2017.07.07

ずいぶんとご無沙汰、の巻

ずいぶんご無沙汰しました。ブログの更新がないので御心配した、という方もおられたようで、まことに申し訳ありません。体調不良とかそんなことではなく、単に怠けていただけです。この間、いろんなことはあったのですが、何から書いたらよいのかわかりません。とりあえず空白を埋める意味で、この間に「やったこと」を列挙しておこうと思います。


【書いたもの】
■『山田邦和著作目録―附 講演目録など―(暫定版)』山田邦和(編)(京田辺、同志社女子大学現代社会学部山田邦和研究室、2016年12月31日)、全96頁
■『「天橋立学」への招待―"海の京都"の歴史と文化―』天橋立世界遺産登録可能性検討委員会(編)、宗田好史・仲隆裕(編集委員)、宗田好史・上杉和央・仲隆裕・深町加津枝・奥敬一・森宣和・山口睦雅・高原光・赤瀬信吾・天野文雄・吉野健一・山田邦和・菱田哲郎・上田純一・福島恒徳・吹田直子・今井一雄・小田彰彦(著)(京都、法蔵館、2017年3月12日)全321頁
 ~◇山田邦和(著)「天橋立の歴史的景観」211~221頁
 ~◇山田邦和(著)「宗教都市としての天橋立」248~252頁
■「平安京の都市的変容―京・鎌倉時代における展開―」山田邦和(著)、(『条里制・古代都市研究』第32号、東大阪、条里制・古代都市研究会、2016年3月1日)、1~18頁
■『鳥瞰イラストでよみがえる歴史の舞台』歴史群像編集部(編)、かみゆ歴史編集部(滝沢弘康・小沼理・丹羽篤志)(編集)、板垣真誠・伊藤展安・香川元太郎・黒澤達矢・中西立太・藤井康文(鳥瞰イラスト作成)、小田和利・山田邦和・平井聖・九州歴史資料館・平山優・和根崎剛・西ヶ谷恭弘・福島克彦・中井均・跡部信・坂井尚登・勝見譲・越中哲也・村松伸・伊東宗裕・山村竜也・中村武生・有坂純(イラスト監修)(「学研ムック」、東京、学研プラス、2017年1月12日)、全143頁
 ~◇黒澤達矢(イラスト)、山田邦和(イラスト監修)「平安京―平安時代―」13~16頁
 ~◇黒澤達矢(イラスト)、山田邦和(イラスト監修)「戦国の京都―戦国時代―」69~72頁
■「書評『世界遺産と天皇陵古墳を問う』編・今尾文昭、高木博志」山田邦和(著)、(『京都民報』第2775号、京都、京都民報社、2017年2月26日)、5頁
■「新刊紹介 歴史家の案内する京都 山田邦和他編著」山田邦和(著)、(『同志社時報』第143号、京都、同志社、2017年4月1日)、85頁
■「三笠宮崇仁親王殿下の薨去」山田邦和(著)、(『土車』第131号、京都、古代学協会、2017年3月20日)、1頁
■『京の三条―SANJO STREET―』京都文化博物館地域共働事業実行委員会〈京都府・京都文化博物館・姉小路界隈を考える会・京の三条まちづくり協議会〉(編)、山田邦和・笠原一人・大塚活美(執筆)(京都、京都文化博物館地域共働事業実行委員会〈京都府・京都文化博物館・姉小路界隈を考える会・京の三条まちづくり協議会〉、2017年3月〈発行日記載なし〉)、全14頁
 ~◇山田邦和(著)「三条通を俯瞰する―三条通の歴史をひもとく―」2~4頁
■『京の三条 Sanjo-dori, Kyoto―SANJO STREET―』The Museum of Kyoto Neighborhood Joint Executive Committee(Kyoto Prefecture, The Museum of Kyoto, Aneyakoji Neighborhood Association, Kyoto Sanjo Machizukuri Conference)(Compiled), Kunikazu Yamada, Kazuto Kasahara, Katsumi Otsuka(Author), Kyoto, The Museum of Kyoto Neighborhood Joint Executive Committee(Kyoto Prefecture, The Museum of Kyoto, Aneyakoji Neighborhood Association, Kyoto Sanjo Machizukuri Conference), March, 2017〈day,unknown〉,pp.1-14
 ~◇Kunikazu Yamada(Author)"A Bird's-Eye View of Sanjo-dori ―Unraveling Its Historiy―"pp.2~4
■『京の三条 京都的"三条通"-SANJO STREET-』京都文化博物馆区域联锁项目实行委员会〈京都府政府·京都文化博物馆·姊小路区域侦探讨会·京都三条城区规画协会〉(编辑),山田邦和·笠原一人·大冢活美(执笔)(京都京都文化博物馆区域联锁项目实行委员会〈京都府政府·京都文化博物馆·姊小路区域侦探讨会·京都三条城区规画协会〉,2017年3月〈没有发行日期记载〉),全14頁
 ~◇山田邦和(著)「俯瞰三条通-解读"三条通"的历史-」2~4頁
■『京の三條 京都的"三條通"-SANJO STREET-』京都文化博物館區域聯動項目実行委員會〈由京都府政府·京都文化博物館·姉小路區域探討會·京都三條城區規劃協議會〉(編輯),山田邦和·笠原一人·大冢活美(執筆)(京都,京都文化博物館區域聯動項目実行委員會〈由京都府政府·京都文化博物館·姉小路區域探討會·京都三條城區規劃協議會〉,2017年3月〈沒有発行日期記載〉),全14頁
 ~◇山田邦和(著)「俯瞰三條通-解讀”三條通"的歴史-」2~4頁
■『京の三条―교토의 산조 도리(거리)―』교토 문화박물관 지역혐동사업 실행위회 <교토부·교토 문화박물관·아네야코지 일대를 생각하는 모임·교토의 산조 동내 만들기 협의회>(편집),야마다 구니카즈・가사하라 가즈토・오쓰카 가쓰미(집필)(교토,교토의 산조 동냬 뫈들기 혐의회,2017년3월〈「일」은 기재되지 않고 있다〉),전체로 14페이지 있다
 ~◇야마다 구니카즈(집필)「산조 도리(거리)를 부감한다―산조 도리(거리)의 역사를 펴서 읽는다―」,2-4페이지
■「角田文衞『平安京と羅城門』解説」山田邦和(著)(『土車』第132号、京都、古代学協会、2017年6月20日)、7頁
■「清水睦夫博士の逝去」山田邦和(著)(『土車』第132号、京都、古代学協会、2017年6月20日)、8頁
■『第13回京都検定 問題と解説』京都新聞出版センター(編)、池坊中央研究所・井上由理子・太田垣實・丘眞奈美・清原邦雄・黒田正子・髙橋寛・徳丸貴尋・十倉良一・中村武生・西村彰朗・細田香織・前川佳代・三谷茂・村岡真千子・町田香・萬谷彰三・山田邦和(執筆)(京都、京都新聞出版センター、2017年6月30日)、本文255頁(分担頁不記載だが、山田執筆は009・010・107・108・203各頁)。

【しゃべったこと(学会)】
◯「(調査レポート)質疑・討論」山田邦和・舘野和己(座長)、山本亮・滝沢匡・猪狩俊哉・坂本嘉和・堀内和宏(パネラー)(条里制・古代都市研究会「第33回条里制・古代都市研究会大会」、奈良、奈良文化財研究所平城宮跡資料館講堂、2016年3月5日)
○「鴨川の禹王廟と治水神信仰」山田邦和(記念講演)、(治水神・禹王研究会「第4回総会・研究大会」、京都、佛教大学1号館415教室、2017年3月26日)

【しゃべったこと(講演)】
◯「【鳥辺野】考古学者と巡る清水坂、生と死が交差する周縁の地―陰陽師や非人たち最大の根拠地、死者の都市・鳥辺野へ―」山田邦和(ガイド)(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都、京阪清水五条駅集合。松原橋、物吉村跡、西光寺、六波羅蜜寺、六道珍皇寺、清水坂、大谷本廟、妙見堂、鳥辺山墓地、安祥院、清水寺を見学、2017年1月22日)
◯「豊臣秀吉の天下統一と首都づくり―御土居・聚楽第・伏見城―」山田邦和(講師)、いなべ市教育委員会生涯学習課〈主催〉「いなべ市民大学講座―平成28年度生涯学習事業―」第5回いなべ員弁コミュニティプラザ2017年2月5日
○「京の武士と町衆―洛中洛外図の時代―~パネルディスカッション」山田邦和(コーディネーター)、マシュー・スタブロス、川嶋將生、三枝暁子(パネリスト)(京都府立京都学・歴彩館〈主催〉、京都府立大学〈共催〉平成28年度国際京都学シンポジウム「京<みやこ>の武士と町衆―洛中洛外図の時代―」、京都、京都府立京都学・歴彩館大ホール、2017年3月19日)
○「信長は何をめざしたか―将軍か関白か太政大臣か―」山田邦和(講師)(シニア文化塾事務局〈主催〉「南河内シニア文化塾」平成29年度前期講座〈歴史コース〉、富田林、すばるホール、2017年3月21日)
◯「天下人秀吉のふたつの伏見城」山田邦和(講師)、(京田辺市・京田辺市教育委員会・同志社大学〈主催〉「2017(平成29)年度 京たなべ・同志社ヒューマンカレッジ」、京田辺、同志社大学京田辺校地恵道館、2017年5月20日)
◯「白河・鳥羽」山田邦和(講演)、(姫路市教育委員会主催「平成29年度姫路市市民教養講座〈歴史講座〉」、姫路、姫路市市民会館、2017年6月19日)
◯「京都学へのいざない」山田邦和(講演)、(2017年度私立大学図書館協会西地区部会京都地区協議会第1回研究会「世界へ翔け! 京都学 」、京都、京都府立京都学・歴彩館小ホール、2017年6月30日)

【しゃべったこと(連続講座)】
◯「院政期京都の研究2」「(3)平治の乱の勃発」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年1月20日)
◯「院政期京都の研究2」「(4)平治の乱の展開」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年2月17日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究2」「(5)平清盛の栄華と建春門院」山田邦和(講座)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年3月17日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究3」「(1)六波羅と法住寺殿」山田邦和(講師)、(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年4月21日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究3」「(2)福原遷都とその挫折(1)」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年5月19日)
◯「京都学講座・院政期京都の研究3」「(3)福原遷都とその挫折(2)」山田邦和(講師)(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2017年6月16日)
◯「(1)皇室の菩提寺『御寺』泉涌寺と月輪陵」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年1月20日)
◯「(2)明治・大正・昭和天皇陵」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年2月17日)
◯「(3)天皇陵・拾遺」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年3月24日)
◯「(1)ヤマト政権歴代の「都」と大型古墳」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年4月28日)
◯「(2)飛鳥の都」山田邦和(講座)(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年4月年5月26日)
◯「(3)天智天皇の近江大津宮」山田邦和(講座) (栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2017年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2017年4月6月23日)
◯「明治維新と京都の近代化(1)明治天皇の東幸と京都の衰退」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(48)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年1月13日)
◯「明治維新と京都の近代化(2)京都の近代化」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(48)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年2月10日)
◯「明治維新と京都の近代化(3)(現地見学)琵琶湖疏水とインクライン」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(48)、京都、琵琶湖疏水・インクライン・琵琶湖疏水記念館を見学、2017年3月10日)
◯「弥生・古墳時代の京都盆地(1)弥生時代から古墳時代の京都盆地」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(1)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年4月14日)
◯「弥生・古墳時代の京都盆地(2)巨大古墳の時代の京都」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(1)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年4月14日)
◯「弥生・古墳時代の京都盆地(3)(現地見学)恵解山古墳と勝龍寺城跡」山田邦和(講座)(朝日カルチャーセンター京都「歩いて学ぼう!京都の歴史」(1)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2017年6月9日)


2017.02.12

竹田聴洲先生シンポジウム、の巻

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 2月11日(土)
 佛教大学宗教文化ミュージアムで冬期企画展「佛大逍遥IV―竹田聴洲―」が始まり、関連シンポジウム「竹田聴洲の人と学問」が開催されるので、出かけていく。

 竹田聴洲先生(1916~1980)は民俗学者で、同志社大学文学部教授や佛教大学文学部教授を歴任された。『祖先崇拝―民俗と歴史―』(京都、平楽寺書店、1957年)、『民俗仏教と祖先信仰』(東京、東京大学出版会、1971年)、『日本の民俗26「京都」』(東京、第一法規出版、1973年)、『竹田聴洲著作集』全9巻、国書刊行会、1993~1997年)などの著書によって知られている。この展覧会とシンポジウムは竹田先生の生誕100年を記念するもので、八木透佛教大学歴史学部教授が「不屈の学僧―竹田聴洲の人と学問―」と題した基調講演、研究報告を大谷栄一佛教大学社会学部教授、大野啓佛教大学非常勤講師、村上忠喜京都市歴史資料館担当係長、菊池暁京都大学人文科学研究所助教、斉藤利彦佛教大学歴史学部准教授が話される。いずれも充実した内容で、竹田先生の学問のありかたと、それが現代の民俗学にどう受け継がれているかがよくわかり、まことに勉強になる。とくに八木教授の基調講演からは、ありし日の竹田先生の面影が浮かび上がるように思い、感銘を受ける。村上さんの報告の中で、思いがけずも私の名前を出していただいたのは光栄。

 感慨深いのは、私は竹田先生の授業を聞くことができた最終の世代だということである。今回のシンポジウムの報告者の中でも、生身の竹田先生を存じ上げておられるのはおそらく八木教授おひとりではないだろうか。休憩時間に八木さん(大学での私の3年先輩にあたる)と話をしながら、お互いもうそんな歳になったんですねと、苦笑いし合ったことであった。

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 竹田先生のお名前を最初に耳にしたのは、たぶん高校生の時だったと思う。私の通っていた同志社香里高校では、1年生では地理、日本史と世界史は2・3年生で学ぶことになっていた。どういうわけなのかは知らないが、その頃の同志社香里高校では日本史の非常勤講師の先生は、同志社大学の竹田ゼミの博士課程の大学院生や修了生が来ておられることが多かった。1年生の時には竹田先生の教え子であった長谷川嘉和先生(のちに滋賀県教育委員会で近江の民俗調査に主導的な役割をはたされる)が来ておられた。私は長谷川先生の授業を受けることはなかったのであるが、よく先生を訪ねていろんな話を聞かせていただいた。おそらくそこで竹田先生の名前を知ることになったのだと思う(なお、この時、長谷川先生から宮本常一氏の書物を読むことを勧めていただいたこともありがたかった)。

 高校2年生になった時に、長谷川先生に代わって非常勤講師として来られたのが、同じく竹田先生の高弟のひとりであった赤田光男先生(のち、帝塚山短期大学教授、帝塚山大学人文学部教授を経て、現在は帝塚山大学名誉教授)だった。私は赤田先生には大変良くしていただき、いろんなところにくっついていった。私の民俗学への興味関心は、たぶんこのあたりから生まれたのだと思う。
 なお、私の論文の中に、「京都の都市空間と墓地」(山田『京都都市史の研究』所収、東京、吉川弘文館、2009年。初出は1996年)がある。これは考古学研究者が墓を論じたものとしてはまったくの異色作であって、考古学の墓研究では常識ともいえる、火葬墓と土葬墓の区別とか、棺や骨蔵器の材質や形態による分類といった方法を意識的に拒絶している。これは、私の墓に対する問題意識が民俗学的な部分から始まったからなのである。また、「鴨川の治水神」(山田『日本中世の首都と王権都市―京都・嵯峨・福原―』所収、京都、文理閣、2012年。初出は2000年)という論文もあるが、これはまったく歴史民俗学の手法による研究である。のちにこうした研究をすることになったのも、高校生の時にめばえた民俗学への関心が時を隔てて結実したものだと思っている。

 大学に入学すると、1回生が採れる授業の中に「歴史A」というのがあった。大教室でおこなわれるいわゆる一般教養の日本史である。この担当が竹田先生であった。私は一番前の席に腰掛け(この時、同じく一番前に陣取っていたのが、あとで一緒に同志社大学民俗学研究会を復活させてそこで一緒に民俗学の勉強にとりくむことになる秋庭裕氏〈現・大阪府立大学人間社会学部教授〉であった)、期待に胸をふくらませながら授業の開始を待った。しばらくすると前列の扉が開いて、坊主頭の初老の男性が入ってきた。背広をきておられたのだが、なんだかダブダブの感じで、失礼ながらぜんぜん似合ってなかった。同じく受講していた学生の中には、用務員のおっちゃんが黒板を拭きにきたのだと勘違いしてしまった人もいたらしい。それが竹田先生だった。
 竹田先生は教壇に座ると、すぐに講義を始められた。これが昔ながらの大学教授の講義で、「これから私のいうことをノートするように」と宣言されて、ひたすらに講義ノートを読み上げられ、その合間々々に解説が挟まれ、私たち学生は先生の言葉を一生懸命書き取るのである。もし、今の大学でこんな授業をやろうものならば、学生から「私たちは筆記の機械ではない。書き取らせるだけならばそれをプリントにして配るべきだ」などという抗議の山が積み上げられるに相違あるまい。しかし、私はいまでもこの時のノートを大事に保管しているのであるが、これが見事な「民俗学概論」になっていることに感心するのである。竹田先生の主著である『民俗仏教と祖先信仰』(1250ページ!!)を読もうとして一生懸命取り組んだのもこの頃のことである。
 しかし、1回生の秋に、不穏な噂が聞こえてきだした。竹田先生が定年前に同志社大学を辞められるというのである。これにはいろいろ学内の事情があったらしいのであるが、それについての詳しいことは私は知らない。私も衝撃を受けたが、私の同級生には竹田先生のゼミに進んで民俗学を専攻したいと希望していた学生が何人もいたから、彼らにとってはそのショックは計り知れなかったと思う。結局、この噂は本当となり、竹田先生は1978年3月に同志社大学教授を辞され、4月からは佛教大学教授に転じられたのである。

 先生の『民俗仏教と祖先信仰』は自分の今後の研究にとってどうしても必要な書物だと思ったのであるが、その頃には絶版になって入手困難だったし、古本としても学生の身には手の届かない値段になっていた。しかたがないので図書館でコピーしようと思ったのだが、これも1250ページという大著であるからかなりの労力である。こうしたことを先生にお話ししたところ、「あの本の色刷りの図版(40ページ分)の部分だけは特別の抜刷を作ってあるから、それであるならばあげてもいい」とのありがたいお言葉。なにせ今と違って、カラーコピーなどはない時代の話である。私は、ぜひちょうだいしたいと申し上げた。じゃあ取りに来い、ということで、1978年の2月であったか3月であったかの夜更け、私は先生の住房である百万遍の知恩寺の寿仙院(考古学界では、森本六爾が一時下宿していたことで知られている)を訪れたのである。
 すぐに辞するつもりであったのであるが、どういうわけかそこで、竹田先生は私を引き止めていろいろと話をしてくださる。2時間か3時間ほどいたであろうか。今から思えば、一対一の講義という贅沢きわまりない機会を与えてもらったのである。さらに、私のお目当ての『民俗仏教と祖先信仰』について先生は「自分の手元にも僅かしか残っていないけれども、そんなに勉強したいのならば譲ってやろう」、と言っていただけたのである。もちろん、抜刷ではなく現物である。さらにさらに、この本を出してこられた先生は、「じゃあ、君のためにサインをしてやろう」と言われて、本の見返しを開くとおもむろに筆に墨を含ませ、見事な筆致で「昭和五十三年初春、まさに同志社を去らんとす 山田邦和君架蔵のため 著者・竹田聴」と署名をしてくださった。そして、さらにさらにさらに、ご自分の肖像写真までもくださったのである。ペイペイの1回生、しかも民俗学専攻でもない学生に対してこれほどの御厚情を示されたわけはよくわからないけれども、四半世紀近くにわたって勤務された同志社大学を去るということで、先生御自身にも何らかの感傷があったのかもしれない。

 その翌年度には私は、佛教大学で開かれた先生の講義「民俗学概論」を聴きにいくことにした。竹田先生にそう申し上げると、笑って「まあ、そうしたいんなら勝手にせよ」と言っていただいた。ただ、そうはいっても受講料を払ったわけではないから、いわゆるニセ学生である(佛教大学さま、その時には大変々々申し訳ないことをいたしました。改めてお詫びいたします。40年近く前のことなので、なにとぞお許しくださいませ)。ちなみに、同志社大学はこの頃には教室にクーラーなるものはなかったが、佛教大学ではすでにクーラーがついていて、私はそれを羨望の眼差しでながめていた。この時の竹田先生の講義のノートも、私は大切に保管している。
 ところが、その年度の後半くらいから、竹田先生の授業に休講がはさまるようになった。その時の私には知るよしもなかったのであるが、竹田先生は肝臓を病まれ始め、翌年からはしばしば入院加療されるようになったのである。1980年9月6日、竹田先生は64歳で世を去られた。佛教大学に移られてわずか2年半であった。

 竹田先生から私が学んだものの中で衝撃だったのは、「考古学者は古墳を墓だというが、そんなことはない。古墳は埋葬施設ではあろうが、墓というのは遺体の処理以外に霊魂祭祀という側面がともなっていなくてはならないのであり、その点では古墳は墓かどうかわからない」ということであった。この時に先生から示唆をうけた「墓とは遺体処理と霊魂永久祭祀というふたつの機能の複合体である」というのは現在にいたるまでの私の「墓」への基本認識となっている。この概念は、私の「平安京の近郊~墓地と葬送」(『平安京提要』所収、東京、角川書店、1994年。のちに改稿して、山田『京都都市史の研究』所収「平安京の葬送地」)のライト・モチーフともなっているのである。
 また、学界では民俗学のことを歴史学の一分科であり、文献史学や考古学と並んで歴史を復元するためのひとつの「方法」とする考えが多い。しかし竹田先生は有名な論文「常民という概念について」(『現代日本民俗学』II所収、東京、三一書房、1975年。初出は1967年)において、民俗学の研究対象は「民の常」としての「常民」に他ならず、民俗学は一個の独立した学問であることを高唱された。歴史学や考古学の学界でこうした捉え方をしている研究者はおそらく皆無であろうが、私の「中世史と考古学」(『岩波講座 日本歴史 第21巻「史料論〈テーマ巻2〉」』所収、東京、岩波書店、2015年)では、まさにこの竹田理論にしたがって歴史学、文献史学、考古学、民俗学の関係を整理している。私はこの論文を書くことによって、40年近く前に竹田先生から受けた学恩に対して、ほんの一部ではあるがお返しができたような気がしているのである。


2017.02.07

追悼・清水睦夫先生

Photo(←同志社香里高校卒業アルバムより)

 ロシア・東欧(スラヴ)古代・中世史の研究者であり、同志社香里中・高等学校教諭、平安博物館講師(非常勤)および古代学研究所講師(非常勤)をつとめられた清水睦夫先生が、去る1月28日に89歳で永眠された。先生ご自身の遺志により、告別式は近親者のみにて執り行われたとのこと。

 清水先生は1927年に滋賀県大津市のお生まれ。なんでも、早くにご両親を亡くされ、その後はお祖母様のもとで育てられたという。少年時代には、当時の若者の流行であった大陸に憧れて満州に渡ったのであるが、多感な18歳の時に満州の撫順で敗戦を迎えられた。それまで精鋭無比を謳われた関東軍がボロボロの敗残状態となり、それに対して中国人の民衆が憎悪と怨嗟の声を投げつけるのを目撃して強いショックを受けたという。先生ご自身も撫順で相当辛い目にあわれたようだが、そのあたりの詳しい事情は聞いていない。

 日本に引き上げられてからは、満州在住中に習得したロシア語を生かして、大阪市立大学文学部歴史学専攻に進んで当時の日本では珍しかったスラヴ古代史の研究を志された。1949年には角田文衞先生が同大学の西洋史担当の助教授として赴任されているから、清水先生は角田先生の最初期の弟子なのである(清水先生と同じ頃の角田先生の門下生としては、エジプト古代史の研究者であった故・冨村傳先生がおられ、両先生は生涯の友であった)。大阪市立大学を卒業してからは同志社大学大学院文学研究科文化史学(西洋文化史学)専攻修士課程を修了、同志社高等学校講師を経て、同志社香里中・高等学校教諭の職に就かれた。

 私は1974年に同志社香里高等学校に入学した。すぐに清水先生にお目にかかることはなかったのであるが、香里の「名物教員」のひとりであった先生の噂だけはあちこちから聞こえてきた。私が先生に近づきたいという気をおこしたのは、高校の図書室で『世界考古学大系』を紐解いていた時である。第9巻「北方ユーラシア・中央アジア」を開いた私の目に、執筆者のひとりとしての先生の名前が飛び込んできたのである(清水睦夫「スラヴ民族の興起」〈角田文衞編『世界考古学大系』第9巻「北方ユーラシア・中央アジア」所収、東京、平凡社、1962年〉)。感動した私は、わからないままに貪るように論文の文字を追った。なにせ、『世界考古学大系』といえばその当時の最先端の考古学の成果をとりまとめた全集である。それに執筆されるようなスゴイ先生が自分の学校におられる! 考古学を学びたいと思っていながら、何をどうして良いかわからなかった高校生の私にとっては、これは大きな福音だと感じ取られたのである。
 さっそく私は、清水先生が「根城」とされていた社会科準備室のドアを叩いた。間近に見る先生は、トレード・マークの見事な禿頭と、度の強い近眼鏡から放たれる光が強烈な印象を与えた。小さな声でオドオドと「ボク、考古学がやりたいんです」と述べる私に対して、先生は持ち前の皮肉っぽい笑みを浮かべながら、無言で私のことを観察しておられたことであった。
 私の高校の「世界史」の授業は、私の高校では「世界史」は2年と3年の必修科目であり、担当として清水先生ともうひとりの先生の2人がおられた。ただ、2年生の時の私の学年の「世界史」はもうひとりの先生が担当されており、申し訳ないことながら私はこの先生の授業にはほとんど興味を持つことができなかった。しかし、どういうわけか、私が3年生になった時に担当教員の組み替えがあり、清水先生の「世界史」を受講できることになったのである。

 3年になって初めての「世界史」の授業で、清水先生は颯爽と教室に現れ、さっそくに授業を始められた。私は第一声からいきなり引きずり込まれた。目にもとまらぬ速いテンポ、ちょっと甲高いながら艶のある声、確信と信念に満ちた強烈な表現、ロシア語がポンポン飛び出し、ソヴィエト連邦(当時)をめぐる国際情勢の裏話もはさまる。それらが先生持ち前の情熱とともに「立て板に水」のように流れ出し、その中で歴史上の人物や事件が生き生きと躍動するのである。一方では脱線するととめどもなく、教室を爆笑の渦に叩き込むかと思えば、時にはホントかウソかわからないような話を交えて生徒をケムにまく。それはまさに、変幻自在の魔術のような講義であった。これは只者ではないと感じた私は、次の時間からは密かにテープレコーダーを持ち込み、一年間の先生の授業をすべて録音した。本来ならばこういうことはいけないのかもしれないが、かなり後になってから先生に「実は・・・・」と白状したら、先生は呆れたような嬉しいような表情を浮かべて「君はそんなことしてたのか」と言われたから、先生の事後承認が得られたのだと思っていいだろう。このテープはいまも私の宝物のひとつとして大事に保管している。ともあれ、私も今にいたるまでさまざまな先生方の授業や講演を聞いてきたが、清水先生の授業はその中でもトップ・ランクの「名調子」であったことはまちがいない。
 かなり後のことであるが、清水先生は短期間ではあるが同志社大学の非常勤の講師として授業を担当された。それを受講した後輩から「山田さんの講義の喋り方はこの先生の直伝だということがわかりました」と指摘されて驚いたことがある。確かにそうかもしれないのであるが、私など、師匠の話術に追いつくにはまだまだ修行が足りない。

 清水先生が同志社香里高校で展開されていた「世界史」の授業は、今思い出してもスゴイものであった。なにせ、最初の時間は「歴史とは何か」、2時間目は「歴史学の方法論」なのである。それは、確かに高校のレヴェルをはるかに突き抜けていた。その実例として、清水先生のテストの問題の一例を紹介しておこう。
 「(1)Europeの歴史は、政治的にみれば、統一と分裂の二つの対立の間を揺れ動いているともいえる。西欧絶対王政の展開は、まさにそのようなEurope的分裂化の極端な表現である。他国の富と繁栄は自国の貧と衰退と考える。従って他国の犠牲において己の国の独自性と独立主権を図ろうとする。そこで西欧Absolutismの時代とはどういう時代であったか、をスペイン、英、仏について詳述せよ。(60点)
 「(2)1618~48年の三十年戦争は、政治的にどのような影響を神聖ローマ帝国に与えたか。又、大きな観点から考えて、Europeや世界の歴史上、どのような意義をもつ戦争と解釈されるか。(40点)」
 ちなみに、このテストでの私の点数は97点だった。最初は百点をつけていただいたようなのだが、一字だけ漢字の間違いをしてしまっており、それで百点が消されて97点になっていた(´Д` )。残念!(この時の97点は、私が高校のテストで採った最高点であった)。

 なお、どなたかは知らないが、同志社香里の卒業生で「与太郎」と名乗る方が、ブログで清水先生の思い出話を書いておられる(「20051112  落第生は二度眠る ~清水睦夫先生講義録~」)。その中で「与太郎」氏は「清水先生は、めったに笑わない。しかし、与太郎の人生経験によると、ユーモアやジョークを愛する人たちが、すべて笑顔を絶やさないわけではない。むしろ、ふだん気むずかしい表情のほうが効果的なのだ。清水先生は、あまり気乗りしない顔つきで教室にあらわれる。ほんとうは、もっと研究に専念したいのだが、愚かな生徒どものため、しぶしぶ教壇に立っているのだ、というふうにも感じられる。つまり、生徒の機嫌を取るような態度ではない。お前たちが教わりたいなら、わたしの授業を聞け、さもなくばバカのままで生きろ、というふうに感じられる」と述べられている。なるほど、確かにそうだったな、と納得。

 先生の授業の中でユニークなのは、教科書に書いてある「通説」をことごとく否定していくことである。「ローマ帝国の東西分裂? そんなものは認めません!」、「ルネッサンス? ナンセンス!」、「新大陸の発見? バカも休み休みいいなさい!」といった調子である(こんな破天荒な講義が許されていたのだから、当時の同志社香里高校というのもなかなかに大した学校だったと思う)。さすがに頭の中がクエッションマークでいっぱいになった私は、休み時間に先生のところに行って「今の授業で言われたこと、どういうことなんですか?」と質問してみた。しかし、先生は皮肉な笑みを浮かべはしたものの、言を左右にするだけでその理由を教えてくれないのである! 狐につままれたような気になった私は、仕方ないので高校の図書室でいろんな本をひっくり返すが、先生のいうようなことはどこにも書いていない。そこで今度は京都府立図書館に行って手当たり次第にヨーロッパ史の本を手にとってみる。しかし、そのほとんどには、やはり先生のいうことは述べられていないのである。途方にくれた私であったが、最後に梅田良忠編『東欧史(世界各国史13)』(山川出版社、1958年)という本に出会った。この本はまったくユニークな内容で、私はこれを読んでやっと清水先生の言われることを理解することができたのでる。そうして、この本の目次を見ると、清水先生が著者のひとりだったのである(担当項目はブルガリアとユーゴースラヴィア)。なるほど、と得心がいったことであった。なお、この本の編者の梅田氏は関西学院大学教授で古代学協会の初代理事長、また、古代の部分は角田文衞先生の執筆である。
 しかし思い返してみると、もしこの時、先生が最初っから「それは、これこれこれこれこういう理由で、私はこういうふうに言ったんだよ」と教えてくれていたら、私は逆にそれ以上調べることをしていなかったかもしれない。それが、ああいうふうに突き放されたことによって、逆に自分で調べに調べて、納得いく結論にたどり着くことができたのである。要するに先生は「知りたいことがあるのならば、まずは自分で調べてみよ!」ということをいいたかったのであろう。一見するとぶっきらぼうに見えながら、実はこれは見事な教育方法だったといわねばなるまい!

 このブログで以前にも書いたことがあるが、しばらくすると私は、清水先生から、古代学協会の機関誌『古代文化』への寄稿論文の原稿を平安博物館に届けることを頼まれるようになった。郵送すれば済むことなのであるが、それをわざわざ私に命じられるのは、平安博物館とのつながりを作ってやろうという先生ならではのお気持ちだったのだと思う。そうして改めて訪ねてみた平安博物館は、高校生の私にとってはまさに見上げるような学問の殿堂であった。その後かなりの時を経て私が平安博物館に就職したことは、清水先生の御厚情が巡り巡って実を結んだのだと思っている。

 清水先生の学問的業績としては、『スラヴ民族史の研究』(東京、山川出版社、1983年)『ビザンティオンの興亡』(京都、晃洋書房、1992年)(この著書によって先生は1992年に立正大学より博士 (文学)の学位を取得されている)の2冊の単著にまとめられているほか、前述の『世界考古学大系』所収論文、「北方の開拓民」(『ビザンツとスラブ(世界歴史シリーズ第8巻)』所収、東京、世界文化社、1969年)、「ユダヤ教の遊牧民国家―『ハザール汗国』―」(『古代文化』第38巻第8号掲載、京都、古代学協会、1986年)、「東スラヴ族の国家的統合―古代ルーシでの『王権』成立の経緯―」(『古代王権の誕生IV「ヨーロッパ編」』所収、東京、角川書店、2003年)など、数多い。また、『古代文化』誌に連載された「ソヴィエト東欧紀行(1)~(13)」(『古代文化』第27巻第7・8・10~12号、第28巻2・4・5~9号掲載、京都、古代学協会、1975・76年)は、単なるエッセイにとどまらない学術的価値をもつものだと思う。また、おそらく他所ではほとんど知られていないだろうが、先生は勤務先である同志社香里中・高校のPTAの会誌である『香里の丘』にもしばしば珠玉のエッセイを寄稿されている。私の手元に残っているだけでも、「歴史の上の日曜日」(『香里の丘』第29号掲載、〈寝屋川〉、同志社香里中・高等学校PTA、1968年)、「あだ名考」(第47号、1974年)、「キエフの憶い出」(第49号、1974年)、「ソヴィエトの本屋」(第51号、1975年)、「『ソ連の脅威』はほんとうにあるのか(?)(1)(2)」(第70・71両号、1981・1982年)、「偶感―語学学習とカツラ」(第63号、1979年)、「『故きを温ねて新しきを知る』(上)」(第75号、1983年)、「阿呆」(1992年)といったものがあり、それぞれが先生ならではの視点から述べられていてほんとうに面白い。

 清水睦夫先生、高校生の時に先生に出会うことができたことは、私にとっては生涯の幸福のひとつでありました。先生からは、学問の素晴らしさ、そして、それに向かい合う場合の心構えを教えていただくことができました。ほんとうにありがとうございました。感謝とともに、先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


2017.01.15

遅ればせながら謹賀新年、の巻

Img_6212_2(←京都駅前に改めて設置された平安京羅城門1/10復元模型と、背景の京都タワー)

 遅ればせながら、皆様、あけましておめでとうございます。

 先日も書きましたが、とにかく散々の年末年始でした。今は、やっと机に向かうことや歩くことは可能になったのですが、まだ右脚は90度までは曲がらず、歩くのも杖を頼りのヨチヨチ歩きということになります。普通ならば5分で歩けるところが15分かかってしまうという体たらくですので、行動範囲は最低限ということになってしまいます。まったく情けないことです。

 昨年の「やったこと」はデータだけ提示したため、ちょっと補足しておきましょう。

 森浩一先生の『著作集』全5巻が完結いたしました。私も編集委員のひとりでしたので、完結はとっても嬉しいことです。生前の森先生から受けた学恩に対して、万分の一かもしれませんがご恩返しができたのでは、と思っています。年末には森先生の奥様の森淑子先生をお招きして、編集委員で「打ち上げ」をさせていただきました。
 森先生は後年になればなるほど、自らの学説を一般向けの著書やシンポジウムで発表されることが多くなりました。そうした書物は現在でも入手可能なことが多い。編集委員会で議論を重ねた結果、今回の著作集では、森先生が初期に書かれて、現在では入手困難となっている論文を主として編纂することにしました。私が主担当しました第3巻「渡来文化と生産」を例にあげますと、「古墳出土の鉄鋌について」(1959)、「和泉河内窯の須恵器編年」(1958)、「古代産業―漁業」(1964)といった論文は、専門の研究者であっても見ておられない方が多いのではないでしょうか。そうしたところに改めて光をあてることができたことは、「森古代学」の再評価につながると確信しています。

 仁木宏・山田邦和(編)『歴史家の案内する京都』と、桃崎有一郎・山田邦和(編)『室町政権の首府構想と京都―室町・北山・東山―』「日本古代都城における複都制の系譜」「中世の天皇陵―堂塔式・石塔式から遺骨の納骨形式へ―」については以前に触れましたので、そちらを参照してください。

 「三条通を俯瞰する―三条通の歴史をひもとく―」は、三条通(寺町通~新町通の間)の地域振興に力をつくしておられる京の三条まちづくり協議会の20周年の記念出版に際して依頼されたもの。この協議会には、私の「古巣」である京都文化博物館も多いに協力されているので、その御縁からだと思います。

 「クルマについての研究メモ」は、2012年から2015年まで継続した京樂真帆子さんを代表とする科研『古代・中世における「乗り物文化」の学際的研究—『新・輿車図考』の構築を目指して—』の報告書に書いたもの。私は連携研究者として参加させていただいたのだが、2012年に病気をしてから2年くらいは活動が制限されたため、あんまり成果があげられなかったことは悔まれる。ただ、報告書になんにも書かないのは悲しいので、この研究会で勉強させていただいたことの覚書だけを作っておいた。

 「ヴェトナム・タンロン皇城跡出土の焼締陶器の型式学的試論」は、私としてはとっても変わったテーマ。2008年に、山中章さんの科研のプロジェクトで2週間だけ、ヴェトナム・タンロン皇城跡の一部の発掘調査にたずさわることができました。その時のささやかな成果がこれ。もちろん私はヴェトナム考古学の専門家ではないし、ほんのわずかな時間だけ現地にたったにすぎないから、私がヴェトナムについて語るのは僭越の誹りを免れないことは承知しています。その当時にはヴェトナムを再訪して研究を深めるつもりだったのですが、いろんな事情でそれはかなわないことになってしまいました。逆に、それだからこそ、たとえささやかであっても学んだことをきちんと書き残しておきたいと思っていました。たまたま、佐々木達夫先生が『中近世陶磁器の考古学』というシリーズ論集を編集されるということで、私も誘っていただきましたので、佐々木先生にお願いしてこのテーマでまとめさせていただくことにしたのです。

 「陵墓研究の現状と陵墓公開運動」は、2015年11月8日の「日本史研究会創立70周年記念講演会」でやらせていただいた記念講演の記録です。ここに掲載した「近畿地方中央部の大型古墳と陵墓比定」の表は、お役にたてていただけるのではないかと思ってます。

 「織田信長と京都―信長の天下統一戦をめぐって―」は、東海学シンポジウムの講演。去年は保元・平治・治承=文治・承久の乱という中世初期でやって、今回は中世末期。ハチャメチャに見えるが、テーマの設定はシンポジウム事務局からの御指名なので、私の責任ではありません。ただ、信長について考えてきたことをまとめる機会となったのは私としては有意義でした。ちょっと変わったことも言わねば、ということではありませんが、学界で議論の的となっている信長の「三職推任」問題に関して私見を述べました。信長が最終的に何になろうと思っていたか、という問題ですが、学界ではこれは征夷大将軍とする説が多い。あえてそれに異を唱えるというわけではありませんが、「信長の望んだ職は関白だった」という仮説を考えてみました。これ、今まで誰もこんなことは言っていないので突飛に聞こえるとは思うのですが、十分に成立の余地はあると思っています。

 あと、学会報告では、三月の条里制・古代都市研究会大会で「平安京の都市的変容―古代から中世への展開―」をやらせてもらいました。これは、今年の三月に出版される『条里制・古代都市研究』に論文化できるはずです。

 2016年には、共編著、論文、そのほかの著作、学会報告を含めると、数量だけはなかなかのものになりました。もちろん、たまっていたものが偶々まとまって出版されたというだけですし、内容は正直いって玉石混交ですのであまり自慢にはなりませんけれども、これだけの数を出せたということはとにかく嬉しいことです。さて、今年もこういうペースが続けられますかどうか・・・・

 ともあれ、皆様、今年もよしなにお願い申し上げます。


2016.12.31

2016年、やったこと、の巻

12月13日に、自分の不注意により職場で右足の大腿部前側を強打してしまった。幸い、骨には異常はなかったのであるが、それでも打撲傷と内出血がひどく、歩行困難という体たらくで、パソコンに向かうこともできない。医者に聞くと、これはもう、安静にしながらいわゆる「日にち薬」しかないそうである。加えて、12月28日には咳と高熱が出て、普通の風邪かなと思ったら、インフルエンザだそう。最悪である。おかげで、忘年会もほとんど欠席、12月18日にやった平安京・京都研究集会も欠席、さらには正月早々に予定していた沖縄行きも中止せざるをえなくなってしまった(泣)。

【共編著】
■森浩一(著)、森浩一著作集編集委員会(編)〈編集委員:前園実知雄・松藤和人・今尾文昭・玉城一枝・中村潤子・山田邦和・鋤柄俊夫・門田誠一・坂靖・青柳泰介、第3巻編集担当:中村潤子・山田邦和・坂靖〉『森浩一著作集 第3巻「渡来文化と生産」』(東京、新泉社、2016年4月15日)、全333頁
 ~◇山田邦和・坂靖・中村潤子(著)「解題」310~330頁(山田著︰「無題(「解題」の総論)」310・311頁、「和泉河内窯の須恵器編年」313~315頁、「大阪府南部窯址資料による須恵器編年略表」316・317頁、「南海道の古代窯業遺跡とその問題」318・319頁、「飯蛸壺形土器と須恵器生産の問題」319・320頁、「古代産業-漁業」321・322頁、「製塩についての二つの覚書」322・323頁、「生道塩」323・324頁)
■仁木宏・山田邦和(編著)仁木宏・山田邦和・中島信親・山本雅和・梶川敏夫・京樂真帆子・大村拓生・杉本宏・野口実・河内将芳・福島克彦・鍛代敏雄・森島康雄・中村武生・坂口満宏(著)『歴史家の案内する京都』(京都、文理閣、2016年5月20日)、全244頁
 ~◇仁木宏・山田邦和(著)「はしがき」3・4頁、「あとがき」242頁
 ~◇山田邦和(著)「1太秦・嵯峨野の古墳群」12~21頁、「7白河」70~81頁、「12清水坂と鳥部野」109~115頁、「13中世都市嵯峨」118~125頁
■森浩一(著)、森浩一著作集編集委員会(編)〈編集委員:前園実知雄・松藤和人・今尾文昭・玉城一枝・中村潤子・山田邦和・鋤柄俊夫・門田誠一・坂靖・青柳泰介、第4巻編集担当:前園実知雄・門田誠一〉『森浩一著作集 第4巻「倭人伝と考古学」』(東京、新泉社、2016年8月15日)、全339頁
■桃崎有一郎・山田邦和(編著)、桃崎有一郎・髙橋康夫・田坂泰之・家永遵嗣・原田正俊・冨島義幸・前田義明・山田邦和・宮上茂隆・木岡敬雄・百瀬正恒・野田泰三・松井直人(著)『室町政権の首府構想と京都―室町・北山・東山―』(平安京・京都研究叢書4、京都、文理閣、2016年10月30日)、全434+105+2頁
 ~◇山田邦和(著)「東山中世都市群の景観復元」254~269頁
■森浩一(著)、森浩一著作集編集委員会(編)〈編集委員:前園実知雄・松藤和人・今尾文昭・玉城一枝・中村潤子・山田邦和・鋤柄俊夫・門田誠一・坂靖・青柳泰介、第5巻編集担当:今尾文昭・鋤柄俊夫・青柳泰介〉『森浩一著作集 第5巻「天皇陵への疑惑」』(東京、新泉社、2016年12月15日)、全339頁


【論文】
■山田邦和(著)「中世の天皇陵―堂塔式・石塔式から遺骨の納骨形式へ―」(洋泉社編集部(編)、仁藤敦史・宮瀧交二・福尾正彦・天野末喜・西田孝治・宮崎康雄・岸本直文・石坂泰士・西光慎治・田中聡・黒羽亮太・山田邦和・鍛冶宏介・福島幸宏・上田長生・高木博志・新納泉・宮代栄一(著)『古代史研究の最前線 天皇陵』、東京、洋泉社、2016年1月23日)、全255頁中の156~167頁
■山田邦和(著)「クルマについての研究メモ」(京樂真帆子(編者)、京樂真帆子・岩間香・中川永・下村雄太・今正秀・山田邦和・千本英史(著)『古代・中世における「乗り物文化」の学際的研究—『新・輿車図考』の構築を目指して—』(2012年度~2015年度科学研究費補助金〈基盤研究(C)〉研究成果報告書〔研究課題番号︰24520764〕)、彦根、滋賀県立大学人間文化学部地域文化学科、2016年3月31日)、全105頁+付属CD-R中99~103頁+図版データ(付属CD-Rに所収)
■山田邦和(著)「三条通を俯瞰する―三条通の歴史をひもとく―」(記念誌編集委員(森本浩行・西村祐一・内藤郁子・皿倉のぼる)(編集)、山田邦和・笠原一人・篁正康・大塚活美・西山剛・南博史ほか(著)『京の三条まちづくり―京の三条まちづくり協議会20周年記念誌―』、京都、京の三条まちづくり協議会、2016年3月吉日)、全64頁中の6~13頁
■山田邦和(著)「日本古代都城における複都制の系譜」(仁木宏(編)、仁木宏・古市晃・山田邦和・京樂真帆子・大村拓生・河内将芳・福島克彦・山村亜希・山本雅和・山近博義(著)『日本古代・中世都市論』、東京、吉川弘文館、2016年5月10日)、全336頁中の43~82頁
■山田邦和(著)「ヴェトナム・タンロン皇城跡出土の焼締陶器の型式学的試論」(佐々木達夫(編)、佐々木達夫・重根弘和・桐山秀穂・大橋康二・扇浦正義・畑中英二・鹿島昌也・中野晴久・小栗康寛・関根達人・山田邦和・佐藤由似・真道洋子・金田明美(著)『中近世陶磁器の考古学』第4巻、東京、雄山閣、2016年10月25日)、全298頁中の185~205頁
■山田邦和(著)「陵墓研究の現状と陵墓公開運動」(『日本史研究』第647号、京都、日本史研究会、2016年7月20日)、21~51頁
■山田邦和(著)「織田信長と京都―信長の天下統一戦をめぐって―」(『第4回東海学シンポジウム2016 いくさの歴史II―継体と信長に絞って―』資料集、〈春日井〉、NPO法人東海学センター、2016年10月13日)、全150頁中の97~130頁

【その他の著作】
■京都新聞出版センター(編)池坊中央研究所・井上由理子・太田垣實・丘眞奈美・清原邦雄・黒田正子・高野澄・徳丸貴尋・十倉良一・中村武生・西村彰朗・細田香織・前川佳代・三谷茂・村岡真千子・町田香・山田邦和(著)『第12回京都検定 問題と解説』(京都、京都新聞出版センター、2016年6月10日)、本文255頁
 ~◇無署名(実際は山田著)「3級1(4)」9頁、「3級1(5)」10頁、「3級1(6)」11頁、「2級1(4)」107頁、「2級1(5)」108頁、「1級1(3)」203頁
■同志社女子大学史料センター(編)、藤原孝章・平光陸子・飯田毅・河江優・川田隆雄・神田知子・松野浩之・三橋美和・森山由紀子・玉田佳子・山田邦和・余田義彦・大島中正・北村博子〈2016年度史料センター運営委員〉『同志社女子大学史料センター第21回企画展示「新たなる息吹 同志社女子大学京田辺キャンパス30年の歩み」展示目録』(京都、同志社女子大学史料センター、2016年11月18日)全25頁
 ~◇無署名(実際は山田著)「Ⅰ 京田辺の歴史的環境」2~6頁、「II 京田辺キャンパスに移転・設置された学部学科~5 現代社会学部社会システム学科」12・13頁
■福原圭一・山口博之(討論司会)、村井章介・高橋一樹・向井裕知・和田学・田中聡・宮武正登・阿部来・田中暁穂・松山充宏・水澤幸一・伊藤正義・中島圭一・山田邦和・五味文彦(討論発言)「上越大会全体討論『中世日本海の地域圏と都市』」(中世都市研究会〈編〉、市村高男・井上寛司・小島道裕・木原光・松本美樹・長澤和幸・中司健一・村上勇・五味文彦・高橋一樹・水澤幸一・田中聡・向井裕知・和田学・松山充宏・田中暁穂・玉井哲雄〈著〉『日本海交易と都市』所収、東京、山川出版社、2016年8月20日)、273~301頁(山田発言︰297頁)
■山田邦和(著)「歴史ニュースを読み解く~指月伏見城の発掘調査」(『土車』第129号、京都、古代学協会、2016年6月20日)、5頁
■Kunikazu Yamada「The Comparative study of Ancient Cities」WAC-8 Kyoto Program Committee, directed by Makoto Tomii(Editing)(世界考古学会議第8回京都大会実行委員会プログラム作業班〈編集〉)"The Eighth World Archaeological Congress Book of Abstracts", Kyotanabe(京田辺), WAC-8 Kyoto Local Organizing Committee, under the direction of WAC Japan(世界考古学会議第8回京都大会実行委員会・特定非営利活動法人WAC Japan事務局), 2016年8月28日), p.130


【学会報告】
◯山田邦和(報告)「平安京の都市的変容―古代から中世への展開―」(条里制・古代都市研究会〈主催〉「第32回条里制・古代都市研究会大会『平安時代における都市の変容』」、奈良、奈良文化財研究所平城宮跡資料館講堂、2016年3月5日)
◯吉野秋二・家原圭太(座長)、山田邦和・古閑正浩・江口桂・佐藤泰弘(パネラー)、「(大会報告)質疑・討論」(条里制・古代都市研究会〈主催〉「第32回条里制・古代都市研究会大会『平安時代における都市の変容』」、奈良、奈良文化財研究所平城宮跡資料館講堂、2016年3月5日)
◯山田邦和(報告)「平安京と天皇陵」(古代学研究会(主催)「古代学研究会4月例会」、大阪、アネックスパル法円坂 A棟3階第1号室、2016年4月16日)
◯今尾文昭(司会)、陵墓関係16学協会運営委員会(趣旨説明)、山田邦和・後藤真・高木博志(発話・パネラー)「パネルディスカッション『陵墓』の名称と『陵墓』をめぐる現在」(陵墓関係16学協会シンポジウム「『陵墓』公開をめぐる成果と未来―箸墓古墳・伏見城の立入り観察成果報告と『陵墓』の名称」、神戸、神戸市勤労会館 講習室308、2016年8月7日)
◯Kunikazu YAMADA(山田邦和)「世界文化遺産と現代都市」へのコメント("Comment for World Cultural Heritage and the Modern City")(Public Lecture2:World Cultural Heritage and the Modern City〈「第8回世界考古学会議〈WAC-8〉公開講演会第2日「世界文化遺産と現代都市」〉, The Eighth World Archaeological Congress(WAC-8), Kyoto, Kambaikan Hardy Hall in Doshisya University〈同志社大学室町キャンパス寒梅館ハーディホール〉, 2016年8月29日)
◯Kunihiko Wakabayashi and Kunikazu Yamada(Organisers)"T05-D The Comparative Urban Archaeology: Kyoto and Global Comparison of Cities"(The Eighth World Archaeological Congress(WAC-8), Kyoto, RY107 Ryoshinkan, Doshisya University〈同志社大学良心館RY107室〉, 2016年9月1日)
◯Kunikazu Yamada"The Comparative study of Ancient Cities"(Session T05-D The Comparative Urban Archaeology: Kyoto and Global Comparison of Cities, The Eighth World Archaeological Congress(WAC-8), Kyoto , RY107 Ryoshinkan in Doshisya University〈同志社大学良心館RY107室〉, 2016年9月1日)

【研究会における報告】
◯山田邦和(報告)「琉球王陵と日本の比較」(日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究B「ユーラシアのなかの日本中世都市―その基盤研究―」〈研究代表者︰高橋康夫、研究期間︰2015年4月1日~2018年3月31日予定、研究課題番号:15H04110〉2016年2月研究会、京都、花園大学高橋康夫研究室、2016年2月10日)
◯山田邦和(報告)「古代比較都市史試論」(「前近代都市論研究会」例会、京都、キャンパスプラザ京都、2016年5月22日)
◯山田邦和(報告)「大型古墳と天皇陵比定」(同志社大学考古学実習室「定例研究会」、京都、同志社大学考古学実習室、2016年6月10日)

【講演】
◯山田邦和(講師)「三条通を俯瞰する―三条通の歴史をひもとく―」(京都文化博物館地域共働事業実行委員会・京の三条まちづくり協議会〈主催〉「第30回 京の三条 まちカフェ」、京都、京都文化博物館別館講義室、2016年2月14日)
◯山田邦和(講師)「織田信長と〈京都〉」(シニア文化塾事務局〈主催〉「南河内シニア文化塾」平成28年度前期講座〈歴史コース〉、富田林、すばるホール、2016年3月8日)
◯山田邦和(ガイド)「【東山】考古学者とめぐる、愛憎渦巻く法住寺殿・平家物語の世界へ―法皇と愛した女性が眠る、東山の麓に誕生した広大な離宮―」(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都、三十三間堂、法住寺・後白河天皇陵、新日吉神宮、新熊野神社、最勝光院跡(東山泉小学校)、八条河原、2016年5月21日)
◯山田邦和(講演)「平安時代末期の動乱と京都(1)保元・平治の乱と京都」(京都商工会議所〈主催〉「平成28年度 京都検定講演会」、京都、京都商工会議所、2016年9月10日)
◯山田邦和(講師)「豊臣秀吉はなぜ将軍にならなかったのか」(シニア文化塾事務局〈主催〉平成28年度「シニア文化塾」後期講座〈歴史コース〉、大阪狭山、大阪府立狭山池博物館2階ホール、2016年9月13日)
◯山田邦和(講演)「平安時代末期の動乱と京都(2)治承・寿永の内乱と京都」(京都商工会議所〈主催〉「平成28年度 京都検定講演会」、京都、京都商工会議所、2016年10月8日)
◯山田邦和(講演)「平安京の復元―模型製作から最新研究へ―」(京都アスニー「ゴールデン・エイジ・アカデミー」、京都、京都アスニー、2016年10月28日)
◯山田邦和(ガイド)「【太秦】考古学者と巡る日本最大の渡来系豪族・秦氏の本拠地へ―始皇帝を祀る社、元糺の池、京都一の巨大前方後円墳に潜入―」(『歴史家の案内する京都』出版記念ツアー)(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、京都、地下鉄太秦天神川駅集合〈清水山古墳跡、天塚古墳、千石荘公園、木島神社(蚕ノ社)、広隆寺・大酒神社、蛇塚古墳、垂見山古墳を見学〉、2016年10月29日)
◯山田邦和(講演)「伏見の桓武天皇陵を探る」(桃山同窓会〈主催〉「伏見連続講座」、京都、伏見区役所大会議室、2016年11月12日)
◯山田邦和(講演)「織田信長と京都」(NPO法人東海学センター・東海学シンポジウム実行委員会〈主催〉第4回東海学シンポジウム2016「いくさの歴史II―継体と信長に絞って」、春日井、春日井市民会館、2016年11月13日)
◯山田邦和(講演)「いま面白い!京都の歴史―平安京を中心に―」(京都医療生活協同組合・中野眼科〈主催〉「2016年度組合員交流集会」、京都、聖護院御殿荘、2016年12月5日)
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◯山田邦和(講座)「豊臣秀吉と京都4(1)御土居・寺町・天正地割」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(44)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2016年1月8日)
◯山田邦和(講座)「豊臣秀吉と京都4(2)秀吉の朝鮮侵略と伏見城」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(44)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2016年2月12日)
◯山田邦和(講座)「豊臣秀吉と京都4(3)(現地見学)ふたつの伏見城(指月城・木幡山城)跡」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(44)、京都、伏見城跡、2016年3月11日)
◯山田邦和(講座)「徳川幕府と京都1(1)関ヶ原の戦い」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(45)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2016年4月8日)
◯山田邦和(講座)「徳川幕府と京都1(2)徳川幕府の成立と二条城の建設」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(45)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2016年5月13日)
◯山田邦和(講座)「徳川幕府と京都1(3)(現地見学)二条城」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(45)、京都、二条城、2016年6月10日)
◯山田邦和(講座)「徳川幕府と京都2(1)(現地見学)東本願寺」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(46)、京都、東本願寺、2016年7月1日)
◯山田邦和(講座)「徳川幕府と京都2(2)近世京都のルネッサンス」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(46)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2016年7月29日)
◯山田邦和(講座)「徳川幕府と京都2(3)都の繁栄と大名屋敷」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(46)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2016年9月9日)
◯山田邦和(講座)「幕末の動乱と京都(1)幕末の動乱の中の京都」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(47)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2016年10月7日)
◯山田邦和(講座)「幕末の動乱と京都(2)禁門の変と徳川幕府の倒壊」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(47)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2016年11月11日)
◯山田邦和(講座)「幕末の動乱と京都(3)(現地見学)木屋町通・河原町通の幕末史跡群」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(47)、京都、木屋町通・河原町通、2016年12月9日)
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◯山田邦和(講座)「(1)古市古墳群の後期前方後円墳―清寧・仁賢天皇陵、白鳥陵」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年1月22日)
◯山田邦和(講座)「(2)近つ飛鳥「梅鉢御陵」の謎―聖徳太子墓、敏達・孝徳天皇陵」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年3月4日)
◯山田邦和(講座)「(3)平安京南郊 鳥羽の離宮の天皇陵―白河・鳥羽・近衛天皇陵」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年1~3月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年3月25日)
◯山田邦和(講座)「(1)古市古墳群の中期天皇陵―允恭・雄略天皇陵」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年4~6月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年4月22日)
◯山田邦和(講座)「(2)奈良時代の天皇陵―元正・聖武・称徳天皇陵」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年4~6月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年5月27日)
◯山田邦和(講座)「(3)中世初期の内乱の時代と天皇陵―安徳、後鳥羽、土御門、順徳天皇陵など―」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年4~6月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年6月25日)
◯山田邦和(講座)「(1)奈良県橿原市の天皇陵―宣化天皇陵と欠史8代の天皇陵」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年7~9月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年7月22日)
◯山田邦和(講座)「(2)天皇陵と寺院の結合―平安時代前・中期」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年7~9月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年8月26日)
◯山田邦和(講座)「(3)鎌倉時代後半の天皇陵―深草十二帝陵とその周辺」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年7~9月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年9月23日)
◯山田邦和(講座)「(1) 琉球王国の王陵」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年10~12月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年10月28日)
◯山田邦和(講座)「(2)仏堂となった天皇陵―平安時代中・後期」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年10~12月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年11月25日)
◯山田邦和(講座)「(3)南北朝時代の天皇陵」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年10~12月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年12月23日)
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◯山田邦和(講師)「平安京研究の方法4」「(3)紫式部の生涯」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年1月15日)
◯山田邦和(講師)「平安京研究の方法4」「(4)安倍晴明と平安京」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年3月4日)
◯山田邦和(講師)「平安京研究の方法4」「(5)平安京の祭祀」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年3月18日)
◯山田邦和(講師)「院政期京都の研究1」「(1)白河法皇と院政の開始」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年4月15日)
◯山田邦和(講師)「院政期京都の研究1」「(2)院政期の白河」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年5月20日)
◯山田邦和(講師)「院政期京都の研究1」「(3)鳥羽殿」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年6月25日)
◯山田邦和(講師)「院政期京都の研究1」「(4)待賢門院と崇徳天皇」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年7月15日)
◯山田邦和(講師)「院政期京都の研究1」「(5)院政期の平安宮」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年9月16日)
◯山田邦和(講師)「院政期京都の研究2」「(1)関白忠通の闘い」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年10月21日)
◯山田邦和(講師)「院政期京都の研究2」「(2)保元の乱の勃発」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年11月19日)

【テレビ出演】
『京都・国宝浪漫』「平安遷都ミステリー~御霊信仰と古代の国宝」KBS京都・BS11(制作著作)、藤真利子(語り)、山田邦和(監修)小林敏明(ディレクター)、三宅康仁・斉藤良・四方章雄(プロデューサー)、黒田誠・駒木根徹・磯ヶ谷好章(エグゼクティブプロデューサー)、山田邦和・釋真盛・井口忠男・川俣海雲・長宗繁一・出雲路敬栄(解説)、(KBS京都、2016年3月7日放送。BS11、2016年3月10日放送)
『高島礼子・日本の古都〜その絶景に歴史あり』「京都歴史ミステリー 金閣寺の謎〜足利家100年物語」BS-TBS(制作著作)、高島礼子(出演)朝岡慶太郎(制作プロデューサー)、鴨下潔・高橋典代(プロデューサー)、飯塚裕之・寺久保倫(ディレクター)、山田邦和ほか(出演)、(BS-TBS、2016年5月13日放送)
『先人たちの底力 知恵泉』「明治の旅行家 イザベラ・バード」NHK(制作・著作)NHKエデュケーショナル(制作)、渡辺圭・田畑壮一(制作統括)、横山敏子(プロデューサー)、鴨下潔・高橋典代(プロデューサー)、飯塚裕之・寺久保倫(ディレクター)、近田雄一・市川紗椰・山本博文・ベルナール=デルマス、金坂清則・斉藤敏明・丹沢研二・山田邦和・入澤崇(出演)、(NHK Eテレ、2016年5月17日放送)


2016.10.25

『室町政権の首府構想と京都―室町・北山・東山―』刊行!、の巻

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 ついに完成しました! 桃崎有一郎・山田邦和編『室町政権の首府構想と京都―室町・北山・東山―』(平安京・京都研究叢書4)。刊行が遅れてしまい、早くに原稿を出していただいた先生方にはまことに申し訳ないことになりましたが、先生方のご協力のおかげで、実に539頁という大冊になりました。執筆者も、編者の桃崎有一郎さんと私のほか、髙橋康夫・田坂泰之・家永遵嗣・原田正俊・冨島義幸・前田義明・宮上茂隆・木岡敬雄・百瀬正恒・野田泰三・松井直人の各氏という豪華メンバーです。表紙を開いていただくと、冨島さんの渾身の力作である相国寺七重大塔の見事な復元CGが見るものを圧倒します。本文の論文も粒よりなのですが、室町時代の京都に所在した邸宅のすべての情報を集成した桃崎さんと松井直人さんの「資料編」も凄いものになりました。私は、編集作業とともに、「東山中世都市群の景観復元」を執筆しました。
 ただ、なんやかやで分量が増加し、その分作業量が膨大となってしまい、出版元の文理閣の黒川美冨子代表にはご迷惑をおかけしました。また、価格も12,000円+税という高額になってしまい、この点は慙愧にたえません。しかし、中世京都研究の基礎的な研究書になったことは確実と思いますので、ぜひ同学の方はお手にとってみていただきたいと思います。また、大学、図書館、研究所、研究室などにはぜひ備え付けていただけますならば幸いです。
 ご注文は、図書出版 文理閣の注文メール(→こちら)または同社のウェブサイト注文(→こちら)にどうぞ!


 9月3日(土)・4日(日)
 WAC-8が終わったら、すぐに今度は中世都市研究会奈良大会。中世の奈良を正面からとりあげるシンポジウム、画期的!

 9月13日(火)
 大阪府立狭山池博物館を会場とした講演。終了後、柏原市歴史資料館に出かけて、企画展「堤を築く -大和川のつけかえ工事-」を見学させていただく。江戸時代の川の付け替え工事、興味深し。

 9月17日(土)
 伯父の誕生祝い会。96歳だが、カクシャクとしてくれているのが嬉しい。いつまでもお元気で。

 9月18日(日)
 京都大学大学院人間・環境学研究科の元木泰雄教授研究室で、ちょっと大きなシリーズの企画の編集会議。

 9月20日(火)
 ホントはウチのゼミ合宿で金沢に出かけることになっていたのだが、台風16号が接近。ギリギリまで決行しようかどうか迷いに迷っていたのだが、石川県に暴風警報が発令されたことで、ついに断念。残念!

 9月30日(金)
 京都文化博物館のエジプト展の開会式にでかける。

 10月1日(土)
 京都市役所前広場で、イタリア料理のイベント。福引が良い結果で、嬉しい。

 10月3日(月)
 拙宅で、平安京・京都研究集会の準備会。

 10月6日(木)
 またまた京都大学大学院元木研究室で編集会議。ひとつ、気を引き締めて取り組まねば・・・

 10月8日(土)・9日(日)
 日本史研究会大会。今回ははじめて京都を離れて、大阪府茨木市の立命館大学茨木キャンパスが会場となる。

【書いたもの】
■福原圭一・山口博之(討論司会)、村井章介・高橋一樹・向井裕知・和田学・田中聡・宮武正登・阿部来・田中暁穂・松山充宏・水澤幸一・伊藤正義・中島圭一・山田邦和・五味文彦(討論発言)「上越大会全体討論『中世日本海の地域圏と都市』」(中世都市研究会〈編〉、市村高男・井上寛司・小島道裕・木原光・松本美樹・長澤和幸・中司健一・村上勇・五味文彦・高橋一樹・水澤幸一・田中聡・向井裕知・和田学・松山充宏・田中暁穂・玉井哲雄〈著〉『日本海交易と都市』所収、東京、山川出版社、2016年8月20日)、273~301頁(山田発言︰297頁)
■桃崎有一郎・山田邦和(編著)、桃崎有一郎・髙橋康夫・田坂泰之・家永遵嗣・原田正俊・冨島義幸・前田義明・山田邦和・宮上茂隆・木岡敬雄・百瀬正恒・野田泰三・松井直人(著)『室町政権の首府構想と京都―室町・北山・東山―』(平安京・京都研究叢書4、京都、文理閣、2016年10月30日)全434+105頁
~◇山田邦和(著)「東山中世都市群の景観復元」254~269頁

【しゃべったこと】
◯山田邦和(講座)「(2)天皇陵と寺院の結合―平安時代前・中期」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年7~9月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年8月26日)
◯山田邦和(講座)「徳川幕府と京都2(3)都の繁栄と大名屋敷」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(46)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2016年9月9日)
◯山田邦和(講演)「平安時代末期の動乱と京都(1)保元・平治の乱と京都」(京都商工会議所〈主催〉「平成28年度 京都検定講演会」、京都、京都商工会議所、2016年9月10日)
◯山田邦和(講師)「豊臣秀吉はなぜ将軍にならなかったのか」(シニア文化塾事務局〈主催〉平成28年度「シニア文化塾」後期講座〈歴史コース〉、大阪狭山、大阪府立狭山池博物館2階ホール、2016年9月13日)
◯山田邦和(講座)「院政期京都の研究1」「(5)院政期の平安宮」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年9月16日)
◯山田邦和(講座)「(3)鎌倉時代後半の天皇陵―深草十二帝陵とその周辺」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年7~9月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年9月23日)
◯山田邦和(講座)「幕末の動乱と京都(1)幕末の動乱の中の京都」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(47)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2016年10月7日)
◯山田邦和(講演)「平安時代末期の動乱と京都(2)治承・寿永の内乱と京都」(京都商工会議所〈主催〉「平成28年度 京都検定講演会」、京都、京都商工会議所、2016年10月8日)
◯山田邦和(講座)「院政期京都の研究2」「(1)関白忠通の闘い」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年10月21日)


2016.09.03

第8回世界考古学会議(WAC-8)、の巻

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 2016年8月28日(日)~9月2日(金)に同志社大学を会場としておこなわれました第8回世界考古学会議(WAC-8)、無事に終了いたしました!

 WACは、世界的な考古学研究者の団体です。これまでも世界の各地でその大会がおこなわれてきました。私はこれまで、こんな大きな会に参加することはなかったのですが、今回は日本のしかも京都、しかも私にとっては母校である同志社大学でおこなわれるということになり、微力ながらお手伝いをさせていただくことになったのです。
 この話をいただいたのは2013年だと記憶します。その後、準備作業が進められるとともに、無数の関連イヴェントがおこなわれてきました。しかし、全体の規模が大きすぎて私にと到底全体像が把握できず、何をどうしていいのか、うろたえるばかりでした。結果、大した貢献ができないままに終わってしまい、まことに申しわけなく思っております。
 ただ、その中でも、公開講演会第2日「世界文化遺産と現代都市」の「コメント」、 セッション「T05-D The Comparative Urban Archaeology: Kyoto and Global Comparison of Cities」の共同オーガナイザー(メイン・オーガナイザーは若林邦彦さん〈同志社大学准教授〉)、同セッションでの報告「The Comparative study of Ancient Cities(比較古代都市史試論)」と、8月31日のエクスカーションの奈良ツアーの案内役(メインの案内役は網伸也さん〈近畿大学教授〉)をやらせていただくことができました。

 セッションでは、日本人研究者としては、WAC-8スタッフの若林さん、私、古川匠さん(京都府教育委員会)、網さんのほか、山中章さん(三重大学名誉教授)と小澤毅さん(三重大学教授)に報告をお願いし、さらにアメリカから村上達也さんが加わっていただきました(村上さんはディスカッションでの通訳まで買ってでていただき、これは大変大変助かりました)。良いセッションになったと、ありがたく思っております。

 この大きな会議が無事に終了したのは、WAC本体の会長の溝口孝司さん(九州大学教授)、京都大会実行委員長の都出比呂志先生(大阪大学名誉教授)をはじめとするスタッフの努力の結晶と思います。中でも特筆すべきは、実行委員会の事務局官房長をつとめられた津村宏臣さん(同志社大学准教授)の獅子奮迅、八面六臂ともいうべき奮闘でした。この方の大胆かつ繊細な指揮がなければ、とうてい何事もまわっていかなかったと思います。無線のレシーバーを携えて会場を隅々までを駆け回っている津村さんの姿を見ながら私は、そこに巨大なオーラが渦巻いているような錯覚すら覚えたのです。


◯ Organized: Local Organizing Committee for WAC-8, Co-sSponsared: Science Concil of Japan, Kyoto City Government, Managesd: World Archaeological Congress, NPO WAC Japan.
Local Organizing Committee of WAC-8 Kyoto 2016, Executiv: Guriisgu Tsude, Chair, Kazuto Matsifuji, Vice-Chair, Seigo Wada, Secretary-general, Takura Izumi, Academic Secretary, Katsuyuki Okamura, Deputy Directors-General, Hiro'omi Tsumura, Deputy Directors-General. Staff: Masashi Abe, Sahoko Aki, Nobuya Ami, Hidetaka Besho, Hiroshi Fujii, Takumi Furukawa, Hiroko Hashimoto, Kunihiro Hamanaka, Tetsuo Hishida, Yukisige Hirose, Kazuo Ichinose, Akira Igarashi, Tomohiro Inoue, Atsushi Ito, Hirofumi Kato, Hiroo Kansha, Yoshimi Kawashukuda, Hiroaki Kimura, Tamiki Kunishita, Seiji Kobayashi, Naoko Massumoto, Hiroshi Minami, Gen Miyoshi, Tae Mukai, Masakage Murano, Oki Nakamura, Tomoko Nakamura, Kazuhiro Nitta, Atsushi Noguchi, Shigenobu Oba, Mayumi Okada, Tomoko Okuda, Hideyuki Onishi, Ayako Shibutani, Takumi Sugiyama, Izumi Tachibana, Akiko Tashiro, Makoto Tomii, Tomomitsu Umase, Tomokatsu Uozu, Kunihiko Wakabayashi, Kunikazu Yamada, Kenichi Yano, Yasuyuki Yoshida, Hideo Yoshii, Kazuaki Yoshimura.
世界考古学会議第8回京都大会実行委員会=委員長: 都出比呂志 (大阪大学名誉教授)、副委員長: 松藤和人(同志社大学教授)、事務局長:泉拓良 (京都大学大学院特定教授)・和田晴吾 (立命館大学名誉教授)、事務局官房:岡村勝行(大阪文化財研究所)・津村宏臣(同志社大学准教授)、顧問:梅原猛(元国際日本文化研究センター所長)・長田豊臣 (立命館大学理事長)・松岡敬(同志社大学学長)・鷲田清一(京都市立芸術大学理事長)・大月均(元Panasonic代表取締役専務)実行委員:安部雅史・安芸早穂子・網伸也・別所秀高・藤井整・古川匠・橋本裕子・浜中邦弘・菱田哲郎・廣瀬時習・一瀬和夫・五十嵐彰・井上智博・伊藤淳史・加藤博文・間舎裕生・川宿田好見・木村啓章・國下多美樹・小林青樹・松本直子・南博史・光本順・三好玄・向井妙・村野正景・中村大・中村朋子・新田和央・野口淳・岡田真弓・奥田智子・大西秀之・渋谷綾子・杉山拓巳・橘泉・田代亜紀子・富井眞・馬瀬智光・魚津知克・若林邦彦・山田邦和・矢野健一・吉田泰幸・吉井秀夫・吉村和昭、サポーター:千葉豊・CKSCHスタッフ・舟橋京子・濱崎範子・東影悠・市川創・石村智・加藤紗代・河野一隆・川上洋一・木立雅朗・絹畠歩・小杉亜希子・上月克己・桑原久男・槙林啓介・丸山真史・松田度・松木武彦・宮本一夫・門田誠一・森本晋・中川和哉・中久保辰夫・新納泉・大貫静夫・西藤清秀・佐古和枝・佐々木憲一・佐藤洋一郎・関雄二・瀬口眞司・柴田将幹・清水邦彦・下垣仁志・白石華子・田尻義了・高橋克壽・高橋龍三郎・高宮広土・田中裕子・種定淳介・寺前直人・辻田純一郎・上峯篤史・山本雅和

記録のため、公開講演会第2日目と、私たちのセッションのプログラムを掲げておきます。
◯第8回世界考古学会議〈WAC-8〉公開講演会第2日「世界文化遺産と現代都市」日:2016年8月29日 August 29(Mon),2016 、場所︰同志社大学室町キャンパス寒梅館ハーディホール Hardy Hall, Kambaikan, Doshisya University、主催︰WAC-8京都大会実行委員会 WAC-8 Kyoto Local Organizing Committee
 ・ジャン=ポール・ドゥムール(フランス・パリ第一大学)「パリ以前のパリ―旧石器時代からローマ時代まで―」
 ・李盛周(韓国・慶北大学校)「慶州王京の形成と発展におけるイデオロギーの問題とその保存」
 ・吉崎伸(京都市埋蔵文化財研究所)「京都の埋蔵文化財の現状と課題―平安京を中心に―」
 ・山田邦和(同志社女子大学)「コメント」
 司会︰吉井秀夫(京都大学)

◯T05-D"The Comparative Urban Archaeology: Kyoto and Global Comparison of Cities"
Organisers: Kunihiko Wakabayashi (Doshisha University / Japan) and Kunikazu Yamada (Doshisha Women’s College of Liberal Arts / Japan)
1st September, 9︰00-11︰00, 14︰20-16︰20
Type: Symposium
◎9︰00-9︰20、Mr. Takumi Furukawa, Toshitaka Kamai, Shun Sakamoto, and Ryo Nakatsuka
"Jurakudai, the center of Kyoto in the late 16th century: Investigating Mid-early Modern
◎9︰20-9︰40、Ms. Wenjing Wang
"Early complex societies in the Upper Daling Valley and Chaohu region: A comparative analysis of settlement systems in China"
◎9︰40-10︰00、Dr. Tatsuya Murakami, and Shigeru Kabata
"Early Urbanism in Central Mexico: Preliminary Results of the Tlalancaleca Archaeological Project, Puebla"
◎10︰00-10︰20、Ms. Hema Thakur
"Urbanization at Sannati - an early historic Buddhist settlement in North Karnataka, India"
◎10︰20-10︰40、Dr. Dragos Mandescu
"Campulung (Langenau / Dalgopole / Hosszumezo), Arges County, Romania: between the glamour of the archaeological heritage and the faded present"
◎10︰40-11︰00、Mr. Joakim Kjellberg
"Materialising urbanism - comparing material Culture and urban identities in a medieval townscape"
◎14︰20-14︰40、Mr. Kunihiko Wakabayashi
"Cities or Settlements?: Local center in Early Agricultural Society in Japan"
◎14︰40-15︰00、Prof. Kunikazu Yamada
"The Comparative study of Ancient Cities"
◎15︰00-15︰20、Dr. Akira Yamanaka
"Ancient Cities and Capitals in East Asia and Japan"
◎15︰20-15︰40、Dr. Tsuyoshi OZAWA
"Comparison of Initial Capitals in Ancient Japan and China"
◎15︰40-16︰00、Prof. Nobuya Ami
"The structure and planning of Heian-kyo, the last capital of Ancient Japan"

【書いたもの】
■Kunihiko Wakabayashi and Kunikazu Yamada, Organisers: T05-D The Comparative Urban Archaeology: Kyoto and Global Comparison of Cities, WAC-8 Kyoto Program Committee, directed by Makoto Tomii, Editing. WAC-8 Kyoto Local Organizing Committee, under the direction of WAC Japan, 〈Kyotanabe〉,2016(世界考古学会議第8回京都大会実行委員会プログラム作業班(編集),The Eighth World Archaeological Congress Book of Abstracts, 京田辺, 世界考古学会議第8回京都大会実行委員会・特定非営利活動法人WAC Japan事務局,2016年8月28日), pp.128-130.
■Kunikazu Yamada: The Comparative study of Ancient Cities, WAC-8 Kyoto Program Committee, directed by Makoto Tomii, Editing. WAC-8 Kyoto Local Organizing Committee, under the direction of WAC Japan, 〈Kyotanabe〉,2016(世界考古学会議第8回京都大会実行委員会プログラム作業班(編集),The Eighth World Archaeological Congress Book of Abstracts, 京田辺, 世界考古学会議第8回京都大会実行委員会・特定非営利活動法人WAC Japan事務局,2016年8月28日),, p.130.

【しゃべったこと】
◎Kunikazu YAMADA; Comment, Public Lecture2: WAC-8 Kyoto Local Organizing Committee, World Cultural Heritage and the Modern City, The Eighth World Archaeological Congress(WAC-8), Hardy Hall, Kambaikan, Doshisya University, August 29(Mon),2016(山田邦和「コメント」〈WAC-8京都大会実行委員会(主催)「第8回世界考古学会議〈WAC-8〉公開講演会第2日「世界文化遺産と現代都市」、於同志社大学室町キャンパス寒梅館ハーディホール、2016年8月29日〉)
◎Kunihiko Wakabayashi and Kunikazu Yamada, Organisers: T05-D The Comparative Urban Archaeology: Kyoto and Global Comparison of Cities, The Eighth World Archaeological Congress(WAC-8), RY107, Ryoshinkan, Doshisya University, 1st September,2016.
◎Kunikazu Yamada: The Comparative study of Ancient Cities, The Eighth World Archaeological Congress(WAC-8), RY107, Ryoshinkan, Doshisya University, 1st September,2016.


2016.08.10

ずいぶんの御無沙汰、の巻

 ずいぶんの御無沙汰となった。今更遅いかもしれないが、とりあえずその間の動静を記録しておきます。なお、この春学期から、火曜日が2講時~5講時(つまり、11時から18時15分まで)の過密スケジュールになってしまったのがしんどい。

 4月2日(土)
 入学式。終了後、千里に急いで、一般財団法人朱雀基金の懇親会。

 4月11日(月)
 京都橘大学文学部歴史遺産学科への出講の開始。他大学へ非常勤に出かけるのは久しぶりである。担当は「遺産情報演習」。

 4月16日(土)
 古代学研究会例会で報告。

 4月17日(日)
 拙宅で、平安京・京都研究集会の準備会。それから、拙宅のリビングで持ち寄りメニューで懇親会。こういうのもいいな。

 4月23日(日)
 奈良県文化会館で、新しくはじまった「ソグド研究会」に出席。

 5月3日(火)
 京都大学人文科学研究所の冨谷至教授のご自宅に招いていただく。箕面の滝は久しぶり。

 5月13日(金)
 秋にやらせていただく伏見での講演会の打ち合わせ。担当していただいている人は、実に驚くべき方の孫にあたっているとのこと。縁の不思議さに感銘を受ける。

 5月14日(土)
 古代文化研究会の旧二条城の発掘調査の現場公開にでかける。

 5月22日(日)
 前近代都市論研究会で報告。そして、七条の鴨川のところにあるインド・ネパール料理店で、「論集」刊行の打ち上げ。

 5月28日(土)~5月29日(日)
 日本考古学協会の総会(於東京学芸大学)。総会で、心ならずも理事会の提案に反対意見を述べなくてはならないハメになったため、気が重いままに東京に出かける。恐懼する私に対して、理事の皆さんが笑顔で迎えてくださったのがせめてもの慰めである。

 6月3日(金)
 京都市考古資料館と京都市歴史資料館のハシゴ見学。歴史資料館では伏見城の展示。

 6月4日(土)
 一般財団法人朱雀基金の研究会(於京都大学人文科学研究所)。

 6月5日(日)
 藝能史研究会の大会(於同志社女子大学今出川キャンパス)で、祇園祭を学ぶ。

 6月6日(月)
 京都平安文化財がやっておられる嵯峨遺跡の発掘調査の見学(私は調査検討委員)。

 6月8日(水)
 3回生ゼミの呑み会。

 6月17日(金)
 全国大学博物館学講座協議会の大会で、徳島。しかし、日帰りのトンボ返り。

 6月18日(土)・19日(日)
 仁木宏さんの「城下町科研」研究会の金沢大会。金沢城下町を歩き、北陸の城下町を学ぶ。

 6月24日(金)
 どういうわけか同志社教職員組合の役員があたったため、夕方は組合団交に参加。とはいっても私は下っ端なので、ひたすら待機要員。

 6月25日(土)
 京都女子大学宗教・文化研究所の公開講座に参加。ずっとこの講座を主催されてきた野口実さんが昨年度いっぱいで定年退職となって名誉教授称号を受けられた。報告は、野口さんと、源義経研究家として知られる前川佳代さん。終了後は、宗教・文化研究所の共同研究室で旧交をあたため、あとは前川さんをお誘いしての呑み会。

 6月26日(日)
 大阪歴史学会の大会(於関西学院大学)に参加。古代史部会、考古部会、中世史部会をハシゴ。特に聞きたかったのは、川元奈々さん(大阪市立大学大学院)の「足利義昭・織田信長政権の訴訟対応と文書発給」。川元さん、この半年くらい、報告の準備に心血を注いでこられた。その成果が実って堂々とした報告となったのは、御同慶のいたりである。終了後は全体の懇親会に参加して、それから、中世史部会の二次会に潜り込ませていただくと、どういうわけか乾杯の音頭の御指名を受けてしまう。

 7月2日(土)
 嵯峨遺跡の現地説明会に参加。それから、ちょっと確かめたいことがあったので、等持院に参詣。

 7月3日(日)
 ウチの大学の京都研究会の見学会で、宇治。学生には、ぜひ萬福寺に行くように勧めた。宝蔵院の鉄眼一切経版木も見ることができる。それから、宇治上神社から平等院。

 7月8日(金)
 東京行き。宮内庁との「陵墓懇談」。

 7月10日(日)
 参議院議員選挙。与党圧勝に、肩を落とす。

 7月11日(月)
 岐阜県関市の町並みを歩かせてもらう。関市文化財センターに私の「教え子」にあたる森島一貴氏がおり、山村亜希さんが調査に行かれるということで、同道させてもらった。その後はひとりになって、久しぶりに岐阜城に登り、はじめて加納城跡を見学。

 7月14日(木)
 今出川キャンパスの「博物館実習」は、祇園祭宵山の見学。

 7月16日(土)・17日(日)
 妻のお供で、2日間とも、JAZZライヴ。17日は祇園祭山鉾巡行の前祭。

 7月22日(金)
 東京から水ノ江和同氏(文化庁)が上洛されるので、松藤和人先生(同志社大学教授)に誘っていただいて、同志社近くの「隠れ家」的日本料理の店で宴会。

 7月24日(日)
 旧友の寺升初代さんとともに、京都市美術館のダリ展。

 7月30日(土)
 京都市交響楽団の演奏会。指揮はアメリカの若手のユージン・ツィガーン。曲目はシューベルト:交響曲第7(8)番ロ短調「未完成」とマーラー:交響曲第5番嬰ハ短調。演奏は圧倒的。終了後は、元木泰雄(京都大学教授)、今岡典和(関西福祉大学教授)の両先生と共に呑み会、音楽について語りあかす。

 7月31日(日)
 第32回平安京・京都研究集会「近世京都の大名屋敷」。午前中は山本雅和さんの案内で「現地見学会」 。午後は研究会。報告は千葉拓真さん(飯田市歴史研究所、日本近世史) 「近世大名家の京都における活動と京都屋敷」、藤川昌樹さん(筑波大学、建築史) 「隠棲都市:大名京都屋敷の一側面」、山本雅和さん(京都市埋蔵文化財研究所、日本考古学) 「近世京都の大名屋敷の遺跡と遺物」。そしてコメントが中村武生さん(京都女子大学、都市史) 、討論司会は登谷伸宏さん(京都橘大学、日本建築・都市史)と仁木宏さん(大阪市立大学、中近世都市史)。珍しいテーマなので参加者がどれだけ集まるか案じていたが、会場がほぼ満員となる盛況。ありがたや。

 8月7日(日)
 陵墓関係16学協会シンポジウム「『陵墓』公開をめぐる成果と未来ー箸墓古墳・伏見城の立入り観察成果報告と『陵墓』の名称ー」(於神戸市勤労会館)。スケジュールは次の通り。あいさつ:新納泉(日本考古学協会)、「基調報告:王墓立入り観察の成果 —箸墓古墳から野口王墓古墳まで」岸本直文(大阪歴史学会)、「関連報告:伏見城-立入り その後」中西裕樹(大阪歴史学会)、パネルディスカッション「『陵墓』の名称と『陵墓』をめぐる現在」(趣旨説明:陵墓関係16学協会運営委員会、司会:今尾文昭(古代学研究会) 、発話・パネラー:山田邦和(古代学協会)・後藤真(日本史研究会)・高木博志(京都民科歴史部会))。私はパネルディスカッションでの問題提起役とパネラー。考えたあげく、かなり「過激」なことを言わせてもらう。

【書いたもの、たずさわったもの】
■森浩一(著)、森浩一著作集編集委員会編〈編集委員:前園実知雄・松藤和人・今尾文昭・玉城一枝・中村潤子・山田邦和・鋤柄俊夫・門田誠一・坂靖・青柳泰介、第3巻編集担当:前園実知雄・門田誠一〉『森浩一著作集 第4巻「倭人伝と考古学」』(東京、新泉社、2016年8月15日)、全339頁。
■山田邦和(著)「陵墓研究の現状と陵墓公開運動」(『日本史研究』第647号掲載、京都、日本史研究会、2016年7月20日)、21~51頁。
■山田邦和(著)「歴史ニュースを読み解く~指月伏見城の発掘調査」(『土車』第129号掲載、京都、古代学協会、2016年6月20日)5頁。

【しゃべったこと】
◯山田邦和(講座)「徳川幕府と京都1(3)(現地見学)二条城」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(45)、京都、二条城、2016年6月10日)。
◯山田邦和(講師)「京都学講座・院政期京都の研究1」3「鳥羽殿」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年6月25日)。
◯山田邦和(講座)(3)「中世初期の内乱の時代と天皇陵―安徳、後鳥羽、土御門、順徳天皇陵など―」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年4~6月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年6月25日)。
◯山田邦和(講座)「徳川幕府と京都2(1)(現地見学)東本願寺」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(46)、京都、東本願寺、2016年7月1日)。
◯山田邦和(講師)「京都学講座・院政期京都の研究1」4「待賢門院と崇徳天皇」(古代学協会「古代学講座」、京都、古代学協会角田文衞記念室、2016年7月15日)。
◯山田邦和(講座)「(1)奈良県橿原市の天皇陵―宣化天皇陵と欠史8代の天皇陵」(栄中日文化センター「天皇陵問題を考える」(2016年7~9月期)、名古屋、栄中日文化センター、2016年7月22日)。
◯山田邦和(講座)「徳川幕府と京都2(2)近世京都のルネッサンス」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(46)、京都、朝日カルチャーセンター京都、2016年7月29日)。
◯今尾文昭(司会)、陵墓関係16学協会運営委員会(趣旨説明)、山田邦和・後藤真・高木博志(発話・パネラー) パネルディスカッション「『陵墓』の名称と『陵墓』をめぐる現在」(陵墓関係16学協会シンポジウム「『陵墓』公開をめぐる成果と未来―箸墓古墳・伏見城の立入り観察成果報告と『陵墓』の名称」、神戸、神戸市勤労会館講習室308、2016年8月7日)。

【講義】
(同志社女子大学大学院文学研究科「考古学特論」は受講者が無かったため、今年度は閉講)。
特記なきものは同志社女子大学現代社会学部〈特記なきものは京田辺キャンパス開講〉)。
   〈月〉2講時「遺産情報演習II」(京都橘大学文学部)
   〈火〉2講時「応用演習」、3講時「考古学I」、4講時「京都文化論I」、5講時「博物館実習(京田辺クラス)」
   〈水〉2講時「基礎演習」、3講時「専門基礎演習」
   〈木〉2講時「博物館実習(今出川クラス)」、4講時「卒業研究」


2016.06.04

「日本古代都城における複都制の系譜」刊行、の巻

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書誌︰仁木宏(編)、仁木宏・古市晃・山田邦和・京樂真帆子・大村拓生・河内将芳・福島克彦・山村亜希・山本雅和・山近博義(著)『日本古代・中世都市論』(東京、吉川弘文館、2016年5月10日)、全336頁。

 仁木宏さんを中心として続けている小さな研究グループ「前近代都市論研究会」の論文集『日本古代・中世都市論』(東京、吉川弘文館、2016年)ができあがってきた。待ち望んだ刊行なので、嬉しい。この研究会を始めたのは1999年、研究会の成果である前の論文集『都市―前近代都市論の射程』(東京、青木書店)を出したのが2002年だから、会の開始から17年、前の本から14年が経ったことになる。仁木さんが「あとがき」で書いておられる通り、「前の本を執筆していた当時は、ほとんどのメンバーは30歳代でしたが(山田補注︰この時、一番若い山村亜希さんはまだ20歳代。そして実は、私だけが40歳を超えていた・・・・)、今は50歳代が大半となりました。この間、大病をした者もいれば(山田補注︰これ、私のこと)、勤務先の激務に翻弄されているメンバー(山田補注︰これは仁木さんご自身のこと)も少なくありません」ということになる。歳月が通り過ぎる早さを感じるばかりである。

 私がここで執筆した論文は「日本古代都城における複都制の系譜」(同書43~82頁)。周知のように私は、古代都城といえば平安京に限って発言をしてきた。なにせ、その前の長岡京、平城京、「藤原京」、難波京、そして飛鳥の都については、コワイ先輩の研究者の皆さん(その筆頭といえば、なんといっても山中章さんだろうな)が睨みをきかせている。そんな中に単身で斬り込んでいく勇気など、なかなか持つことができなかったのである。
 しかし、私ももう、何かを言ったからといって、他からの批判をいちいち気に病まねばならないような年齢ではない。気後れしてばかりで、せっかく学び考えてきた成果を残しておかないというのは、なんとももったいないことである。そう考え直して、このテーマにとりくむことにしたのである。とはいっても、この論文の原型は、私が花園大学を辞する直前の2006年11月の花園大学史学会大会で口頭報告しているから、それから数えても10年間は温め続けていたことになる。「満を持して」とまではいえないにせよ、私としては言いたいことを述べ切った論文となった。
 だいたい、この論文集の執筆にあたっても、編者の仁木さんから、通説にとらわれない刺激的で戦闘的な研究を、と煽られてきた。力不足であっても、私なりに仁木さんの「挑戦」に応えたつもりである。
 
 この論文で言いたかったことは多岐にわたっているが、主要な論点は次のとおり。
 ◎ 平城宮や平安宮(当初は「葛野宮」)のような「単都制」は、日本古代都城史のスタンダードではない。
 ◎ 日本古代都城史は、単都制と複都制の双方を振り子のように揺れ動きながら進展した。単都制に落ち着くのは、最終の長岡宮・平安宮にいたってのことであった。
 ◎ 難波宮こそは日本古代都城史のキー・ワード。特に孝徳天皇の難波長柄豊碕宮(前期難波宮)こそは画期的な都であった。
 ◎ 聖武天皇の難波宮は「副都(第2首都)」ではなく「正都(第1首都)」。聖武天皇の理想は壮大な複都制。
 ◎ 天武天皇も、難波宮を正都と構想していたか、または飛鳥と難波を対等の首都として考えていた。
 ◎ それに対して、斉明朝の飛鳥の宮と倭京(いわゆる「飛鳥京」)は「偉大なる、異形<いぎょう>にして反動の都城」。
 ◎ だいたい、「遷都」を「京」の移動とするのは間違い。遷都は「宮」が移動すること。
 ◎ 平安京のような、全体を矩形に設計し、その内部に東西南北の直交道路を敷設するという「条坊制・方位プラン都城」は、必ずしも日本古代都城の全てではない。たとえば恭仁京は、「非条坊制・不整形プラン都城」であった(54頁に載せたえらいケッタイな恭仁京の復元案、びっくりしていただければ「成功」である)。

 自分としても、かなり、ケンカを売っているようなことを言っているぞ。その分、この分野の他の研究者の方々からは総スカンを食うかもしれないが、まあいい。とにかく、この論文で、私の考えている日本古代都城史のアウトラインの一端を、なんとか提示することができたと思っている。

【書いたもの】
■京都新聞出版センター(編)、池坊中央研究所・井上由理子・太田垣實・丘眞奈美・清原邦雄・黒田正子・高野澄・徳丸貴尋・十倉良一・中村武生・西村彰朗・細田香織・前川佳代・三谷茂・村岡真千子・町田香・山田邦和(執筆)『第12回京都検定 問題と解説』(京都、京都新聞出版センター、2016年6月10日)、本文255頁(分担頁不記載だが、山田執筆は「3級1(問4)」009頁、「3級1(問5)」010頁、「3級1(問6)」011頁、「2級1(問4)」107頁、「2級1(問5)」108頁、「1級1(問3)」203頁)。

【しゃべったこと】
□山田邦和(講座)「(1)古市古墳群の中期天皇陵―允恭・雄略天皇陵」(栄中日文化センター「天皇陵古墳を考える」(2016年4~6月期)、於栄中日文化センター、2016年4月22日)。
□山田邦和(講座)「徳川幕府と京都(2)徳川幕府の成立と二条城の建設」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(45)、於朝日カルチャーセンター京都、2016年5月13日)。
□山田邦和(講師)「京都学講座・院政期京都の研究1」2「院政期の白河」(古代学協会「古代学講座」、於古代学協会角田文衞記念室、2016年5月20日)。
□山田邦和(ガイド)「【東山】考古学者とめぐる、愛憎渦巻く法住寺殿・平家物語の世界へ―法皇と愛した女性が眠る、東山の麓に誕生した広大な離宮―」(まいまい京都実行委員会〈主催〉「まいまい京都」、於三十三間堂、法住寺・後白河天皇陵、新日吉神宮、新熊野神社、最勝光院跡(東山泉小学校)、八条河原、2016年5月21日)。
□山田邦和(報告)「古代比較都市史試論」(「前近代都市論研究会」例会、於キャンパスプラザ京都、2014年5月22日)。
□山田邦和(講座)「(2)「奈良時代の天皇陵―元正・聖武・称徳天皇陵」(栄中日文化センター「天皇陵古墳を考える」(2016年4~6月期)、於栄中日文化センター、2016年5月27日)。

【テレビ出演】
□BS-TBS(制作著作)、高島礼子(出演)、朝岡慶太郎(制作プロデューサー)、鴨下潔・高橋典代(プロデューサー)、飯塚裕之・寺久保倫(ディレクター)、山田邦和ほか(出演)『高島礼子・日本の古都〜その絶景に歴史あり』「京都歴史ミステリー 金閣寺の謎〜足利家100年物語」(BS-TBS、2016年5月13日放送)。
□NHK(制作・著作)、NHKエデュケーショナル(制作)、渡辺圭・田畑壮一(制作統括)、横山敏子(プロデューサー)、鴨下潔・高橋典代(プロデューサー)、飯塚裕之・寺久保倫(ディレクター)、近田雄一・市川紗椰・山本博文・ベルナール=デルマス、金坂清則・斉藤敏明・丹沢研二・山田邦和・入澤崇(出演)『先人たちの底力 知恵泉』「明治の旅行家 イザベラ・バード」(NHK Eテレ、2016年5月17日放送〈5月24日再放送〉)


2016.05.06

仁木宏・山田邦和編『歴史家の案内する京都』、刊行

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 仁木宏・山田邦和編『歴史家の案内する京都』(文理閣)が仕上ってきた。書店に並ぶのは来週後半くらいになると思う。かなり手間をかけた仕事なので、綺麗な書物になって、たいへんに嬉しい。出版社の編集者としてのウチの奥様のてがけた最初の書物にもなった、ということで、わが家にとっては記念的なものになる。とはいうものの、完成までにはかなりの時間がかかってしまった。編者のひとりとして、早くに原稿をあげてくださっていた執筆者の皆さんにお詫びを申し上げたい。

 本のオビには「『もっと知りたい』京都歩きに必携! 地下に眠る何層もの遺跡、地上に残る寺社や城跡。考古学・文献史学の最新成果で復元される都の歴史。京都を知り尽くした歴史家15人によるガイドブックの決定版」というキャッチコピーが踊っている。これ、掛け値なしの真情である。編者である私も仁木さんも、ゼミや研究室の学生たちや、一般の市民の方々を案内して京都の史跡を巡る機会がしばしばある。そうした巡見の内容をそのまま本にした、と言ったらわかっていただけるのではないかと思う。

〈平安遷都以前〉
 1 太秦・嵯峨野の古墳群(山田邦和〈同志社女子大学教授〉)
 2 長岡京(中島信親〈向日市埋蔵文化財センター普及係長〉)
〈平安・院政・鎌倉時代〉
 3 平安宮(山本雅和〈京都市考古資料館副館長〉)
 4 京都周辺の山林寺院(梶川敏夫〈京都女子大学・京都造形芸術大学非常勤講師〉)
 5 検非違使の活躍(京樂真帆子〈滋賀県立大学教授〉)
 6 鳥羽殿(大村拓生〈関西大学非常勤講師〉)
 7 白河(山田邦和)
 8 別業都市宇治(杉本宏〈宇治市歴史まちづくり推進課主幹〉)
 9 法住寺殿(野口実〈京都女子大学名誉教授〉)
 10 六波羅(野口実)
 11 西八条・七条町(野口実)
 12 清水坂と鳥部野(山田邦和)
〈室町・戦国時代〉
 13 中世都市嵯峨(山田邦和)
 14 「洛中洛外図屏風」の上京(仁木宏〈大阪市立大学大学院教授〉)
 15 戦国時代の下京(河内将芳〈奈良大学教授〉)
 16 祇園祭(河内将芳)
 17 山科本願寺・寺内町(仁木宏)
 18 洛東の山城遺構(福島克彦〈大山崎町歴史資料館館長〉)
 19 大山崎(福島克彦)
 20 石清水八幡宮と八幡(鍛代敏雄〈東北福祉大学教授〉)
〈近世・近代〉
 21 聚楽第(森島康雄〈京都府立丹後郷土資料館主査〉)
 22 御土居堀(中村武生〈京都女子大学・大谷大学等非常勤講師〉)
 23 大仏と豊国社(河内将芳)
 24 伏見城(森島康雄)
 25 二条城(森島康雄)
 26 京都御所(京樂真帆子)
 27 近代における豊臣秀吉の顕彰地(坂口満宏〈京都女子大学教授〉)

 目次と執筆者を見ていただくだけで、なかなかの豪華メンバーであることはご理解いただけよう。ピタリとハマり役、といった人もいるし、その一方では類書には見られないユニークなテーマも挙げてある。定番のテーマについても、すでにどこかで書いているようなマンネリに陥るのではなく、充分に新しい視点と内容を盛り込んでもらった。もちろん、この小さな書物だけで京都の歴史のすべてを通観できるわけではない。特に、近代の京都については1項目しか採り上げることができなかった。平安京そのものについても、もっともっと語りたかったのは確かである。その点では「穴だらけ」ではあるのだが、京都の歴史の厚みを考えるとそれはむしろ当然であろう。むしろこの本では、第一線の歴史家たちが、自分の最も得意とする分野について、実際の京都を案内するという臨場感に力点をおいたのである。手前味噌ではあるが、そうしたガイドブックとしては充分に成功したのではないかと思っている。私自身も、これから京都の案内にこの本を活用していくことになるだろう。

 出版元については次の通りです。
図書出版文理閣「http://www.bunrikaku.com/」
 〒600-8146 京都市下京区七条河原町西南角
 TEL.075-351-7553、FAX.075-351-7560

まもなく書店に配本されますが、もし見つからない場合は書店に注文していただいたら結構ですし、
また文理閣 本の注文ページ「http://www.bunrikaku.com/postmail1.html」や、電話(075-351-7553)・ファックス(075-351-7560)、文理閣営業部へのメール
で、直接注文もできます(当然ですが、住所氏名・希望冊数などの情報は必須です)。
なお、Amazonに紹介されるまでには少しばかり時間がかかりますが、それも載るはずです。

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【書いたもの】
■森浩一、森浩一著作集編集委員会編〈編集委員:前園実知雄・松藤和人・今尾文昭・玉城一枝・中村潤子・山田邦和・鋤柄俊夫・門田誠一・坂靖・青柳泰介、第3巻編集担当:中村潤子・山田邦和・坂靖〉『森浩一著作集3 渡来文化と生産』(東京、新泉社、2016年4月15日)、全333頁
 ~中村潤子・山田邦和・坂靖「解題」310~330頁(山田執筆︰「無題(「解題」の総論)」310・311頁、「和泉河内窯の須恵器編年」313~315頁、「大阪府南部窯址資料による須恵器編年略表」316・317頁、「南海道の古代窯業遺跡とその問題」318・319頁、「飯蛸壺形土器と須恵器生産の問題」319・320頁、「古代産業-漁業」321・322頁、「製塩についての二つの覚書」322・323頁、「生道塩」323・324頁)
■山田邦和「三条通を俯瞰する―三条通の歴史をひもとく―」(記念誌編集委員〈森本浩行・西村祐一・内藤郁子・皿倉のぼる〉編、山田邦和・笠原一人・篁正康・大塚活美・西山剛・南博史ほか執筆『京の三条まちづくり―京の三条まちづくり協議会20周年記念誌―』所収、京都、京の三条まちづくり協議会、2016年3月吉日)、6~13頁
■山田邦和「クルマについての研究メモ」(京樂真帆子編『古代・中世における「乗り物文化」の学際的研究—『新・輿車図考』の構築を目指して—』2012年度~2015年度科学研究費補助金〈基盤研究(C)〉研究成果報告書)所収、彦根、滋賀県立大学人間文化学部地域文化学科、2016年3月31日)、99~103頁+図版データ(付属CD-Rに所収)
■山田邦和「日本古代都城における複都制の系譜」(仁木宏編、仁木宏・古市晃・山田邦和・京樂真帆子・大村拓生・河内将芳・福島克彦・山村亜希・山本雅和・山近博義執筆『日本古代・中世都市論』所収、東京、吉川弘文館、2016年5月10日)、43~82頁
■仁木宏・山田邦和編、仁木宏・山田邦和・中島信親・山本雅和・梶川敏夫・京樂真帆子・大村拓生・杉本宏・野口実・河内将芳・福島克彦・鍛代敏雄・森島康雄・中村武生・坂口満宏執筆『歴史家の案内する京都』(京都、文理閣、2016年5月20日)、全244頁
 ~山田邦和「1太秦・嵯峨野の古墳群」12~21頁、「7白河」70~81頁、「12清水坂と鳥部野」109~115頁、「13中世都市嵯峨」118~125頁。仁木宏・山田邦和「はしがき」3・4頁、「あとがき」242頁。

【著作物の提供】
■神戸市資料提供、高橋昌明・山田邦和監修、NEP・DML制作協力「大輪田泊の復元CG」(浜島書店編集部編『よみとき総合歴史』所収、東京、浜島書店、2016年3月4日)、40頁
■黒澤達也画、山田邦和監修「平安京で花開く貴族文化~平安京」(黒田日出男・小和田哲男・阿部恒久・成田龍一・里井洋一・真栄平房昭・仁藤敦史・土屋武志・梅津正美・木村直樹『社会科 中学生の歴史―日本の歩みと世界の動き―』所収、東京、帝国書院、2016年1月20日)、44頁

【しゃべったこと】
□山田邦和「豊臣秀吉と京都4(1)御土居・寺町・天正地割」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(44)、於朝日カルチャーセンター京都、2016年1月8日)
□山田邦和「豊臣秀吉と京都4(2)秀吉の朝鮮侵略と伏見城」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(44)、於朝日カルチャーセンター京都、2016年2月12日)
□山田邦和「豊臣秀吉と京都4(3)(現地見学)ふたつの伏見城(指月城・木幡山城)跡」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(44)、於伏見城跡の現地、2016年3月11日)
□山田邦和「(3)平安京南郊 鳥羽の離宮の天皇陵―白河・鳥羽・近衛天皇陵」(栄中日文化センター「天皇陵古墳を考える」2016年1~3月期、於栄中日文化センター、2016年3月25日)
□山田邦和「徳川幕府と京都(1)関ヶ原の戦い」(朝日カルチャーセンター京都「平安京・京都の歴史を歩く」(45)、於朝日カルチャーセンター京都、2016年4月8日)
□山田邦和「京都学講座・院政期京都の研究1(1)白河法皇と院政の開始」(古代学協会「古代学講座」、於古代学協会角田文衞記念室、2016年4月15日)
□山田邦和「平安京と天皇陵」(古代学研究会主催「古代学研究会4月例会」、於アネックスパル法円坂A棟3階第1号室、2016年4月16日)


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