立京都学・歴彩館大ホール、2017年3月19日)
○「信長は何をめざしたか―将軍か関白か太政大臣か―」山田邦和(講師)(シニア文化塾事務局〈主催〉「南河内シニア文化塾」平成29年度前期講座〈歴史コース〉、富田林、すばるホール、2017年3月21日)
◯「天下人秀吉のふたつの伏見城」山田邦和(講師)(京田辺市・京田辺市教育委員会・同志社大学〈主催〉「2017(平成29)年度 京たなべ・同志社ヒューマンカレッジ」、京田辺、同志社大学京田辺校地恵道館、2017年5月20日)
◯「白河・鳥羽」山田邦和(講演)(姫路市教育委員会主催「平成29年度姫路市市民教養講座〈歴史講座〉」、姫路、姫路市市民会館、2017年6月19日)
◯「京都学へのいざない」山田邦和(講演)(2017年度私立大学図書館協会西地区部会京都地区協議会第1回研究会「世界へ翔け! 京都学 」、京都、京都府立京都学・歴彩館小ホール、2017年6月30日)
◯「須恵器の編年と森浩一先生」山田邦和(講演)(森浩一先生に学ぶ会(主催)「第3回 森浩一先生に学ぶ講演会」、泉大津、泉大津高校同窓会館、2017年8月6日)
◯「聖武天皇の首都構想―恭仁宮・難波宮・紫香楽宮の三つの都―」山田邦和(講演)(「けいはんな学研都市7大学連携 市民公開講座2017」、京都府精華町、国立国会図書館関西館、2017年9月15日)
◯「【太秦】考古学者と巡る日本最大の渡来系豪族・秦氏の本拠地へ―始皇帝を祀る社、元糺の池、京都一の巨大前方後円墳に潜入―」山田邦和(ガイド)(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都、地下鉄太秦天神川駅集合〈千石荘公園、清水山古墳跡、天塚古墳、木島神社(蚕ノ社)、広隆寺・大酒神社、蛇塚古墳、垂見山古墳を見学〉、2017年9月16日)
◯「《座談会》『森浩一古代学』を語る」山田邦和(司会)、川崎保・松田度・辰巳和宏・深萱真穂・今尾文昭・前園実知雄・小泉武夫(パネラー)(NPO法人東海学センター・東海学シンポジウム実行委員会〈主催〉『第5回東海学シンポジウム2017 森浩一古代学を読み解くⅠ―昭和・平成の考古学界―』、春日井、春日井市民会館、2017年11月12日)
◯「世界遺産と天皇陵古墳」山田邦和(講演)(京都高等学校社会科研究会〈主催〉「秋季研究会~シリーズ・関西フィールドワーク『埴輪・古墳・天皇陵―北摂を歩く―』、高槻、高槻現代劇場(市民文化会館)、2017年11月25日)
◯「【室町幕府】考古学者とめぐる義満の王都、巨大権力の中枢・花の御所と相国寺へ―史上最高・幻の七重塔はどこにあった!?“日本国王”義満の最強首都構想―」山田邦和(ガイド)(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都地下鉄今出川駅集合〈相国寺山門、塔の段町(相国寺大塔跡)、相国寺境内、相国寺慈照院前、同志社大学寒梅館、持明院御所跡(光照院)、細川邸跡、小川通、畠山図子、花の御所跡を見学〉、2017年11月25日)
○「王朝貴族の[E:#x10FC00]理想郷・宇治」山田邦和(講演)(公益財団法人JR東海生涯学習財団〈主催〉、ジェイアール東海エージェンシー〈企画・運営〉「講座 歴史の歩き方」第80回「宇治のものがたり―境界の風土が生み出した文学、戦、極楽浄土―」、東京、よみうりホール、2017年12月1日)
○「信長・秀吉と京都(1)織田信長の政権構想と京都」山田邦和(講演)(京都商工会議所〈主催〉「平成29年度京都検定講演会(Fシリーズ)」、京都、京都商工会議所、2017年12月16日)

【講座】
◯「京都学講座・院政期京都の研究2」「(3)平治の乱の勃発」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年1月20日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究2」「(4)平治の乱の展開」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年2月17日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究2」「(5)平清盛の栄華と建春門院」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年3月17日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究3」「(1)六波羅と法住寺殿」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年4月21日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究3」「(2)福原遷都とその挫折(1)」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年5月19日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究3」「(3)福原遷都とその挫折(2)」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年6月16日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究3」「(4)福原京の復元」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年7月21日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究3」「(5)以仁王の変と治承・寿永の内乱の勃発」山田邦和(講座)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年9月29日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究4」「(1)以仁王の変と清盛の死」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年10月20日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究4(2)源頼朝と源義仲」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年11月17日)
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◯「(1)皇室の菩提寺『御寺』泉涌寺と月輪陵」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年1月20日)
◯「(2)明治・大正・昭和天皇陵」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年2月17日)
◯「(3)天皇陵・拾遺」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年3月24日)
◯「(1)ヤマト政権歴代の「都」と大型古墳」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年4月28日)
◯「(2)飛鳥の都」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年4月年5月26日)
◯「(3)天智天皇の近江大津宮」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」2017年4~6月期、名古屋、栄中日文化センター、2017年6月23日)
◯「(1)唐の長安と洛陽」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」2017年7~10月期、名古屋、栄中日文化センター、2017年7月28日)
◯「(2)孝徳天皇の難波長柄豊碕宮」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」2017年7~10月期、名古屋、栄中日文化センター、2017年8月25日)
◯「(3)天武天皇の飛鳥と難波」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」2017年7~10月期、名古屋、栄中日文化センター、2017年10月6日)
◯「(1)持統天皇の藤原宮と新益京」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」(2017年11~12月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年10月27日)
◯「(2)青丹よし奈良の都―平城京―」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」(2017年11~12月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年11月17日)
◯「(3)聖武天皇の三つの都―恭仁宮、難波宮、紫香楽宮―」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」(2017年11~12月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年12月22日)
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◯「明治維新と京都の近代化(1)明治天皇の東幸と京都の衰退」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(48)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年1月13日)
◯「明治維新と京都の近代化(2)京都の近代化」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(48)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年2月10日)
◯「明治維新と京都の近代化(3)(現地見学)琵琶湖疏水とインクライン」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(48)、京都、琵琶湖疏水・インクライン・琵琶湖疏水記念館を見学、2017年3月10日)
◯「弥生・古墳時代の京都盆地(1)弥生時代から古墳時代の京都盆地」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(1)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年4月14日)
◯「弥生・古墳時代の京都盆地(2)巨大古墳の時代の京都」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(1)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年4月14日)
◯「弥生・古墳時代の京都盆地(3)(現地見学)恵解山古墳と勝龍寺城跡」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(1)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年6月9日)
◯「嵯峨野・太秦の古墳と古代寺院(1)嵯峨野・太秦の古墳群」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(2)、京都朝日カルチャーセンター京都、2017年7月14日)
◯「嵯峨野・太秦の古墳と古代寺院(2)秦氏と広隆寺」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(2)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年8月4日)
◯「弥生・古墳時代の京都盆地(3)(現地見学)太秦の古墳群」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(2)、京都、天塚古墳、蛇塚古墳、2017年9月29日)
◯「飛鳥・奈良時代の京都(1)『大化改新』と天智天皇・藤原鎌足」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(3)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年10月13日)
◯「飛鳥・奈良時代の京都(2)(現地見学)天智天皇の大津宮跡を訪ねる」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(3)、大津、近江大津宮跡・近江神宮、2017年11月3日)
◯「飛鳥・奈良時代の京都(3)奈良時代の京都盆地の寺院・集落」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(3)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年12月8日)

【テレビ出演】
◯『尾上松也の古地図で謎解き!にっぽん探究』第75回「歴史ミステリーを追え!」尾上松也(出演)、伊東潤(監修)BS11(制作著作)、EAST ENTERTAINMENT(制作)、斉藤良・成田肇・手塚公一(プロデューサー)、塩崎智晴(演出)、間まさむね・栗子じょん(構成)、勝野洋・山本博文(ゲスト)、山田邦和・草野道雄・三和敏郎・木村幸比古(出演)(BS11、2017年3月29日放送〈シリーズ最終回の総集編。2015年12月29日放送の『尾上松也の古地図で謎解き!にっぽん探究』第75回歴史ミステリーを追え!」の山田出演部分を含んでいる〉)

【大学での役職】
△同志社女子大学史料センター長(2017年4月~2019年3月〈予定〉)

【非常勤講師】
△京都橘大学文学部歴史遺産学科非常勤講師(「遺産情報学演習II」担当〈春学期〉)

2017.12.24

細見美術館「末法 / Apocalypse」展、の巻

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12月24日(日) 
 京都にある細見美術館は、私の大好きな博物館のひとつである。日本美術品の収集家として知られる細見古香庵からの細見家三代のコレクションを中核として設立された私立美術館で、他ではみられないようなユニークかつコンセプトのはっきりした展覧会を毎回おこなっている。建物も小規模ながらの瀟洒で、私は大学の博物館学の授業の際、「未来指向の博物館」の実例のひとつとして必ずこの細見美術館をとりあげてきている。
 その細見美術館が「末法 / Apocalypse─失われた夢石庵コレクションを求めて─」という魅力的なテーマの展覧会をおこなっていたのだが、気付いてみると今日が最終日。これはぜひ見とかなくてはいけない、ということで、雨が降りそうななか、美術館に駆けつける。

 この展覧会、説明によると
「釈迦の死より1,500年後、仏法が廃れ、争い、憎しみがはびこる暗黒時代が一万年続くといわれた「末法」の世。その恐怖におののいたのは、摂関政治で栄華を極めた貴族たちであった。ある者は美麗の上にも美麗を尽くして荘厳した阿弥陀堂を建て、またある者は装飾を凝らした料紙に経典を書写して、極楽浄土への往生を願うことで末法から逃れようとしたのである。そんな時代精神の中から生み出された美術作品を愛し、蒐集したコレクターの一人に、夢石庵と号する人物がいる。抜群の鑑識眼と内外の人脈を通じて、戦後60年代まで驚くほど質の高い美術作品を精力的に蒐集した。彼の死後散逸したコレクションの中から、白眉といえる平安時代の仏教美術を中心に、長く秘されてきたその全貌を、初めて紹介する」。夢石庵というコレクター、いまから50年前に亡くなっており、生前にはほとんど表舞台に立たなかったために忘れられているが、美術品収集にとりつかれ、すばらしいコレクションを築き上げたのだという。

 しかし、期待に胸をふくらませながら展示室に入ったのであるが、この展覧会、どうも奇妙なのである。確かに、展示品自体は悪くない。『平治物語絵巻』の「六波羅合戦巻断簡」とか、伝金峯山伝来の『紺紙金字弥勒上生経残闕(藤原道長願経)』(寛弘4年〈1007〉)・『紺紙金字法華経~無量義経残巻(藤原師通願経)』(寛治2年〈1088〉)・『紺紙金字法華経(平基親願経)』(治承4年〈1180〉)とか、平安時代の経筒など、へぇ~と思う作品も並んでいる。しかし、キッチリとしたコンセプトというか、強固な骨組みというか、筋の通った構成力が伝わってこないのである。普通の展覧会では、こうした砂を噛むような味気なさを味わうことはめったにない。
 ただ、こうした欠点は単に収集品を並べただけだと、確かにあり得ることである。だからこれも、この「夢石庵」というコレクターの資質によるものなのかな、と思ったのであるが、ただ、この展覧会の唄い文句では夢石庵は「抜群の鑑識眼と内外の人脈を通じて、驚くほど質の高い美術作品を精力的に蒐集した」人だというのだから、頭の中をクエッションマークがいっぱいになっていくのである。それに、個人コレクターのコレクションを主体とする展覧会では、良くも悪くもそのコレクターの強烈な「思い」というか「体臭」というか、そんな「こだわり」が会場から漂ってくるものなのであるが、それも感じられない。不思議な無臭さなのである。
 そもそも、コレクターのコレクションが多少一貫性を欠いていても、展覧会の担当学芸員がそうした欠点をカヴァーするのが普通である。そうすると、この展覧会のこうした奇妙さは学芸担当者の力不足によるものなのかな、と思いながら見学を終えた。

 会場の出口で、一枚の紙が配られていた。「種明かし」と題されて、「会期終了まで皆様の胸の内におさめておいてください」などと書かれている物々しさである。ただ、もう会期は終わったので、公表しても良いのであろう。
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つまり、この展覧会が「夢石庵」というコレクターのコレクションから構成されているというのはまったくのウソ。そんなコレクターはこの展覧会の担当者たちが作り上げた架空の存在であって、まったく実在しなかった。これは通常の展覧会でなく「アートプロジェクト」であり、定量的な指標によってのみ美術が語れられる現在の状況への挑戦なのである、ということなのである。

 私はこれを見て、幻滅してしまった。アートだからなんでもありというわけではないだろう。担当者だけが悦に入っているひとりよがりではどうしようもないし、少なくとも私は、アートのためなら観客を騙くらかしてもかまわないという奇妙な倫理観はもちあわせていない。それに、そうした能書きを云々する以前に、展覧会自体が薄っぺらでは話にもならないのである。
 せっかくの良い品物を集めたというのに、学芸担当者の自己満足がそれを台無しにしてしまうという、世にも稀な、そして本当に残念な展覧会だった。

2017.12.10

『角田文衞の古代学』4「角田文衞自叙伝」刊行、の巻

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 完成しました! 『角田文衞の古代学』4「角田文衞自叙伝」

 平成20年(2008)に95歳で亡くなられた角田文衞先生は、その永い生涯の中でおびただしい研究業績を残し、「古代学」という学問体系を確立されました。それは方法論的には考古学と文献史学を両輪とし、日本や西ヨーロッパといった狭い範囲のみを対象とするのではなく、世界史的な視野に立脚するものでした。こうした角田先生の膨大な業績は、60冊近い先生の著書にまとめられているし、また日本の古代史関係の諸論文は昭和59年から61年にかけて刊行された『角田文衞著作集』(京都、法蔵館)全7巻に収められています。しかし、こうした多数の書物ですら、先生の業績の全てを収録するにはまだまだ不足です。そのため、先生の「第2著作集」とも言える書を編むことが計画されていたのですが、種々の事情でのびのびになっていたのです。

 この「第2著作集」の編集作業は、昨年から私が担当することになりました。ただ、私がこの仕事を引き受ける際の必須の条件と考えたのは、まずは、古代学協会で永い間にわたって学術雑誌『古代文化』の編集にあたってこられた山崎千春さんに編集事務局をお願いすること。もうひとつは、私と一緒にこの仕事の責任編集にあたってくださる、全幅の信頼を寄せることができる研究者として、吉川真司さん(京都大学教授)にお願いしたいということ。しかし、忙しい吉川さんのこと、果たして引き受けてくれるかどうか不安だったのですが、恐る恐るお願いをしてみたところ、二つ返事で承諾していただくことができました。大変嬉しいことです。

 吉川さん、山崎さんといろいろ検討した結果、このシリーズは『角田文衞の古代学』と題し、2017年秋から2ヶ年計画で全4巻を刊行していく予定としました。今回の第四巻『角田文衞自叙伝』はその初回配本です。特に、晩年の角田先生が口述筆記によって執筆された「自叙伝」が残されていたのですが、これまで公表することができていませんでしたので、本巻にはそれを主体としました。また、生前の角田先生が克明に記録されていた自らの「年譜」もこれに加えました。ただ、「自叙伝」はもとが口述筆記であるという性格上、ところどころに先生自身の記憶違いや重複、文字起こし上のミスなどが散見しましたので、それの修正に思わぬ時間をとってしまいました。
 また、古代学協会、平安博物館、勧学院大学といった、先生が生涯にわたって追究してきた「理想の研究機関」の構想についての資料をも集成したことも特徴です。中でも注目されるのは「勧学院大学」です。ほとんど知られていないことなのですが、角田先生は昭和32年(1957)頃、歴史学の専門の大学を設立することを計画されていたのです。それは単に絵空事なのではなく、実現の一歩手前まで進んだというのですから驚きです。勧学院大学の予定地は、京都府乙訓郡長岡町(現・長岡京市)の長岡競馬場跡地の12万平方メートルで、そこには歴史学部と人文学部で専任教員139名(そのほかに副手66名)を擁するという一大大学が構想されていたというのですから、角田先生の思考の桁外れの大きさが伺い知れます。

 また「角田史学の構想」(原題は「私の歴史学」)というのも収録しました。これは、昭和58年に角田先生が自分の学問の全容を余すことなく語ったという貴重なものです。ただ、これはもともと口述筆記によって書かれたという由来から、文献註がなく、その点では使用に不便なところがありました。また、昭和58年以降の先生の業績が盛り込まれていないのは当然です。そこで、今回の収録にあたっては161項という多数の補註を加えることによって、そのあたりを補うことにしました。こうした作業を加えたことによって、角田先生の学問の全体像をより深く理解することが可能となったのではないかと思っています。さらに、本巻の「解題」は私が「角田文衞の軌跡」と題して執筆していますので、こちらもぜひご覧ください。

 本シリーズは公益財団法人古代学協会から刊行され、各地の図書館などに寄贈いたします。また、入手したいという方も多いことと思われますので、吉川弘文館に委託して一般への販売をお願いすることとしましたので、購入希望者は吉川弘文館にお問い合わせいただくか、書店を通じて同社に注文してください。この機会にぜひ本書を紐解いていただき、角田先生という稀代の歴史学者の歩みを追体験していただきたいと思います。

 第4巻が出たのですが、続いてあとの3冊の編集が控えております。しばらくはこの仕事で大車輪が続きそうです。

【書いたもの】
■『角田文衞の古代学 4「角田文衞自叙伝」』角田文衞(著)、古代学協会(編)、山田邦和・吉川真司(責任編集)
(京都、古代学協会、〈発売所:東京、吉川弘文館〉、2017年10月31日)、全406頁
~◇山田邦和(補註)「角田史学の構想~補註」283~297頁
~◇山田邦和(著)「[解題] 角田文衞の軌跡」389~405頁
■『同志社女子大学史料センター第22回企画展示「同志社女子大学のキリスト教主義教育 愛以貫之」展示目録』同志社女子大学史料センター(編)
山田邦和〈史料センター長・運営委員長〉、飯田毅・川田隆雄・北村博子・神田知子・松野浩之・三橋美和・仲万美子・中山まき子・大島中正・斎藤朱美・玉田佳子〈2017年度史料センター運営委員〉、小崎眞〈専門委員〉、塘利枝子〈学術情報部長〉(京都、同志社女子大学史料センター、2017年11月17日)、全26頁(山田執筆:「はじめに」〈1頁〉。その他、執筆分担明記なしだが、2~8頁「Ⅰ キリスト教の伝来と同志社」が山田執筆分)

【しゃべったこと】
◯「世界遺産と天皇陵古墳」山田邦和(講演)
(京都高等学校社会科研究会〈主催〉「秋季研究会~シリーズ・関西フィールドワーク『埴輪・古墳・天皇陵―北摂を歩く―』、高槻、高槻現代劇場(市民文化会館)、2017年11月25日)
◯「【室町幕府】考古学者とめぐる義満の王都、巨大権力の中枢・花の御所と相国寺へ―史上最高・幻の七重塔はどこにあった!?“日本国王”義満の最強首都構想―」山田邦和(ガイド)
(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都地下鉄今出川駅集合〈相国寺山門、塔の段町(相国寺大塔跡)、相国寺境内、相国寺慈照院前、同志社大学寒梅館、持明院御所跡(光照院)、細川邸跡、小川通、畠山図子、花の御所跡を見学〉、2017年11月25日)

2017.11.29

筑後国を巡る、の巻

Img_1778←石人山古墳の祠と、そこに祀られた石人

Img_1865←権現塚古墳

Img_1914←久留米城(篠山城)

11月23日(木・祝)・23日(金)
 全国大学博物館学講座協議会西日本部会大会(全博協西日本部会)のため、福岡県久留米市行き。本当は金・土の日程なのだが、あいにく25日土曜日に大阪の高槻市での講演と京都の史跡案内の予定を入れてしまったため、金曜日でトンボ帰り(九州からの最終電車)とあいなった。でも、せっかく筑後国まで行くのだからということで、木曜日から前泊して、少しばかり歩いてみることにした。

 23日は京都―(新幹線)→JR久留米駅。そこから歩いて日輪寺古墳、水天宮、駅に戻って駅前で久留米ラーメンで昼食。バスで西鉄久留米駅に出て、そこからまたバスに揺られて八女古墳群の岩戸山古墳あたり(乗場古墳、善蔵塚古墳、岩戸山歴史文化交流館、岩戸山古墳、岩戸山4号墳)。八女古墳群では石人山<せきじんさん>古墳もぜひ行きたいのだが、岩戸山から石人山までは歩くとかなりあってこれは勘弁してほしい。かといってバスだと一度久留米市内に戻ってからV字ターンとなって、これも現実的ではないというので、岩戸山資料館でタクシーを呼んでもらう。そして、広川町古墳公園資料館とその横の石人山古墳・弘化谷古墳。またタクシーに来てもらって、秀吉の時の羽根の生えた犬の伝説がある羽犬塚駅に到着。そこから西鉄久留米駅に戻り、駅前のエンナンホテルに宿泊。やや古びたホテルであるし、私の部屋にエアコンが効かなかったは減点だが、そのほかのところは良かったし、またびっくりするほど安かった。夜は久留米の繁華街で店を物色していたら、なかなか綺麗なお姉さんが客引きをやっている居酒屋がある(いかがわしい店ではありません。念のため)のでそこに飛び込んだが、こちらはあんまり良くなかった。残念。

 24日は西鉄久留米駅から西鉄に乗って大善寺駅で下車。玉垂宮(大善寺)を通り抜けて徒歩で御塚<おんつか>古墳と権現塚古墳。バスの時間を合わせて久留米市内に戻り、バスを乗り換えて久留米城(篠山城)。またバスに乗って、久留米市埋蔵文化財センター。

 筑後の古墳、特に筑紫君磐井の墓として造られた岩戸山古墳は、行きたい行きたいと思っていたのがどういうわけか今まで機会を逃していた。今回、やっと念願がかなう。岩戸山古墳の「別区」は、いままでなんとなく、墳丘にくっついているように思っていたのだが、実はこの古墳には狭く浅い堀があり、その外堤が拡大されて別区になっていることを知る。私の勉強不足による錯覚とはいえ、やっぱり行ってみなくちゃわからないな。ということは、磐井の敵役である継体天皇の真陵と推定される大阪府高槻市今城塚古墳の堤の一部が拡張されてそこに埴輪群が並べられているところと共通するんだな。

 磐井の息子の葛子の墓という説もある乗場古墳も、前方部が開いたなかなか綺麗な後期型の前方後円墳。ただ、装飾で飾られた石室は非公開なのが残念(というよりも、保護施設の扉の把手は明らかにひん曲がっていたぞ。たとえ鍵を持っていても、果たして開くのだろうか?)
 乗場古墳からえっちらおっちらと20分くらい歩いたところにある善蔵塚古墳は、そもそも存在を知らなかった。しかし行ってみると、乗場古墳よりも大きな前方後円墳である。こんなのもあるんだな。ただ、家に帰ってから『前方後円墳集成』の九州の巻を開いてみても、善蔵塚古墳については測量図が載せられていない(最近は地元教育委員会が詳細な測量をしたらしい)から、あながち私の勉強不足だけということもあるまい。

 石人山古墳、「せきじんやま」ではなく「せきじんさん」と読むらしい。隣に、広川町古墳公園資料館という小さいけれどもなかなかに充実した博物館があるのが嬉しい。石人山の初期須恵器が並べられているのもありがたい。古墳の上には「石人社」という祠があって石人は御神体になっている。ついでに、石室と石棺もコンクリート製の祠の中にある。

 弘化谷古墳・権現塚古墳は、大型の円墳で、しかも巨大な堀と周堤を持っていることにびっくり。権現塚はなんと二重の水濠と幅広い周堤で囲まれている。御塚古墳にいたっては、帆立貝形前方後円墳と呼ぶべきか造り出し付き円墳と呼ぶべきか迷うが、三重の堀(現状では一重目だけが水濠)という破天荒なもの。近畿地方の大型円墳では水濠を持つものは本当に少ないから、これはなかなかの見ものなのである。

 日輪寺古墳はJR久留米駅からすぐなのがありがたい。石室には覆屋がかかっていて見学は事前予約が必要と聞いていたので中をみることは諦めていたのだが、行ってみると扉が開かれていてすぐに見学できるようになっていたことはありがたい。文様を彫り込んだ石障を持つ九州型の初期の石室に見とれる。

 久留米城は別名が篠山城だという。丹波国福知山城主だった有馬氏が転封されて築いたというから、京都府とも関係がないわけではない。本丸はそんなに大きくはないのだが、石垣の見事さに感銘を受ける。ほとんど90度といってよいほどにそそり立っていて、石垣というよりも石壁のようである。

 これで遺跡見学は時間切れ。でも、なかなかに廻ったぞ。そこから、久留米市中心部の巨大複合文化施設の久留米シティプラザにとって返し、全博協西日本部会の役員会と大会に出席。大会では、長らく西日本部会長をつとめてこられた花園大学の芳井敬郎先生が今年度で定年により大学を去られ、それとともに部会長も退任されるということで、基調講演をされる。いつもながらの「芳井節」の名調子を堪能。

2017.11.17

第5回東海学シンポジウム「森浩一古代学を読み解くⅠ」、の巻

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 11月12日(日)
 「第5回東海学シンポジウム2017」に参加。このシンポジウム、森浩一先生が主導して20年にもわたって続けられてきた「春日井シンポジウム」の後継であり、今回で5回目。
 11日まで沖縄にいて、那覇空港発18時5分の飛行機で19時55分に伊丹空港着。ホントは、なんとか那覇から名古屋の空港に直行できればいいなと思っていろいろ算段してみたのだが、予算執行上の都合からはこれはムリとなってしまい、伊丹空港から新大阪駅に急ぎ、そこから新幹線で名古屋入り。ホテルにはいったら、お風呂を浴びただけですぐに就寝。

 今回のテーマは「森浩一古代学を読み解く Ⅰ―昭和・平成の考古学界―」。今年と来年の2回にわたり、森先生の学問をふりかえってみようという意欲的な企画である。内容は次の通り。

《報告》
川崎 保(長野県埋蔵文化財センター調査第二課長) 「森先生の『縄文文化見直し論』」
松田 度(奈良県大淀町教育委員会) 「森先生の『熊襲・クナ国論』」
辰巳和弘(古代学研究者)「水の王権~井伊谷から拡がる古代~」
深萱真穂(フリーライター)「森先生と文学~清張との交流を中心に~」
今尾文昭(関西大学文学部非常勤講師)「森先生と天皇陵古墳」
前園実知雄(奈良芸術短期大学教授)「藤ノ木古墳の発掘 ~森先生の被葬者論~」
小泉武夫(東京農業大学名誉教授・東海学シンポ実行委員会副委員長) 「森先生と『日本の食文化』」

《座談会》「『森浩一古代学』を語る」司会:山田邦和(同志社女子大学教授)

《資料集への誌上参加》
 ◆山田邦和(同志社女子大学教授)「森浩一の須恵器研究」
 ◆佐野允彦(歴史ジャーナリスト・元朝日新聞記者)「森先生とマスコミ―教え子・元記者から見た―」
 ◆穂積裕昌(斎宮歴史博物館主幹)「森先生と神仏の考古学」
 ◆兼康保明(東海学センター理事)「邪馬台国論争と森先生―『銅鏡百枚』と『卑弥呼以死』を中心に―」

 今回は私は座談会の司会ということで、報告ではなく誌上参加の論文に回る。この論文は、かつて書いた「森浩一 学の稜線〜須恵器の編年」(深萱真穂・『歴史読本』編集部(編)『森浩一の古代史・考古学』、東京、KADOKAWA、2014年)を大幅に増補改訂したもの。前稿と比べると内容はかなり詳しくなっているので、ご興味ある方はぜひお読みください(この資料集は本屋さんには出回らない本だし、図書館にもあまり入らないものなので、購入希望は東海学センターにお問い合わせのほどを)。

 座談会の司会は、正直、疲労困憊。7人の報告者は時代的にも内容的にも多岐にわたるので、発言者のひとことひとことに耳を澄ましながらも、脳の半分は次の展開を考え、さらにはそれをひとつにまとめようとするのはかなりの力技なのである。さらに、討論に与えられた時間はわずか一時間。時間厳守を誓ってはいたが、こればかりは発言者の発言の長さに影響されるので、うまくいくかどうかは大げさに言えば神のみぞ知る、なのである。結果としては、予定時間を1分超過しただけとなったから、これはまあ許容誤差と認めていただけるであろう。私としても大変いい経験になったシンポジウムであった。

【書いたもの】
■「森浩一の須恵器研究」山田邦和(著)
(『第5回東海学シンポジウム2017 森浩一古代学を読み解く Ⅰ―昭和・平成の考古学界―』資料集、〈春日井〉、NPO法人東海学センター、2017年10月26日)、107~133頁

【しゃべったこと】
◯「《座談会》『森浩一古代学』を語る」山田邦和(司会)
川崎保・松田度・辰巳和宏・深萱真穂・今尾文昭・前園実知雄・小泉武夫(パネラー)(NPO法人東海学センター・東海学シンポジウム実行委員会〈主催〉『第5回東海学シンポジウム2017 森浩一古代学を読み解くⅠ―昭和・平成の考古学界―』、春日井、春日井市民会館、2017年11月12日)


2017.11.15

沖縄調査旅行、の巻

Img_0987_3←(「浦添ようどれ館」で、浦添ようどれの復元墓室および石棺〈レプリカ〉の観察)

 11月9日(木)~11日(土)
 今年は、高橋康夫先生(京都大学名誉教授・元花園大学教授、都市史・建築史)の科研費の分担に入れていただいているので、しばしばいろんなところに出かけることができる。この日は沖縄行き。同行者は冨島義幸京都大学准教授と伊ヶ崎鷹彦花園大学助手。沖縄は京都とともに高橋先生のメイン・フィールドであるので、安心して回ることができる。日程は次の通り。

 9日:浦添ようどれ館→沖縄ワールド→ガンガラーの谷

 10日:古座島→運天(崖墓・百按司墓・大北墓)→今帰仁村仲馬場→諸志の散策道と赤墓→今泊(集落・津屋口墓)→クバの御嶽→今帰仁城城下町→備瀬集落フクギ並木道→海洋博記念公園おきなわ郷土村→瀬底土帝君→塩川

 11日:久高島→垣花樋川→具志川城→真壁ちなー(金城増治住宅)→南山城(大里城)

 ご覧のように、結構な強行軍である。浦添ようどれ館は何度も訪れたことがあるが、今回は仏教儀礼の専門家である冨島さんと同道であるから、まことに学ばせていただくこと大。沖縄ワールドや海洋博記念公園おきなわ郷土村はいわば民家の野外博物館。ガンガラーの谷では、旧石器時代からグスク時代にかけての洞窟遺跡の調査が綿々とおこなわれており、調査担当の沖縄県立博物館・美術館の山崎真治博士から詳しい説明をいただくことができる。

 久高島ははじめての訪問。沖縄最高の聖地である斎場御嶽から拝められてきた、創生神アマミキヨの霊地である。島内の主要交通機関はレンタル自転車なのだが、「歩こう」ということになって、細長い島を東西に往復することになる。小さな島とはいえ歩くとやはり結構くたびれるのであるが、その分、島のあちこちをじっくりと観察することができる。それに、島の北端の岩海岸と海はやはり絶景。

Img_1163_3(←運天の崖墓)
 なかでも異様な感動を受けたのは、運天(国頭郡今帰仁村)の港の周囲にある崖墓群(百按司墓・大北墓を含む)。海に臨む崖の洞窟を墓としているのだが、中には厨子甕や木製厨子がぎっしりと収められており、それが破損して中の白骨が大量に露出している。時間も忘れて見入ってしまった。

2017.10.23

『京都 知られざる歴史探検』(上巻・下巻)刊行!!、の巻

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 10月23日(月)
 ようやくできあがりました! 山田邦和『京都 知られざる歴史探検(上)―上京 洛北 洛東・山科―』『同(下)―下京 洛西 洛南・伏見 乙訓・宇治 南山城 丹波・丹後―』(東京、新泉社、2017年10月25日、各巻定価2000円+税)。おそらく、今日くらいから書店に並ぶんじゃないかと思います。本屋さんで買っていただけるのが一番いいのですが、アマゾンならば、上巻はこちら下巻はこちら
 これのもとになったのは、PHP研究所『歴史街道』平成11年(1995)5月号〜同17年(2005)4月号(通巻第133号〜204号)に連載した「まちかど歴史散歩」と、『中日新聞』(『北陸中日新聞』『東京新聞』にも同時掲載)平成23年(2010)3月27日号〜同24年(2012)3月24日号の毎週土曜日版に連載した「歩いて楽しむ京都の歴史」です。ただ、本にするにあたって、最新の研究成果をも取り入れながら徹底的な増補改訂を加えましたので、内容としては新しいものになったと思います。

 ありきたりのものではない京都の史跡と歴史の本をまとめたい、というのは、永い永い間の私の念願でした。京都で生まれ育って、京都の歴史研究の道に踏み込んだ私としては、そういう本をまとめることができたらどんなにいいだろう、と思っていたのです。そこで、これまでの研究生活の中で、お寺や神社に行った時、本を読んだ時などに、それぞれネタになりそうなものを少しづつメモしてきました。ただ、言うは易しおこなうは難しという言葉の通り、なかなか執筆にとりかかることはできないでいたのです。
 また、わが師・森浩一先生には、『交錯の日本史』『新・日本史への旅(上・下)』というとっても素敵な著書があります。私にはとうてい及びもつかないのですが、これの「京都版」のような本ならば、私にもできるかもしれない。そう思ってきました。今回のこの本は、森先生のこの両書に対する私なりのオマージュともいえると思います。

 たまたま、JR東海エージェンシーから『歴史街道』に連載の話をいただき、毎月1回、6年間にわたって72回の記事を書くことができました。連載終了後、これを本に、と決意し、某出版社から出版していただけるというところまで話を詰めたのですが、その頃から私が急に忙しくなってしまい、ついにお流れになってしまったのです。今度はそれからかなりたって、『中日新聞』から京都の史跡案内の連載の依頼を受けました。2年間毎週で計103回という大仕事をなんとか完結させて、ようやく本にするぞ、と意気込んだのですが、連載終了直後の2012年4月に私自身が大病に襲われて死にかけたので、またまた機を逸しました。なんとか生き返らせてもらって自宅に帰り、療養生活をしながらその合間に少しづつ原稿に手をいれていきました。やっとそれがまとまって、今度こそ、という思いをしたのですが、一冊にまとめられる分量ではないところが最大のネックになったようで、以前お願いをした会社を始めいくつかのところと交渉したのですが、引き受けてくれるところがなかなか見つかりません。信頼していたある編集者に相談したところ、予想外の言葉で冷たく突き放される、などというできごともあってかなりのショックを受け、しばらく意気消沈して仕事を投げ出してしまいました。なんとか気をとりなおして、ようやく乗り気になっていただける出版社を探し当てたのですが、今度は私の希望と出版社側の要望がちょっと異なっていて、うやむやのうちに私の方からお流れにしてしまい、大変申し訳ないことをしてしまいました。
 もうダメかな、と諦めかけていたところでしたが、そこにようやく救いの神として現れてくれたのが新泉社さんです。昨年、『森浩一著作集』を刊行していただいたことから親しく仕事をさせていただくご縁を得、編集長の竹内将彦さんと編集者の望月佳子さんに相談申し上げたところ、ついに出版にこぎつけることができたのです。

 しかしそれからがまたまた大変です。連載原稿は揃っているし、それの改訂原稿も仕上がっている、さらには写真もほぼ自分で撮影済みなので、編集は簡単に終わると楽観していたのですが、実はこれが大間違い。自分の原稿ながら次から次へと問題点が続出、望月さんからは夜討ち朝駆けの電話とメールで疑問点の確認が連発。そのたびに、穴があったら入りたいような恥ずかしい気分を味わいました。さらに、写真も、掲載許可に思わぬ時間をとったり、なかには文化財所蔵者から掲載の許可をいただくことができなかったりして、この点でも七転八倒してしまいました。

 最後まで修正がはいって気が抜けなかったのですが、ようやく完成したのはありがたい限りです。望月さん、ありがとうございましたm(_ _)m。全ページがカラーという、綺麗な仕上がりになって、とっても嬉しいです。自分でいうのもなんですが、「知られざる京都の史跡案内」というキャッチフレーズに恥じないものになったと思います。その点では、京都の初心者向けというよりも、ありきたりの京都の史跡は一通り見てしまったとか、京都をもっともっと深いところまで知りたいとかいう「通」向けの本にすることができたと思います。

 あとは、できるだけ多くの皆さんに手にとっていただけると嬉しいです。どうか宜しくお願いしますm(_ _)m。


【書いたもの】
■「全体討論『宗教都市』奈良を考える」佐藤亜聖・大田壮一郎(討論司会)、河内将芳・高谷知佳・狭川真一・前川佳代・山田邦和・吉澤悟・大藪海・仁木宏・山川均・幡鎌一弘・五味文彦(討論発言)(中世都市研究会(編)、五味文彦・佐藤亜聖・前川佳代・狭川真一・山川均・高谷知佳・吉澤悟・河内将芳・幡鎌一弘(執筆)『「宗教都市」奈良を考える』所収、東京、山川出版社、2017年8月31日、全239頁)、205~239頁(山田発言は214・215頁)
■『徳川家康(新装版)』松本清張(文)、寺田克也(カバー絵)、八多友哉(本文さし絵)、山田邦和(監修)、八重野充弘(人物伝執筆)、黒須高嶺(人物伝イラスト)(「講談社 火の鳥伝記文庫1」、東京、講談社、2017年10月18日〈旧版は1982年9月30日発行〉)、全337頁
■『豊臣秀吉(新装版)』岡田章雄(文)、寺田克也(カバー絵)、八多友哉(本文さし絵)、山田邦和(監修)、八重野充弘(人物伝執筆)、黒須高嶺(人物伝イラスト)(「講談社 火の鳥伝記文庫2」、東京、講談社、2017年10月18日〈旧版は1981年11月19日発行〉)、全205頁
■『武田信玄(新装版)』木暮正夫(文)、寺田克也(カバー絵)、八多友哉(本文さし絵)、山田邦和(監修)、八重野充弘(人物伝執筆)、黒須高嶺(人物伝イラスト)(「講談社 火の鳥伝記文庫3」、東京、講談社、2017年10月18日〈旧版は1986年6月15日発行〉)、全179頁
『京都 知られざる歴史探検(上)―上京 洛北 洛東・山科―』山田邦和(著)(東京、新泉社、2017年10月25日)、全286頁
『京都 知られざる歴史探検(下)―下京 洛西 洛南・伏見 乙訓・宇治 南山城 丹波・丹後―』山田邦和(著)(東京、新泉社、2017年10月25日)、全285頁

【しゃべったこと】
◯「聖武天皇の首都構想―恭仁宮・難波宮・紫香楽宮の三つの都―」山田邦和(講演)、(「けいはんな学研都市7大学連携 市民公開講座2017」、京都府精華町、国立国会図書館関西館、2017年9月15日)
◯「【太秦】考古学者と巡る日本最大の渡来系豪族・秦氏の本拠地へ―始皇帝を祀る社、元糺の池、京都一の巨大前方後円墳に潜入―」山田邦和(ガイド)、(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都、地下鉄太秦天神川駅集合〈千石荘公園、清水山古墳跡、天塚古墳、木島神社(蚕ノ社)、広隆寺・大酒神社、蛇塚古墳、垂見山古墳を見学〉、2017年9月16日)

◯「京都学講座・院政期京都の研究3(5)以仁王の変と治承・寿永の内乱の勃発」山田邦和(講座)、(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年9月29日)
◯「(2)孝徳天皇の難波長柄豊碕宮」山田邦和(講座)、(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」2017年7~10月期、名古屋、栄中日文化センター、2017年8月25日)
◯「(3)天武天皇の飛鳥と難波」山田邦和(講座)、(栄中日文化センター「日本の『都』の歴史」2017年7~10月期、名古屋、栄中日文化センター、2017年10月6日)
◯「弥生・古墳時代の京都盆地(3)(現地見学)太秦の古墳群」山田邦和(講座)、(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(2)、京都、天塚古墳、蛇塚古墳、2017年9月29日)
◯「飛鳥・奈良時代の京都(1)『大化改新』と天智天皇・藤原鎌足」山田邦和(講座)、(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(3)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年10月13日)

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